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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第53話 炎の少女

 
前書き
 第53話を更新します。
 風邪薬の性でふらふらするのですが。
 第54話の更新は、来週中には行います。
 

 
 刹那、動き出した水の邪神(共工)が、真っ直ぐに俺に向かって突き進んで来る。
 そして、次の瞬間、紅い一閃が宙に線を引いた。

 そう。大筒の発射音にも似た風の爆発を伴い、超加速で俺に接近して来た水の邪神が一直線に突き出して来た長剣を、普段通り、半歩、右足を踏み込む事に因って躱した俺。
 ……の心算でしたが、頬に走る一筋の紅い線。

 しかし、これは浅い。
 但し、完全に紙一重で躱した心算だった俺を、表皮一枚とは言え斬り裂いたのは、彼女(水の邪神)が初めて。
 そう。俺には精霊の護りが存在して居り、威力の低い攻撃などで俺の身を害する事など出来ないはずなのですが。

 身を翻して、一度距離を取る水の邪神と俺。

「流石は、木徳の女媧の天下を奪おうとして洪水を起こし、すべてを押し流そうとした水の邪神と言うトコロか」

 この場に存在する他の誰に目もくれる事もなく、真っ直ぐに木行の俺を目指して来る辺り、共工と龍族の確執は神話時代から現在も続いていると言う事ですか。

 その瞬間。飛燕の如き速度で、長き黒髪に炎の精霊を纏わせ、瞳に灼熱の光を灯す影が俺の脇を通り過ぎ……。
 そう。水の邪神と、木行の龍種の一瞬の交錯の後に最初に動き出した崇拝される者(女神ブリギット)が、彼女の手にする神刀を振るったのだ。

 柄頭を飾るは蕨の若芽のように渦巻く特徴的なデザイン。八十センチほどの刃渡りを持つ、蕨手刀と呼ばれる日本刀の源流に似た神刀を手にする崇拝される者。
 対する水の邪神は、黒き刃を持ちし柳葉刀。

 風を巻き、大地を蹴って跳び上がった崇拝される者の炎を纏いし神刀と、黒き刃の柳葉刀が交差する。
 瞬間、鼓膜を叩く、高き金属音。

 上段よりの太刀を弾き返された崇拝される者が、体重の無い者かのような軽やかな身のこなしで、神刀と、魔刃の激突により発した衝撃を利用して後方への宙返りを魅せる。

 翻る闇色のマント。振り下ろされるは、同じく、闇色に染まった繊手。
 但し!

 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ!
 水の邪神の柳葉刀が閃く度に、撃ち落とされる霊樹の矢。しかし、このモンモランシー(金の魔女)の援護により、水の邪神は、崇拝される者に対して、追撃を行う事が出来なかったのは間違いない。

 刹那、着地したままのやや身体を低くした体勢から蕨手刀を構えた崇拝される者が、着地した足裏を爆発させるようにして加速を付け、再び、水の邪神へと斬り掛かる!
 ……と言うか、こいつ(炎の女神)、俺の言う事をまったく聞いていない!

 但し、そうかと言って、彼女が俺の依頼はきっちり熟しているのは間違い有りません。
 そう。神刀に彼女の纏いし炎が映え、炎の精霊たちが軽やかに舞い踊る度に、仕事を与えられる事に対する歓喜の歌を歌う度に、水に支配されし世界が彼女の纏う炎に塗り替えられて行く。
 悪しき水に支配された世界から、通常の理が支配する世界への上書きは、確かに行ってくれているのですから。

 水の邪神との間合いを一気に詰める崇拝される者。
 しかし、手にした柳葉刀の切っ先を右後方へと大きく引き絞り、待ち構えし水の邪神が地摺り八相の構えから、逆袈裟斬りにて、一刀の元に彼女を斬り捨てようとする。

 しかし! そう、しかし!

 水の邪神の切っ先が動き出したその刹那、再び、踏み込んだ左脚の足裏を爆発させ、それまで一直線に進むだけで有ったベクトルを、右斜め後方に向けて跳ぶ崇拝される者!
 その次の刹那!

 完全に振り抜かれ、空を無意味に斬り裂いた水の邪神の柳葉刀。
 その振り抜かれた右腕に、下方から蒼く光り輝く七星の宝刀が迫り――――――――。

 そして、次の瞬間。宙を舞う柳葉刀を握った、水の邪神の右腕。

 崇拝される者に遅れる事、三歩の距離で彼女の後ろに付き従っていた俺が、崇拝される者が右斜め後方に飛び退いた瞬間に体を入れ替え、紙一重で振り抜かれた柳葉刀を上方に流し、無防備に振り抜かれたままと成っていた邪神の右腕を跳ね飛ばしたのだ!

 刹那、宙を舞った右腕と柳葉刀が、水滴と成って散じた。

 声に成らない声。生命体の可聴範囲を超えた絶叫が周囲に響き渡る!

 しかし、次の瞬間には、斬り跳ばされた右腕の有った位置に周囲の水の精霊が集まり、水の邪神の右腕を再現し――――――――。

 上段から振り下ろし。縦一文字に振り抜かれた柳葉刀の斬撃が、風を巻いて一本の黒き柱と為し、俺の視界を塞ぐ。
 そう。それまでの斬撃とは違う衝撃波が、空中を、そして、大地を貫き――――――――。

 同じ様に上段に振りかぶった七星の宝刀が俺の霊力の高まりに応じて、蒼白き光が強く輝き、刃に浸透して行く。
 しかし、巨大な気が爆発する事もなく、縮んで行く。そう、収斂と圧縮が同時に起こり……。

 そして、次の瞬間、無造作に振り抜かれて居た。

 地を斬り裂きながら奔り、俺に対して低くその顎を剥く黒き斬撃。
 対するは、蒼く輝く斬撃。無造作に振り降ろされた七星の宝刀より放たれた蒼白き光輝を放つ巨大な気の塊が……。

 俺と、水の邪神との中心点で激突!

 黒と蒼が混じり合う、一瞬の拮抗。周囲に爆音を響かせ、立って居られないほどの衝撃波を発生させた後、黒と蒼の斬撃は霧消した。そう、後に残るは、大地に残る傷痕と、もうもうたる土煙のみ。

 しかし、その土煙を斬り裂き顕われる黒き影。
 そう。視界を完全に遮る土煙を斬り裂き、重く威圧的な袈裟懸けが俺を襲う!
 しかし!

 完全に俺を袈裟懸けに斬り捨てるかに思えた死の斬撃が、宙空に顕われた防御用の術式に因って阻まれ、そして、その僅かな抵抗により数本の前髪を犠牲にするだけで、辛くも虎口を脱する俺。


「ありがとうな」

 ミーミルの井戸を封じ終わり、湖水より顕われ、一瞬の内に自らの傍に立った少女に対して、そう語り掛ける俺。
 無言で俺を少し見つめた後、微かに首肯く湖の乙女。水を統べる邪神に対して、ラグドリアン湖の湖水を統べる精霊。これで、戦力的には互角と成ったと言う事。

 湖の乙女の登場と同時に、モンモランシーが高くその手を掲げた。その手に握られるは、赤く染まった月の光を集めしナイフ。
 どくどくと、どくどくとナイフを、腕を、そして自らの右半身を染め上げて行く紅き生命の証。

 そう。深く斬り裂かれた自らの手首から紅い生命の証を滴らせながら、

「我は願う。我が捧げる供物、汝らの手で受け取られんことを!」

 巨大な呪を呼び寄せるモンモランシー。
 それは、足元に積み上げられた石をストーンヘンジに見立て、地に突き立てられた霊樹の矢を森に見立て、自らの血を贄として魔法を呼び寄せる代償魔法。

 蒼き吸血姫(タバサ)が呪を紡ぎ、繊手が導引を結ぶ。
 彼女の纏いし精霊たちが活性化し、風と水の精霊が喜びの歌を謡い、歓びの舞いを舞う。

 刹那、轟音が物理的な圧力と感じるまでに至り、凄まじい光が世界を支配した。
 そう。撃ち降ろす九天応元雷普化天尊の雷が邪神の右半身を貫き、月の光を集めたナイフから放たれた金色の光輝が、邪神の左肩を貫く。

 身体の左右を貫かれた邪神の顕現が、奇怪な声を上げた。
 それは……絶叫とも、悲鳴とも付かない、可聴範囲を超えた響き。そして、周囲に充満する肉が焦げたような異臭。

 しかし、それ以後が違う。先ほどは、周囲の精霊を集め瞬時に回復していた傷が、今回は其処までの回復力を示す事はない。
 おそらく、ミーミルの井戸と結ばれていた箇所との間に繋がって居た邪神の絆が湖の乙女により断たれ、この場の精霊を、崇拝される者及び、湖の乙女に因って支配された状態では、如何な邪神とは言え、瞬時に回復するようなマネが出来なく成ったと言う事。

 その瞬間、俺の見ている目の前で水の邪神が真紅の色に染まった。そう、すべてを燃やし尽くすはずの神の炎のはずなのに、何故か俺を傷付ける事はない原初の炎が、共工を捕らえたのだ。
 崇拝される者が直接支配する神炎が、水の邪神を守護する、最後の護りの水の精霊たちを焼き減らして行く。
 そう。一度、捕らえた相手を絶対に逃さぬように……。絶対に離さぬと言うように、神の炎は水の邪神に纏わり付いて行く。

 刹那、俺の背後にて、気の爆発が起きる! 
 その一瞬後、闇よりも深い昏き夜空に舞うは、長き黒髪。二尺八寸に及ぶ毛抜形蕨手刀に炎の精霊を纏わせ、遙か虚空に浮かぶ姿は、神話上に語られし女神の姿そのもの。

 憎悪に染まった水の邪神が、崇拝される者を睨んだ瞬間――――――――。
 水の分子を紡ぎ合わせた糸が、風を、そして大地を。その触れる物すべてを斬り裂いて行き始めた。

 それは――そう。神の炎に蝕まれながらも、自らを護るべき精霊すべてを攻撃に動員し、崇拝される者を追う、水の分子を紡ぎし死の糸。
 既に自由落下の兆候を示し始めていた崇拝される者に取って、この攻撃を避けるには、彼女の炎の羽根を広げるか……。

 しかし!

 両者の間に浮かぶ影がひとつ。
 崇拝される者よりも、そして、水の邪神よりも僅かに早い俺が……。

 宝刀が蒼銀に閃く度に、刻まれる水の分子。刻まれる度に、新たに紡ぎ出される死を紡ぐ糸!
 無数の……いや、幾万の死を紡ぐ糸が、月の光を僅かに反射しながらも、死の旋律を奏でる。そして、そのひとつひとつが俺と崇拝される者の生命を奪わんとして……。

 時間が歪む。俺に出来るアガレスの能力の最大行使。
 そう。この瞬間、俺の体感時間が、異常に引き延ばされ――――――――。

 七星の宝刀を一閃。返す刀で更に、一閃。未だ足りない。
 その一瞬の後、俺の周囲に浮かぶ防御用の魔法陣。物理攻撃反射により、水の邪神の元にゆっくりと上がる血風(呪力)
 しかし、未だ足りない。

 異常に引き延ばされた時間の中で、自らに回避不能な分子レベルの煌めきが迫るのが判る。
 長くはない。しかし、今までの生と、これから進むはずで有った未来の出来事まで垣間見えた刹那の瞬間。

 俺の周りに浮かぶ、防御用の魔法陣。その数、数十に及ぶ。

 すべてを絡め取り、斬り裂く死の糸と、そのすべてを阻む防御陣が妙なる音楽を奏でる。
 これは、死の旋律。
 防御陣が死の糸を無効化する度に奏でる細やかな音色が、重なり、集まった物がひとつの儚い曲となった物。
 寂しさと、哀しさに染まった死の旋律。

 瞬転、寂しさの音色に包まれた世界を斬り裂く紅蓮の太刀。
 紅き炎の精霊が舞い続ける中で、紅蓮の炎を纏った太刀が水の邪神を肩口から袈裟懸けに斬り降ろし……。

 そして……。


☆★☆★☆


 すべてが終わり、月と星空が支配する七夕の夜を取り戻した世界。

「最後の場面、ありがとうな」

 俺は、最初に湖の乙女に対しての御礼を口にして置く。流石にあの瞬間。死の糸……単分子チェーンソーと言うべき攻撃に迫られた瞬間は、それなりの被害……。最悪、死を覚悟しましたから。
 あの瞬間、俺の周囲は濃霧に等しいレベルにまで集められた死の糸に覆われていましたから。

 真っ直ぐに俺を見つめた後に、コクリと小さく首肯く湖の乙女。
 ゆっくりと打ち寄せる波の音。その音には、今晩、ここ……ラグドリアン湖に来た時から変わる部分は感じられない。

 しかし、ゆっくりと少し首肯いた彼女の発して居る雰囲気に不満な様子は有りませんでした。そして、この場に彼女……湖の乙女が戻って来たと言う事は、これで、今回の任務も無事に終了した、と言う事なのでしょう。

 ならば、次は……。

「モンモランシーも、大変な時に来てくれて、ありがとうな」

 次は彼女への御礼ですか。彼女の場合はイザベラ姫が、タバサのバックアップ要員として命令を下して置いてくれた可能性も有りますが。
 自らが切り裂いた手首を魔法で治療し終えた金の髪を持つ魔女(モンモランシー)が、

「ここは、私の家の直ぐ傍ですからね」

 にこやかな笑みに彩られた容貌を俺に見せながら、そう答えた。黒き魔女に相応しくない陽に属する気を発しながら。
 但し、この答えでは、彼女がここに現れた理由が、イザベラ姫の命令だったのか、それとも、本当に俺達の事を心配してやって来てくれたのか判りませんでしたが。

 そうしたら、最後は……。

「崇拝される者。あんたも、急に呼び出したりして悪かったな」

 一応、彼女にもそう言って置くのですが……。
 ただ、俺としては、彼女に水の邪神の排除のすべてを任せる心算など無かったのですが。

 何故ならば、これは俺とタバサの仕事。それと、湖の乙女にも関係は有ったのですが、崇拝される者には一切、関係のない話でしたから。

 確かに、伝承上の共工ならば、木徳の伏儀、女媧の世を押し流そうとして、最終的には火徳の女神、祝融と戦って敗れると言う呪を受けていましたから、炎属性の崇拝される者に因って共工が倒された現状は、伝承通りの状況と成ったと言う事なのですが……。

 しかし、何故か俺の事を不機嫌そうに睨め付ける崇拝される者。その瞳には戦いの場に身を置く者特有の冷たい炎が存在している。
 そして、

「わたしはオマエの事を認めた覚えはない」

 ……と、その視線同様、非常に不機嫌そうな声音でそう告げて来る彼女。
 成るほど。見た目は少女そのもの。しかし、今までの対応は、誇り高き武人。急に呼び出された際には不満を示す事はなかったけど、状況が落ち着いた今は……、と言う事ですか。

「ならば、今からでも遅くは有りませんか」

 俺は、自らに施した魔法反射の呪符を破り捨てながら、そう口にする。
 その俺の行動を見た少女達の反応は……。

 蒼き吸血姫(タバサ)は普段通りの視線で俺を見つめるのみ。彼女は、俺の事を信用してくれている。
 そして、それは湖の乙女も同じ。俺の方には何の覚えも有りませんが、彼女は、俺の前世と何らかの関わりが有ったらしい存在。
 つまり、人は一度や二度死んだぐらいでは、根本的な部分は変わらないと言う事ですか。

 おそらく、彼女の瞳は今の俺を映しながらも、俺ではない誰か別の人間を映しているのだと思いますが……。

 対して、金の魔女(モンモランシー)は、少し驚いたような気を発する。おそらく、それは彼女も、俺がこれから何を為そうとしたのかが判ったと言う事。
 そして、彼女は俺の能力を信用し切る事は出来なかったと言う事なのでしょう。

 そして、最後に残った少女は……。

 小さき炎の精霊を従え、俺を、その強き瞳にて真っ直ぐに見つめる崇拝される者。
 但し、先ほどまでの不機嫌な雰囲気とは違う、何か別の感情を発しながら……。

 その刹那、再び、世界の在り様が変わった。
 そう。彼女、崇拝される者(炎の女神)が統べるに相応しい炎の空間(世界)へと……。

 世界の在り様に相応しい姿。風になびく長い黒髪が炎の気を纏わせ、燃え上がるかのような輝く瞳が、俺を映す炎の少女。
 タバサや湖の乙女が発する雰囲気が儚さならば、彼女は凛々しさ。その雰囲気は、俺で無くとも、大抵の人間ならば瞳を奪われても不思議ではない、神々しいまでの美を表現していた。

「もし、わたしに勝てたのなら、オマエを認めてやっても良い」

 少女は、喜びにも似た感情を発しながら、しかし、口調はそれまでと同じ、ややぞんざいな口調のままでそう告げて来る。
 そんな、細かな仕草や、言葉使いの中にも、彼女(崇拝される者)らしさを感じさせて……。

「わたし。炎の契約者として」

 それまでと同じ雰囲気。但し、ここからが違う。
 彼女の霊威の高まりに因って変わって仕舞った瞳。何故か、左の瞳のみ、ふたつに別れた、都合三つの輝くような光輝を放つ瞳に俺を映しながら、そう告げて来たのでした。


☆★☆★☆


 俺の気を高め、戦闘モードに移行するとほぼ同時に、俺の周囲が、炎の気に包まれる。
 その炎は、先ほど、水の邪神を相手にしたモノではなく、明らかに、俺を燃やし尽くす意図と意志を湛えた神の炎気。

 刹那、急速上昇にて上空に退避する俺。

 その一瞬後、俺のいた地点を中心にした周囲を紅蓮の炎が嘗めた。
 しかし、その爆炎を確認した刹那、上空に退避していた俺が、再び、その身をやや斜め下方に流す。

 それは、まるで、崇拝される者の一連の動きを完全に見切っていたかのような優美な動き。
 瞬転、それまで俺が占めていた空間を、炎を纏った神刀が、やや下方より斬り裂いて行く。
 そう。俺の一瞬後に地を蹴り、炎の羽根を広げた崇拝される者が、正面より斬り掛かって来ていたのだ。

「逃げてばかりでは勝てない!」

 その神刀が発する熱にて僅かばかりの前髪を燃やしながらも寸でのトコロで回避。
 しかし、空を斬らせた神刀を、勢いのそのまま更に一回転する崇拝される者。その様はまさに剣舞。まるで最初から俺が躱す事すらそう言う約束事に成っていたかのような、流れるような動き。
 そして再び、歩幅にして一歩分、余計に踏み込んで来た崇拝される者により、空中で位置をずらした俺を襲う!
 先ほどよりも強い意志と、破壊の力を乗せて!

「流石に炎の女神。シャレにならないぐらい、強い!」

 戦闘の最中の俺の、まるで余裕が有るかのような台詞。その瞬間に、彼女の足元ギリギリの箇所を滑り抜けるかのような要領で炎が纏いし刀を回避する俺。

 しかし、崇拝される者は、俺の、そのクダラナイ感想を口にする(いとま)さえ与えないかのように、空中にて大きく弧を描くように反転。その最中に左腕を一閃。三発の火弾を放って来る。

 有る程度の誘導が可能なのか、鋭角なカーブを描いた後、急に速度を上げて上下。そして、一瞬遅れて左側より飛び来るその火弾。
 しかし、その火弾を、今度は重力を無視するかのような、空中を右に二度、強弱を付けたスライドするかのような動きで回避する俺。

 そう。彼女に紅の翼が有るのなら、俺には重力を操る術が有る。

 そして、その一瞬の後、再び、右斜め頭上から袈裟掛けに斬り下ろされる一刀を、今度は躱す事なく、俺は自らの愛刀で迎え討った。

 金属同士がぶつかる事により発生する乾いた音色を立て、その音を合図とするかの様に、再び離れる俺と崇拝される者。

「……やれやれ。矢張り、普通の刀では無かったか」

 少し、愚痴に近い独り言を口にする俺。
 何故ならば、普通の刀ならば、俺の七星の宝刀と刃を合わせただけで、両断出来たはずですから。

 まして、俺に一刀を抜かせて防御させるとはね。
 周りから見ると、完全な予測の元、刀で攻撃を受けたように見えたかも知れませんが、本来の俺の戦い方なら、三発の火弾を難なく回避した後、毛抜形蕨手刀を紙一重で交わした際に、七星の宝刀で崇拝される者を斬り裂いています。

 牽制の為に放たれたのであろう火弾を細かい空中機動で回避し続ける俺。
 一発回避する事に、立ち位置を変え、角度を変え、新たに襲い掛かって来る炎の奔流。

 今度は、ややサイドステップをするかのような動きで、見た目は華麗に。内心では、冷や汗ものの回避を行う俺。

 何と言うか、相変わらず、分が悪い戦いにしかならない戦いが続きますね、こちらの世界にやって来てからの俺には。
 炎の少女(崇拝される者)の攻撃は、神刀の一撃でも、牽制の為に放って来ている火弾の一発でも、真面に食らえば、俺を無力化する事が可能な攻撃を繰り出して来ています。

 こう言う戦い。相手を見極める為の戦いと言う物は普通、其処まで本気と言う訳ではないはずなのですが……。

 刹那、俺の周囲の炎の精霊たちが急速に活性化を開始した。
 俺の回避を完全に断つ為に、空中に描き出される炎の壁。俺の式神のサラマンダーも得意としている、相手を閉じ込める炎の結界。

 瞬間、やや下方よりの斬り上げる一閃を、今度は七星の宝刀で防御する事はなく、炎の少女の左肩に左手を置き……。
 その左手を支点にして、空中で宙返りを行うかのような最小限の動きで回避する俺。
 目の前を炎の羽が。そして、回避した俺の左半身のすぐ傍を、炎を纏った毛抜形蕨手刀が斬り裂いて行く。
 そして、一瞬の後に唯一の炎の壁がない地点。崇拝される者の背後に、最小の動きで彼女を躱した後に逃げ込む

 一瞬の息継ぎの間の後、再び体勢を立て直して、炎の少女に相対す俺。

 しかし、次から次に巡り変動する視界に、脳内の処理が追い付いているのが不思議なくらいの状況。

 そう。本当に生か死。そんな、ぎりぎりの戦いしか用意されていないな。
 俺の戦いと言うモノは……。

 自らの置かれた運命とやらに、生まれてから何度目になるのか判らない回数目の自嘲的な台詞を思い浮かべながら、少し炎の少女から距離を取る俺。
 流石に、先ほどのような、炎の壁プラス連続攻撃のような合わせ技を何度も食らう訳には行きませんから。

「流石に女神ブリギッド。シャレにならへんぐらいに強い」

 そう軽口を叩きながら、俺の周囲に水行術の冷気陣の呪符を起動。
 尚、俺の軽口を最後まで聞く事などなく、炎の少女が足裏を爆発させ、一直線に飛び込んで来る。

 そのスピードは、まさに神速!
 片や、俺の方は、未だアガレスは起動させず、自らの生来の能力のみで相対す。

「この、ちょこまかと!」

 仏頂面の女神さま……。炎の少女が、俺に対してそう悪態を吐いた。

「お父さん、そんな口の悪い女の子に育てた覚えは有りませんよ!」

 そうクダラナイ軽口を叩きながら俺は、ギリギリまで引き寄せた炎の少女をいなすように、再び、更に上空へと身を踊らせていたのだ。
 但し、その際に、彼女の目前に、何かをばら撒いて行く俺。

 そのばら撒かれた何か……大量の水弾の呪符の中心……つまり、冷気陣の張られた空間の真ん中に一直線に突っ込んで仕舞う崇拝される者。
 その瞬間、崇拝される者の周囲で爆発が巻き起こる。
 そして、その刹那、周囲を目も眩むような白光と、轟音が世界を包んだ。

 そして、
 ……………
 …………
 そして、次の瞬間。
 完全に気を失い墜落して行く崇拝される者を空中で受け止めた俺が、そのままゆっくりと地上に降り立っていたのだった。


☆★☆★☆


「オマエ、あの爆発させた魔法は何?」

 モンモランシーの治癒魔法によって、戦闘での傷を完全に回復した炎の少女が、意識を取り戻した途端、俺の胸倉を掴みかねない勢い……って、言うか、実際に、俺の胸倉を掴んで、頭をぐらぐらと揺らしながら聞いて来る。
 但し、戦闘時の霊気の高まりが解除された為か、ふたつに分かれていた崇拝される者(彼女)の左の瞳が、元のひとつへと戻っていたのですが。

「あれは、崇拝される者の纏った炎で、俺が呪符で集めた水が爆発的に蒸発しただけや。
 つまり、あの爆発は、基本的に、炎の精霊王を傷付ける事の出来ない火行の攻撃ではなくて、水行に分類される攻撃やった、と言う事やな」

 何故か、少し眩暈のようなモノを感じながら、俺は彼女の問いにそう答えた。
 しかし、戦闘中はあれほど視界が上を向いたり、下を向いたりしても平気だったのに、少々頭を揺らされた程度で眩暈ですか……。

 流石に、戦闘時は気を張っていると言うべきなのか、普段の俺が脆弱過ぎるのか。
 主に精神的な要因によって。

 それで、崇拝される者を襲った爆発に関しては、何の事はない、単なる水蒸気爆発と言う現象だった、と言う訳なんですよね。

「そもそも、初歩の水行に属する仙術の冷気陣と、その中にばら撒かれた水弾のど真ん中に、炎を纏って突っ込む方がどうかしていると思うわ」

 つまり、先ほどの戦いの最後の部分は、炎の少女の自爆、と言う状況だったと言う事。
 もっとも、その自爆を誘発する為に、ちょこまかと小細工をしながら攻撃を躱していたのも事実なのですが。

 俺の張った冷気陣は、基本的に空間に作用する陣……つまり、結界術の為、空中に張る事も可能。
 それで、一度張ると、火行や水行の攻撃によるダメージを軽減する働きが有るのですが、物理的な攻撃を妨げるタイプの結界術では有りません。

 それで、次に空中にばら撒かれた呪符に封じられていたのは、水弾の仙術。
 所謂、水を集めて弾にして相手を攻撃すると言う、五遁水行の仙術の内、最初に覚えさせられる攻撃型仙術。

 それで、冷気陣の内側に飛び込み、水の攻撃型仙術を受けた炎の魔神の周りで、一気に熱せられた水の弾が蒸発して水蒸気爆発が発生。
 しかし、その爆発的に大きくなった水蒸気が、今度は冷気陣に阻まれ、外に向かってその爆発力を放出する事が出来ずに、再び彼女の元にすべてのダメージを返して来る。

「そこで、トドメに俺の生来の能力の雷で、ショック状態になって貰ったと言う訳やな。
 実際、余り酷いケガに成らないように、手加減するのが難しかったで、ホンマに」

 俺の生来の能力の雷は、普通に放つだけでも電撃反射か、電撃吸収の属性を持つモノ以外すべてにダメージを与える事が出来る強力な能力。
 低、中レベルの悪魔や妖物、魔獣程度なら、瞬殺出来るレベルの攻撃です。

 それに、雷ですから、当然、神速の攻撃。光った瞬間に貫いていますからね。

 そして、全ての解説を終えた俺が、雰囲気を一変させた。
 それまでの、親しい友に接するような雰囲気から、高貴なる相手。神霊の類と相対す際の清く澄んだ気を纏う存在として相応しい雰囲気を発す。
 本来、神との対話には、こちらもそれなりの作法と言う物が有りますから。もっとも、この目の前の女神さまはどちらかと言うと武人タイプの御方ですから、刃と刃。剣術と剣術。そして、魔法と魔法(仙術)で語り合った以上、最早、そう堅苦しく語り掛ける必要はない……とも思うのですが。

「さて、崇拝される者ブリギッド。貴女の試しは無事に達成出来たと思いますが、それでも御不満があるのなら、何度でも挑ませて頂く心算です」

 もっとも、何度戦っても、その度に戦術を変えて戦い、勝利して見せる心算ですけどね、俺は。
 特に、この女神ブリギッドに関しては、俺に比べると空中での機動に難有りですから。
 直線では速いけど、その分、小回りが利かない。故に、ぎりぎりまで引きつけて躱す事が可能。

 まして、俺は、逃げる事、躱す事だけは得意ですから。
 俺のような空中機動は、風を自在に操る存在でも、もしかすると難しい可能性も有りますからね。
 重力を自在に操る存在と戦う経験は、早々ないでしょうし。

「あの魔法は、水の精霊の魔法じゃない」

 炎の少女が、呟くようにそう言った。そして、この言葉は、おそらく、俺に聞いて来た訳ではない。
 何故ならば、湖の乙女の方を見つめながらの言葉でしたから。

 その言葉及び、彼女。崇拝される者の仕草の中に何か、微かな違和感。彼女、何か、勘違いをしているような雰囲気が有るのですが……。

「何故、式神や、彼女の能力を使って、わたしと戦わなかった」

 明らかに、湖の乙女を見つめながら、炎の少女はそう言った。
 これは、つまり、俺の事を水の契約者として捉えていると言う事なのでしょう。

「自分自身の、……生来の龍神としての能力で相対したかったから。
 この戦いは、崇拝される者、女神ブリギッドを倒すのが目的では有りません。
 貴女に認められるのが目的です」

 もっとも、本当の能力を使用していないのは、この眼前の少女の姿をした炎の精霊王の方も似たようなものでしょう。
 何故ならば、相手は炎そのものの存在。人型に拘る必要も無ければ、人のサイズに拘る必要もなかったはずです。もし、巨大な火竜姿や、炎の魔神姿で相対して来た場合は、俺の方も、もっと回避に気を使う必要が出て来ましたからね。
 まして、彼女なら、更に巨大な霊力を持って、俺と相対す事も可能なはずですから。

 彼女が、俺の想像通りにこの世界の炎を統べる存在。――炎の精霊王なら、彼女は間違いなく『真火』が扱えるはずですから。

 それを行わなかったのは、その少女の姿で戦う事を、自らのルールと課したと言う事なのでしょう。
 それに、もしかすると、俺に異形の姿を晒す事によって畏怖を与える事を、無意識の内に忌避したのかも知れません。

 何故ならば、この世界……。このハルケギニア世界の魔法使いたちは……。

「確かに、式神使いも私の能力の一部。しかし、貴女には、それよりも龍神としての能力で認められたい。
 そう、私が願ったのです」

 もっとも、本当に荒ぶる龍神の能力で相手をした場合、俺に未来は無かった可能性も有るのですが。

 ……そう。俺には、切り札が有ります。人身ではなく、龍身に転じて戦うと言う方法が。

 但し、一度(ヒトタビ)龍身へと転じた場合、再び、人身に戻る術を俺は知らないのですが。
 多分、我を失い暴走状態となり、まさに破壊の権化とかした邪龍となって、敵も味方も、そして無関係な者も関係なく、等しく破壊し尽くす。
 その後、正気に戻るかどうかは、神のみぞ知る。

 ……と言う、剣呑極まりない、最後の手段が。

「オマエに取って、精霊とは何?」

 更に、仏頂面の女神さまの質問が続く。
 矢張り、その質問が来ますか。

「今まで、ずっと、私に取って精霊とは友達でした」

 産まれてから、……精霊の存在を知覚出来るようになってからずっと、俺に取って、精霊とは友で有った。例え、住む世界が変わったとしても、其処の部分に変わりは有りません。

「そして、これから先もずっと友達で有り続ける存在」

 その言葉を聞いた崇拝される者女神ブリギッドが……笑った。
 そして、この瞬間が、あぁ、この()は笑えるのだ。……と、そう思わせるに相応しい、笑顔を魅せた瞬間であった。

 そして、

「わたしは、貴方。武神忍を炎の契約者として、認めます」

 そう俺に告げたのでした。

 
 

 
後書き
 今回のあとがきは、ネタバレを含む物と成って居ります。

 何故か、最初に契約を交わすのが、炎の精霊王と成りそうなのですが……。
 まして、全体的に女性キャラばかりと成って仕舞いましたし……。

 もっとも、ゼロ魔の原作自体が女性キャラの比率が高くて、男性キャラで重要なキャラと言えばギーシュくんぐらい。その他の男性キャラについては、……と言うかなりお寒い状況。
 それに、主要な物語の現場で有るトリステイン魔法学院の生徒の魔法の能力に関しても、留学生コンビのタバサやキュルケが一,二フィニッシュ。

 もっとも、女性キャラが多いとは言っても、この場に現れた存在で、現在、確実に人間と言えるのはモンモランシーのみ。まして、彼女も吸血姫。つまり、夜魔の女王に取っては夜の隣人で有る魔女。そして、彼女の中にも当然、吸血姫の血が受け継がれています。
 ここまで、人外の比率が高いゼロ魔二次小説も少ないでしょう。

 それでは次回タイトルは『炎の契約者?』です。

 追記。この蒼き夢の果てに内での『吸血鬼』について。

 この世界の吸血鬼は、ゼロ魔原作の吸血鬼と同じように屍人鬼(グール)を作る種類のモノと、サーヴァントを作るモノの二種類が存在します。
 基本的に屍人鬼を作る、成長が人間の数倍掛かるような、生命体として非常に問題の有る吸血鬼は、今のトコロ登場する事は有りません。
 ……それはそうでしょう。子供の姿のまま何十年も生きて行くなんて、危険過ぎます。目立って仕方が有りませんし、子供では能力も人間以下ですから。
 ……但し、似たような種類の吸血鬼は登場する予定ですが。

 この物語内のタバサは、血の覚醒をする事に因って目覚めるタイプの吸血鬼です。故に、目覚めるまでは通常の人間のように成長して行きます。そして、血の覚醒と呼ばれる状態を経る事に因って、吸血鬼と成ったと言う訳です。
 各王家には、このタイプの吸血鬼の因子が秘められていた、と言う事ですね。

 しかし、タバサが覚醒するまでに五十話。文字数にして六十万文字以上も要するなんて、時間を掛け過ぎのような気がしないでもないのですが。
 まして、湖の乙女の正式登場も、異常に時間が掛かって居ますし……。
 
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