失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始【第一巻相当】
第十三話「葛藤と決断」
「悔いのないような答えって言われてもなー……」
校舎の廊下を歩きながら先生に言われたことを反芻する。先生はああ言っていたいけれど、それでも妖怪に囲まれて生活するのはやっぱり怖いよ。いつ正体がばれて殺されるかわからないんだし……。
トボトボと歩いていたら、視界に見覚えのある銀髪が目に入った。
「あ、モカさん……」
銀のロザリオを揺らしながら優雅に歩くその人は同じクラスメイトの朱染モカさんだ。彼女も妖怪で、しかもバンパイアなんだよな。血を吸われたし……。
「ん? 月音か。どうした、気の滅入った顔をして」
こちらに気が付いたモカさんが俺の顔を見るなり怪訝そうに眉を顰めた。
「いや、その……なんでもないよ」
自分は人間で自主退学しようか迷っているだなんて言えるはずがない。この場は笑って誤魔化すことにした。
上手く笑えているか分からないが、萌香さんはそんな俺をジッと見つめると、唐突に俺の手を取った。
「えっ、モカさん?」
「お前もまだ校舎を回っていないだろう。どうせならお前も来い月音」
俺の手を引っ張り先導するモカさん。彼女からなんとも言えない良い香りが漂い、俺の鼻孔を刺激する。繋いだ手から伝わる体温が俺の心拍数を高めた。
――お、女の子の手ってこんなに小さくて柔らかいの!
生まれてこのかた十五年。彼女どころか異性と手を繋いだことは親族を除き経験したがない俺にとって、まさに夢のような一時だ。
――こんな幸せな思いが出来るなら、妖怪とかどーだっていいかもーッ!
「しかし、この学園は無駄に広いな」
「う、うん。そーだね……」
モカさんが何か言っているが緊張で上手く言葉が出てこない。周囲の人の視線が萌香さんに集中しているのがわかった。
「お、おい! 見ろよあの子!」
「なになに?」
「うわ、すごッ! ちょー美少女じゃん!?」
「つ、付き合いてぇ……ッ!」
そして隣にいる俺に視線が移ると、途端に雰囲気がガラッと変わる。
「隣の男は誰だよアレ……」
「知るかコラッ」
「どかねぇと殺すぞテメェ……!」
「どいても殺す……」
――ひぃいいいい! こ、これが俗に言う殺気!?
背筋を這い回るゾクゾクとした感覚に肝が冷える。やばい俺、ブラックリスト入りしたかも……。
「へぇ、やっぱり可愛いな~」
その時、俺たちの前に一人の男子生徒が立ち塞がった。見覚えがあるぞ、この人。
「あんた、朱染モカっていうんだってな。俺は同じクラスの小宮砕蔵。よろしく!」
髪を染め、耳と唇にピアスを付けた、いかにも不良といった出で立ち。どこかで見た覚えがあると思ったら、この人先生に手も足も出なかった不良生徒だ!
「ところで、なんであんたみたいな美人がこんな冴えない奴と仲良くしてるんだ?」
「うわっ」
小宮は徐に胸倉を掴むとそのまま片手で俺を持ち上げた。足が宙に浮き、襟が首を圧迫して痛む。なんて怪力だ……っ!
パッと手を離す小宮。力が入らず尻もちをついてしまう。遠巻きで見ていた生徒たちの声が耳に飛び込んだ。
「おい! あいつあの砕蔵だ!」
「あの、はぐれ妖の?」
「ああ。なんでもたちの悪いはぐれ妖で、相当の女好きらしく人間の女を襲ったりしていたらしいぞ。人間社会で問題を起こしすぎたから強制的にこの学園にぶちこまれたらしい」
――な、なんだよそれ……。じゃあこの人、すごい危ないってこと!?
「なあ、こんな奴放っておいて今から二人でどっか遊びに行かない? こんなクズみたいな男より俺の方が断然イイっしょ。ちょっと付き合ってよ」
ずいっと身を乗り出して威圧する小宮。しかしモカさんはそんな小宮を一瞥するだけで、俺を助け起こしてくれた。
「いくぞ月音。まだ回り終わっていない」
「えっ、あ……」
手を引くモカさんのされるが儘に着いていった。
しばらく歩いて回った俺たちは一息をついた。自販機で買ったトマトジュースを飲むモカさんに思い切って聞いてみる。
「あのさ……モカさんは何で俺なんかと仲良くしてくれるの? 俺って取り柄もなにもないただの男なのに」
モカさんは手にした缶ジュースを飲み干すと缶入れの中に入れる。
「ふむ、まあ強いて言うなら」
「言うなら?」
「お前の血が美味だったからかな」
何でもないように答えるモカさん。俺は食料ですかッ!?
「それに、お前はどこか私の妹に似ている」
「妹って、モカさん妹がいるの?」
「ああ、妹と姉が二人な」
そう言ってフッと笑ったモカさんは凄く優しい顔をしていた。なんていうんだろう、慈愛に満ちているというのかな。
「どこか放っておけないところなんか特に似ているぞ」
「弟感覚!?」
「お前が私の弟になるものか、馬鹿者め」
その「何言ってんだこいつ?」って目でみるのは止めてくれませんか。すごい傷つくのですが……。
分かってはいたけど、異性として見られないのはやっぱりきついな。いや、分かってはいたけどね。こんな美人な人に好かれるとは自分でも思わないし。
――あ、でも、感心を持ってくれてるのは素直に嬉しいかも。
「そろそろ行くか。そういえば、まだ寮を見ていなかったな」
「あ、俺も」
寮か……どんな所なんだなろう。寮生活だなんて生まれて初めてだから、今からドキドキするな。
† † †
「…………」
俺たちは今、寮と思わしき場所に来ている。着ているのだが、
「なに、ここ……」
寮は確かに立派だ。マンションのような六階建ての建物は一見して外観は広い。けれど、立地条件が酷すぎる。
寮の真ん前には何故か墓地だし、不気味な鴉や爬虫類がそこらかしこに生息している。すごく不気味な雰囲気だ。こ、こんなところで三年間生活するの……?
「ほぅ、威厳ある風格の建物だな。悪くない」
「ええっ!? ちょ、趣味変わってない!?」
「なんだ、月音はこういうのが苦手なのか? 妖怪なのに」
「うっ」
そうだった、モカさんはバンパイアなんだ! よ、妖怪はこういう所が魅力的に映るものなのか!?
「ほら、さっさと行くぞ」
「あっ、待ってよモカさん!」
スタスタと先に行くモカさんを追い、俺もその後に続く。寮内は普通の内装だったのが、唯一の救いだった。
一階のホールで男女別に寮が別れているため、モカさんと別れた俺は割振りられた自室へと赴いた。
「あ、よかった。普通の部屋だ」
部屋の間取りは意外と良く、掃除も行き届いているみたいで清潔感があった。荷物を置いてベッドに身を投げ出す。
「どうしよっかな、俺……」
学校を辞めるか、それともこのまま残るか。どちらにせよ、早々に答えを出さないといけない。
折角できた友達であるモカさんとは離れたくないけど、先生の言っていた通り俺には自分の身を守る力は無いし、かといって三年間、自分の正体を隠し通せる自身も無い。
「ああ~! どうしよぉ~!」
ジタバタとベッドの上を転がる。
――眠れない夜が訪れそうだ。
† † †
翌日。なんとか今日も一日生き延びた俺は校舎の廊下を歩いて寮に向かっていた。
結局、昨日はあれから一睡もできなかった。万が一に備えて退学届を書いちゃったけど、未だ迷っている。
本当はこんな学校さっさと出て行ったほうが良いのは分かっているのだけれど、いざとなるとモカさんの顔が脳裏に過って踏ん切りがつかなくなる。
俺を妹さんのように放っておけないと言った、あの時のモカさんの顔が綺麗で。脳裏にずっと焼き付いているんだ。
「よう、色男」
どこからともなく声を掛けられた。見れば壁に寄り掛かった小宮が、例のニヤニヤした顔で俺を眺めている。つかつかと近づいて来たと思えば、いきなり俺の胸倉を掴んだ!
「ぐっ……!?」
そのまま片手で持ち上げて俺を壁に叩きつける。胸が圧迫して息が……っ!
「テメェ、昨日はモカと遊び呆けていたらしいなッ! 許せねぇ、何なんだテメェ! テメェの正体は何なんだ、言ってみろッ! あぁ!?」
――さ、逆恨み……? でもここで人間だなんて言ったら殺される……っ!
何でもいいからこの状況を切り抜けないと、と思った俺は自然と口を開いていた。唯一、俺が知っている名前の名を。
「ば、バンパイア、とか……?」
小宮の眉が跳ね上がり、次の瞬間拳が飛んできた!
「うわ――!」
拳は頬を掠めて背後の壁を粉砕する。音を立てて崩れる瓦礫に血の気が引いていくのを感じた。
「おお、パンチ一発で粉々に……!」
「やるな、あいつ!」
遠巻きで見ていた野次馬たちが賞嘆の声を上げた。こ、こんなの食らったら、死んじゃうよ!
「テメェがバンパイアだと!? バンパイアは不死で凶悪な西洋の大妖だぞ! 『力』に関しては妖怪随一と言われている! テメェみてえなモヤシがそのバンパイア!? ふざけんなッ!」
「ひぃっ!」
バキバキと音を鳴らしながら小宮の手が変形していく。筋肉が膨れ上がって手が大きくなったんだけど!?
――こ、殺される……!
思わず目を瞑った時だった。
「はい、そこまで。まったく、この壁を誰が修理すると思っているんだ。業者さんも楽じゃないんだぞ?」
いつの間にか隣にいた須藤先生が小宮の手を掴んでいた。全く気配がしなかったんだけど。というか、いつから居たの!?
「何の用すか、センセ」
「これ以上騒ぎを大きくするのは教師として見過ごせないな。ほら、手を離しなさい」
先生が小宮の肘を軽く叩くと、不思議と手が開いた。そのまま崩れ落ちそうになる俺を先生が支えてくれる。
「おっと、大丈夫か?」
「は、はい……」
「君たちも早く帰りなさい。小宮も」
はーい、と散っていく野次馬たち。舌打ちした小宮は鋭い目で俺を一瞥した。
「とにかく二度とモカに関わるんじゃねぇ。次にあいつと話しただけでも殺すからな」
そう言って去っていく小宮に俺は何も言えなかった。
「やれやれ、血の気の多いことだな」
「……」
もう無理だ。怖くて怖くて堪らない……。
いつ殺されるか分からない恐怖に怯えるなんてゴメンだ。
――一秒でも早く、ここから逃げたい。
「……先生」
「ん?」
気がつけば、ポケットから一通の封筒を取り出していた。
今朝、徹夜で書き上げた『退学届け』。
「あの、これ……」
差し出した封筒を神妙に受けとる。
「本当にいいんだな? 悔いはないな?」
「……はい」
一瞬、モカさんの顔が脳裏に過ったけれど、頭を振って意識の外に追いやる。
「ふむ…………わかった。確かにこれは先生が預かっておこう」
「すみません。短い間でしたが、ありがとうございました……」
「ああ。向こうでも頑張りなさい」
先生に頭を下げた俺は荷造りのために寮へと戻った。
後書き
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