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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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先輩方の会議と次の方針

 
前書き
 お待たせしてすみません。
 仕事の方で、同僚がおめでたで退職して忙しくなったりと色々とありまして…… 

 
 既に日が暮れて夜となったユクモ村は、人口一千人に満たない山奥の村というだけあって実に静かなものだ。
 それでも、酒場というものは古今東西何処に行っても変わらずに騒がしいのが、世界共通であり常識だ。
 そんな中、下手をしたら未成年に見られかねないほど童顔の正太郎は、気の強そうな切れ長の目が特徴的な大人の女性にみえる朱美、ボサボサの髪に無精髭な上に強面なせいで三十代後半にしか見えない一鉄、吊り上がった三白眼で赤みがかった髪を所々で跳ねさせたガラの悪い卓也、黒髪をオールバックでやる気のなさそうな仏頂面の顔の大吾の、計五人で卓を囲んでいた。
 彼等は皆同い年(二十三歳)であり、かつてはこのメンバーでハンターを志したものだが、色々あって今に至る身だ。
 ただ、五人の表情は酒場での陽気なものではなく、暗い症状を浮かべ、陰気な空気を出していた。
「本当なのか……ソレ?」
「俺も嘘だと思いたいがね」
「でも事実だよ」
 正太郎の搾り出すような声での問を、一鉄と明美が吐き捨てるように肯定する。
 彼らの席は酒場でも、隅の方の個室であり、外の騒がしさのせいでこの中での声が外に漏れることも、中を察知される様子もなかった。
 正太郎がお猪口の中の酒ではなく、湯飲みの中で湯気を上げる白湯を飲み込んだ。本来なら濃い酒を薄めるための物だが、今は酒を飲む気にはならない。
 前回の戦闘……モンスターから逃げ惑う湯治客達を、偶然通りがかった朱美達一行が救出し、ヴォルフ達に援軍を要請した事で何とか生還に至った件……あの事件の事の発端は、ハンターという職に就く者達の沽券や信用、信頼を根刮ぎ否定しかねないものだった。
 ユクモ村のある山の麓にある村、サイガ村で募集していたユクモ村への湯治客達の護衛任務を受けたハンター達が、湯治客の持つ金銭を目当てにした犯罪者だった事を知らされたのだ。
 彼等の犯行は……複数の竜車(アプノトス、ガーグァなどの家畜になる草食種・鳥竜種などに引かせる荷車や乗用車)に標的を乗せて、そのまま目的地に移動するように見せかけてモンスターの多い危険地帯に侵入、彼等の荷物を強奪してその場に置き去りにするというものだった。
 この方法でなら、戦闘経験のない被害者はそこに巣食うモンスターの餌食になってしまい、犯行の露見が大いに遅れる。下手をしたら行方不明で処理される。
 今回は生還者がいた事で、事の次第が判明したのだ。肉親を……取り分け父親を失った幼い少年と、夫を失った若い女性は今も尚塞ぎ込んでしまい、今は村長が自宅にて彼等の世話に明け暮れている始末だ。
「で、連中は?」
「さっぱりだ」
 正太郎の言葉に、大吾が……茹でた豆に塩を振って味付けしたツマミを食べながら答える。
「さっぱりってお前なぁ!?」
「落ち着けよ莫迦。アレからまだ一日だっての。調べなんて付けようがねえだろが」
「調べようにもサイガまで徒歩(かち)じゃ往復で四日は掛かるしね」
 掴みかかろうとした正太郎を卓也が嗜める中、大吾は変わらず豆を食べながら言った。
「だが一番の問題は、そもそも依頼書が存在しないことだ」
 一鉄がボサボサの髪をガリガリと掻き毟りながら、忌々しげに言った。
「は? 確かに荷物はなくしたけど、サイガのギルドに行けば……」
「そもそも、それが無いんだよ」
 正太郎の言葉を朱美が遮った上で断言した。
「……どういうこった?」
「村長から聞いたんだが、ホトケになっちまった連中な……依頼をギルドに通してねえんだよ」
 卓也が溜め息混じりに答えた。
「ちょっと待てよオイ……それじゃ……」
「ああ、サイガのギルドは今回の件で誰が動いたのかを全く知らないってこった。これでホシが余所者だったら手の付けようがねぇよ」
 卓也の言葉通り、ギルドを通した依頼ならば「依頼人」と「請負人」がハッキリと明記される。
 今回はサイガからユクモまでの護衛が任務であり、依頼達成の報告書は後日ユクモからサイガへと送信する仕組みになる……本来ならば。
 だが、ギルドを通さない依頼とあれば、そういった書類の類は一切存在しない為、誰が依頼人で誰が請負人なのかが完全に不明となる。
「ギルドへの依頼仲介料をケチりたかったのか、請負人が出るまで掛かる時間が嫌だったのか、書類作成が面倒だったのか……ま、確かに時間掛かるよね。他所から来た人間には特にさ」
「で、サイガで適当に声を掛けた奴が不良ハンターだったか、若しくは不良ハンターの方から口車に乗せたのか……何れにせよ、ふざけた事してくれるな」
「全くだ」
「でもよ、誰かがそれを見てねえとは思えねえんだが?」
「あのな、正太郎」
 一鉄が溜め息混じりに正太郎を見た。
「こんな馬鹿げた事をやって退ける奴等だぞ。流れ者くらいしかいないだろ? サイガ全体でグルやってるワケないし、やる意味もない」
 一鉄は一旦言葉を停めて白湯を湯呑に自分の注いだ。
「だが、目撃者は必ずいる。それを探すところから始めれば良い……連中がそれまで近くにいれば何とかなる」
「そうか。そうだよな」
 一鉄の言葉で、正太郎の顔にようやく笑顔が浮かぶ。 
「そんな訳でまずはサイガにまで行こうと思うんだが……生憎と、アタシは銃が無い。テツは剣が無い。ダイゴは楯が無い。タクの太刀は修理中。オマケにただでさえ少ないこの村のハンターは、夏空達以外皆出払ってる」
 と、朱美が喜びをぶった切るかのように言った。そう……全員が先日の件で武器を失っているか使用不可能に追いやられている。
 つまり比較的安全かもしれないが、それでも道中では何が起こるかわからない。道中の危険に対し成す術がない為に調査のしようがない。ジャギィにすら対処が難しい……ナルガクルガに出くわしたりしたら目も当てられない。
「だからと言って、夏空達に護衛を頼むのもねえ……護衛対象の方が経験は豊富だというのに丸腰な上人数も多いってのは……正直荷が重いと思うよ。ストラディスタも神無もいないんじゃね」
 丸腰五人を四人で護衛しながら徒歩での下山など、危険以外何者でもない。
 鍛冶屋の方は既に他のハンター達の依頼でいっぱいな為に、装備の新調もままならない。
 オマケにこの村の武器屋のそれは、主力武器を改造に出して完成までのその繋ぎとして買われたり、他にも武器を失ったハンターたちもいて、予備として複数購入があって品切れだ。
「……アイルー連中でサイガのギルドに伝令を出すってのは?」
「不在だよ。担当が丁度入れ違いでサイガに行ってる」
 つまり、手の出しようがない。
 最後の最後で正太郎は止めを刺されて机に突っ伏して、止めを決めた大吾は何処か得意げだ。
「ヴォルフぅ~。早く帰って来いよぉ~」
「俺ぁアイツに借り作るなんざゴメンだぜ」
「もう作ってるだろう?」
 正太郎が情けない声を出す中で、卓也が憮然として吐き捨てるが、一鉄が先日の件を指して言った。
「うるせぇな……」
「何がそんなに嫌なんだ?」
「気に入らねぇんだよ。あのすかした態度がよ……調子こきやがって」
「……それ、ただの嫉妬だよ?」
 大吾の容赦のない一言で拓哉が目を見開くが、その眼前で朱美が掌を机に叩き付けた。
「止めんか!」
 彼女のその一言で一気に静まり返った。
「確かに借りを作りっぱなしになるのは性に合わないけど、それでも次はストラディスタに頼らざるを得ない。でもね、仲違いをする前に出来る事を探せ」
 卓也はその言葉に舌打ちしつつそっぽを向いた。
「……でもね、確かに彼がどう動くかが問題なんだよ」
「?」
「何が?」
 正太郎を始めとする全員が朱美の言葉の意味が理解できずに首を傾げ……一鉄が目を見開いた。
「『人狼』……人斬りってことか」
 一鉄の言葉で、その場の空気が急に冷え込み始めたのを、その場のもの全員が感じた。
「そう。確かに、こんな事する奴等だから今回の件が初めてって訳じゃないだろうさ。裁判でも死刑は確実と言えるし、遺族と犠牲になった人々の為にも犯人は裁かれなければならない。そして――――――」



「――――――ストラディスタがこの件を知ったら動くと思う」



 朱美は一拍置いてから告げた。
「ギルドで聞いた事なんだが……『人狼(ワーウルフ)』ってのは何時の間にか定着していたけど、実の所は称号みたいなものみたいなんだ」
「称号? それじゃ、異名とか……寧ろ誉れあるもんじゃないのか?」
「いや……そうでもないな」
 正太郎の問いに、一鉄が反論する。
「確かに、称号とか異名は誉れその物だ。現に、タンジア港付近にある島にモガ村ってのがあってな……そこでの功績から上級ハンター入りして『海蛇(シーサーペント)』の称号を与えられては居るんだが……」
「え!? 何それ初耳! モガ村なんて割りと近くじゃん。船とかの乗継とか確かに面倒だけど、行けない距離じゃないし、俺会ってみたい!」
 さっきまでの仏頂面は何処へやら……お星様が浮かぶほどに瞳を輝かせた大吾が机に乗り出して言う。
「生憎と、今は弟子の育成の為に揃って武者修行に出て世界の何処かだ」
 と、顳顬(こめかみ)をひく付かせた朱美がぶった切った。
 朱美の言葉で、大吾は夢に敗れたように、がーん、と机に突っ伏した。
「で、その人狼ってモノは、本来は対人執行官に与えられる物に近いものらしくてな……定着しちまった上にギルド内も色々あって、収拾が付かないのかそのままになってるみたいだけど……」
 対人執行官とは、ハンターによる犯罪が発覚すれば現地に派遣される捜査官のような物なのだが、実の所その本質は処刑人であり、ギルドの暗部として忌み嫌われる物でもある。
「……対人執行官? えっと、それにはヴォルフみたいな凄いのがわんさか居るってのか?」
「や、流石にそれは無いだろ。ま、アイツはそれだけ強いってことなんだが……」
「ちょっと? 話が逸れてるんだけど?」
 朱美の言葉に一鉄と正太郎が一瞬硬直し……
「……で、ヴォルフがこの件を知ったらどう動くって?」
 やや時間を置いてから、正太郎が尋ねた。どうやら先程までの会話を忘れてはいなかったようだ。
「推論に過ぎんのだが……ストラディスタは以前、自分を嵌めた連中の中から内部告発した奴の命を守って、他の奴等を斬った事があったんだが……」
 ヴォルフが起こした事件の中でも有名な物だ。
 事が大きくなった原因は、夜とはいえ住宅街でヴォルフが刀を人に向けて、しかも相手を皆殺しにした事だった。
 現場は血の海で、最後の一人が助けを求めて民家に入り込んだ事で、事態がややこしくなった。
 ヴォルフは何の躊躇いも無く民家へ上がりこみ、その者すらも斬り捨てたのだ。斬られる事は無かったとはいえ、目の前で人がナマス切りにされる光景を見た上に血の雨を浴びた一般人は……
「オイオイ……」
 流石の正太郎もどうフォローして良いのか見当も付かない。
「ま、元々向こう側が全部悪い上に、ギルドの連中の中にもストラディスタを焚きつけるような真似した奴が居たこともあってか、彼自身は特に御咎めは無かったんだが……」
 朱美は一旦言葉を切って全員を見回した。
「彼ね……人を斬る事に躊躇いってのを感じないみたいなんだ。特に悪党の類にはね」
 それがどういう事を意味するのか……
「つまり間違いなく、今回の件を人狼の奴が知ったら血の雨が降るわな」
 卓也が面白くなさそうに吐き捨てた。
「何とかならねえかな……」
 正太郎が机の上で両手を握り締めた。
「――――――人が人を殺すっては……なんか、納得いかないよ」
 何処かやりきれないように……沈んだ声で言った。
「同感だな」
「そうだね。納得して良い事でもない」
「けど、彼には愚問なんだろうね……でも」
「オイ大吾、お前まで……」
「最後まで聞きなよ」
 思わず食ってかかる正太郎だが、大吾はそれを掌を前に出して制する。
「でも、彼が斬ってきたのはあくまでクソヤロウの類だけで、それ以外は誰も斬っちゃ居ない事は確かだよ。ま、その度に血の雨が降るせいで正義の味方には遠いかもだ」
 大吾は酒の入った湯呑を揺らしながらなんでもないように告げるが、朱美と卓也は顔を引き攣らせ、一鉄は額を抑え、正太郎は寒気を感じたのか両肩を抱き竦めた。
「ま、人殺し云々についてはこれで終わりにしようね~。俺らの管轄じゃないし、今は明るい話題を出そう。例えば集会場の女湯の覗き方とか――――――へぶぁ!?」
「仮にも女のアタシの前でそんな話題を出すんじゃない!」
 不届きな発言をした大吾を顔を真っ赤にした朱美がコークスリューの入った拳で吹き飛ばす中、先ほどの空気は霧散していった。
「そう言えば、アイルー達が何か高台作ってたが、ありゃあ何だ? さっき見たら完成してたみたいだが」
「ああ、アレか。そっか……完成したのか」
 一鉄が口にした事柄を正太郎は知っていたようで、正太郎の目に強い光が宿った。
「知ってるのか?」
「ああ。俺達の訓練の為の物だよ。以前は休憩所の屋根を代わりに使ってたんだが……」
「屋根? ちょっと待ちなよ正太郎。一体何の訓練をしてるんだい?」
「何って……高いところから飛び降りる訓練」
 朱美の問いに、正太郎はしれっと答えた。
「えーっと……」
「何? 滝から飛び降りたりするの?」
 卓也が何かを言おうとする中で、復活した大吾が言う。
「……流石にそれは無ぇとは思うけど。ヴォルフ曰く、必ず必要になる、とか。ま、確かに足腰鍛えられたから、今じゃ銃槍を難なく構えられるぜ」
「ブッ壊れてるけどね」
 正太郎が右腕に力こぶを作って言ってみせたが、朱美の一言でその顔が凍りついた。
「面白そうだな。丁度暇してるから、付き合わせて貰えるか?」
「ほえ?」
「あ?」
「へ?」
「へえ」
 一鉄の唐突な発言に、正太郎は勿論のこと、卓也と朱美も目を見らいて驚いているが、大吾だけは興味深げにニヤリと笑ってみせた。
「いや、俺は別にいいけどさ。色々と面倒だぜ? 着地時の姿勢やら何やらでさ」
「そこは教えてよ。自分も再確認出来ていいじゃん」
「大吾。お前もか!?」
「……朱美、何をそんなに驚いてんの?」
「あ、いや、その……な」
 大吾の指摘に朱美はしどろもどろになって、何かを言おうとするも言葉が出てこない。
「ま、色々と面倒掛けることになるだろうが頼めるか? 何せ、上級ハンターが必要になるというのなら、俺達もやっておくべきだからな」
「いつか遠出する事になった時、向こうで訓練受けるのも面倒だしね」
 残ったみんながOKすればだけど、と大吾が締めくくった。
「了解したぜ。明日皆に話してみるから。また、その時にな」
 朝の訓練時に、朱美達一行が訓練に加わった。
 夏空を始めとした訓練組は、先輩方の参入には流石に驚いてはいたものの、事情を話すと納得し、共に訓練に勤しむようになった。
 高台は二階建てから三階建てくらいの高さで、夏空と梓がヴォルフに教わったとおりの降下、着陸の方法を教えるところから始まった。 
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