ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
アゲインスト
爽やかな香りにふわふわと鼻をくすぐられて、ゆっくりとまぶたを開けると、柔らかな緑色の光が世界を満たしていた。外周から入ってくる朝陽の光が足元の葉に反射して、鮮やかな緑色に見えるのだ。
視線を巡らせると、ランタンの上にポットが置かれ、ゆらゆらと蒸気がたなびいていた。
芳香の元はそこらしい。ランタンの前には、こちらに背を見せて座る紅衣の少年。
その姿を見るだけで、思わず微笑んでしまう。
レンはこちらを振り向くと、満面の笑顔で言った。
「リズねーちゃん、おはよっ!」
「………おはよ」
あたしも言葉を返す。体を起こそうとすると、体からブランケットが滑り落ちた。
そこにまだ残っているような気がする温もりをそっと嗅いでから、よいしょっと跳ね起きる。
這い出すように起き上がったあたしに、レンは湯気の立つカップを差し出してきた。
小さくお礼を言って受け取り、隣に腰を下ろす。
カップの中身は、かすかにバラの香りがするクリームシチューのようなものだった。
今まで味わったこともない味だったが、一口ふたくち、ゆっくりと含む。ほっと心が温かくなる。
レンは体をずらすと、あたしの肩にこてんと顔を乗っけた。顔を向けると一瞬目が合い、にぱ~っと笑う。あたしも微笑み、頭を撫で撫でしてやる。
しばらくの間、二人がシチューを啜る音だけが朝の空間に響いた。
「…………ありがとう」
唐突に耳元でレンが言った。あたしが聞き直す前に、肩の上から重みがこれまた唐突に消える。
立ち上がり、右手を真下に振ってメインメニューウインドウを呼び出し、そこにレンは指を走らせる。
──と、手の中から唐突にカップが消える。
どうしたのか、とあたしは周囲を見渡し、その理由がわかった。
大きな葉の隅。もはや忘れかけていた、見上げるほどに大きなサナギ。その頭上──
昨夜、あれだけ途方もない数字を表示していたそのウインドウの数字はもう残り少なく、一分を切っていた。
「………いよいよだね」
傍らから、レンの声が言う。
「………そうだね」
あたしも言う。空っぽになった手をなんとなく擦り合せる。まだカップの温もりは、少し残っている。
「転移結晶と、回復結晶を準備しといて」
再びレンが言う。何で?とあたしは訊いた。レンの実力があれば、まず間違いなく瞬殺だろう。必殺でも間違いではないが。
あたしの言葉に少年は首を振った。
僕はもう、目の前で知ってる人が死ぬのを見たくない。
そう言った。言い切った。その背後で、とうとうウインドウの中の数字が消滅して、メリメリと不吉な音がし、パキリとサナギに亀裂が走った。
そこから、姿を変えた異形の影がずるずると発現してくる。
その音をBGMに、少年はもう一度言う。
転移結晶と、回復結晶を用意して、と。
「分かった」
あたしは素直に頷き、ポーチから鮮やかな青と赤の結晶を出して、メイスを構える。
そして前を向いたとき、それはちょうどその足を地に着けたときだった。
それを説明するのは、正直言ってかなり難しい。全体的としては幼虫だったときよりも二回りくらい大きくなっており、色はまったく違い、鋼のような黒色になっていた。
尻尾は幼虫のときから引き継ぎ、サソリの尾のようになっている。そして胴体はカブトムシのようになっており、翼っぽいものも見える。足は昆虫っぽく三対になっていて、一番前の足だけ、カマキリムシのような鎌になっている。
そして、肝心の顔は、はっきり言ってあまりにもごちゃ混ぜになりすぎていて解からない。端的に言えば、カブトムシとクワガタムシとカミキリムシを足して三で割ったら、こんな感じになんじゃねえの?みたいな感じだ。
もっともっとはっきり言うと、気持ち悪い。かなり……いや、ホントに気持ち悪い。
無駄に醜悪にカリチュアライズされてるし。
まあ、どれだけ見た目が強力でも、レンのワイヤーの前ではほぼ完全な無力だろう。
あれなら、そんじょそこらの武器や防具ならば、躊躇いもなく両断するだろう。
そう思って横を見ると、紅衣の少年の横顔は曇っていた。む~っと唸ってさえもいる。
「ど……どうしたの?」
「うん………」
その頷き方も心なしか思い。
「こいつ、ちょっとヤバい。僕の識別スキルでも、データが見えない。強さ的にはたぶん……九十層クラス………」
「……………!?」
あたしの体が自然と強張る。その間にも、その虫はバッと羽を広げて二人の前に立ち塞がる。その頭上に新しくウインドウが浮かび上がる。【Blackload-parasite】、
それがそのイモムシだったものの名前だった。
それを眺めている間、もちろんイモムシ改め《ブラックロード・パラサイト》殿が止まるわけもなく、羽を振るってフワリとその巨体を浮かび上がらせる。
うわッ、やっぱり気持ち悪い。眼がないと思ってたら、顔の中心からにょろりと伸びているシャクトリムシのようなものに顔があった。うえぇ………。
そして、そのシャクトリムシの口元(?)がおもむろに輝き始めた。
「………………ッ!」
バンと言う轟音が響き、あたしの体から重力が唐突に消える。
レンに抱えられて跳び退かれた、と気付いたのは、かなり遅くなってからだ。
そして、数瞬前まであたし達がいた場所に三色の閃光が走った。
ぞくり、と背中に悪寒が走った。あれは恐らく、ブレス攻撃だろう。しかもその太さから言って、かなりの規模だろう。しかし特筆すべきはそこではない───
その……色の多さ。
その三色というのは、赤、青、黄色の三色である。
わあー、綺麗などと、一瞬の現実逃避。
閑話休題。
そう、重大なのは本当にそこではない。まず三色のうちの赤は、炎系ブレス。青は氷系ブレス。黄色は雷系ブレスのことだ。炎系以外は皆、状態異常を引き起こす可能性が満載だ。唯一といって言い、状態異常を引き起こさない炎系ブレスでも、数多くあるブレス攻撃の中でも一番攻撃力が高いのだ。油断は決してできない。
ズザーッと急制動をかけながら、再びの轟音。そして、今までいた場所にドスリと王の致死の鎌が突き刺さった。
………あれ?
「な、なんで防がないの?」
そうなのだ。なぜあれほどの武器を持っていて、あの一撃を防がないのだろうか。
あたしのその問いに、少年は緊張をたたえた面持ちで言う。
「僕のワイヤーは防御には向かないんだよ!………っと!!」
再びの急リターン。体に仮想のGがかかり、背後でズゥン!というもはや何の音かも解からない音が轟く。
その振動で気付く。
いくら鋭すぎるレンのワイヤーとは言っても、基本的には鉄製の糸ということに変わりはない。確かにあれで防御は難しいだろう。
「調子に………乗るなぁッ!!」
レンが吠え、あたしを担ぐために塞がれている右手の代わりに、左手を振るった。
空中に凶刃が展開され、迫り来る巨大な鎌の攻撃範囲に交差する。
ザクンッ!
あたしの耳が捉えたのは、鎌が両断される小気味良い音でもなく、かといって装甲に弾かれるような金属の悲鳴でもない、要するにその中間辺りの曖昧なサウンドエフェクトだった。
レンのワイヤーは、虫の王の鎌に深い斬り込みを入れたが、そこまで。決定打には至らない。
実際に虫のHPバーは、一割も減っていない。
対して、レンの消耗も激しい。
呼吸機能さえも仮想なこの世界だが、かと言って全く消耗しないと言うことはもちろんない。高速での戦闘行為、極度の緊張状態の継続は、精神を確実に蝕んでいく。
しかも、今はあたしという文字通りのお荷物を抱えているのだ。これで疲れない方がおかしい。
「……………………………リズねーちゃん」
そんな緊迫した状況のなか、少年はあたしの名を呼んだ。相変わらずの笑顔を浮かべたまま。
「何?」
「ちょっと降ろすよ。我慢してね」
「…………うん」
お荷物たるあたしに言える言葉はそれくらいだった。
限りなく優しくリズを降ろしたレンは、キッとこちらを見下ろす蟲の王を睨み付ける。
そして、すぅッ──っと目一杯に行きを吸い込み───
「──────────────ッッッッ!!!」
もしこの世界にガラスがあったら、共振作用で弾け飛ぶほどの雄叫びをあげた。
後ろにいるリズが半ば本能的に耳を覆う、そんな人外の叫び声……。
《威嚇》スキル。
おもにボスなどの大型モンスターの憎悪値を稼ぎ、ターゲットを自分に向けさせるためのスキルだ。だがこの場合、レンは自分ひとりだけで甲虫の王を屠るために威嚇スキルを駆使したのではない。
あくまでリズに甲虫の王のターゲットが移る事態を阻止するため、ただそれだけのために彼は自分の命を危険にさらしたのだ。
黒き巨体の、小さき目が剣呑に光り輝き、その口元と思われる部分に再びの三色の光が収束していく。
「………!!だ、だめッ…………!!!」
リズが堪りかねたように悲鳴を上げる。その声は、驚くほどに普段の彼女の声と比べ、掠れていた。
咄嗟に目の前にいる少年を引き戻そうとするが、腰が抜けでもしたのか、忌々しき体はピクリとも動かない。
だが紅衣の少年は、あまつさえ不敵な笑顔を浮かべつつ、両手をゆっくりと掲げた。
そして、その手首が小刻みに動き出す。同時にワイヤーが音もなく回り始める。
同時に何も見えなかった空中に、グリーンの光が唐突に現れる。
──ソードスキル!
どうやらレンのそのワイヤースキルのソードスキルは、どうやら防御系のソードスキルだったようだ。ヒイィィィィー!というジャンボジェット機のエンジン音に似た音が発される。
すでにワイヤーの回転は極まっていて、まるで緑色の円盾のように見える。
ギュアアァァァぁー!!!
………もう風車が出す音ではなかった。
そこに向かって、溜めに溜め込んだ必殺三色ブレス攻撃を黒い甲虫が放ったのと、レンが頭上に創造した凶暴な盾を眼前にかざしたのは、ほぼ同時だった。
轟音、雷鳴、閃光。思わず顔を背ける。
しかし、レンが創り出したシールドに打ち当たったブレスの奔流は、吹き散らされるように拡散し、空中にポリゴンの残滓を残し消えていく。
リズは慌ててレンの体に視線を合わせ、HPバーを確認した。本当に呆れたことに、一ドットも減らずレンのHPは微動だにしていない。
その時、ブレス攻撃が途切れたのを見計らったようにレンが動いた。爆発じみた轟音を立てて、宙の甲虫へと飛び掛かる。
普通、飛行する敵に対してはポールアーム系や投擲系の、リーチの長い武器で攻撃して地面に引き摺り下ろし、それからショートレンジの戦闘に持ち込むのがセオリーだ。
だが、レンはその原則を軽々と無視し、五メートルほどの高さにホバリングしている《ブラックロード・パラサイト》の頭部の辺りにまで一気に飛翔すると、腕を煙るように閃かせる。
「………シッ!」
鋭い気迫を息とともに吐き出しながら、目で追いきれないほどのスピードの攻撃が黒い巨体に吸い込まれていく。
甲虫も鎌や顎で応戦するものの、手数が地から違いすぎる。
蟲の背を飛び越えるような形で長い滞空時間を経て、レンが着地したときには甲虫のHPバーは残り二割を切っていた。
──圧倒的だ。
ありうべからざる戦闘を見た衝撃で、リズの背中にぞくぞくしたものが走る。
今なら解かる。自分がどれだけレンのリミッターになっていたかが。どれほどのお荷物になっていたかが。
そんなことを有無を言わさず気付かされる、そんな次元の戦闘行為。
甲虫は再びのブレスを撃ってきたが、レンはそれを軽々と避け、再びの飛翔。
空中ですれ違いざまに腕を振るう。
反対側──すなわちもといた位置──に音もなく着地したレンの背後で、哀れ切断されたゴキブリじみた羽が轟音とともに落下した。
そして数秒遅れて、飛行能力を失った甲虫の王が錐揉み状態で落下した。
血戦だと思っていた戦いは、あっけなく終わった。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「うだ~疲れる」
なべさん「ソレはこっちのセリフじゃいッ!ここんとこ飛ばしすぎで指がつったんだよ!」
レン「完全な自業自得だろうに………」
なべさん「でもね、先日すげえ発見があったんだよ」
レン「へえ~、何?」
なべさん「シノンの声優さんが決まってる」
レン「へ?………ええっ!?なんですとぉっ!!?」
なべさん「イヤ~、俺はね。某ウィキ〇ディアですでに知ってるアニメのことを見るのが趣味の一つなんだけど……」
レン「何と地味なものの上に、まだあるのか」
なべさん「知りたい?」
レン「知りたくないし、上目遣いでこっちを見るな気色悪い」
なべさん「そこまで言わなくっても……。まあともかくそん中に書いてあったんだよ」
レン「へえー。やっぱあるのはインフィニティ・モーメントかな?」
なべさん「いやーそうでしょ。……くっそー、買いたかったなあ~」
レン「おや買わないの?」
なべさん「残弾が圧倒的に足りません……」
レン「…………(無視)自作キャラ、感想などを待ってます」
──To be continued──
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