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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission7 ディケ
  (1) マンションフレール302号室~イラート海停

 
前書き
 一人でいっぱいぐるぐるして そしてもっとキライになって 

 
 今日のルドガーは仕事もなく、部屋で一人適当に過ごしていた。

 同居人たちは不在だ。全員がおのおのの用事で出かけている。
 この機会にと張り切って、彼女たちに気兼ねしてできなかった家事を片付けたのだが、これが思いの外早く終わってしまい、暇を持て余していた。

 ルドガーはテレビを切り、ソファーに横になった。

 ミラはレイアが色々気を遣ってあちこち連れ回す。エルもエリーゼが仲良くなろうと一緒に遊びたがる。必然的に両名は部屋にいない頻度が高かった。ユティは元から撮影旅行で3,4日帰らないのがデフォルトだ。
 女3人に男一人の生活なので、一人になれる時間は正直ありがたい――ありがたいのだが。たまに全員の外出が重なると、一人世界に取り残された気分になる自分は、どうしようもなくワガママだ。

 ふとポケットからくしゃくしゃになった封筒を取り出してみた。長いこと持っていたせいで持ち歩かないと落ち着かなくなってしまった。中身を封筒から出して、もう何度も読み返した文面を読む。

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 お前を少しでも一族の宿命から遠ざけたかった。お前に平和な世界で生きてほしかった。これがお前には押しつけになることは充分に想像がつく。だが、あの時の俺にはこんなやり方しか思いつかなかった。許してくれ。
 今からでも遅くない。時計と「鍵」を捨てて引き返せ。お前はまだ戻れる。

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 ぴしゃん!
 夏の蚊を潰す時ほどの殺気と容赦のなさで、ルドガーは手紙を折り畳んだ。

 とっくに引き返せない。ルドガーは先日、2個目の道標『ロンダウの虚塵』を手に入れた。
 今日までに『マクスウェルの次元刀』と『ロンダウの虚塵』を回収した。これらの道標はクランスピア社が厳重に保管してある。残る道標は3つ。3つを見つけるために、あといくつの分史世界に進入し、破壊することになるのか。考えただけでも気が滅入った。

(そこまでしなきゃ行けないカナンの地って、どんな場所なんだろう)

 ふと考えてみる。――無の精霊オリジンの玉座。魂の循環を司る聖地。ユリウスの手紙も、ミラもそう説明していた。

(たくさんの可能性を潰して、2000年もやり続けて、そこまでして何で行かなきゃいけないんだろう。社長は分史世界の消去をオリジンに願うためって言ったけど……)

 今までの分史破壊をふり返る。――アグリアという少女と友達だったレイアの分史。死んだ側近たちと友情を築いていたガイアスの分史。主君のナハティガルと訣別しなかったローエンの分史――

 悲運も見たが、同じだけ希望もあった。それら全てが、マガイモノのニセモノ?

(俺たちがやってることは、本当に正しいのか?)

 GHSが鳴った。ルドガーはソファーから起き上がって通話に出る。

『もしもし、ルドガー様。ヴェルです』
「また新しい分史が見つかったのか」
『いいえ。ユリウス前室長が道標を持って逃亡しました』
「兄さんがぁ!?」

 どこまで往生際が悪いんだあの兄貴は。ルドガーは頭を掻きむしった。

『目撃情報はイラート海停で途切れています。リドウ室長が捜索の指揮を執りますので、直接現地に向かわれてください』
「了解。わざわざサンキュー、ヴェル」
『これが仕事ですので。失礼します』

 通話が切られる。ルドガーはGHSの発信履歴を呼び出し、まずはエリーゼに電話をかけた。

「もしもし、エリーゼ。俺、ルドガー。今日、そっちにエルが行ってるだろ。悪いけど連れてきてもらっていいか? ……。ああ、仕事。……。いや、分史破壊じゃなくて。脱走した兄さん探し。……。ほんっと世話が焼けるよな。……。エリーゼも来てくれるのか? ……。いや、迷惑じゃない。すごく助かる。……。イラート海停だよ。……。ああ、じゃあ現地で」

 次に電話をかけたのはレイアだった。

「もしもし、レイアか? そう、俺。今そこにミラいるか? ……。いるな、よし。じゃあ伝言頼む。『仕事が入った。迎えに行くから支度して待っててくれ』。……。レイアも? お前、今日非番だろ? そんな出てきてばっかじゃ休めないんじゃないか? たまには俺に気を遣わずゆっくり……。ああ、そういうこと。はい、スクープになるよう頑張らせていただきマス。それじゃ」

 GHSを切り、筐体を畳んでホルダーに突っ込む。ルドガーは洗面台に行って最後の身繕いを終えると、カードキーを持って部屋を出た。部屋にセキュリティロックをかける。カードキーは玄関ポストに入れる。暗証番号はあらかじめ同居人全員に教えてあるから問題ない。

(常に他人がそばにいるのが当たり前になっちまったな)

 一人舗道を歩きながら、とりとめもなく考えた。
 にぎやかなのも友達が多いのも決して悪くはない。ただ群れに加わりきれないじれったさは解決できてないだけで。

(流れで集まったジュードの昔の仲間に便乗してるのが今の俺とエル。ミラに至っては居場所がないから仇の俺に協力せざるをえない。こう考えると俺たちって結構危ないパーティーじゃないか?)




 港に向かう前に、レイアのアパートに寄る。彼女のアパートは割と近所で助かっている。ミラだけなく、ルドガー自身とレイアも互いの部屋を行き来することがある距離だ。

 アパート前ではすでにレイアとミラが待っていた。

「遅いわよ」
「悪い」
「まーまーミラ。あ、ジュードとアルヴィンにはわたしから連絡しといたから。今度はどんな仕事なの?」

 3人で舗道を歩き出す。目指すはトリグラフ中央駅だ。

「ユリウスが脱走したらしい。その捕獲」
「え……ルドガー、大丈夫?」
「大丈夫も何もない。今の俺はエージェントなんだ。何度だって戦うし、捕まえるさ」
「ええっと、そういうんじゃなくて、その…」
「何だよ、レイア。珍しく溜めるな」
「エージェントって立場に縛られて視野狭窄になってんじゃないの、って言いたいんじゃない? レイアは」
「視野狭窄って……俺が?」
「うん。だって最近のルドガーさ、何かあるとエージェントエージェントって。気合入ってんのもあるだろうけど、ちょっと心配になっちゃって。一直線って、後から色々辛い思いもするし――」
「余裕なくしてるの、むしろあなたのほうじゃないの?」

 気を張っていた自覚はある。ガイアスに「世界を壊す覚悟を見せろ」と言われた日から特に。分史破壊では常に強く正しく在ることを心がけ、家に帰ってからの余白は、空気が抜けた風船みたく過ごしてきた。

「だとしても、やるべきことはおろそかにしない。ミラだって、ガイアスと一緒に行った分史で見たはずだろう。俺が何をするか」
「まあ、確かに見させてもらったけど――」
「俺が気に入らないならガイアスみたいに斬りに来いよ。返り討ちにするけどな」

 バラ色の双眸が鋭く細められた。

「精霊の主に挑戦状? いい度胸じゃない。いいわよ、じゃあさっそく」
「ストップストッ~プ!! ここ往来! 二人とも仕事前によけいな消耗は避ける! 何より仲間同士で争わない! 分かった!?」
「仲間って……」
「分かった!?」
「……ああ、もう、分かったわよ! 悪かったわよ」
「すまん、レイア。どうかしてた。レイアの言うように、余裕がないのかもな」
「しかたないよ。その辺をフォローするためにわたしたちがいるんだから。遠慮なく頼ってね」
「ありがとう」

 その後は無難なトークをしながら、列車で海を越えてマクスバード/エレン港へ上陸。シャウルーザ越溝橋を渡り、マクスバード/リーゼ港から船でイラート海停を目指した。
 
 

 
後書き
 ルドガー君の怠惰な?休日の過ごし方。

 選択肢ではありますがゲーム中ルドガーは自分を「居候」と言ってるんですよね。ではユリウスのいない今は自分をあの部屋の「家主」と思っているのかというと、作者は思っていないのではと推理します。現代の就活浪人にありふれた、実家に「置いてもらってる」という意識をルドガーはずっと持っていたのではないでしょうか?

 詰まる所、ルドガーはあの部屋にいてもストレスから100%解放されることはなくて、でも相談できる唯一の家族が信用できなくなって、同居人、特に分史ミラの手前情けない姿も見せられなくて、ストレスは蓄積していく一方だったと作者は考察しました。

 こういう時こそ活躍するレイアさん。上手いことルドガーと分史ミラの潤滑油になってくれました。彼女の勇敢さはとても好きです。カミングアウトすると作者はレイア派です。別の長編でレイアヒロインものをやろうと考えているほどです。 
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