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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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EpilogueⅦ-B星々煌めく夜天にてお別れをしよう~Wiedersehen, BELKA~

†††Sideオーディン†††

ついに私たちグラオベン・オルデンのメンバーだけとなった中央広場。数十分前までの喧騒が嘘のように静まり返っている。心地よかった夢が終わったかのように思えてつい「・・・終わった・・・」と漏らしてしまう。私の一番近くに居たシグナムがその独り事に反応し、「はい。終わりましたね」と寂しげに微笑んだ。

「それにしても楽しかったですね~、バーベキュー♪」

「ああ。まぁ、ヴィータは調子に乗って酒を飲んだせいで・・・」

私とシグナムとシャマルとシュリエルは一斉にヴィータの方へ目を向ける。ヴィータはアルコール度数のキツいテキーラに手を出し、盛大に吐いた。何故そうなったのかと言うと、ヴィータは大人ぶって葡萄酒を飲もうとした。が、それを止める大人たち。
子供は子供用の果実飲料ね、と子ども扱いされたヴィータは反発して・・・テキーラをコップに並々注いで一気飲みし、間を置かず吐いたというわけだ。で、今は石像(私たちグラオベン・オルデンの)の土台に座り込んで、「大丈夫?」アギトとアイリに背中を撫でてもらっている。

「火の始末もしたし、ゴミも片づけたし。よし、それじゃあ帰ろうか」

片づけも一段落して、みんなを引き連れて屋敷へと歩を進める。私は眠ってしまったヴィータを背負い、狼形態のザフィーラの背にも深い眠りに落ちているアギトとアイリが乗っている。月明かりの下、これで最後になる家族の散歩だ。

「・・・・聴いてくれ」

だから話そう。みんなにとってもこれが最後になるのだから。私は足を止め、遅れて同じように足を止めて私へと向き直ったシグナム達を見据える。

「昨夜、エグリゴリから宣戦布告を受けた。日を跨いでの午前3時・・・あと5時間ちょっとだな。場所はクテシフォン砂漠。そこで、私は戦争を行う」

「「「「「っ!!」」」」」

私の背で眠っているはずだったヴィータも含めて全員が息を呑んだ。“エグリゴリ”からの宣戦布告。それだけで察してくれたようだ。もうベルカから去る時が来たんだと。この宴会の理由が、別れの前のアムルへの恩返しのためだったのだと。

「そうですか。・・・・我ら守護騎士ヴォルケンリッターは、あなたの剣で盾です」

「ええ。オーディンさん。私たちも共に戦います。この身命を賭して」

「相手がどれだけ強大であろうと、必ずや」

「うっぷ。そうだぜ、オーディン。あたしらが揃えば最強だ。げぷ」

心強いよ、本当に。相手が“エグリゴリ”でなければどれだけ私の支えになってくれるか。だが相手が悪い。だから「ありがとう。だが、私1人で戦いに行く。君たちは来なくていい」そう突っ撥ねる。

「何故ですっ!? 」

「納得のいく説明をしてください!」

声を張り上げたのはシャマルとシュリエル。黙ってはいるが同じ事を思っているシグナム達からはキツい睨みが。

「相手は、イリュリア戦争で君たちが苦戦していた騎士やミュール、ゼフォンを上回る戦力を有している」

その説明で「なればこそ共に戦うべきではないですか!」あのシグナムが怒鳴り声を上げた。私の背からヴィータが飛び降り、すぐさま私の前へと移動して来て「あたしらを甘く見んなよ!」と、起動した“アイゼン”を突き付けて来た。

「ダメだ。・・・信じてくれ。君たちを過小評価しているわけじゃないんだ。ただ、私の全てを犠牲にした上で相討ち覚悟で挑まなければ、彼らを全滅させる事が出来ないんだ。それはつまり君たちを巻き添えにするという事だ。私の手で、君たちを死なせろと言うのか?」

「それを過小評価だっつってんだ! そんな間抜けな事になると本気で思ってんのか!? あたしらだって伊達に何百年って戦場を渡り歩いてきたわけじゃねぇんだ! 自分の身ぐらい守れるんだよ! こんな楽しい日常を送れるなんて生まれて初めてだから! そりゃ必死になるさ! あたしらは闇の書が無事ならまた戻れる! だけど、あんたが死んだらそれまでなんだよッ! だからあんたを死なせたくねぇんだよッ! なんでそれが解らねぇんだ!」

大きく肩を息をするヴィータの目からは涙が次々と零れる。私が生きていれば、私と繋がっている“夜天の書”もまた生き続けることが出来る。そうだよな。そこをハッキリさせておかないとダメだよな。私は両膝立ちをし、「ちくしょう」と袖でゴシゴシと涙を拭い去っているヴィータを抱きしめる。

「・・・・エグリゴリを斃すことは、同時に私の人生を終わらせることになるんだ。だからすまない。この戦いの結果がどうであれ、私たちは永遠の別れになるんだよヴィータ」

「・・・は?・・・ちょっ、なに言ってんだよ、オーディン・・・」

「なんか今、信じられない・・・信じたくない事を言いましたよね・・・?」

「エグリゴリを斃すことが、オーディン・・あなたの願いだ。なのに、その結末が・・・」

「自分の死・・・?」

私から離れたヴィータ、それにシャマル、シグナム、シュリエル、そして黙ったままのザフィーラの顔から見て取れる。みんなの思考が完全に乱れている。自分自身を殺すことになる戦いをしている(オーディン)というものに。どの道勝っても負けてもこの日常が終わる事への絶望。憎んでくれていい、怨んでくれていい。
しかしこれで・・これで君たちは“エグリゴリ”に殺されなくて済む。君たちを連れて行けば、殺される可能性が高い。そんなもの見たくない。だから突き放す。結局、私は君たちには何も残せなかったのかもしれないな。最後の最後に、君たちに最悪な思い出を与えてしまった。

(フッ。やはり私は早々に人間に戻り、死ぬべきなんだ・・・)

自嘲気味な笑みが漏れてしまう。

「今までありがとう。残念ながら私はこれまでだが、君たちには未来が在る。辛い現実ばかりが在るかもしれない。でも必ず君たちの前には最高の主が現れる。この予言だけは必ず当たる。確実だ。絶対だ。それが運命だ。君たちは、幸せになる」

沈黙。誰も言葉を発せず、俯いているだけだった。この沈黙を破ったのは「ヤだ」か細い声。声の主に目をやる。ザフィーラの背に乗っているアギトとアイリだった。

「ヤだ・・そんなの嫌だッ! マイスターが居なく・・死んじゃうなんて嫌だッ!」

「アイリも! マイスターだけじゃないよ! シグナムやヴィータっ、シャマル、シュリエル、ザフィーラっ! ねえっ! どうしてみんな居なくなっちゃうの!? アイリ、良い子になる。もっとなるからッ! だから居なくならないでよッ! アイリ達を置いて行かないでよッ! 一緒に生きたいよッ!」

ザフィーラから降りて大声で泣き喚くアギトとアイリを、シャマルとシュリエルがギュッと抱きしめた。知らず私の目からも涙が溢れてきた。拭うこともせず、次第に嗚咽を漏らし始めたシャマルとシュリエル、泣き止まないアギトとアイリの泣き声を聞くだけ。

「我が主。その運命は、変えられないのですか?」

「ああ。エグリゴリの全滅の時が、私の最期だ。勝っても負けても、私は終わる。だから――」

「死なせねぇ。オーディン。あんたを無様な敗死なんてさせねぇ」

「ぐすっ・・・・ええ。あなたの人生、相討ちや敗死なんかで終わらせません」

「完璧に勝たせてみます。そして、胸を張って、ゆっくりと共に逝きましょう」

「その為に我ら守護騎士・・・いいえ、信念の騎士団グラオベン・オルデンが在るのです」

「最期の最期までお供いたします。連れて行かれずとも、自力でついて行きます。場所も時刻も聞き及んでいますので。逃げられると思わぬことです、我が主オーディン」

「ヴィータ・・・シャマル、シュリエル、シグナム・・・ザフィーラ」

凛とした顔を見せる彼女たち。そして「あたしも戦う!」「アイリも!」この2人も。私は改めてアギトとアイリを抱きしめ「ありがとう。でも2人はダメだ」参戦しようとするのを拒絶する。

「「どうして!?」」

「君たちの命は一度限りだ。死ねばそれで終わり。シグナム達は転生してまた別の主の下へ。でも2人は違う。君たちに死んでほしくない。だから連れて行けない。判ってくれ」

「行くっ! 絶対に行くっ!」

「置いて行かれてもついてくもんねっ!」

「アギト。アイリ。頼むから我が儘を言わないでくれ」

「嫌だ!」「嫌!」

アギトもアイリも本気の目だ。説得はもう通用しないだろうな。全員から縋るような視線を受け、私は小さく溜め息を吐く。作戦変更だな。私単独ならどんな自滅覚悟の無茶・無理・無謀でも出来たんだが、守るものが生まれた以上はそう無茶は出来ない。

「死ぬかもしれないんだぞ。辛い現実を見るかもしれない」

「あたし達の知らないところでマイスター達が死んじゃう方が辛いよ!」

「そうだよ。だったら最後まで一緒に戦いたい、マイスター達を見送りたい。それが、アイリとアギトお姉ちゃん――融合騎の務めだもん・・・!」

自らの力で私から離れたアギトとアイリは、私の目を真っ直ぐ見詰めてきた。2人の目を見詰め返したまま「シグナム」と彼女の名を呼ぶ。シグナムは「はい」と簡潔に応える。

「アギトと融合し、私を助けてくれ」

「っ・・・はいっ、お任せを! 剣の騎士シグナム。必ずやお助けします!」

「シグナム。一緒にマイスターを守ろう!」

「ああ、もちろんだ!」

シグナムとアギトが固く握手を交わした。

「ヴィータ」

「応よ! 言わなくても判ってんよ! アイリ!」

「うんっ! 融合して、マイスターの負担を少しでも減らすんだね!」

「ああ! 鉄槌の騎士と氷雪の融合騎の力、エグリゴリの奴らに思い知らせてやる!」

ヴィータとアイリもまた握手を交わした。

「シャマル」

私に呼ばれたシャマルは「はいっ、何なりと!」と一歩前に出て、私を見る。

「私も気を掛けるが、治癒は全てシャマルに任せたい」

「お任せを。湖の騎士シャマル。その任、確かに承りました」

「ザフィーラ」

「はい」

「基本はシャマルの護衛だが、私やシグナムとヴィータと同じ最前線での戦闘にも参加してもらう」

「承知!」

そして最後に「シュリエル」と彼女の方へと振り向く。シュリエルは指先で涙を拭い去ってあと、ビシッと佇まいを直し「はい」と応えた。

「シュリエルは遠距離からの援護射撃を。この仕事は重要だ。前線組の私たちを生かすことになるからだ」

「はいっ! お任せをっ!」

堕天使戦争には誰も巻き込みたくないと言うのが本音だったが、私が“夜天の書”の主になったその時からすでにこうなる事が決まっていたとも思えてしまう。
それから私たちは屋敷に着くまでの間、今までの思い出を語り合った。屋敷に着いて、決戦の時間まではそれぞれ好きなことをするように言うと、真っ先に浴場に向かうのが何とも女性らしい。男であるザフィーラは、彼の定位置となっているエントランスのソファの傍に控えた。それを見て苦笑いしていると、残っていたアギトとアイリに服を掴まれた。

「マイスター。エリーゼやアンナに・・・」

「ちゃんとお話ししないとダメだからね」

「ああ。別れを言って来るよ。ありがとうな」

「「うん」」

シグナム達を追って浴場に向かう2人を見送り、向かうはエリーゼとアンナの2人部屋の在る三階。階段へ行くために一階の廊下を歩いて食堂を通り過ぎようとした時、「あ、おかえりなさいませ」と声を掛けられた。その声の主は誰か見ずとも判るため、「ただいま、アンナ」食卓の椅子に座っていたアンナに応じる。私はアンナと話をするために食堂へと入り、「話があるんだ」そう切り出した。

†††Sideオーディン⇒アンナ†††

今まで見たことのない程に深刻そうなお顔で話があると言われ、私の中である種の覚悟が生まれたわ。今から聴くのはおそらく私の想いへの返答と、おそらくオーディンさんの今後についてのお話。私とオーディンさん分のミルクを用意し、「どうぞ」とオーディンさんにコップを手渡してから改めて食卓につく。

「それで、私に話と言うのは・・・?」

オーディンさんが切り出し辛そうにしていたから、私の方から話を振ってみた。少しの沈黙の果て、「アンナ。君の想いへの返事なんだが・・・」重い口を開いたオーディンさん。その時点で答えは判ってしまっている。コップを包むように持っている両手に力が籠る。オーディンさんが話を続ける前に私は・・・

「あーあ。やっぱり振られてしまいますかぁ~」

先制して言う。これならそんなに心が傷つかない。そう思ったのだけど、「あはは」そんな短い笑い声が震えてしまうほどに辛い。オーディンさんが「こんな男を好きになってくれてありがとう」食卓に額をゴツンと当てるほどに頭を下げて謝った。
覚悟はしていたわ。こういう結果になるって事も予想できていたもの。けれど、やっぱり少し夢を見ていた。でも夢はいつか必ず覚めるものだと決まっているわ。それが今だということも判る。

「話は、もう1つあるんだ。今夜、私たちグラオベン・オルデンは、エグリゴリとの決戦に向かうことになった」

「っ!!」

脳裏に過ぎるオーディンさんの言葉。“エグリゴリ”との戦いの果て、ベルカを去る。オーディンさんは話を続ける。その決戦の果て、アギトとアイリを除くオーディンさん達グラオベン・オルデンが居なくなることは確実だ、と。ここで初めて知る。シグナムさんとヴィータ、シャマルさんにザフィーラさんにシュリエルさんの正体。

「――闇の書は、主と繋がっている。私が死ねば、闇の書はまた別の主の下へ転生する。エグリゴリの将とも繋がっている私は、エグリゴリを全滅させることで消えることになる。だから――」

「決戦の結果如何に関係なくオーディンさん達は居なくなる、ということですね」

オーディンさんと“エグリゴリ”の将という者がどういう風に繋がっているのかは判らないけれど。でも魔族の記憶で見たルシリオンという、オーディンさんの正体らしき方の話の内容が鮮明に頭の中を駆け巡る。
“エグリゴリ”に殺された。“エグリゴリ”に救うため(初めの頃は復讐するつもりだったらしいけど)に世界の奴隷になった。救った後、その奴隷から解放される可能性が高い。それはすなわち、真の死の訪れ。フラれた衝撃の中でも頭だけは自分で呆れ返るほどに動く。

「・・・・判り、まし・・・っ・・!」

涙が急に溢れ出してきて、声も嗚咽で途切れてしまって発せられない。突然大切なものが一度に多く失われる。その現実を突きつけられて、私は「うわぁぁぁああああああ!」泣いた。どんな形でもいいから、オーディンさん、そしてシグナムさん達ともこれからも一緒に過ごしていきたかった。オーディンさんは私が泣き止むまでずっと私の頭を撫でながら「ごめんな」そう謝り続けた。

「・・もう、大丈夫です・・・。オーディンさん。エリーゼのところへ行って下さい。そして、ちゃんと話をしてあげて下さい。包み隠さず、オーディンさんが抱える全てを。エリーゼには知る権利があります。あの子は何も知りません。ですから・・・!」

「・・・・判った。・・・今までありがとう、アンナ。さようなら」

そう言ってオーディンさんは食堂を後にした。私はオーディンさんを追いかけ、

「こちらこそ今までありがとうございました。お気をつけて。ルシリオンさん」

お見送りの為の一礼をした。声はきっと届いていない。それほどまでに小声で言ったのだから。また涙が溢れてくる。私の涙が絨毯に染みを作る中、「アンナ」声を掛けられ、背後に立っていたアギト達に振り向いた。

†††Sideアンナ⇒エリーゼ†††

「アンナ・・・?」

オーディンさん達が帰ってくるまで起きていようと思って読書していた時に聞こえてきた泣き声のようなもの。気の所為かもしれない。だってアンナが大声で泣き喚くなんて考えられないし。
でも、もしかしたらとも思う。だから寝間着(ネグリジェ)の上からコートを羽織って廊下に出ようとした時、コンコンと扉をノックする音が。「はい」って応じると、「話があるんだ。いいだろうか?」ってオーディンさんの声が。これまで出したこともないような「ひゃいっ!」裏返った声で返事をしちゃった・・・。

「・・っと! ちょっと待ってください!」

ハッと気づく。コートを羽織ってるとは言えネグリジェ姿で男性であるオーディンさんを部屋に迎え入れるのは、非常にまずいかも。もし、こんなはしたない格好のわたしを見てオーディンさんが・・・・きゃあきゃあきゃあ!
頭の上の浮かんだどうしようもない程にアホな妄想を両手を振って掻き消す。手団扇で顔をパタパタ扇ぎながら「もうちょっと待ってください!」廊下に待たせているオーディンさんに声を掛ける。

「こんな夜分に本当にすまない」

「???」

どうしてか判らないけど、胸がキュッと締め付けられた。不安一色っていう嫌な感じで。一気に熱が冷めて行って、すぐにでもオーディンさんの顔を見たいって衝動に駆られる。急いでコートの袖に腕を通して、前を獣の牙の形をしたホックで留める。そして「お待たせしました」扉を開けてオーディンさんを室内に招き入れた。アンナとの共同部屋だから寝台は2つ。鏡台も机も2つずつ。広さも申し分ない。オーディンさんと近付き過ぎてドキドキに殺されるなんて間抜けな事にはならない。

「エリーゼ」

「あ、はい。っと、ごめんなさい。立ち話もなんですから座ってください」

脚が1本の丸机と肘掛椅子へ近づこうとした時、「え・・・?」オーディンさんに腕を掴まれた。それだけでドキッとなる・・・はずだった、いつも通りなら。けど、今はオーディンさんの雰囲気でなんだか怖い。わたしは自分の不安を払拭したいために「オーディンさん・・・?」わたしの腕を掴むオーディンさんの手に自分の手を添えた。

「何かありましたか? 何でも言ってください。わたしに出来る事ならなんだってしますから」

俯いたオーディンさんはわたしの腕を放して、「すまない」そう一言。その謝罪は急に腕を掴んだことに対するものだって思ったから「お気になさらず」と言ったところで、「告白の返事をしに来たんだ」囁き程度だけど、でもしっかりと耳に届いた。ドクンと心臓が跳ねる。顔を上げたオーディンさんは儚げな笑みを浮かべていた。

「すまない。私はエリーゼの想いには応えられない」

「・・・・そう、ですか。でも諦めませんよ! わたし、諦めませんから! いつか必ず好きにさせて見せます! しつこいって思われても、わたし、オーディンさんのことが大好きだから!」

ある程度は予想できていた答え。だから取り乱すことはなかったけど、やっぱり泣きそう。だから強がってみた。わんわん泣いたら困らせちゃうって判っているから。足が震えるのを抑えられない。オーディンさんは「そこまで想われて、私は幸せだ」とはにかんだ。
それを見ると、まだ機会はあるって思える。時間は掛かるかもしれないけど、いつかきっと。決意を新たに、「オ、オーディンさんっ。い、一緒に、ね、ねねねね寝ませんか!?」早速攻めに転じよう。

(ベ、別にいかがわしい意味じゃなくて、ただ並んで寝ようと言う意味で!)

熱い! 自分で提案しておいてなんだけど、恥ずかしさで顔が大火事だ。オーディンさんを横目でチラッと見る。

(あれ? どうしてそんなに優しい笑顔なんですか・・・?)

照れはなくても(本当は照れてほしい)呆れとか困惑とかの表情になるって思ったんだけど。オーディンさんが「エリーゼ」とわたしの名前を呼びながら体を寄せて来た。心臓が早鐘を打つ。えっと、嬉しいんですけど・・・やっぱり照れちゃいます。わたしとオーディンさんの距離がほとんどなくなった途端に、

「失礼するよ」

「ひゃっ!?」

肩と膝裏に腕を回されて横抱きに抱え上げられた。ま、まさかこのまま寝台の上に連れて行かれちゃうんですか!? わたし、心の準備が出来てませんっ! ドキドキしながら目を瞑って、寝台の上に寝かされるのを待っていたけど・・・あれ?
なかなか寝台のふんわりが来ない。薄目を開けると、「ちょっ、えっ!?」今まさにオーディンさんは窓枠に足を掛けて飛び出そうとしていた。

「ふぇ、ふえええええええええええええっ! (飛び降りたぁぁぁああああああああっ!?)」

浮遊感がわたしを襲う。思わずオーディンさんの首に両腕を回して、しっかり抱きつく。一瞬で地面が近づいたかと思えば、また一瞬で空高くまで急上昇するオーディンさん。見ればオーディンさんの背中からは蒼く光り輝く剣型の翼が12枚と展開されていた。

「エリーゼ、空を見てみろ」

「空、ですか・・・って、わぁ♪」

言われるまで全然気づかなかったけど、今夜は空気が澄んでいて、星が綺麗。あ、もしかしてオーディンさん。この星空をわたしに見せるためにわざわざ空を飛んでくれたのかな・・・? だとしたらすっごく嬉しい。片腕をオーディンさんから外して星の海が広がる夜天に伸ばす。

「空が近いです♪ 星が綺麗です♪ 感動・感激です❤ オーディンさんっ。わたし――」

「エリーゼ。私は今晩、ベルカを離れることになった」

「・・・・え?」

今、オーディンさんは何て言ったの? あれ? おかしいな。ベルカを去るって言った? 気の所為だよね。うん、だから「あはは、聞こえませんでした・・・」苦笑いする。オーディンさんは「ベルカを去るんだ」って聞き間違いじゃないことを示す、信じたくない言葉をもう一度言った。

「な・・んで・・・どう・・して・・・そんな、いきなり・・・?」

オーディンさんの顔を見上げる。わたしを見下ろすオーディンさんの顔と息がかかるほどに近くなった。息を呑む。でも・・・そんな寂しげな目で見ないでください。何も言えなくなっちゃうじゃないですか。

「私はずっと嘘を吐いていた。君と出逢ってから、ずっとだ」

「嘘・・・?」

「ああ、むしろ私の全てが嘘なんだよエリーゼ。嘘塗れだ、君に慕われる価値なんてない」

「どういうことですか・・・?」

「オーディン。この名前からして嘘だ」

耳を疑った。名前が嘘? なにそれ、そんな冗談、聞き入れられない。出るのは「はは、ははは」乾いた笑い声だけ。オーディン?さんがわたしから前へと目をやって「ルシリオン」そう呟いた。

「ルシリオン・セインテスト・アースガルド。それが、私の本当の名前だ。オーディンとは、私の遠い祖先の名前なんだ。フォン・シュゼルヴァロードは、永い旅路の中で授かったものだ」

「ルシリオン・・・さん・・・?」

「ああ。エリーゼ」

涙がポロポロ零れる。だってオーディ――ううん、ルシリオンさん、やっと本当の名前を告白できて、わたしに呼ばれて救われた、満ち足りたって顔してるんだもん。どうしてそんな嘘を吐いたのかは解らないけど、きっと何か大きな理由が在ったに違いない。

「ここからが私の中核を成す真実だ。嘘だと、ベルカを去る言い訳だと思われるかもしれないが、今から話すのは全て真実で事実だ」

「・・・・はい。話してください。わたし、納得したいので」

「私がベルカに残れない理由、君の想いに応えられない理由だ。我が手に携えしは確かなる幻想」

――夢語り――

ルシリオンさんがわたしの額に自分の額をコツンと当てると、急に瞼が重くなって閉じてしまう。意識が遠のくのが判る暗闇の中、「見せよう。私の真実を」という重々しい声が。

「私は――」

ルシリオンさんが語って、そして脳裏に浮かんだその当時の真実らしき映像。数千年前に起こった、数百の世界を巻き込んだ大戦。ラグナロク。“戦天使ヴァルキリー”。堕天使戦争。“堕天使エグリゴリ”。家族・恋人・戦友の死。不死と不治の呪い。解放される条件。“界律の守護神テスタメント”。契約。絶対の別離。

「・・ぅく、ひっく・・・ひっく・・っく・・・」

わたしが想像していた以上に壮絶な人生を歩んでいたルシリオンさん。恋人がいた事に少しばかり衝撃を受けたけど、そんなものが軽く打ち消されるようなルシリオンさんの人生に、わたしは泣くことしか出来なかった。わたしの見た大戦、そして堕天使戦争。そのどれもにルシリオンさんと親しい人たちが亡くなる映像が在った。

「――これが私の全てだ。どれだけその世界が恋しくて残りたくても残れないんだ。もう私の精神は限界が近い。今回のこの契約を逃すと、私はまず人間には戻れない。だから、すまない。エリーゼの想いには応えられない」

「ルシ、ひっく、リオン・・ぅ、さん・・・ぅく・・」

「衝撃が強すぎたよな。極力むごいモノは省いたんだが」

「いいえ・・。大丈夫、です・・・。でも、判りました。ルシリオンさんが去ってしまう理由。わたしの、一小娘の我が儘で引き止めちゃダメなんですよね・・・」

見送ることこそがルシリオンさんの為だと、心の中では解ってる。解ってるけど、でも・・・それでも「離れたくないよ・・・」ルシリオンさんの胸にもたれかかる。

「だって、こんなに好きなんだもん。やっぱりこれからもずっと一緒に・・・!」

「ありがとう。でも、すまない。・・・エリーゼは良い娘だから、私なんかより素晴らしい男性と必ず巡り合えるだろう」

「そんなの望みません! わたしが好きになるのは、ルシリオンさんで最初で最後だから!」

絶対に忘れられない、忘れたくない想い。そんな想いを秘めた状態で他の男の人を好きになったり、結婚したりするなんてありえない。ルシリオンさんが「むぅ。それは困るなぁ。アギトとアイリを未来にまで託したいんだが・・・」唸った。

「え・・・?」

「もう1つ、話しておかなければならないことがあるんだ。シグナム達の事についてだ」

ここまで酷い現実ってあるものなのかな・・・。噂程度だけど知っていた“闇の書”。シグナムさん達がその“闇の書”の一部だったなんて。最愛の人ルシリオンさんを失って、それだけじゃなくてシグナムさんたち家族まで・・・。

「私たちは消えるが、アギトとアイリはこれからもベルカで生きていく。寿命なんてものが無い2人は、エリーゼ達の世代が亡くなってからもだ。そんな2人を、未来に現れるであろうロードと巡り合うまで支える家族が要るんだ。だからエリーゼ。君を利用することになると重々承知しているが、誰かと恋をし、結ばれ、子を成し、一族で2人を未来へ運んで行ってほしい」

「そんなの・・・勝手すぎます・・・!」

「そうだな。勝手すぎるよな。ごめんな・・・本当に」

重い沈黙。アギトとアイリの事は任されたいけど、でもだからってその為に好きでもない人と結婚して、子供なんて作りたくない。そう思う反面、爵位を持つ貴族であるわたしはいつか結婚しないとダメなんだよね。子供に爵位を延々と受け継がせていかないと、アムル領は朽ちることになっちゃう。結局、わたしはルシリオンさんとは違う人と結ばれて、子供を・・・・あ、良い案を思いついちゃった。

「ルシリオンさんのお願い、承りました」

「っ・・・ああ、ありがとう。アギトとアイリをよろしく頼む」

お礼を言っているルシリオンさんだけど、表情は感謝なんてしてない。ルシリオンさんの表情は、自身に対しての怒りや憎しみを募らせている悲しげなものだ。

「ルシリオンさん。わたしの最後のお願い、聴いてください」

「疑問形じゃないんだな。いいよ。何でも聴こう。それが私に出来る今までの恩返しだ」

「言質、取りましたよ。絶対の絶対に聞いてもらいますから❤」

そう言っておくことで言い逃れの逃げ道を塞いでおく。ルシリオンさんは「お手柔らかに」と微かにだけど、やっと笑みを浮かべてくれた。わたしの頬・・・だけじゃなくて全身が火照りだして熱くなるのを自覚する。でも、機会はこの今だけ。あと数時間でルシリオンさんもシグナムさん達も居なくなる。だから意を決して、

「すぅぅぅ・・・はぁぁぁ。ルシリオンさん!」

「ああ」

「わたしを抱いてください!」

「ぶふっ!?」

「にゃ゛っ?」

「す、すまない! けど、なっ、はぁっ!?」

唾を吹き出したルシリオンさん。唐突に言ったわたしに非があるのかな・・・? でも引き返せないし、引き返そうとも思わない。もう一度「抱いてください!」告げる。ルシリオンさんは明らかに動揺しながら「待て待て待て待て!」勢いよく首を横に振る。

「待ちませんっ! さっき、何でも聞く、って言ったじゃないですか!」

「それはそうだが! 願いのレベルが高すぎる! 今まで存在してきた2万年の中で最強クラスの願い事だ!」

「それでもちゃんと聞いてもらいます! 女の子にこんなこと言わせたんですから、責任取ってください!」

「えええええ!?」

それから5分くらい押し問答。このままお別れの時間まで逃げられるのはまずい。もう恥じらい云々なんていうのは消え失せて完全に意地になっているわたしは、「お願いですから・・・」泣き落とし作戦。たじろぐルシリオンさんを一気に畳み掛ける。わたしの想いをひたすらに告げる。

「後悔、しないんだな・・・?」

「後悔なんてしません。わたしが望んだことだから」

「ぅぐぐぐ・・・まさかこんな事になるなんて・・・」

やっと折れたくれたルシリオンさん。それが判ると、改めてわたしはこれからルシリオンさんと・・ひゃぁぁぁ!
そういう行為をすると思うと、ボンッと頭が爆発しちゃいそうになる。けど、うん。ルシリオンさんと愛し合うことが、わたしにとってこれからも生きていく糧となると思う。屋敷へと戻る中、「ルシリオンさん。この事、他のみんなには・・・?」尋ねてみる。無言でいると気まずいから。ルシリオンさんは「エリーゼだけにしか言ってない」と答えた。

「じゃあ2人だけの秘密、ですね」

「そうなるか・・・はぁ」

「諦めてくださいよ。男らしくないですよ」

「君は強いな。変な方向にだが・・・」

何度も溜め息を吐いているルシリオンさんのおでこをペチペチ叩く。わたし達人間より高位の存在の“テスタメント”であるルシリオンさんにはかなり失礼だと思うけど。そして、ルシリオンさんに横抱きにされての満天の星空の散歩もついに終わりを迎えた。わたしとアンナの部屋の窓枠に降り立ったルシリオンさん。アンナは居ない、ね。わたしを床に降ろしてくれたルシリオンさんの腕を引いて寝台に向かう。

「シグナム達に思念通話で聴いてみたら、アンナやターニャと一緒に食堂で話をしているようだ」

「そうですか・・・えっと、それじゃあ・・その・・・お願いします」

「本当にいいのか? こんな形で、君は――」

「お願いします。いつか結婚することになるなら、せめて初めてはあなたに・・・」

この一回で子供が出来るとは思えない。だったら子供が出来なくても純潔だけはルシリオンさんに捧げたい。そうしてわたしとルシリオンさんは愛し合う。わたし・・・ルシリオンさんの事、シグナムさん達の事、一緒に過ごした日々、絶対に忘れません。だから、必ず勝ってください。そして・・・心置きなく帰ってください、あなたの故郷アースガルドへ。

「さようなら、ルシリオンさん。あなたに出逢えて、一緒に過すことが出来て、わたしはすごく幸せでした」

いつの間にか眠っていたようで、気付けば寝台の上にはもうルシリオンさんの姿はなかった。ただ1人残されたわたし。上半身だけを起こして、わたしは月明かりが差し込む窓に向けて別れを告げた。と、指先に何かが当たった。「え・・・?」そちらに目をやると、銀に輝く腕輪のようなモノが置かれてた。手に取ってみると、それはルシリオンさんの後ろ髪で編まれた腕輪だった。

「ルシリ・・オンさん・・・ぅく、ひぅ、っく、ひっく・・・ルシリオンさん!!」

優しく温かな魔力を感じる腕輪を胸に抱え込んで、もう二度と返事が帰って来ないって判りながらもわたしは恋した人の名前を何度も呼び続けた。



 
 

 
後書き
ブオン・ジョルノ、ブオナ・セラ。
想定外の前後編となりましたが、なんとかエリーゼ達との別れを終えたルシリオン。
最後の最後は色々と悩みましたが、こういう結末となりました。なんかすみません。
というか、この程度では年齢制限なんて掛かりませんよね? もし掛かるようでしたら一報をお願いします。即刻、書き直しますので。

ちなみにルシリオンがエリーゼに見せた映像と言うのは、前作の『遥かに遠き刻の物語~ANSUR~』のⅡとⅣの省略です。

さて。次回がエピソード・ゼロの最終話であるラスボス戦となります。
文字数によっては、前回のあとがきで書いたように一話追加になるかと。
 
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