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戦国異伝

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第百十二話 東西から見た信長その一

             第百十二話  東西から見た信長
「間も無く織田家と境を接します」
「間違いなくそうなります」
 四角く精悍な顔の若武者と細面で深い智を見せる若者が元就に頭を垂れて話す。毛利家の次男吉川元春と小早川隆景である。毛利家を支える元就の三兄弟の二人だ。
 そして二人に挟まれている穏やかな顔立ちの二人より少し年長の者もこう元就に対して話すのだった。この者は元就の長男である毛利隆元だ。
「どうされますか、織田家に対してか」
「そして織田信長じゃな」 
 元就も三人に対して応える。
「あの者とどうしていくかじゃな」
「織田家は七百六十万石です」
 隆元は織田家の今の勢力から話す。
「治めている国は二十、まさに天下第一の勢力です」
「それがしは手を結ぶべきと思います」
 隆景はこう言うのだった。
「織田家はあまりにも強大です、瀬戸内の東も掌握しております」
「四国の大半もな」
「はい、織田の兵は十九万、その力は隔絶しております」
「だから揉めるのは愚というのじゃな」
「その通りです」
 これが隆景の考えだった。彼は確かな顔で父に話す。
「それは止めておきましょう」
「手を結び生き残るべきか」
「そもそも毛利家は天下を望んでおりませぬ」
 このことは元就自身が決めた、天下を目指せば何時かは敗れ滅んでしまうからである。
 だから隆景もこう言うのだ。
「織田家とことを構える必要はありませぬ」
「いや、それは違うぞ」
 隆景の言葉に反論したのは元春だった。彼は目を少し怒らせてそのうえで弟に対して言うのだった。
「織田家がこれで止まると思うか」
「西にさらに来ると」
「そうじゃ。織田家は尾張から瞬く間にあそこまでなった」
 その七百六十万石の大大名にだというのだ。
「これで終わりか。それにじゃ」
「織田家は天下布武を目指しておるな」
 ここで元就が言ってきた。
「それじゃな」
「はい、そうです」
 元春は今度は父に顔を向けて言った。
「ですから我が毛利もまた」
「攻め取られるか」
「ですから織田家とは戦を覚悟せねばなりません」
「手を結びたいとは思わぬか」
「向こうから攻めてくるでありましょう」
 元春はこう見ていた。彼とて毛利家の者であり天下は望んではいない、だがそれでもだというのである。
「毛利を守る為には」
「絶対にか」
「織田家とは槍を交えることになりましょう」
「そうか。手を結ぶか戦をするか」
 元就は緑の服のその袖の下で腕を組み言う。無論三兄弟も彼と同じ緑だ、四人共毛利家の緑に身を包んでいるのだ。
 その中で元就は二人には答えず長男の隆元にこう問うた。
「御主はどう思うか」
「織田家にどう対するかですか」
「手を結ぶか戦か」
 元就は嫡男である彼に具体的に問うた。
「どちらじゃ」
「さしあたっては様子見でしょう」
 これが彼の返答だった。
「今のところは」
「何故そう言うのじゃ」
「はい、確かに織田家は天下を目指しております」
 隆元もこのことは承知だった。
「それを阻む者は誰であろうともどけようとするでしょう」
「兄者、だからこそでございます」
 元春は強い声で兄にも言う。
「織田家と当家は」
「あくまで天下を阻む者の場合はじゃ」
 隆元はその次弟にも貌を向けて述べる。
「それを阻まぬ相手には何もせぬ」
「その通りでございます」
 隆景は長兄の言葉に頷く。
「それはあくまで天下を争う相手に対してだけでございます」
「その通り。しかし織田家が若し当家を天下統一の邪魔とみなせば攻めてくる」
 間違いなくそうしてくるというのだ。
「その場合は戦う」
「では兄者はわしの考えに賛成でござるか」
「そうではあるしそうではないやもな」
 隆元の今の言葉は曖昧なものだった。
「実際のところはの?」
「?ではそれがしの考えにも賛成ではないのでございますか」
 隆景もいぶかしみ長兄に問う。
「それでは」
「だから賛成ではあるしそうでもないとも言える」
「では一体」
「だから今は様子を見るだけでよかろう」 
 隆元はあらためてこう言った。つまり今は織田家の出方を見るべきだというのだ。これが隆元の考えだった。 
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