【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール
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第3次ティアマト会戦(2)
この二次創作における方針が多少変化しました。
もし活動報告におけるそちらの記事を読んでない方がいらっしゃれば、そちらを先読した方がよいかもしれません。
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第3次ティアマト会戦(2)
当時の政治家や軍事評論家、軍部にとっても、第三次ティアマト会戦の意義は帝国の侵攻を阻む、という一点であった。同盟軍にしてみれば、兵力や国力の回復がまだ完全ではない状態でまたの来襲であったので、まさに好まざる戦いであった。
当時、カッファー星で地方自治政府議員を務めていたベネット・パートリッジは彼の手記にこう書き残している。
『同盟はまた、帝国と一戦を交えることになった。ハイネセンの政治屋どもはこの戦いをどうにかして自分のために利用しようとしているに違いない。見なくともわかる。カッファーの労働人口はまた減ることになるだろう。このままでは我らの星は滅びるしかない。早くこの長く悲惨な戦争を終わらせねばならない。それが例え、帝国軍の手によってでも』
もしこの戦いを歓迎した者がいたとすれば、戦争という殺人行為に狂った人間であったり、軍事行動によって浪費される物資を売りつける商人、そしてパートリッジが指摘した通り一部の政治家であったろう。だがこういった極少数派の中でも少数派に分類されるべきだったのは、戦争を一つのスポーツとして自らの命を天に預けた者たちだったろう。
第5艦隊に所属するラザルス級空母ハルワタートにはその実力によって、特に将来を期待されているスパルタニアン・パイロットが二人いた。オリビエ・ポプラン中尉とイワン・コーネフ中尉である。ポプランという男は現在24歳。その年で漁色家としての名は不動のものになっていたが、その操舵技術によっても名を馳せていた。この時既に70隻以上のワルキューレを撃墜し、撃墜王《エース》と呼ばれていた。癖のある赤毛、整ったどこか野性味のある顔立ち、そして爆発的な運動神経と運動能力を秘めた体は、女の眼には魅力的に見えたことだろう。冗談と酔狂が服を着て歩いている、というのは相棒のコーネフ中尉の言葉である。
コーネフもまた、24歳。ポプランとは正反対に、女に興味を示すこともなく、さりとて男色家でもなく、非常に淡白な男であった。コーネフもまたさっぱりとした容姿と性格によって、女性からの誘いには困らなかったが、それをいつも断っていたのである。 休み時間は一人でクロスワードをするのが趣味、というポプラン曰く『陰気な野郎』だったが、不思議と二人はつるむようになっていた。あるいは正反対だからこそ、お互いの関係が気楽なものになったのだろう。だが腕前に関してはポプランと双璧を成すというほどで、彼もまた撃墜王《エース》の称号を持つ男だった。
『敵さんはもうそろ現れるって話だが、ポプラン、そっちに敵影は見えるか?』
「見えんね。俺様の闇夜を見通す抜群の視力をもってしても、どこにも怪しいもんは見えん。こりゃあ俺たちは外れ籤を引いたのかもしれんぞ?」
『そりゃあ面白くないなぁ』
『二人とも、もう少し緊張感を持って下さい!!!』
フォンメル・ムラサメ少尉がポプラン、コーネフに声を荒げた。
ポプラン、コーネフ両中尉とムラサメ少尉は現在、偵察任務として、同盟軍防衛網の外に来ていた。目的は接近する帝国軍の発見である。帝国軍は宇宙暦795年2月18日現在、未だ同盟軍の前に姿を表そうとはしていなかった。これは艦隊司令本部の予想よりも遅かった。痺れを切らした同盟軍は、3隻程度のスパルタニアン偵察部隊を四方に散らせて、その発見を急いでいたのである。差し当たって同盟軍の防御陣は強固であったが、敵が思わぬところから進み出るのは困る話だったのだ。
「フォンメル、そんなに緊張してちゃあ力も発揮できんぜ。女を前にした童貞野郎じゃあるまいし、もっと落ち着け」
ポプランは口の端を上げて軽口を叩いたが、ムラサメはそれに応じなかった。どうやら、ムラサメは本当にまだ女の経験がなかったらしい。
『ムラサメ、緊張感を持つのは悪いことじゃない。だが、緊張感に縛られては駄目だ。肩の力を抜くんだ。今回は偵察だ。敵と交戦するのが目的じゃない』
『わかっては、いるのですが』
スクリーンのムラサメはどことなく青い顔をしていた。コーネフの言葉で、深呼吸をしている姿が微笑ましい。
——自分にもあんな時代があったのだろうか。
ポプランは過去に意識を飛ばそうとして、それを慌てて止めた。ポプランは過去を振り返らない男だった。それは彼の主義というよりも、彼が彼自身の過去を格好が良いものだと思っていなかったからである。彼ももっと若かった時代があり、その年齢にふさわしい失敗と後悔と反省を経験していた。それらは今のポプランにとっては赤面ものであり、気持ちのよいものではなかったのだ。それを微笑みとともに思い起こせないということは、彼がまだまだ若かったということの証左だったが、ポプランはそれを意識してはいない。
『|電子対抗手段《ECM》、|対電子妨害手段《ECCM》ともに現在作動中。敵によるジャミングも確認しました。敵の妨害衛星か、偵察衛星か、あるいは偵察部隊がどこかにいるのは確実です』
「敵衛星は見つけ次第破壊せよ、とのお達しだ。見つけたら叩けば良い」
『問題は偵察部隊ですよね』
ムラサメ少尉はそう言ったが、ポプランは問題視していなかった。先のグランド・カナル事件の時も、第五艦隊司令部は3隻規模での偵察行動を実施した。あれはつまり、敵の偵察部隊はせいぜいそれで相手できる規模だろうと判断していたからに他ならなかった。確かに巡航艦三隻とスパルタニアン三隻ではなかなか難しい戦いになるだろうが、ポプランとコーネフの腕があれば、一気に始末できる、という自信がポプランにはあったのだ。彼らはそれだけの天性の勘と才能があった。彼らの技術も円熟期に入り、この二人がドッグファイトで遅れをとるような敵は、もうしばらく現れていなかった。
「本隊は何か言っているか?」
『少し待って下さい! なんだか、向こうが混乱しているみたいで』
『こりゃ、他の宙域で敵本隊が見つかったのかもな』
ポプランはその言葉を聞いて、肩を落とした。自分は戦う気まんまんでいたのだ。数隻程度の敵部隊ならば、ムラサメがなんと言っても突入するつもりだった。第6次イゼルローン要塞攻略戦で、ポプランは愛機の故障のおかげでまともの戦いができなかったのである。しかも、配属が第5艦隊旗艦リオ・グランデであったから、なかなか前線に出ることもなかった。
ポプランはコックピット内で背を伸ばした。肩を回し、一息ついて背もたれによしかかる。これから急いで本隊に戻っても、補給をしてからであろうから、ダンス・パーティーには完全に乗り遅れる。幸運なら後半戦に間に合うだろうが、差し当たって貧乏くじだった。
ムラサメ機にはポプラン、コーネフの両機にはついていない長距離通信設備が取り付けられていた。技術部の位置づけでは試作型強行偵察型スパルタニアンの5号機であった。三機構成のスパルタニアン偵察部隊は原則として一機に、このような長距離通信設備と電子線設備が搭載されており、この試作機では|電子支援《ES》用に特化された機体である。他のスパルタニアンにはない装備が機体上部に装着されていた。
ムラサメ少尉はこの三人の中でも、技術研修を受けた唯一のパイロットだったため、今回通信担当になっていた。もっとも、本来義務であるこの研修をポプランやコーネフが受けていたとしても、彼らはこの不格好な通信設備を愛機に取り付けることを拒否しただろう。彼らにとって愛機は手足のようなものである。ほんの僅かなバランスの違いすら彼らには手に取るようにわかる。彼らは完璧に愛機を理解し、操っていて、その感覚を狂わせるような改造はしたくないのだ。
スパルタニアンのヘルメットの複合セラミックには透明ディスプレイの機能も付与されていた。ヘルメットに内蔵された脳波診断器と、パイロットの視線を読み取る内蔵カメラがパイロットの望む情報を瞬時に読み取り、ヘルメットのシールド部に表示するようになっているのだ。このとき、ポプランのヘルメットには機体の小型核融合エンジンのエネルギーと主砲の中性子ビーム砲、それに機銃のウラン238弾の残量が表示されていた。偵察任務では簡易型核エンジンが増槽のように機体についている。これは長距離偵察用の装備である。むろん、ドッグファイトが始まると切り離せるようになっていた。その増槽のおかげで、エネルギー残量は未だ60%を残していたが、帰還に必要なエネルギーと、ドックファイトの時の急激な駆動によって失われるエネルギーを考えれば、決して余裕のある状態ではなかった。
ポプランは視線でその表示を消し、改めてコックピッドのディスプレイを見た。そして声をかけようとして、先ほどより顔を青白くしたムラサメ少尉を見て、事態の悪化を察した。
『本隊が敵艦隊の交戦に入った模様です。艦隊通信本部より緊急帰還命令が来ました』
「とうとう始まったか」
ポプランは小さく頬を歪めて笑った。
『なら俺たちも戻らなきゃならんが……ポプラン』
「ああ、わかってるよ」
その時ポプランは言い知れぬ違和感を感じていた。それは幾多の戦いをくぐり抜けてきたポプランやコーネフだけが感じ取っていたものだった。
殺気である。
『ムラサメ、周辺に敵影はあるか?』
『ありません。少なくとも索敵レーダーは何も』
「アクティヴ・ソナーを使え」
それはポプランの指示だった。アクティヴ・ソナーは特殊で強力な電磁波を全方位に発信し、その反射波によって敵を見つける|能動的索敵装置《アクティヴ・スカウティング・デバイス》だった。この装置の欠点は敵にもこちらの位置を知らしめてしまうことであり、しかもこの装置は強行偵察型試作機に試験的に搭載されたものだった。本来ならば敵雷撃艇や戦闘機を恐れる駆逐艦や巡航艦に搭載されるものなのだ。それを小型化したものが、今回のムラサメ機に搭載されている。
『ですが、それでは万一敵がいたら——』
「俺たちの任務は敵の発見を含む偵察だ。敵の伏兵がいないかを確認するのも重要な任務なんだぞ」
『俺もポプランに賛成だ。それに嫌な予感がする』
『それは勘、ですか?』
ムラサメが声を小さく震わせながらコーネフに聞いた。
「俺たちは自分の腕と勘で生きてんだ! 運命の女神は俺にぞっこんでな」
『ポプランの馬鹿は放っておいていいが、確かに俺も嫌な感じがするのは事実だ。技術部の自信作、一か八かで使ってみようじゃないか』
結局、この偵察小隊の隊長であるポプランの意見が通ることになった。
アクティヴ・ソナーは数分で起動が完了した。ポプランはコックピッドの風防のディスプレイを索敵モードとしてムラサメ機と同期した。これで、敵が発見されればすぐさまポプランにもわかるようになったのである。
『アクティヴ・ソナー、起動準備完了。索敵電磁波発信5秒前。5・4・3・2・1・発信!』
見ることも、聞くことも、感じることもできないはずの電磁波が体を通り抜けたのをポプランは感じた。
『反射波確認! 解析開始!』
「終了まで何分だ!」
『いえ、残り10秒!』
その時、ポプランは天頂方向で何かが光るのを知覚した。瞬間、ヘルメットは望遠モードに映り変わり、拡大図が表示された。光の筋が数十筋見える。
「総員回避しろ!」
ポプランは急激に機体を傾けた。視界の端でコーネフ、ムラサメ機が同じループを描くのが見えた。
『解析完了……こ、これは!』
「フレア放出! デコイもありったけ出せ!」
後方で爆発の閃光が奔った。
『対空ミサイルのお出迎えだ!』
これはコーネフの言葉だった。
ポプランは機体を非直線軌道に操り、敵からの照準を外しながら、頭上をもう一度見上げた。宇宙は黒かった。だが、そこに光が灯され始める。更に遠距離からの中性子ビーム砲が発射されてくる。
『ポプラン隊長! て、敵艦隊です!』
一目瞭然であった。風防ディスプレィに表示された敵艦マークは画面を覆い尽くさんばかりだった。さきほどまではほとんど動きが見えなかったそれらのエンジンに、エネルギーが注ぎ込まれるのが赤外線センサーで確認できた。それらが猛烈な勢いでこちらに迫りつつある。
「数は!」
『や、約1万!』
それはさしものポプランの想像をも越えたものだった。まさかこんな同盟軍の側面に、しかもこんなに近くに敵の艦隊が進んでいるとは、予想もしえなかった。
『ポプラン、これは敵の三分の一の艦隊だ。同盟の横っ腹を突き刺すつもりらしいぞ』
「ムラサメ! すぐに本部に伝えろ!」
『駄目です!』それは悲鳴だった。『敵の|電子対抗手段《ECM》出力が最大になりました。敵の妨害網に歯が立ちません!』
「コーネフ、ムラサメ、ここは退くぞ! 流石の俺でもこの数を相手にしようとは思わん! 俺は勇猛な男だが、無謀な男じゃないんでな!」
『俺も同感だ』
その時、かなり距離を近づけてきた艦隊の艦砲射撃が止んだ。ポプランは気付く。
「敵がワルキューレを出すぞ! 増槽を捨てろ! 最大速度で本隊に帰還する。敵に足を止められるな!」
ポプランは操縦桿横のボタンを殴った。一瞬の衝撃のあと、増槽が外された表示がディスプレイに映る。
コックピッドは警報が鳴りっぱなしだった。新たに後方センサーがワルキューレ部隊の出撃を確認した。どうやら敵は奇襲を最大限に有効にするため、|邪魔者《ポプラン》たちを生きて帰さないつもりらしい。
『敵ワルキューレ部隊、24!』
「悲鳴を上げるな、ムラサメ! 俺たちで山分けしても8隻だ! ちょろいぞ」
彼らは直線にならないようにしながらも、可能な限りの速度でスパルタニアンを操る。だが、ワルキューレは運動性でスパルタニアンに勝る。徐々に距離を詰められる。
その中でも、ムラサメ機の遅れが目立ち始めた。
『ムラサメ! 通信設備を捨てろ! 敵に追い付けられるぞ!』
『し、しかし——』
ムラサメが反論する。試作型だけあって、その持ち帰りは重要事項だったからだ。だが、それも生きて戻れればの話である。
「ムラサメ、死ぬのが嫌なら捨てろ!」
『ポプラン、敵が追いつくぞ』
「ムラサメ!」
『パ、パージします!』
しかし、ここで最悪の事態が起こった。スパルタニアンに増設されたその歪な設備を強制パージした瞬間、ムラサメ機のバランスが完全に崩れたのだ。ポプランなら、コーネフなら、そのような振動も制御してみせただろう。だが、ムラサメにそれだけの技術はなかった。
ガン、という衝撃音がムラサメのマイクからポプランに伝わる。
とっさに振り向いたポプランは、後方で大きく前のめりに態勢を崩した、ムラサメ機を見つけた。
「バランスを取り戻せ、操縦桿を離すな!」
ポプランはディスプレイの向こうのムラサメに叫んだ。
『ポプラン隊——』
だが、ディスプレイの映像は途切れ、彼の後方に爆発の光が上がった。
ポプランの心臓が一瞬止まる。
だがその次の瞬間から、彼の体をアドレナリンが駆け巡った。
心拍数が急速に上がる。
静かに、操縦桿を握り直した。
『……ムラサメ機撃墜』
「くそったれ!」
コーネフから感情を殺した報告がされた刹那、ポプランは操縦桿を思い切り引き上げる。
フットペダルを踏み込み、
猛烈なGがポプランを襲う。
視界が赤くなるほどの重圧の中、
ポプランは的確に操縦桿を動かした。
スパルタニアンをコントロールする27の噴射ノズルが有機的に炎を吹き上げる。
機体が宙返りをして、
一気に加速した。
『ポプラン!』
「コーネフ! おまえは先に行け! 俺がここで足止めをする!」
『だが!』
「追いつかれるよりここで釘付けにした方が良い! それに本部に早くこの奇襲を教えろ!」
『……死ぬなよ』
コーネフ機が一気に加速したのが、近距離レーダーに映っていた。ジグザクと機体を動かしながら、瞬く間にスピードを上げて行く。宇宙を漂う漂流物に衝突しないよう、猛烈な勢いでそれらを回避しつつ、コーネフは味方のいる方向へ飛び去って行った。
「俺を誰だと思っている!」
ポプランはまっすぐ突っ込んでくる先頭のワルキューレに向かう。
ウラン238弾で弾幕。
敵が下方に逃げようとして、
鋭くロール。
機体上部の中性子ビーム砲を向け、
すれ違いさま、
ワルキューレのコックピットを切り裂いた。
アドレナリンで興奮状態にあるポプランには、コックピットから溢れる血の色すら、視認できる。
「一機!」
ポプランは叫びながら、機体を半ループさせて距離を稼ぐ。ポプランが生きて戻るには、徐々に味方艦隊に近づきつつ、敵を足止めするしかなかった。彼はコーネフに言ったように生きて帰るつもりだった。
敵機は23機。
だが、勝機がないわけではない。
ポプランがもっとも有効と考える空戦戦術は、三対一で敵を包囲し、数の有利で敵の技術を圧倒するというものだった。この戦術は元々、もし自分が負けるとしたら、いったいどういう状況か、という思考実験の末に考えついたものだった。ドッグファイトでは負けることはない。それはポプランのような|撃墜王《エース》が誰もが抱く自信だった。ではいったいどんな敵であればポプランを苦しめうるか。
それが敵機三機だった。
一機は論外。
二機なら多少楽しめる。
ならば三機、という単純な発想。
それ以上ならば、逆にお互いが邪魔になって効率的に責め立てることはできないだろう。三次元の空間を重力の制限なしで自由に飛び回れると言っても、それが限度である。
つまり、敵がどれだけいようと、同士討ちを避けるならば、敵はせいぜい三機ずつしか前には出てこない。
だが彼は三機が相手でも、負ける気などまったくしなかった。
せいぜいこちらを本気にさせる程度だ。
ポプランは頬に笑みを浮かべた。
それはこれから始まる独壇場への期待の笑みだった。
そして、命を賭けた今この瞬間しか生きた心地を得られぬ、自分への嘲笑でもあったのだ。
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