失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始前
第六話「兄は死地より蘇る」
目覚めた俺の視界に飛び込んできたのは館の天井ではなく、満点の星空だった。
「……」
あの地獄のような頭痛は治まり、頭は妙にスッキリしている。
無意識のうちに『修復』したのか、切断されたはずの首は繋がれていた。
仰向けで倒れていた俺は上体を起こして周囲を見回す。
「なっ――」
あまりの光景に絶句した。館が崩壊し、地面からはよく分からない触手たちがうねうねと蠢いている。
――萌香たちは!?
萌香たちの妖気を探るとすぐ近くに反応がある。そちらに目を向けると、萌香が巨大な掌の上で触手によって雁字搦めにされていた。亞愛とお袋は触手と戦って萌香を救出しようとしているようだ。
刈愛と心愛はすでに館から避難しているのか、かなり離れたところに反応があった。
「何が何だか分からんが、助太刀しないと……!」
立ち上がり、調子を確かめるように肩を、首を、足をその場で動かす。
――よし、妨げになるところはないな。
一つ頷いた俺はその場から駆け出した。低姿勢で霞むような速度を維持しつつ、脳裏では最適な魔術を選択する。
――亞愛たちが戦っている様子から斬撃系の魔術は除外。なら、火系統か水系統、もしくは滅系統の魔術が妥当だな。
「……常世の闇は朱く日は昇る。術式凍結」
圧縮呪文を唱え脳内に術式を凍結保存する。何万、何億、何兆と繰り返してきた過程は記憶が完全に戻った今、驚くほど円滑に進んでいく。やはり千年の月日の積み重ねはそう簡単には消えないようだ。
「おかぁさあああん――――ッ!」
その時、萌香の悲鳴が聞こえた。慌てて顔を上げると、お袋が無数の触手によって貫かれていた。
沸々と込み上げる怒りを呑み込む。この怒りを万倍にして叩きつけてやろう……。
お袋が萌香の首にロザリオを掛けた。
「ごめんね、萌香……。こうなってしまったのは、もとはと言えば全部私のせいなの」
「お、お母さん……?」
戸惑う萌香にお袋は静かに語りかけてゆく。
「あなたはね、酷い難産で生まれた時には殆ど死んでいたわ……。だから、ありったけの私の血を与えて蘇生した。真祖の血に秘めた回復力なら助かるかもしれないと信じて、それがどれだけ危険なことかを知っていながら……」
慈愛に満ちた微笑みを浮かべたお袋は萌香の頬を優しく撫でる。
「でも、後悔はしていない。そのおかげで、私は大切な娘と出会うことが出来たのだから。あなたは私の大切な、大切な宝物よ」
「おかぁさん……」
涙を零す萌香にお袋は困った笑みを浮かべる。
「このアルカードという魔物は生命力が強すぎて私たちでは殺せないの。三大冥王と呼ばれる前の時代に戦った時も弱体化させて眠らせることが精一杯だった……。だから、こいつの動きを止めるには、自ら喰われて体内から封印を施して再び眠らせるしか方法がないの」
――なに、こいつがアルカード? いや、それよりもお袋が喰われるだと!? くそっ、そんなことがあってたまるものかッ!
彼我の距離は百メートル。あともう少しだ、間に合え!
「え――?」
「もう、二度と戻ってくることは出来ないわ」
愕然とする萌香。言っている意味を理解したのか、涙と鼻水を流しながらお袋に懇願した。
「やだ、何を言っているの……? もう、どこにも行かないでよ……お別れなんてやだよぉ……!」
お袋が嗚咽を洩らしながら、萌香のロザリオに妖気を込めた指先を向ける。
「ごめんね……ごめんね、萌香……!」
指先がロザリオに触れようとした、まさにその時――。
――アルカードが、俺の射程圏内に入った!
「――凍結解放、星屑の煌めきぃぃぃぃ!!」
突き出した掌から打ち出された極太の光線がお袋と萌香、そして触手たちを呑み込む。滅の魔術に分類される光の奔流はお袋と萌香を除き、そのすべてを消滅させた。
アルカードの手首から先が消滅したのを確認し、瞬動によって急加速した俺は落下する萌香たちを受け止めて跳躍。呆然とした姿で佇む亞愛の元に着地した。
「に、兄様……?」
信じられない、といった顔でこちらを見つめる妹に微笑む。
「久しぶり――でもないか。無事なようでなにより」
「な、なんで生きてるの? あなたは、私がこの手で……」
「死んでやるほど、お人よしではないんだな、これが。可愛い妹を残して死ねるわけがないだろう?」
そう言って妹の頭をくしゃくしゃっと撫でると、亞愛の顔が歪んだ。
「あなた、千夜なの……? 本当に……?」
膝をついたお袋も呆然とした様子で俺を見上げている。萌香の方は先程の俺の魔力に中てられたのか、気絶していた。
「ああ。正真正銘、朱染千夜だよ。あんたの息子さ」
「――っ! 千夜!」
感極まったお袋が俺を抱き締める。歓喜と安堵で肩を震わせるお袋の背中をポンポンと叩いてやりながら、空を見上げた。
――帰って来たんだな、またこの世界に……。
「ぐすっ……それにしても、どうして生きているの? あなたは人間なのに」
「あー、まあそれについてはまた後で話すよ。今はまだすることがあるだろう?」
「それもそうね。でも、アルカードを倒すことは――」
「出来るさ」
そう、俺になら出来る。記憶が戻った今の俺になら。
「まあ、お袋たちはそこで見てな。あんたらの息子と兄がどれほど凄い存在なのかを。なんたって俺は――『規格外の人間』で『殲滅鬼』なんだからな」
返事も待たず、瞬動でアルカードの元に向かう。とはいっても、本体は地下にいるらしいが。
「ふむ、なら出て来てもらいましょうか」
地面に掌をつけた俺は館一帯を覆うように魔力を循環させ、そこからさらに複雑な術式を刻み込む。同時に並列思考でとある魔術も複数構築する。
「……よし。あとは座標をセットして、と。――〈空間跳躍〉」
指導キーワードを唱えると、無色透明の魔力が青白く発光し、館を中心に描かれた巨大な魔方陣が浮き上がる。瞬間――、
上空千メートルに巨体を蠢かしているアルカードが転移した。
「なっ!」
「うそ……」
突然のアルカードの出現に絶句するお袋たち。間を与えずに次の魔術を行使する。
「――凍結解放、〈神縛・折重ね〉」
宙に浮いたアルカードを虚空から出現した鎖が雁字搦めに縛り上げる。咆哮を轟かせて逃れようとするが、鎖はビクともしない。
「神すら縛る鎖だ。たかだか吸血鬼が逃れるわけがないだろう」
それでも抗おうと身をよじるアルカードを冷めた目で見ながら、親指を噛み切り血を垂らす。
「貴様は俺の家族を傷つけた。その行為は死より重いと知れ……。肉片の一欠片、塵の一つすら残さん」
――確実に、完膚なきまでに、魂すらも屠るために、ある程度のダメージを与えよう。
「起きろ。古の契約文をここに捧げる。汝、奈落の劫火でもって我が外敵を駆逐せよ。【炎帝】イフリート召喚!」
垂らした血が魔方陣を形成し、異界の魔神を呼び起こす。炎を司る魔神であるイフリートは自身の周りに炎を取り巻きながら、この世界に顕現した。
アルカードと勝るとも劣らない巨体を誇るイフリートは、ギラギラした双眸を眼前の敵に向けている。
振り上げられる筋骨隆々の右腕。〈神縛・折重ね〉によって身動きが取れないアルカードに振り下ろされた。灼熱の炎を纏った右腕はアルカードの巨体の何割かを焼き尽くす。大体これで全体の約四割ほどのダメージは与えられたか。
イフリートに感謝の念を送り異界に還した俺は掌をアルカードに向ける。
「今の貴様ではこれに耐えきれるだけの力はないだろう」
掲げた掌に巨大な魔方陣が三重に展開される。それらが回転し始めると、魔方陣の中央に光球が現れた。
「終わりだ。――凍結解放、〈ディルワンの光〉」
魔方陣から放たれた光球は一直線にアルカードの元に向かう。その速度は決して速いと言えないが、威力に関してはその限りではない。その証拠に――、
アルカードに命中した途端に光球が膨れ上がり、彼の者の全身を包む。光が消えた後には、そこには何も残っていなかった。
「滅系統の最上級魔術だ。こいつを食らって平気な奴はいないよ」
アルカードが居たであろう空間を一瞥し、踵を返す。お袋たちはもはや開いた口が塞がらないといった様子だった。というか、亞愛のあんな顔を見るのは初めてではないだろうか?
「せ、千夜、あなた……」
「見ていた通りだ。終わったよ」
そんなお袋たちに微笑んだ俺は館を見つめる。あの豪邸は見る影もなく瓦礫の山と化していた。
「見事にまあ崩れてしまって……」
溜め息をついた俺は『力』を発動させる。朱染の財なら建て直すのも容易だろうが、それだと数カ月はかかるだろうからな。
「逆巻け――バックフロスト」
俺の言葉に呼応し、瓦礫がひとりでに積み上げられていく。時間逆行の魔術は館を瞬く間に崩壊する以前の姿に戻した。性格には、亞愛との死闘がある前の時間まで。
「これでよしと。さ、帰ろうか。我が家に」
「え、ええ……」
驚きを通り越して呆れた様子で館を見上げていたお袋が俺の言葉に頷く。気絶した萌香を背負い、俺たちは家へと足を向けた。
後書き
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