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阿国

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第一章

                            阿国
 都にある女が来た、その女の名を阿国という。
 艶やかな女だった、その女を見て都の者達は誰もがこう噂した。
「あんな色気のあるおなごは見たことがない」
「綺麗とかいうものではないのう」
「一目見ただけで忘れられるな」
「そそるのう」
「全くじゃ」
 男も女も阿国のその艶やかな美に魅了され中には欲情を感じている者もいた、その話は江戸の徳川家康の耳にも届いていた。
 家康はお国の話を聞いてまずはこう言った。
「それは傾いているのか」
「傾奇者でございますか」
「珍妙で派手な格好をしていると聞く」
 家康は側近である本多正純、本多正信の子である彼に言った。
「だからじゃ」
「傾いているのではというのですな」
「そうじゃ。違うか」
「実際にその流れの様です」
 本多もこう家康に答える。
「阿国は」
「姿はそれか」
「乳や脚を随分と出し」
「ふむ」
 家康は本多の話を袖の下で腕を組み聞いた。
「色気があるとは聞いておるが」
「そしておのこのその傾奇者の服を着て」
 それでだというのだ。
「舞をするそうで」
「能とはまた違うな」
「全く違うやはり」
 その舞はというと。
「随分艶やかな舞とか」
「そうか。徳川は傾く家ではないが」
 それは織田家だ、盟友であった彼等は信長をはじめとして傾奇者が多かった。しかし徳川家は質実剛健な家風と派手を慎む家康の好みもあってそれで傾くはないのだ。
「しかし面白そうじゃ」
「まさかとは思いますが」
「ああ、それはない」
 本多は家康の色好みを言ったが家康はそのことは笑って否定した。
「その阿国も芸で生きておろう」
「はい」
「芸で生きる者は白拍子の頃から春と縁がある」
 このことは男女問わずだ、世阿弥も足利義満とのことが噂されている。
「そうした者は時折病を持っておる」
「花柳病ですか」
「あれにかかると厄介じゃ」
 家康は言いながら苦いものを見せた。
「あの者もな」
「秀康様ですか」
「どうなっておる、あ奴は」
「お言葉ですが」
 本多はこれ以上はないまでに暗い顔になった、見てはならないものを見てしまった顔で家康に言ったのである。
「お会いになられることは」
「憚れるか」
「鼻が欠けられてからです」
 そこからさらにだというのだ。
「お顔に瘡蓋が出紅い不気味な斑点が身体に出られ」
「もう駄目か」
「立てぬ様にもなられました」
「だから止めたのだがのう」
 家康もこれ以上はないまでに暗い顔になって言う。
「遊郭で遊ぶことは危ういのじゃ」
「そして芸をする者とも」
「遊ばぬに限る」
 慎重な家康らしい話だった。
「だからその者ともそれはせぬ」
「左様ですか」
「そうじゃ」
 家康は本多に確かな声で言った。
「しかし興味はある」
「さすれば」
「呼べるか」
 家康は問うた。
「その阿国という者を」
「すぐに都に人を送りますか」
「そうしようぞ」
 こうして家康は都にいる阿国を江戸に呼ぶことにした。程なくして急に人が集まってきている江戸に阿国が来た、阿国はこれまた急に築かれている江戸城の家康の前に出た。 
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