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船大工

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第六章


第六章

「フランスの将校様がいるのはどうかと思うんだがな」
「贅沢なワインでもどうだい?」
「いやいや、あえてここに来たんだよ」
 しかし彼はにこやかに笑って彼等に応える。応えながら皇帝をちらりと見る。
「君達と一緒に楽しくやりたくてね」
「俺達と!?」
「また酔狂だな、おい」
 彼等はその言葉にいささか機嫌をよくした。入りたいというのなら彼等も悪い気はしない。
「それであんたビールはいいのかい?」
「安物のワインは」
「酒なら何でも」
 彼は笑ってそう返す。
「当然美女もね」
「おっと、悪いですけれど」
 彼がマリーに顔を向けるとイワノフがすっと彼女の前に出て目を塞ぐ。
「彼女は僕の恋人ですので」
「おや、そうなのですか」
「はい、ですから」
 マリーを守る。大使はそれを見てここでは船大工達に混ざって飲みはじめた。そんなことをしていると今度は市長がオランダ軍の艦長の服で来た。もう一人いるがどうにもキザな口髭で折り目正しい動作の若い男であった。侯爵は彼の姿を認めて嫌な顔で呟いた。
「ローズ伯爵」
 イギリス大使である。言うまでもなく彼のライバルだ。
「一体何の用だ、こんなところに」
「市長、いえ艦長」
 オランダ軍将校の服の伯爵は小声で市長に問うていた。
「何かフランス大使もいますが」
「あれ、何処に」
「何処にって。お気付きになられませんか?」
 あらためて市長の鈍さに呆れる。しかし口には出さない。
「まあいいです。それよりですね」
「はい」
「随分賑やかになっていますね」
「結構なことです」
 市長は至って暢気なままだ。今何が起ころうとしているのかにも気付いてはいないのだ。
「賑やかならば」
「いえ、そうではないくですね」
 市長の鈍さに内心とんでもないものを感じてはいるがやはり言わない。それは市長への気遣いではなくイギリスとしての考えであった。オランダとイギリスは以前より微妙な関係にあるのであえて親切やそうしたものを避けているのである。
「いいでしょう。それでは私は」
「どちらへ」
「宴の中へ」
 すっと船乗り達の中に入る。
「さあ貴方も」
「それでは」
「来たか」
 フランス大使である侯爵は彼等の姿を見て一人呟く。
「どうやら。彼等も情報収集をするつもりらしいな」
「そのようだな」
 彼に皇帝が囁いてきた。
「まあわしは何もしないので」
「左様ですか」
「卿等でやってくれ。それではな」
「はい。それでは」
 皇帝から離れてイギリス大使を警戒しながら飲む。その中でも何かと火花が散る。すると今度はロシア大使がそのまま来たのであった。
「いや、全く以って楽しそうだ」
 ロシア訛りのオランダ語をそのままにして服は船長らしきものを着ただけだ。あまりにも下手な変装で皇帝も思わず酒を噴いてしまった。
「どうしたんだい、一体」
「いや、何も」
 慌てて仲間の船大工に返す。
「何もないけれど。ただ」
「また変な船長が来たな」
「ああ、全くだ」
 自分の国の大使に呆れながら答える。
「何処の船の人なのかね」
「さてね。それはわからないが」
「飲みたくて来ただけだろうな、あれは」
「殆どはそうだな」
 彼の顔を見ただけでそれはわかる。本当に酒を飲みたくて仕方がないように辺りを見回しているからだ。
「殆どは、かい」
「ひょっとしたら全部かもな」
 早速飲みはじめた大使を見て述べる。
「まあ彼はいいとしてだ」
「うん」
「飲むか」
「飲もう」
 そう話して飲みだす。するとそこに夫人がやって来た。そして威勢良く船乗りや船大工。こっそりと身分を隠している面々にも言うのだった。
「皆、飲んでくれてるんだね」
「ああ、奥さん」
「盛大にな」
 船乗りも一緒になっている市長や大使達もそれに応える。
「元気にやってるぜ」
「今日は有り難う」
「さあ、どんどん飲んでね」
 夫人はまた彼等に言う。
「お酒も食べ物もまだまだあるからね」
「よしっ」
「じゃあ今度は奥さんから俺達にだ」
「何かあるの?」
 夫人は上機嫌の彼等に笑顔で応える。
「あるさ」
「俺達から奥さんへの贈り物、それは」
 それぞれ席を立つ。そうして言うのだった。
「歌に踊りだ」
「それでいいかな」
「ええ、喜んで」
 夫人は笑顔でそれに応える。
「それなら見せてもらっていいわね」
「おうよ」
「じゃあはじめるか」
「さて、それではわしも」
 仲間達が席を立ち踊りの用意をするのを見て皇帝も立ち上がった。
「踊るとするか」
「あんたも踊るのかい」
「ああ」
 にこりと笑ってイワノフに答える。
「こういう時に踊るのがな。一番楽しいしな」
「見たところダンスも上手そうだね」
「まあ経験はある」
 宮廷のダンスのことだ。しかし彼はどちらかというとこうした場でのどんちゃんした踊りや唄が好きなのだ。それが彼の好みであった。
「あんたはどうするんだい?」
「マリー、一緒にいいかな」
「ええ」
 マリーはイワノフに声をかけられにこりと笑ってきた。
「それじゃあ御願いね」
「うん。それじゃあ」
 二人も席を立つ。そうして踊りをはじめようとした時に今度はオランダ海軍の軍服を着た将校がやって来た。また誰かの変装かというとそうではなかった。
「達する!」
 踊りをはじめようとした一同を止めてから言った。そうして懐から白い紙を取り出して自分の前に広げてから高々と述べるのであった。
「我がオランダ政府からの通達である!」
「通達?」
「何だ一体」
 船乗りも船大工もそれを聞いて顔を将校に向ける。市長や大使も。
 
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