蝮の槍
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第四章
「それならばじゃ」
「後はただ突くだけ」
「それだけでございますか」
「見ておれ。全ては整っておる」
道三は自信に満ちた笑みで己の家臣達に告げる。
「ではな」
「はい、それでは」
「我等は見させてもらいます」
「見ておれ。面白いものが見られるぞ」
道三は己の家臣達に述べた。そのうえでだった。
その槍を突くことに赴く。場所は城の大広間でその中央に襖が立てて置かれている。その中の虎は無言で道三を睨んでいる。
その襖を見てだ。居並ぶ土岐家の家臣達はこう言う。
「西村殿もなあ」
「無茶なことを殿にお願いしたが」
「殿も無茶なことを言われる」
「それだけ深芳野殿を手放したくないのじゃろうが」
「それでもな」
「これは幾ら何でも無理じゃ」
「襖の中の虎の目を見よ」
見れば点にしか見えない。実に小さい。
しかも襖の前に立つ道三の傍にある槍はかなり長い。その長さというと。
「普通の槍の倍はあるぞ」
「あれだけ長ければ重さもかなりじゃ」
「あの槍を使って襖の虎の目を射抜くか」
「しかも穴を空けることなく」
「無理じゃ、どう考えても」
「できるものか」
こう言うのだった。そして主の座から深芳野を伴って座している頼芸もこう言うのだった。
「幾ら何でもこれはじゃ」
「できぬ」
「そう仰いますか」
「幾ら勘十郎でもじゃ」
ここでは強い声で言う頼芸だった。
「できる筈がないわ」
「ではどうしてもですか」
「深芳野殿は」
「幾ら勘十郎でもな」
ごく近くにいる者達にまたこの言葉を言うが先程とは違う意味を含んだものだった。
「深芳野は渡せぬわ」
「だからあれだけの難題を出されたのですな」
「できる筈もないことを」
「勘十郎には悪いが我慢してもらう」
頼芸は今度は己の傍にいる深芳野を見た。とにかく大きい。
「そうしてもらうぞ」
「ではこれは間違いなく」
「失敗に終わりますか」
「成功すればかえって凄いわ」
とにかく道三が失敗することが誰もが思っていることだった。しかし道三はその中で一人落ち着いていた。
道三の家臣達は不安な顔を作っていた。しかし彼等はあえて何も言わない。
その中で道三の手に槍が握られる。そうしてだった。
あまりにも、桁外れに長い槍を両手で構える。狙いを定め一瞬だった。
前に突いた。それは虎の目を的確に射抜いた。これには誰もが驚いた。
「何と、目を」
「目を抜いたぞ」
「もしやと思ったが」
この時点で有り得なかった。あまりにも長い槍を的確に操り点にしか見えない虎の目を射抜いたのだ。これだけで名人芸だった。
しかしこれだけではない。それに加えてだった。
「これだけではないからのう」
「確かに射抜いた」
「しかしじゃ」
だがそれでもだった。今は。
「穴が開いておったら駄目じゃ」
「槍で確かに突いたがのう」
「さて、それはどうじゃ」
「穴は開いておるか」
「どうじゃ」
誰もがそのことに注目する。穴はどうかと。
それですぐに小姓が二人襖に駆け寄り虎の目を確かめる。そして虎の目をくまなく見てこう言うのだった。
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