愛の妙薬
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第二幕その四
第二幕その四
「ああ、読み書きが出来ない奴の為のサインもある。マルを書いてくれればいい」
「マルですね」
「ああ」
(本当は十字だがな。マルは拒否のサインなんだよ)
ベルコーレは内心舌を出していた。彼はこれで自動的に二十スクード手に入れたことになった。
「よし」
ベルコーレはサインをされた書類を受け取って大いに満足して頷いた。
「これで御前さんは立派な兵隊だ。俺を手本にすればすぐに伍長になれるぞ」
(通らないがな)
「はあ」
だがネモリーノの返事は力のないものであった。
(こうするしかなかったんだ)
ネモリーノは弱々しい声で内心呟いた。
(アディーナにはわからないだろうな、僕がどれだけ苦しんでいるか。けれどいいや)
もうサインはした。今更何を言ってもはじまらない。
(すぐに先生のところに行こう。そして薬を貰うんだ。そうすればアディーナは一日だけれど僕のものだ)
「じゃあ明日ここを発つぞ、心の準備をしておけよ」
「はい」
「楽しい軍隊生活だ。旅と酒と美女が御前さんの永遠の友達だ。軍楽隊だから戦場に出ることもまあないしな」
「それはいいですね」
「だから元気を出せ、御前さんはもう立派な兵隊なんだからな」
(明日除隊だけれどな)
しかしベルコーレの声はネモリーノの耳には入らなくなってきていた。彼は沈んだ顔で俯いていた。
(これでいい、アディーナの気持ちが僕に向いてくれるんだから」
そして彼は金を受け取るとすぐにドゥルカマーラのところに向かった。ベルコーレは彼の後姿を笑いをこらえながら見送っていたがやがてそこから消えた。その入れ替わりにジャンネッタがやって来た。
「誰もいないのかしら」
彼女は辺りを見回した。
「誰かいない?」
すると向こうから娘達がやって来た。式の間ですることもなくおしゃべりに興じている。
「あ、いたいた」
ジャンネッタは彼女達の姿を認めてそちらに駆けてきた。
「あら、ジャンネッタじゃない」
娘達は彼女の姿を認めてそちらに顔を向けた。
「一体どうしたの?」
「凄いニュースがあるのよ」
「凄いニュース!?」
彼女達はそれを聞いて首を少し前に出した。
「聞きたい?」
ジャンネッタはそれを聞いて思わせぶりに尋ねた。
「勿論」
皆それに答えた。これで話は決まった。
「いいわ、じゃあよく聞いてね」
「ええ」
娘達は彼女を囲んだ。そして聞き入る姿勢に入った。
「ネモリーノの叔父さんなんだけれどね」
「あの今にも危ないっていつ隣村の叔父さんね」
「ええ。実はね、昨日亡くなったらしいのよ」
「それ本当!?」
「本当よ、さっき隣村から来た人に聞いたから。間違いないって」
「前から危なかったからね。それでどうなったの?」
「あの人遺産たっぷり持ってたわよね」
「ええ」
「それでね・・・・・・皆よく聞いてね」
ジャンネッタはここで皆を側に寄せた。そして小さな声で囁いた。
「その遺産が全部ネモリーノに相続されることになったのよ」
「それ本当!?」
皆それを聞いて思わず叫んでしまった。
「静かに」
ジャンネッタはそんな彼女達を窘めた。そして再び自分の側に寄せた。
「まだ皆に言っちゃ駄目よ、あくまで私達だけの秘密」
「いいわ」
皆彼女のその言葉に頷いた。
「今やネモリーノはこの辺りで一番の大金持ち、結婚するなら今よ」
「性格はいいしね」
「頭は回らないけれど」
彼女達はそんな話をコソコソとしていた。そしてネモリーノを探しにその場を後にした。
その時ネモリーノはベルコーレから得た二十スクードの金でドゥルカマーラから金のぶんだけの薬を貰った。そしてそれをすぐさま飲み自宅のすぐ側にいた。
「これでもう問題はない筈だ」
彼は顔を真っ赤にしていた。
「先生も太鼓判を押してくれた、どんな美女でも僕に惚れる、って。お金を手に入れた介があるってものだ」
薬の力を信じて疑わなかった。
「すぐここを出ていかなくちゃならないんだ。すぐに」
そして自分の家を見た。
「御前ともお別れだな。辛いよ、本当に。だけれど」
ネモリーノは悲しそうな顔で言葉を続けた。
「僕にはこうするしかなかったんだ、こうするしか。だから許しておくれ」
そしてまた薬を口にした。そうでないとやっていられなかったのだ。
塞ぎ込むネモリーノの所に娘達が顔を出してきた。
「いたわ」
先頭をいくジャンネッタが彼女達に対して囁いた。
「用意はいいわね」
「ええ」
彼女達はそれに対して頷いた。そしてネモリーノの前にやって来た。
「ねえネモリーノ」
そして彼に声をかけた。
「何だい?」
彼は赤い顔で彼女達を見上げた。
「見た、この顔」
ジャンネッタがそれを見て娘達に言った。
「ええ、見たわよ」
彼女達もそれに頷いた。
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