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チェネレントラ

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第四幕その四


第四幕その四

「殿下のお妃様はこの方に決まっていたのです」
「何時の間に」
「貴女達の知らない間にです」
「私も知りませんでしたが」
「男爵」
 まだ話がわかっていないマニフィコに対して語った。
「時間は一つではないのです」
「といいますと」
「私は今ここに時計を持っておりますね」
「はい」
 ここで彼は懐から懐中時計を取り出してマニフィコに見せた。
「そして貴方も持っておられますね」
「ええ、こちらに」
 マニフィコもそれに習って時計を取り出した。
「持っておりますよ」
「はい。そしてあちらにもありますね」
 今度は屋敷の壁にかけてある時計を指差した。古い時計であった。
「はい」
「そういうことです。時間は全ての人がそれぞれ持っているのです。おわかりになられましたか」
「ううむ」
 そう言われてもまだもう一つわからなかった。マニフィコは首を傾げていた。
「わかったようなわからないような」
「まあおいおいおわかりになればいいことです。さて」
 彼は話を元に戻してきた。
「何はともあれこれで殿下はお妃を迎えられることになったわけです」
「それはお待ち下さい」
 マニフィコは慌ててアリドーロを止めようとする。
「何故ですか」
「この娘ですが」
「はい」
「女中ですよ。それがお妃には」
「おや、おかしいですな」
 アリドーロはそれを聞いておかしそうに笑った。
「確かこの屋敷には三人の娘がいた筈ですが」
「死んだと申し上げましたが」
「死亡通知は届いておりませんよ」
「うっ・・・・・・」
 そこまで調べられているとなると事情が違っていた。マニフィコは言葉を止めた。
「彼女は確か貴方の二番目の奥方の連れ子でしたな」
「はい・・・・・・」
 ここまできてシラを切れる程図太い人間ではなかった。彼は止むを得なくそれを認めた。
「それでは男爵家の者であることには変わりがありません。それではそちらの御二人と同じ資格があるのです」
「確かにそうですが」
「まだ何か仰りたいことは」
「いえ」
 流石にこれには参ってしまった。もう何も言えなかった。
「それでは宜しいですな」
「はい」
「じゃあ私達は」
「とんだくたびれもうけというわけですね」
「ははは、人生は長いです。そういうこともありますぞ」
 アリドーロはそう言って二人を慰めた。
「まあ少しは人生の勉強になったことでしょう」
「高い授業料だったわ」
「こんな高いのははじめてよ」
「払わせたのは私ですがな」
 ここでダンディーニが出て来て笑顔でそう言った。二人はそれを見て口を尖らせた。
「そうよ、上手く騙されたわよ」
「貴方役者になったら。成功するわよ」
「生憎私は今の仕事が気に入っておりまして」
 彼は二人にそうすげなく返した。
「他の仕事に就く気はありません」
「フン」
「調子がいいんだから」
「ははは」
 ラミーロはその一部始終を見ていた。そして話が終わるのを見届けてから静かにこう言った。
「もういいか」
「あ、はい」
 これに一同畏まった。彼はそれを見届けるとまた口を開いた。
「それでは今ここに宣言する」
「はい」
「私はこの女性を生涯の伴侶とする。よいな」
「是非ともそうなさいません」
「殿下とお妃に神の御加護があらんことを」
「うむ」
 アリドーロとダンディーニの祝辞に微笑みを以って答える。そして今度はチェネレントラに顔を向けた。
「宜しいですか」
「お待ち下さい」
 だがそれでも彼女は首を縦に振ろうとはしなかった。
「どうしてですか。約束は果たしたというのに」
「しかし」
「まだ何かあるのですか」
「はい」
 彼女は頷いた。そしてマニフィコ達に顔を向けた。
「あの方達が」
「あの者達がどうしたのですか」
 ラミーロはマニフィコ達に顔を向けて不思議そうな顔をした。
「彼等が貴女に冷たくしていたことは私も知っておりますよ」
「いいえ」
 だがチェネレントラはそれには首を横に振った。
「私はそうは思ってはおりません」
「何故ですか」
 それを聞いてさらに不思議に思った。
「今までのことを最もよく御存知なのは貴女でしょうに」
「確かにそうです」
 それは彼女も認めた。
「けれどだからこそ、です」
「だからこそ」
「そうです。私はあの方達のことをよく知っているつもりです」
「ふむ」
 アリドーロはそれを見てまた微笑んだ。
「私が思っていた以上だな。よくできた方だ」
 次にマニフィコ達に顔を向ける。見れば三人は暗い顔をしてヒソヒソと話をしていた。
「参ったことになったな」
「そうね」
「今まで冷たくしてきたし。これからどうなるのかしら」
「これかのう」
 マニフィコは両手で自分の首を締める動作をしてみせた。
「お妃様を怒らせた咎で」
「そんな・・・・・・」
「いや、きっとそうなるぞ」
 マニフィコはそう言いながら暗い顔をしたままであった。
「今までのことを思うとな」
「そうよね」
 娘達もそれを聞くと暗澹たる気持ちになってきた。
「あれだけのことをしてきたのだから」
「きっとね・・・・・・」
「うむ」
「お困りのようですな」
 そこへアリドーロが声をかけてきた。
 
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