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チェネレントラ

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第三幕その三


第三幕その三

「何ということだ、信じられない」
「見事な運び」
 ラミーロとアリドーロはそれぞれそう呟いていた。そして二人は前に出て来た。
「おや」
 ダンディーニはそれを見て声をあげた。
「先生、そこにおられたのですか。そして君も」
「はい」
「お話の邪魔かと思い姿を隠しておりました」
 二人は頭を垂れてそう述べた。貴婦人は話を聞かれていたのを知り顔を真っ赤にしていた。
「貴女に御聞きしたいのですが」
「はい」
 ラミーロは貴婦人に対してそう声をかけてきた。
「地位や富はいらないのでしょうか。生憎私の家はあまりお金も地位もありませんが」
「構いません」
 貴婦人は静かにそう答えた。
「私にとっての栄華と富は」
「はい」
「美徳と愛です」
「何と・・・・・・」
 ラミーロ達はそれを聞いて感嘆の言葉を漏らした。今まで地位や富のことばかり考えているマニフィコ達を見てきたからそれは当然であった。
「それでは私の妻となって頂けるのですね」
「それは・・・・・・」
 しかし彼女はここで戸惑いを見せた。
「貴方はまだ私のことをよく御存知ありませんし」
「それはそうですが」
「私は財産もありません。それでも宜しければ」
「財産なぞ求めてはおりません」
 ラミーロもそう言った。
「私は貴女だけが望みなのですから」
「そうなのですか」
「はい。そして改めて言います」
 彼は畏まってそれに答えた。
「すぐにでも貴女を妻に」
「お待ち下さい」
 しかし彼女はそれを止めた。
「何故ですか」
「これを」
 ここで左手の薬指の指輪を外して彼に与えた。
「こちらに同じ指輪があります」
「はい」
 見れば彼女の右手の薬指に同じ指輪があった。
「私をお捜し下さい。この指輪を。そしてそれが見つけられた時こそ」
「貴女は私の妻に」
「はい」
 彼女はそれに答えて頷いた。
「喜んで貴方の妻となりましょう」
「わかりました。それでは」
「はい。お待ちしておりますね」
 こうして彼女は部屋を後にした。そして宮殿も後にしたのであった。ラミーロ達がその場に残った。
「どう思う」
 ラミーロは二人にまず尋ねた。
「そうですな」
 まずはダンディーニがそれに応えた。
「少なくとも私はもう主役ではないようです」
「というと」
「彼女の心が殿下にあるからであります」
「そうか」
 だが彼はそれには笑わなかった。続けてアリドーロに問う。
「先生」
「はい」
「先生はこれについてどう思われますか」
「そうですな」
 彼は暫し考え込んだ後それに答えた。
「殿下の思われるままに」
「わかりました」
 彼は師のその言葉に頷いた。それから言った。
「それでは早速行くとしましょう。思い立ったが吉です」
「はい」
「ダンディーニ」
 今度は彼に顔を向けた。
「そういうことだ。今まで御苦労」
「いえいえ」
 笑顔で応えてはいるが何処か寂しそうな笑顔であった。
「彼等にも帰ってもらうように」
「わかりました」
「そして」
 彼は次々に指示を出す。その動きはかなり機敏なものであった。
「馬車の用意を。わかったね」
「はい」
 ダンディーニがまた頷く。
「絶対に彼女を見つけ出すぞ。彼女が例えユピテルの手の中にあっても」
「また大胆な」
 アリドーロがそれを聞いて笑った。ユピテル、すなわちゼウスの好色さは最早言うまでもないことである。なおこの神は実は男色家でもあり鷲に変身して美少年をさらったこともある。黄道十二宮の一つ水瓶座の少年である。
「この指輪と愛に誓おう。何としても見つけ出そう」
「殿下」
 ここで家臣達が入って来た。そして彼の周りを取り囲む。
「参りましょう、美の女神を手に入れに」
「うむ」
 彼は家臣達の言葉に頷いた。
「しかし今は不安だ。冷たい不安が確かに心の中にある」
 果たして彼女を見つけ出すことができるのか、そう考えると不安でならなかったのである。
「しかしそれ以上の甘美な希望が心を支配している。今はその希望に従おう」
「殿下の望まれるままに」
「うん。それでは皆行こう」
「はい」
「愛を手に入れに」
 そして彼は家臣達と共に部屋を後にした。そして馬車に向かって行った。アリドーロはそれを見て一人微笑んでいた。
「これでよし」
 彼にとっては望み通りのシナリオであった。
「後は馬車を男爵家のすぐ側でこかせばいいな。ふむふむ」
 そして彼も馬車へ向かった。後にはダンディーニだけが残った。
「何か急に話が終わったなあ」
 いきなり王子役が終わり彼は呆然としていた。
「もうちょっと楽しめると思ったんだがなあ。世の中はそうそう上手くはできてはいないということか」
「殿下」
 しかしここに世の中がそうそう上手くは出来ていると思っている者がやって来た。
 
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