サロメ
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第一幕その六
第一幕その六
「全ては神の御為に」
「神が何だというの?」
「愚かな」
そのサロメの言葉を言い捨てる。
「神を解せぬとは。一体何の為に生きているのか」
「王女様、ですから」
ナラボートはまた彼女の前に来た。
「下がって」
しかし彼を退ける。
「いいわね」
「ですが」
「ナラボート殿」
兵士達が首を横に振って彼に告げる。
「ここはもう」
「諦められた方が」
「しかしこの不吉な気配は」
それでもナラボートは留まろうとする。
「何としても」
「それでもです」
「ここは」
「どうしようもないのか」
「御覧下さい」
黒髪の兵士がサロメに目をやって彼に述べる。
「あの御様子を」
「王女様はもう」
「そうか。最早人の世界にはないのだな」
ナラボートは俯いてそう述べた。今それがわかった。
「それでは最早」
「去りましょう」
「人であらざる世界から」
ナラボート達は止むを得なくその場を後にした。しかしそこにはまだサロメがいた。今もじっとヨカナーンを見詰めている。
「さあ、口付けを」
そうヨカナーンに言う。
「その唇を」
「淫欲は全てを滅ぼす」
ヨカナーンはサロメを見ずにそう述べた。
「淫欲の罪を犯した女の娘、人を救うあの方を迎えよ。そうして御前は救われるのだ」
「救いが何だというの?」
サロメにとっては救いなぞはどうでもよかった。きっぱりとした声で語り首を横に振るのであった。そのうえでまたヨカナーンに問う。
「口付けを」
「愚かなことだ」
その言葉に言い捨てる。
「そうして身を滅ぼすというのか。ならそうするがいい」
サロメから目を離したまま。ゆっくりと身体も離していく。
「何処へ行くの?」
「私が今までいた場所に」
そうサロメに告げる。
「それだけだ」
井戸に戻っていく。自分から再び闇の中へ入り姿を隠したのであった。
サロメはそんな彼をじっと見詰めていた。姿が見えなくなったがまだ彼を見ていた。
「きっと私は」
「王女様」
そこにナラボートが戻ってきた。兵士達も一緒である。
彼等は難しい顔をしている。その顔でサロメを見ていた。
「何かしら」
「宮殿においで下さいとのことです」
ナラボートはそうサロメに告げる。
「宜しいでしょうか」
「宮殿に」
サロメはそれを聞いて顔を顰めさせた。
「そうです、宮殿に」
「ですから」
兵士達も彼女に告げる。
「元気がないと言って」
そう言って行こうとはしない。
「今は」
「ですが陛下の御要望ですので」
茶髪の兵士がそう述べる。
「ですから」
「断れないのね」
サロメは不機嫌な顔で彼に問い返す。
「どうしても」
「たまにはおいでになられるのもいいかと思います」
「ですから」
「仕方ないわね」
その言葉に不承不承ながら応えることにした。
「それじゃあ」
「はい」
「ではどうぞこちらに」
彼等はサロメを宮殿に導いていく。みらびやかな大きな部屋の中に様々な着飾った男や女が入り乱れ酒と馳走、ローマやエジプトのそれの淫らな服に身を包んだ芸人や歌い手達が遊んでいる。淫らな曲に合わせて淫らな舞を舞い男達はそれを見て喝采を送っていた。
美食はあちこちに散乱し皆それを貪っている。美酒は美女の口から男達の口に注がれ淫猥な味を醸し出させている。その中央の二つの玉座にその中でも特別に着飾った初老の男女がいた。
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