サロメ
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第二幕その五
第二幕その五
「これは」
「いや」
しかし王はそれを否定する。そこにまたヨカナーンの声がする。
「その手に神を冒涜する黄金色の杯を持って」
「むう」
ここで自分の杯を見る。その黄金の杯だ。
「それにより裁かれる。主の天使に打ち砕かれ」
「御聞きになられましたね」
また王妃が言ってきた。
「貴方を中傷しています」
「いや、あれはわしのことではない」
王はまたしても王妃の言葉を否定した。
「あれはわしの敵であるカパドシアの王のことだ」
「あの王の」
「そうじゃ」
こう強弁してきた。カパドキアとはヘブライの隣にある国であり彼等とは敵対していた。ヘロデ王はローマ皇帝に頼んで彼を罰してくれるようしてもらっているところなのだ。
「ローマ皇帝が裁かれる」
彼はこう述べる。
「あの男はな。そのことじゃ」
「そうでしょうか」
「そうじゃ」
またしても強弁する。
「陛下はあの者をローマに呼び出すということじゃ。おそらく裁きを受けるであろうな」
「そうであれば宜しいですが」
王妃はシニカルに返した。
「カルタゴみたいにならないことを祈りますわ」
「戯言を」
カルタゴはかつてローマと三度争った。最後の戦いの前はローマにとって最も忠実な都市となっていた。だがその経済的発展を見た大カトーの演説によりローマに警戒され遂にはローマに滅ぼされたのである。カルタゴの悲劇は他の者達にとっては他人事ではない。かつてカルタゴのあった場所はもう何もないのだから。カルタゴ人達は多くは殺され残りは奴隷となった。街は跡形もなく消されているのだ。
ローマは脅威を滅ぼすのに手段を選ばない。王はそれを知っている。しかしあえて見ようとはしていないだけなのだ。それ程までにローマを恐れていたのだ。
「そんなことがあろう筈がない」
「だといいですがね」
しかし王妃の言葉の調子は相変わらずであった。王は不快なままであった。
「そのローマの方をもてなす為にも」
話を強引に摩り替えてきた。
「サロメよ、舞ってくれぬか」
「しかし」
「どうしてもじゃ」
彼は言う。
「望みのものは何でも取らそう」
「今の私に望みのものなぞ」
だがここで。またしてもヨカナーンが言ったのだ。
「聞くのだ」
「ヨカナーン」
さっきから聞こえていたあの言葉がまた。その言葉が今彼女の心に宿った。
「御子と裁きが来られる足音を。だからこそ」
「陛下」
彼女はその言葉を耳にすると急に王に顔を向けてきた。
「どうしたのじゃ?」
「何を下さるのでしょうか」
「何でもじゃ」
王は彼の権威を以ってそう答えた。
「そなたの欲しいものはな」
「何でもですね」
「うむ」
満面に笑みを浮かべて答える。遂に受けてくれたかと思ったからだ。
「何でもな。領土の半分でもよいぞ」
「まずいな」
「ああ」
兵士達は王のこの軽率な約束にまた不吉なものを感じた。
「このままでは」
「しかし我等ではもう」
この流れを止められない。それは感じていた。
不吉な空気が退廃した宴の中に漂う。しかしそれに気付いている者は僅かであった。
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