仮面舞踏会
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一幕その二
第一幕その二
「敵は何時でも何処かに潜んでいる」
「ここにもな」
彼等は誰にも聞こえないようにして囁く。そして覗う様な目で王を見ていた。
「何時かはな」
「我等の目指すスウェーデンを戻そうぞ」
そう言いながら王を覗っていた。見れば王の側に小柄で中性的な容姿の若い小姓がやって来た。カナリアの様に派手な服を着ている。
「おお、オスカル」
王は彼の姿を認めて声をかけた。
「よく来てくれたね。何の用かな」
「今度の仮面舞踏会の招待者名簿を持って来ました」
彼は恭しくそう答えた。
「そうか。今回は派手にいきたいね」
「ですね。こちらです」
そして彼は名簿を手渡した。王はそれに目を通した。
(おお)
それを見て心の中で呟いた。
(彼女がいるのか。何と素晴らしいことだ)
彼は王であり既に王妃がおり子供もいる。だが恋を忘れていたわけではなかったのだ。
当時の欧州の王家はブルボン家の様に代々好色の国王を輩出した王家もあった。だがスウェーデン王家はさして好色というわけではなかった。このグスタフ三世は王妃もおり、そのフランスに若い頃身を置いていたが決して好色な人物ではなかった。むしろあまりにもそうした話がないので同性愛者ではないのかという声すらあった程である。
(あの白く美しい顔が見られるのか)
彼は自分の心が高まっていくのを感じていた。
(今度の舞踏会が楽しみだ。きっと素晴らしいことになるだろう)
「陛下」
「何か」
王はオスカルの言葉に現実の世界に戻った。
「招待者はこれで宜しいでしょうか」
「うん、これでいい」
王は満足気な顔でそれに頷いた。
「御苦労。下がっていいぞ」
「わかりました。では」
これでオスカルは一旦下がる。そしてホーン伯爵とリビング伯爵はそれを端から見続けていた。
「今は時ではないか」
「どうやらそうだな」
彼等は密かに囁き合っていた。
「また機会を探ろう」
「次の仮面舞踏会はどうかな」
「我等は招待されていたか」
「何、その心配はない」
リビング伯爵は同僚に対してこう返した。
「偽の招待状なら幾らでも作られる」
「そうか。そして仮面を被れば」
「誰かすらわからぬからな」
「うむ」
彼等は頷き合った。実際に仮面舞踏会は宴としてだけでなく様々な事柄に使われてきた。
時には現実の世界を忘れた芝居の世界として。時には密かに情報を交換する場として。またある時は一時の逢引の場として。そしてある時は暗殺の場として。仮面はそこに様々なものを隠していたのであった。
「ではその時まで待つか」
「機会があれば動いてもよいがな」
「そうだな。常にそれは覗っておこう」
「それにこしたことはない」
そう言いながら彼等は宮殿を去ろうとする。そして入れ替わりに一人の男がやって来た。精悍な顔立ちをした美男子であった。少し歳はとっているがそれがかえって精悍さに知的なものまで与えている。額はやや広いがその髪は灰色でその知的な印象をさらに強くさせていた。黒い目の光も強く、それが彼の意志の強さを如実に物語っていた。青い上着に黒いマントとズボンを身に着けていた。中肉中背で均整のとれた身体であった。
「待て」
ホーン伯爵は彼の姿を認めてリビング伯爵を呼び止めた。
「どうした」
「アンカーストレーム伯爵がやって来たぞ」
「王の腹心のか」
「どうする、早くここを去るか」
「いや、少し様子を見てみよう」
彼は同僚にこう提案した。
「気になることがある」
「わかった。では見てみるか」
「うむ」
「陛下」
そのアンカーストレーム伯爵は低い声で王の前に片膝をついた。
「お話したいことがあり参上致しました」
「う、うむ」
彼は伯爵を認めて少し戸惑ったような顔になった。そして伯爵もそれに気付いた。
「どうかされたのですか」
彼は顔を上げて王に問う。
「戸惑っておられるようですが」
「いや、何でもない」
王は何とか冷静さを取り繕ってこう応えた。どうも伯爵を見て何らかの戸惑いを感じたようであった。
「左様ですか」
「うん。まずは立ってくれ」
「わかりました」
伯爵はそれを受けて立ち上がった。
「そして私に話とは」
「はい」
伯爵は話をはじめた。素早く、毅然とした物腰と言葉であった。
「実は陛下の御身のことで」
「私の」
「そうです。まずはこの宮殿が最早陛下にとって安全な場所ではなくなっているのです」
「えっ」
客達はそれを聞いてそれぞれの顔を曇らせた。
「まさかそれは」
「我々のことか」
「おそらくな」
ホーン伯爵とリビング伯爵はそれを聞いて頷き合った。
「恐ろしい陰謀が今も企まれております」
「暗殺か」
「はい」
伯爵は頷いて答えた。
「恐れ多いことながら」
「そしてそれは誰が」
客の一人が伯爵に尋ねた。
「そんな恐ろしいことを」
「そこまではまだ」
「それを聞くつもりはない」
だが王はそれを話さないように言った。
「暗殺などでどうにかできるものではない」
そしてこう言った。
「私はそんな卑劣なことを企てる者達を軽蔑する。それだけだ」
「随分と余裕があるな」
「そう見せているのではなさそうだな」
ホーン伯爵とリビング伯爵はそれを見てまた囁いた。
ページ上へ戻る