仮面舞踏会
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第五幕その二
第五幕その二
「陛下の御身から離れて。それでも小姓と言えるのか」
「私が職務を放棄したと?」
「ここに陛下がおられぬのだから当然そうなるだろう」
「まさか。私はそんなに無責任ではありませんよ」
彼は朗らかな声でそう言った。
「自分の仕事はいつも心得ているつもりです」
「ではここに陛下がおられるのか?」
伯爵は探る声でオスカルに問うた。
「どうなのだ、それは」
「さて」
しかしオスカルはここでとぼけてみせた。
「青いドミノの方、今宵は何か御存知の筈ですが」
「仮面舞踏会だ」
「そう、全ては仮初めのこと」
そうであった。ここでは王であっても王ではない。貴族ではあっても貴族ではない。全てを偽った仮面劇なのだ。無論それは現実の人の世界に通じるものでもあるが。
「どうしても知りたければ御自身でお調べ下さい」
「からかっているのか」
「ですから今宵は仮面舞踏会なのです」
彼はまた言った。
「全ては仮初めのこと。私は小姓として陛下の今のお姿は承知しております」
「では」
「ですがそれを言うわけにはいかないのです。私はこれでも口は堅くて」
「嘘を申せ。その明るい調子で」
「常に蝶々を追い掛けて飛び跳ねていても口は別です。高い身分や美しい花にも口は開きませんよ」
「さあ皆踊ろう」
彼等の側で客達が踊りをはじめようとする。
「そして楽しい一時を過ごそう」
華やかな音楽が聴こえてくる。だが伯爵はその中には身を置いてはいなかった。
客達は伯爵とオスカルの間に入った。伯爵はそれでオスカルを一瞬見失ってしまった。
慌てて彼を探す。だが容易には見つかりはしない。
「確か」
短くて黒いドミノだった。それを探す。
そしてようやくまた見つけた。そして彼を捕まえた。
「待ってくれ」
「ですから御自身でお探し下さい」
オスカルは今度は少しムッとして言葉を返した。
「頼むのだ」
「ですから今宵は仮面舞踏会なのです」
「それはわかっている」
伯爵の声は次第に焦ったものになってきた。オスカルはそれは彼が王を思ってのことだと思った。これが不幸のはじまりであった。しかし彼はそれには気付いてはいない。
「では何故」
彼は考える声で尋ねた。伯爵はその声を聞いて流れが変わってきたと思った。
「重大なことをお話したい」
伯爵は真摯な声でこう答えた。
「重大なことを」
「そうだ。それでいいか」
「わかりました。では」
そこまで言われては彼も言わざるを得ない。彼はそっと伯爵の耳に顔を近付けた。
「宜しいですね」
「うむ」
伯爵も身体を屈めた。そのうえで話を聞く。
「胸に薔薇色のリボンがあり」
「胸にだな」
「はい。そしてマントは」
「マントは」
「黒です。それで宜しいでしょうか」
「それだけなのか?」
「もうそれで充分の筈です」
そう答えて伯爵の耳から離れる。
「それでは」
「待ってくれ、まだ聞きたいことがある」
「もうそれで充分過ぎる筈です。それでは」
「くっ」
オスカルは素早く客達の中に姿を消してしまった。伯爵は舌打ちしてしまったがどうにもなるものではなかった。止むを得なく彼の残したヒントを頼りに王を探すのであった。
伯爵が王を探す中、華やかな服と仮面の人々が朗らかに笑いながら舞踏と美食に明け暮れる。だがその中で一人思い悩む様子の男がいた。胸に薔薇色のリボンがあり黒いマントを羽織っている。
彼は何かを悩んでいた。しかしその何かまではわかりはしない。彼にしかわからないものであった。
「いないのか」
辺りをチラリと見て呟いた。そこで後ろから声がかかってきた。白い絹のドレスにそのドレスと同じ色のドミノを着けた優雅な雰囲気の女性であった。
「まさかこんなところに」
彼女はその薔薇色のリボンの男を見て思わず声をあげそうになったのだ。そして慌てて彼の側に寄って来た。
「もし」
「その声は」
薔薇のリボンの男にもそれは誰かわかった。咄嗟に声がした方を振り向く。
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