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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第45話 蒼き世界での邂逅

 
前書き
 第45話を更新します。
 

 
 蠢く原初の森を進む事しばし。……原初の森。つまり、大量の黒い仔山羊に囲まれた、しかし、そこだけがすっぽりと通常の空間で覆われた地点は……高いフェンスとブロック塀に囲まれた公共建築物で有りました。

 但し、その入り口たる校門は、夜の学校に相応しい鉄製の門に因って硬く閉じられ、内部に侵入するには、この門をよじ登って内部に侵入すると言う、不審者そのものの方法しか存在しなかったのですが。

 その目的地の入り口で立ち止まる水の精霊。そして、その清く澄んだ深い湖にも似た瞳で、俺の顔を真っ直ぐに見つめた。
 ……目的地は、この校門の内部。つまり、この門をよじ登るのか、それとも、開くのか。
 もしくは……。

 俺は数歩、水の精霊に近付く。そうその瞬間に、俺自身の他者を近付けて良い許容範囲の内側に彼女を入れたのだ。
 そして、

「すまんけど、持ち上げるで」

 ……と、そう問い掛ける俺。
 その言葉に、僅かに。動いたかどうか判らない微かな仕草。首肯く事のみで答える水の精霊。
 見た目通りの軽い彼女の身体を胸の辺りまで……所謂、お姫様抱っこと言う状態で持ち上げた後、生来の能力を解放して、鉄製の門扉を飛び越える俺。
 その、女性らしい柔らかさと、人肌に近い体温を発して居る身体に、少し戸惑い……。

 その刹那。そう、門扉を越えた瞬間に周囲の雰囲気が変わった。

 それまで周囲を占めていた気配は、少なくとも、俺と水の精霊相手に悪意を持った物では有りませんでした。
 確かに、俺の腕の中に居る水の精霊(少女)の言う通り、今まで周囲を取り囲んでいた黒い仔山羊たちからは、俺や、彼女を害しようと言う雰囲気を感じる事は有りませんでした。
 しかし、門扉を越えた瞬間、俺と、彼女を包んで居たのは悪意。

 そして、着地した刹那――――――――
 大地が爆発した。

 いや、違う。爆発した訳では無く、地下から爆発的に何かが飛び出したのだ。

 右足のみを大地に一瞬だけ付けて、そのまま再び宙に身を躍らせる俺。
 しかし、右足首に走る違和感。

 刹那、俺の腕の中で水の精霊が一枚の呪符を放つ。そして、起動した呪符が発生させた魔術回路が虚空に一瞬輝いた後――
 火焔へと変じた。
 そう。空気が揺らぎ、常人には見えない……幻想世界の住人たちが宙空に炎の球を発生させたのだ。

 呪符に因って発生させられた炎の球を、周囲の炎の精霊たちがまるで歓喜するかのように。舞い踊るかのように明々と燃やし、そして火の粉を撒き散らせながら運ぶ。
 そう、これは喜び。自らに与えられた能力を、術者に使って貰える事への喜びの舞い。

 眩いまでの軌跡を残して視界より消えた火球が、その一瞬の後、俺の足元で火柱を上げ、何モノかに拘束され掛かった俺を解放する。

 その何モノかの正体は……。

 刹那、大地が鳴動する。
 しかし、それよりも早い段階で、既に遙かな高みに駆け登っている俺。その一瞬後に爆発的に発生する炎! 炎! 炎!

 しかし、その直前。上空に退避した俺の周りを包んだ冷気の塊が、爆発から発生した強大な熱と爆風から、俺と、そして水の精霊自身を護る。
 そう。これは、炎の邪神と戦った際にタバサが使用した冷気陣。元々、俺、そして、俺の腕の中に居る水の精霊も小さき精霊達を纏い、多少の炎程度では身を害する事は出来はしない。
 其処に、水に因って火を剋する陣を構築したのだ。この程度の爆発で発生した熱量などが、俺たちの元に届く事など考えられないでしょう。

 そう考え、意識を足の下。遥かな地上に向ける俺。其処に存在して居たのは……。

 俯瞰。遥かな高見から見下ろした先。噴火と共に現れたソイツをどう表現すべきか。
 途中で折れた巨木。先ほどまで周りを取り囲んでいた黒い仔山羊の大型化した姿。

 しかし、ソイツが放つ気は、先ほどまで俺と水の精霊を取り囲んでいた雰囲気とは明らかに違って居た。
 それは悪意。俺と、水の精霊に対する悪意。

 その太き幹の各所から生えて居る金の巻き枝は、石英を含んでいるのかのように全体がキラキラと輝き、そして、それ自体が何か、別種のおぞましき生き物で有るかの如く、ぬらぬらと揺れ動いて居る。
 もし、アイツが俺の知って居るあの魔物ならば、少々ドコロではない厄介事に巻き込まれている事になるのですが……。

 そんな事を考え始めた時、ぶるぶると不気味な振動を開始する巨木。太い幹に醜い顔のような模様が浮かび上がり、その穴に等しい、瞳のない目が俺を睨み付ける。そして、その不気味な目と、俺の目が……合った。
 その刹那。一直線に放たれる触手……いや、触枝と表現すべきか。その触枝の数、八本。

 更なる急上昇から、空中でのバック・ステップ。その瞬間、水の精霊の手から放たれた呪符が炎を巻き上げ、接近しつつ有った触枝を瞬時に炎上させる。

【彼女に呼び掛けて欲しい】

 突如、心の中に響くタバサに似た声。いや、この声の主は、腕の中に居る水の少女。
 彼女に呼び掛ける?

【念話で呼び掛けろ、と言うのか?】

 目の前で、ビデオの逆回しのような形で再生して行く触枝を見つめながら、水の少女に接触型の【念話】を送る。
 無言で首肯く水の少女。いや、俺の瞳は彼女を見つめていた訳では無い。ただ、彼女から肯定を意味する念が送られて来たので、首肯いたのだろうと判断しただけなのですが。

 後方より接近して来る三つの触手を急加速からの半瞬の自然落下により上空に空を斬らせ、右から鞭の如くしなり近付いて来て居た触枝を水の少女が、火炎弾にて焼き尽くす。
 しかし、その一瞬後には、その焼かれた触枝が、徐々に元通りの姿を取り戻して行く。

 しつこく迫り来る触枝を回避し続ける俺。しかし、これだけの再生能力を持つ相手を、生半可な攻撃で倒す事は難しいでしょう。
 尚、伝承上のアイツに再生能力が有る事など残されてはいないのですが……。

【彼女とあの魔物に繋がりが有る以上、あの魔物を排除しない限り、彼女が目覚める事はない】

 そう答える水の少女。成るほど。矢張り、あの、夕陽に沈む街に顕われたショゴスとタバサの思念体と同じような関係となっていると言う事ですか。彼女の友人で、俺と二人でこれから助け出す相手と、目の前で俺達を喰う気満々で追い掛けて来て居る、あの怪奇植物トリフィドモドキとは。
 但し、あの魔物からは、悪意以外を感じる事はないので、その彼女と言う存在は、あの魔物の向こう側。おそらく、校舎内に存在しているのでしょう。

【呼び掛けるって、どうやって呼び掛けるんや?】

 全方位に向かうかなり強い【念話】を放つ俺。一応、相手は水の少女を想定。しかし、運が良ければ、その、助けて欲しいと依頼されている少女に届く事を願いながら。まして、俺に某かの縁が有る相手で、ここが夢の世界ならば、俺の【強い呼び掛け】に対して、その彼女と表現されている相手が反応するはずなのですが……。

【何? 一体、誰よ?】

 その一瞬の後、無暗矢鱈と不機嫌な雰囲気の若い女性の声が聞こえる。但し、俺の知って居る女声(こえ)ではない。
 しかし、何故か、何処かで聞き覚えが有るような気もする相手なのですが……。

 一瞬の停滞の後、再び襲い掛かって来る触枝群。

 伝承や物語で語られているアイツの攻撃範囲から考えると、五十メートルから六十メートルほどの距離を離れたら安全圏へと退避出来るはずなのですが、この夢の世界のヤツに至っては、例え、百メートルの距離を離れていようとも関係なく触枝が追いすがって来る。

【誰とは失礼やな。オマエ、唯一の友達の声を忘れたのか?】

 俺の言葉により驚いたのは、繋がっている【念話】の先の少女か、それとも俺か。
 いや、もしかすると、俺の腕の中の水の少女か。

【友達って、アンタ……】

 水の少女が冷気の刃を放つ。これも、タバサが得意とする魔法。
 彼女の手を離れし呪符が目に見えない小さき精霊たちに働き掛け、天華に等しい刃が俺を絡め取ろうとする触枝たちを斬り裂いて行く。

 耳をつんざく絶叫が響き渡り、異臭を放つぬらぬらとした体液……いや、樹液が斬り裂かれた触枝から垂れ流され、周囲を邪神の顕現が存在するに相応しい雰囲気へと穢して行く。

【何言って居るのよ。アタシの友達が、アンタ一人の訳はないじゃないの】

 一瞬の沈黙の後、その【念話の相手】はそう切り返して来る。案外、立て直しの早い相手らしい。
 但し……。

【それに、アンタは友達じゃなくて、子分その1よ】

 ……と、俺に取っては意味不明の言葉を返して来た。
 これは、俺の知らない事実が有ると言う事なのか、それとも、俺の台詞に、相手が調子を合わせてくれただけなのか。

 ただ、何故か、その言葉が、より彼女らしい表現方法のように、俺には感じられた。
 この、【念話】の先に繋がっているのが、未だに誰なのかさっぱり判らないのですが。

【それは悪かったな。子分その1としては、親分のピンチに速攻で駆けつけたいんやけど、コワイ門番に邪魔されて居てな。少し、時間が掛かりそうなんや】
「アレの正体が何か判っているな」

 【念話】では、正体不明の俺の親分との会話を続け、実際の言葉で水の少女との会話を行う。

 俺の問い掛けに、首肯く水の少女。
 少しずつ、円を描くように後退を続けながら、触枝を回避。
 更に回避を仕切れない触枝のみを、水の少女が、彼女の魔法で斬り裂き、燃やし尽くして行く。
 まるで、旧来の友と共同で戦っているような雰囲気。連携がスムーズに運び、一瞬たりとも停滞は発生しない。

【コワイ門番って……】

 少しの沈黙。いや、これはおそらく、

【アンタ、もしかして、アレと戦っているの?】

 予想通りの少女の【台詞】。先ほどの空白は、間違いなく確認を行った時間。この、俺と縁を結びし相手は、何処かは判りませんが、俺とアレの戦闘を確認出来る場所に居ると言う事なのでしょう。

 アレ。つまり、伝承や書物に語られた存在。這い寄る混沌と呼ばれる邪神の顕現のひとつ、アトゥだと思われる存在との戦闘を……。
 古の狂気の書に因ると、奇形の君主アトゥとは、遥かな昔に地球に落とされた異形の種の内のひとつで有り、もし、ヤツが地球に根を張れば、やがては地球を覆い尽くす事に成るであろうと記載されている魔物。
 独裁者や暴君により支配された虐げられた者達の狂気を糧に顕現する奇形の君主。この夢の世界全体に漂っている諦観や達観などがヤツを具現化させたと言う事なのか。

 地球(世界)を壊し尽くす為に……。

 しつこく触枝が襲って来る理由は、俺達をその彼女に出会わせない事なのか、それとも伝承通りに俺と水の少女を餌だと思っているのか。
 それとも、俺と水の少女の事を、この世界()を守る、守り手だと認識しているのか。

【当然やな。親分だろうが、友達だろうが、その大切な相手のピンチに、魔法使いの俺が駆けつけなくて、誰がやって来ると言うんや?】
「アイツがアトゥだとして、アイツを簡単に倒す方法が有るか教えて欲しいんやけど」

【念話】では俺のボスだと自称している少女との会話を続け、実際の会話の方では、水の少女との会話を行う。
 そして当然、身体の方は、水の少女を抱え上げながら、触枝の攻撃を躱し続ける。

 水の少女はふるふると首を横に振った。そんな細かい仕草さえも、タバサに似ている。
 そして、これは否定。彼女はアトゥの倒し方。つまり、弱点のような物を知らないと言う事なのでしょう。
 まして、俺の知って居る範囲内でも、アトゥに弱点のような物は残されていませんから。

【そんな必要はないわよ。所詮、ここは夢の世界なんだから】

 しかし、俺の自称ボスは、非常に呑気な台詞を伝えて来る。それに、俺や水の少女が彼女の夢の登場人物ならば、彼女の言う通り何の問題もないのは事実ですから。
 但し……。

【残念ながら、俺や、あの怪奇植物トリフィドモドキは、単純な夢の登場人物やない】

 左右より挟み込もうとする触枝三と三をきりもみ状の急上昇で回避し、その先に待ち構えるように存在していた触枝を、水の少女が彼女の呪符(魔法)で炎上させる。

【ここは、無意識の更に奥。全人類に共有されている部分。集合的無意識と言う領域で繰り広げられている戦いや】
「呪符を、火+風+火の組みを二人分。合計で四組用意してくれるか」

 先ほど教えられた、複合呪符。呪符を使用した合体魔法の、炎系呪符の強化の基本系を水の少女に依頼する。
 水の少女は、それまでと同じように、無言で首肯いた。しかし……。

【そんなの、信じられる訳ないじゃないの】

 再び、接近して来た触枝を、今度は、俺の生来の能力により発生させた雷撃で粉砕。その瞬間に送り届けられる俺の親分と自称する少女の【念話】。
 ただ、今の俺に、この【念話】を繋げた相手を説得する事は出来ない。せめて、彼女と縁を結んでいた時の記憶が俺に存在していたのならば……。

「大丈夫」

 しかし、諦めかけた俺に対して、水の少女が声を掛けて来る。そうして、

「わたしの言葉を、そのまま彼女に伝えて欲しい」

 ……と続けた。
 良く判らないけど、これは、何らかの秘密の暴露と成るのでしょう。ここが単なる夢の世界ではない、と言う事の証明に成る何かの。

 今の俺。【念話】の先に居る相手の事を思い出してさえいない俺に取っては、伝える事の出来ない秘密の内容。

「貴女が目覚めた後、あの出会いの図書館に……」

 水の少女が彼女に相応しい声で伝えて来た。

 しかし、これは……。

 大振りの触枝の攻撃を重力のベクトルを下方に向かわせる事で容易く回避。その刹那、接近しつつ有った一群の触枝を雷で撃つ。

 しかし、今、水の少女が口にした台詞は、俺が言って良い台詞では有りません。例え、俺の前世でこの世界を創り上げた存在との関係が、彼女……水の少女の言う通りの関係だったとしても、今の俺と、この【念話】で繋がった彼女とは一切、関係がない相手なのですから。

 少なくとも、今の俺には一切の記憶がない以上は……。

【ねぇ、忍】

 しかし、何故か、俺の事を子分だと言い切った少女が、俺の名前を呼ぶ。
 それも、俺の今の名前を……。

 俺の名前を、この【念話】で繋がった彼女が呼ぶと言う事は、彼女と縁を結んだのは、前世の話ではないと言う事なのか?
 いや。しかし、俺は、彼女の声に覚えはない。確かに、【念話】で有る以上、確実に現在の声と同じ声が心に響いて来る訳ではない。しかし、それでも……。

 そんな、俺の疑問を無視するかのように、彼女は続けた。
 それまでの彼女に相応しくない、陰の気の籠った台詞。しかし、より彼女に相応しい雰囲気とも言える台詞を。

【貴方の言葉。信じて上げても良いわよ】

 そして、次に発せられた台詞は、俺に取っては、非常に有り難い言葉で有った。
 但し、彼女に相応しくない陰気の籠った、更に、かなり言い淀むような雰囲気の言葉では有ったのですが……。

【貴方が、私の事を……】

 其処まで言ってから、急に言葉を止める彼女。
 それから先の言葉は……。可能性が多すぎて、予想する事さえ出来はしない。

 まして、軽々しく答える事など出来る訳はない。

 僅かな逡巡。
 その逡巡に忍び寄る闇の(アギト)

 刹那、空を覆う魔性の触枝。俺と水の少女を逃がすまいとする触枝。
 有る触枝は、地面から。有るモノは、頭上から。そして、また有るモノは、円を描くように俺達の背後に回り込む。

 八本が更に、八本。それが更に八本に分かれた触枝が、世界を、そして何より俺達二人を完全に覆い尽くしたのだ!

【忍!】

 俺と縁を結ぶ少女から絶望的な叫びが聞こえて来る。
 瞬間、世界にひびが入る。

 しかし、その刹那。俺達を覆い尽くした触枝が、突如、爆発した。
 そう。不気味な球体状となった触枝から何本もの光りの線が発生し、内側から破壊したのだ。

【この程度の攻撃で、俺を捕らえる事が出来ると思っているのか】

 かなり余裕を持った雰囲気で、俺と縁を結ぶ少女に【念話】を送る。但し、俺の方に口調ほどの余裕が有った訳では無く、生来の能力を全開で、更に全方位に向かって放った為に、かなり霊力を消耗していたのは間違い有りません。
 確かに、生来の能力と言うのは、少しの修業により簡単に使用出来るように成る物なのですが、それでも完全に無から有を生み出して居る訳では有りません。

 純然たる意味で、俺の霊気を消耗して放って居る攻撃で有る以上、永久に攻撃し続けて居られる訳では有りませんから。

【忍。アンタ、ソイツを倒すんでしょ】

 先ほどの悲鳴に似た呼び掛けの事など忘れたかのように、そう伝えて来る俺と縁を結びし少女。
 何となく、彼女の今の様子が浮かぶような気がする。非常に不機嫌な仕草で、腕を胸の前で組み……。

【その心算なんやけどな。せやけど、ここは誰かさんの夢の世界でも有る。
 つまり、その誰かさんに信じて貰わなんだら、流石の俺でも、アイツを倒す手立てはないんや】

 不満げに俺を睨め付ける(ねめつける)彼女の姿が。
 その瞬間、世界に入ったひびが……、少しずつ広がって行く。

【本当に使えないわね】

 口調は非常に不機嫌な様子で。しかし、【念話】を通じて伝わって来る彼女の雰囲気は、陰の気に染まってはいなかった。

【だったら、信じて上げるから、さっさとアイツを倒しちゃいなさいよ】

 本当に信用したのか、それとも、口先だけでそう言ったのかは判らない。しかし、この手の口調、雰囲気の人間は素直じゃないと相場が決まっている。
 いや、何故だか、彼女の事は昔から……。

【但し、五分以内に勝ちなさい。それ以上、時間を掛けたら……死刑だからね】

 思わず、口元に浮かぶ笑み。変わっていない台詞に対して発せられた、安堵の笑みと、そして、彼女をこの目で……。
 しかし、その刹那。

【三分以内よ】

 更に、短くなるカウント・ダウン。そうして、

【忍のクセに、あたしを笑うなんて、百万年早いのよ】

 ……と続けて来た。彼女に相応しい台詞を。
 非常に理不尽な事を言い出しますね、俺の自称ボスは。これは、実際に友人関係だった時もトンデモナイ暴君だったのでしょう。
 ただ、そんな彼女の一言一言があまりにも……。

【それに、前にも言ったと思うけど、アンタに許されている台詞は、任務了解と、命なんて安いものさ。特に俺のはな。だけよ】

 更に続く暴君に相応しい、非常に横暴な台詞。
 ……って言うか、俺は一体どんな縁を、この少女と結んでいたと言うのですか?

 しかし……。

【そんなに待って貰う必要はない】

 俺は、最後の起動用の呪符を配置し終わった瞬間に、そう【念話】を繋げた。
 刹那、すべての呪符が起動し、アトゥの周囲に、ヤツを取り囲むように結界が構築される。但し、これは、ヤツの動きを制限すると言うよりは、外界(夢の世界)への影響を押さえる結界術。これを施して置かなければ、続く術式は危険過ぎますから。

 そう。俺は無暗矢鱈と、円を描くように回避を続けていた訳では無い。

「火焔呪の組み合わせ、二人分は出来上がっているな」

 俺の問いに、肯定を示す気を発する水の少女。
 ならば問題はない。彼女は信用出来る。昔からそうだったし、今でもその部分は……。

【ねぇ、忍】

 再び、陰気に染まった雰囲気で、そう問い掛けて来る俺のボス。
 その瞬間に、世界に入ったひびが、亀裂へと進む。
 さらさらと。しかし、少しずつ、崩壊に向かう気配を発しながら……。

【ここでの出来事を、あたしは覚えていられるの?】

 其処かしこに亀裂が広がって行く。世界が、断末魔の悲鳴を上げて居る。
 彼女が。この世界の創造主が、この世界に見切りを付け、元の世界への帰還を望みつつ有るから。

【その部分に関しては、俺には答えはない】

 そして、そう正直に答える俺。俺の知識では、今の【彼女の問い】に対して正確な答えを出す事は出来ないから。
 但し、タバサに、この夢の世界で、俺と話した言葉の記憶が微かにでも残っている可能性が有る以上、すべてを失う訳でもないとは思いますが……。

 刹那、大地が鳴動し、暗き空に亀裂が広がる。
 俺達が辿って来た道が消え、高きフェンスが倒れる。

【ただ、俺とオマエさんの間に(えにし)が有る限り、何時か必ず出会える】
「俺の意識の一部を明け渡す。呪符を……。火焔呪の力を制御してくれ」

 俺の言葉と【言葉に】、ふたつの異なった存在が、同じ意味の答えを返す。
 ひとつは同意の雰囲気を。もうひとつは、否定的な、それでいて同意を示す雰囲気を。

 刹那、崩壊を続ける世界に於いて、未だ健在で有る悪夢の象徴が触枝を放つ。
 ひとつひとつに、この世界を構成する悪意を乗せて迫り来る触枝。

【その時。運命の輪が交差するその時を、楽しみ待っているで】
「火焔を持って爆炎を為せ!」

 水の少女に意識を明け渡す直前に、縁を結びし少女に対して【念話】を送る。
 その刹那。予想通り、初対面の相手とは思えない程にスムーズな形で、俺の霊力と、水の少女の霊力が絡み合う。

「滅!」

 二人の口訣と水の少女のみが結ぶ導引が、まるで同門の術者の如き重なりを見せ、
 そして……。
 そして、次の瞬間。俺と水の乙女自身が、光と化した。


☆★☆★☆


 完全に消滅し、光と変わったアトゥの痕跡を探す事は、最早不可能。
 まして、アイツが本当にアトゥと同じ存在ならば、クトゥグァの炎に焼き尽くされる邪神の顕現のひとつですから、あの炎でならば、完全に倒す事が出来ると思いましたから。

「この空間内に彼女の存在は確認出来ない。おそらく、現実世界へと帰還したと推測される」

 空がひび割れ、校舎が淡い光の欠片となって世界が崩壊して行く様は、冷たい冬の夜空から、月の光を反射しつつ静かに降り積もる雪を思わせた。

 小さな、小さな淡い光りの欠片が、ゆっくりと上から下へと降り注いで行く。

「そうか。ならば、今回のミッションもコンプリートと言う事やな」

 ゆっくりと、小さな欠片と成ってから消えて行く光と、その世界の中でじっと佇む水の少女を見つめていると、何かを感じるのですが……。
 そう。何か、とても大切な事を忘れて仕舞っているような気がするのですが……。

「最後の術式。よく、俺の考えている術式を理解してくれたな」

 俺の問い。但し、それは、水の少女(彼女)を見つめて居られないから出た言葉。
 少し、自分自身の心の在り様を偽る言葉。

 それに、彼女に依頼して置いた呪符は、火+風+火の基本の組み合わせを、ふたつ重ねた物としか説明をしていませんでした。
 しかし、説明していない、火+光+光の組み合わせを、彼女は二人分用意して置いてくれたのは事実です。
 まるで、俺の次の行動を知って居るかのような……。

 そう。それは、つまり、『火+風+火』『火+風+火』『火+光+光』の九枚の呪符で発動させる火焔呪を、俺と、水の少女を同期状態で発動させようとした俺の意図を、彼女はあっさりと理解してくれたと言う事ですから。

 もっとも、彼女は何らかの神性を帯びた存在。まして、複合呪符の使用方法を伝授してくれた相手ですから、アトゥの正体を知って居たのなら、俺の意図を理解して術式を組み上げて置いてくれたとしても、不思議ではないのですが。
 まして、水行と木行ですから、霊気の相性も良いのは当然ですし。


 ゆっくりと舞い降りる光の欠片が、彼女に触れて儚く消える。
 彼女はただ、一途に、俺を見つめるのみ。

 まるで、何かを満たすように……。
 まるで、何かを訴えるかのように……。

「名前は、教えて貰えないのか?」

 そう問い掛ける俺。その俺の口元にも一欠片の光が淡く光り、そして、直ぐに消えた。

 いや。本当は、別の事を聞きたかった。
 先ほどまで、ここの世界に存在していた少女と、俺の関係。
 その彼女と、この目前の水の少女との関係。
 そして、俺と彼女の関係。

 何故なら、何故か、先ほどの少女と【話している最中】、俺は楽しかったから。
 何故なら、今、目の前の水の少女を見つめる俺の瞳は……。

 彼女は、真っ直ぐに俺を見つめた。その彼女と、俺の間に光の欠片が舞い降りる。
 そして、ゆっくりと彼女は首を横に振った。

 これは否定。しかし……。

「湖の乙女」

 何故か、彼女は自らの存在を指し示す名称を口にする。

 そう、湖の乙女。アーサー王伝説に登場する妖精。アーサー王にエクスカリバーを与え、湖の騎士ランスロットを育てた湖の乙女ヴィヴィアン。彼女は、この世界に於ける湖の乙女ヴィヴィアンに相当する存在と言う事なのですか。

 ただ、彼女がヴィヴィアンならば、彼女の友人だと言われたあの女性は……。モリガン。いや、モリーアンと呼ぶべきか。モリーアンの可能性も有りですか。それに、ヴィヴィアンは、モリーアンの妹、ネヴァンと同一視される存在でも有りますし。

 刹那、彼女が遠ざかった。……この感覚は、影の国の女王(スカアハ)の元から帰還した時と同じ。

「また、会えるのか?」

 彼女に対するに相応しい、平坦な、感情の籠らない話し方で、そう問い掛ける。
 別に、彼女のマネをした訳では無い。ただ、冷たい雪の降る夜により相応しい雰囲気で相対しただけ。
 それに……。

 徐々に、遠ざかる彼女が、ゆっくりと首肯く。
 そして……。

「それが、一千一夜の前からの約束」

 最後にそう、短く告げて来たのでした。

 
 

 
後書き
 今回で、眠れる森の美女事件は終了です。多分……。
 しかし、あまりにも意味不明の部分が多すぎますし、其処から先の話が唐突に成り過ぎるような気もしますね。

 それに、本当は、湖の乙女の名前をここで明かす心算は無かったのですが、勢いで明かしちゃいましたし……。
 これでは、真名まであっと言う間に明かして仕舞いそうな雰囲気なのですが……。

 そして、次回からゼロ魔原作小説内に置ける地下水関係の話が始まります。

 それでは、次回タイトルは『イザベラ登場』です。

 さて。そろそろ、トリステインとアルビオンとの戦端が開かれる時期ですか。
 尚、原作でタバサが関わっていない以上、トリステインとアルビオンの戦争に主人公が直接関わる事は有りません。

 追記。

 私は、こう考えて居ます。

 難しい事を、難しく考え、難しく表現するのは普通の人。
 難しい事を、簡単に考えて、判り易く説明してくれるのは頭の良い人。

 ならば、簡単な事を、ワザと判り難く説明し、煙に巻こうとしている人間は?

 結構、周りにも居ますよね、こう言う人は。
 私の文章はちゃんと判り安く説明出来ているでしょうか。これは心配です。

 追記2。

 この『蒼き夢の果てに』と『ヴァレンタインから一週間』はどちらも、タグに輪廻転生を入れて有ります。
 これは、少し、TYPE-MOONの世界観と比べると異質な部分が有ります。

 具体的には、家系は絶対ではない、と言う事。

 代々魔術を極めて来た家系だろうと、生まれる度に修行を続けて来た相手に対しては……。と言う事です。
 もっとも、この部分は、昔やって居たPBMで、やれ、土御門だ、やれ、なんぞれの家系だ、と言うPCが周りに溢れていたので、反骨精神の塊の私が、

「家系がナンボのもんじゃ!」

 ……と成ったが故の設定なのですが。
 まして、世界観が平行世界を容認し、タイムパラドックスが存在し、輪廻転生が、確実に時間が過去から未来へと続く一本道上の世界への転生に限定されていない世界で有る以上、ひとつの世界の高々千年レベルで続く家系が為した魔術でも……。
 その上、この世界の住人は一度異常事態に遭遇する事に因り、過去から営々と続く異界からの因子を発現させる可能性が有る設定ですから……。

 これも不自然な設定じゃないんですよ。日本人ならば、最大でも十代も遡れば、それなりの家系。有名な大名家だとか、お公家さんだとかに辿り着く可能性が高く成りますから。
 それの応用ですからね。

 しかし、家系は無視。ついでに神に選ばれるのは御免被る。
 それで、輪廻転生を設定に入れているこの矛盾を……。 
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