失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】
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原作開始前
第一話「中国からの来訪者」
「で? 話ってなんだい親父」
朝、いつものように早朝鍛練に励んでいると親父から連絡があった。なにやら大切な話があるとのことで部屋に来いとのことだ。
親父の部屋に行くと、そこには親父の一茶とお袋のアカーシャが待っていた。
「すまんな、こんな朝早くに。いつもの鍛練をしていたのか」
「ああ。もう日課になっているし、鍛えるのは嫌いじゃないからな。――それで、何か大切な話があるとのことだけど?」
促されて椅子に座り、お袋が差し出した紅茶を口に運ぶ。今日はアッサムティか。
「うむ、実はこの朱染家に新たな血が入る。私の娘でね、是非仲良くしてもらいたい」
「亞愛ちゃんっていうの。歳は貴方の二つ下の十三歳よ」
ニコニコ顔のお袋。新しい家族が出来ると知って嬉しそうだ。
「亞愛ね、了解。その子もバンパイアなのか?」
「ああ。幼いころに母親を亡くして中国の縁者の元で世話になっていたらしい。そのためか中国拳法などの近接格闘術を修めているようだ」
「へえ、中国拳法を……」
それは武を極める者としては興味あるな。今度手合せしてもらえるようにお願いしてみようか。
「まあ、さすがに君ほどの腕前ではないだろうがな」
「おいおい、俺はただの人間だぞ。その子の方が強いかもしれないだろう?」
「人の身でしかも十五歳と幼子でありながら、この家でナンバー二の実力を誇る君をもはや人間と呼んでも良いのだろうか?」
苦笑する親父に俺も肩を竦めることで応える。
「さあ? まあ俺は人間云々はどうでもいいから、たとえ妖だろうと驚かないけど」
「こらっ、自分を蔑ろにするような発言はダメです!」
俺の言葉に自虐の意味を見出したのか、指を立ててメッと叱るお袋。別にそんな意味を込めて言ったわけではないのだが……。
気を取り直して親父に向き直る。
「それで、亞愛はいつこっちに来るんだ?」
「うむ、もうそろそろこちらに着くだろう」
「おいおい、それはまた随分と急な話だな……。萌香たちはこのことを?」
「まだ話していない。一応、長男の千夜には話しておこうと思ってな」
「なるほどな。まあ、話は分かったよ。俺も気を配っておく」
紅茶を飲み干し席を立つ。
「よろしくね」
「ん」
お袋の言葉に振り返らずに手だけを上げて応え、そのまま退室した。
「しかし、新しい妹か……この一年で家族が増える一方だな」
朱染家に引き取られて一年の月日が経過した。この一年の間、常に己を鍛えていたら俺の身体能力はもはや人間(?)と呼べるものにまで成長した。というか、本当に俺は人間なのだろうか?
勿論、生物学的には人間に分類されるため、俺の身体の構造は従来の人間と同じものだ。しかし、人間という種族は魔力を持たないはずなのになぜか魔力を内包している俺は、無意識のうちに身体強化の魔術や治癒力を高める魔術などを常時展開しているらしい。それでも尽きない俺の魔力ってドンだけという話だ……。
正直、身に覚えのない――というより得体の知れない魔術を無意識のうちに行使している自分を嫌悪したこともあったが、今では素直に受け入れられている。これも萌香たち『家族』のおかげだな。彼女たちがいなければ俺の心は砕け散っているだろう。
まあそんな訳で、魔術のアシストを常時受けている俺は力の大妖であるバンパイアと同等の膂力と回復力を持つ。これで赤目だと完全にバンパイアだな。
さらにはなぜか身体に染みついている格闘術も合わさり、いつの間にか朱染家のナンバー二の実力者などと謳われてしまった。ちなみにナンバー一はお袋である。母は強し、というやつか?
「とりあえず、萌香たちの元に行くか」
エントランスホールに向かうとそこには刈愛、萌香、心愛の他に黒髪の女の子がいた。黒い制服のような服を身に纏った少女の傍らにはキャリーケースが置いてある。恐らくこの子が亞愛だろう。
俺の姿に一早く気がつく萌香。
「兄さん」
「もう彼女とは会ったようだな。お互い自己紹介は済んだか?」
「うん! あと自己紹介してないのはお兄さまだけだよ!」
「はは、これは一本取られたな」
心愛の言葉に苦笑した俺は亞愛と向かい合う。
「はじめまして。俺の名は朱染千夜という。よろしく」
亜愛は方膝をつき包拳礼を取る。
「初次対面(はじめまして)。亜愛です。よろしくお願いします、千夜兄様」
「ん、よろしく。そんなに畏まらなくていい。気軽に接してくれ」
「そう? なら遠慮なく。――ところで千夜兄様ってあの『殲滅鬼』なのよね?」
「自分から名乗ったことはないがな。不本意ながらそう呼ばれているよ」
殲滅鬼というのは俺の異名の一つだ。家の『仕事』や侵入者を迎撃していたら、いつの間にかそんな異名が出来てしまった。由来は敵対した者は必ず全滅することから来ているらしい。少なくとも降参した者や敵意がない者には手を上げないんだが。
ちなみに、その他にも『黒衣の死神』、『規格外の人間』(イレギュラー)、『暗殺者』(アサシン)とも呼ばれていたりする。
「すごいわねぇ、人間の身でそこまで上り詰めるなんて……。今度、手合せしてもらえる?」
「それはこちらとしても願ったりだな。是非お願いするよ」
「明白了(わかったわ)。お手柔らかにね」
「それは君次第だな」
和やかに離していると、背後から殺気を感じた。反射的に振り返ると、そこには可愛らしく頬を膨らませた心愛と、いかにも不機嫌ですとでも言いたげな顔をした萌香の姿が。その後ろでは刈愛がくすくすと笑っている。
「お兄さま! この後私と稽古するわよ!」
「兄さん、最近腕が鈍ってきたんだ。この後、少し見てくれないか」
「ちょっと、お姉さま! 私が先に言ったのよ!」
「ふん、兄さんの優先権は私にある」
「そんなのおーぼーよ!」
いつものように姉妹喧嘩を始める二人。それを目にした亞愛が楽しそうに笑った。
「私、彼女たちとは仲良く出来ると思うわ」
「それはよかった」
賑やかな一行は親父の元へと向かう。
† † †
「よく来てくれたね。私がこの館の主、朱染一茶だ。歓迎するよ」
「初次対面(はじめまして)。今日この時を心待ちにしていました……。亞愛と申します。お会いできて光栄です、お父様」
親父の言葉に膝をついた亞愛が包拳礼で一礼した。
「うむ、私も逢えて嬉しいよ。君も今日から朱染家の一員だ、自由にするといい。兄妹たちとはもう話したかね?」
「ええ、少し……。皆優しい人で安心しました」
「それは重畳」
俺たちは親父の後をついていく形で大ホールへと向かう。亞愛のお披露目という演目で朱染家の関係者を大勢呼んだらしい。俺もさせられたな……。
長い廊下を歩き大ホールに入ると、既に集まっていた客人たちの視線が集まる。
「ボスの隠し子?」
「かわいー子ね」
「萌香ちゃんたちも大きくなったな。うん、可愛くなった」
「朱染家兄妹が勢揃いか」
そこらかしこから聞こえる声に萌香たちの顔が赤く染まる。こういうところは初心だなー。
親父が一歩前に出る。
「諸君、遠路遥々よく来てくれた。今日は私の新しい娘を紹介する」
親父に促された亞愛が一歩前に出て頭を下げた。
「ご紹介に預かりました、朱染亞愛と申します。幼い頃に母を亡くし、中国の縁者の元でお世話になっていました。天涯孤独の身と思っていましたが、偶然お父様の所存が判り、おまけに家族として受け入れてくれて感謝の念に堪えません。新参者ですが、どうぞよろしくお願いします」
スカートの端を摘まみペコっと一礼する亞愛に大きな拍手が送られた。俺たちも亞愛の前に出て改めて自己紹介をする。
「刈愛です。あなたが来たから私は次女になるのね。背は私の方が高いかしら?」
「萌香だ。今年で九歳になる。よろしく頼む」
「心愛よ。どーせならあたし、妹が欲しかったのに。どーせあたしは末っ子ですよーだ」
「そう拗ねるな。――改めて、千夜だ。君の兄になるな。困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
差し出す手を一人一人握る亞愛。
「歓喜! こんな素敵な兄妹が出来るなんて夢みたい。請多関照(よろしくお願いします)!」
――よかった、これなら仲良くやっていけそうだな俺たち。一歩下がって姉妹でキャイキャイ騒ぐ妹達を見守りながら、そう思う。
しばらくして父が亞愛に話し掛けた。
「さて、亞愛。早速で悪いが、君の同族としての『力』を見せてくれるかい?」
「――! ええ、分かったわお父様」
その言葉が何を意味しているのかを察した亞愛は表情を引き締めた。
「よろしい。では、千夜。前に出なさい」
父に促されて前に出る。萌香たちもこの後の展開を把握しているのか、いつの間にか離れて遠巻きに見守っていた。俺と亞愛を中心に客たちも下がっていく。
「では、我が子らよ。遠慮は無用だ」
――殺し合いなさい。
緊迫した空気がホールを包み込む。亞愛はじりじりと円を描くように移動しながらこちらの隙を窺う。
「手合わせを――と言っていた矢先にこうなるとは。いや、良い機会をもらったものだ」
「こんなに早く、兄様と戦えるなんてね」
互いに軽口を叩き合いながら戦意を高めていく。
俺は左手を下段に、右手を腰だめに構え、両足を前後に開いた半身の姿勢になる。地に根を生やすかのように重心を落とす。
「さあ、どこからでも来な」
「その余裕、なくしてあげる……!」
強烈な踏み込み。一息で眼前に迫った亞愛は顔面に拳を放ってくる。中々のスピードだな。
外側に一歩踏み出して紙一重で回避した俺は転身してお返しとばかりに右のバックブロー。
しゃがんで避けるが――甘い。
バックブローを追いかけるように間髪入れず放った、左の回し蹴りが亞愛を襲う。
「――っ!」
両腕を交差させて防ぐ亞愛だが、衝撃を逃しきれず後方に吹き飛んだ。空中で一回転して姿勢制御をし、足から着地する。
思考する時間を与えないように追撃を仕掛ける。膝をつく彼女に向かって打ち下ろしの右。
「む?」
手の甲でわずかに軌道を逸らした亞愛は滑るように懐に潜り込むと、俺の腹部に肘を押し当てた――って、いかん!
「――破山撞肘」
腹部にもの凄い衝撃が走る! 咄嗟に地面を蹴って後方に跳躍したが、一割程ダメージをもらってしまった。これが中国拳法か……。
「あや~、今ので決めるつもりだったのに跳んで威力を軽減させるなんて。流石は『殲滅鬼』ね」
「いや、驚いたよ。君の年でこれほどの使い手がいるなんてね。これは思っていたより楽しめそうだ……」
こちらも少々ギアを上げていこうか。己の心の内にあるスイッチを一つ、二つと入れていく。
俺の纏っている空気が変わったのを察したのか、亞愛の頬に冷や汗が伝う。
「ん~、これは私もヤバいかも。尋常じゃない殺気……素敵、いい兄妹になれそうね私たち」
不敵な笑みを浮かべた亞愛が再び構える。互いに動き出そうと重心を爪先に移動させたその時、一際大きい拍手がホールに響き渡った。
「そこまで。ありがとう亞愛、君の実力はよくわかった。正直期待以上だったよ」
親父の言葉に一礼する亞愛。
「ありがとうございます、お父様」
「うむ。今日はゆっくり休んで、旅の疲れを癒しなさい」
むう、もう少し手合わせしていたかったが、仕方がないな。またの機会にしよう。
「ふ、ふんっ。あんなの大したことないもんっ。千夜兄さま全然本気出してないしっ」
何故か得意気に胸を張る心愛。萌香は顎に手を当てて考え込んでいる様子だった。
「……いや、それは向こうも同じだろう。曲がりなりにもあの兄さんを相手にあそこまで立ち回ったんだ。並みの者なら最初の一撃で終わっていた」
「そうね。それに亞愛ちゃん、まだなにか隠しているようだったし」
「それは姉さんの勘か?」
「ええ、勘よ」
確かに、亞愛からは終始余裕が窺えた。まだ隠し玉を持っていたのかもしれないな。頼もしい奴だ。
† † †
「本日はお越し頂きありがとうございます、レイモンド様」
漆黒のロングコートを羽織った男性の元に向かい頭を下げる。今年で三十になるレイモンド様はオールバックの髪に無精髭を生やした精悍な顔つきをされている。
「おお、千夜くんか。久しぶりだね。また一段と腕を上げたな」
「背も伸びたわね。うん、格好良くなった」
その妻のアリシア様は胸元に大胆なV字カットを入れた赤色のドレス姿だ。このお二人は出会った当初から何かと目にかけて頂いている。
レイモンド夫妻の和やかな言葉に笑みを深める。
「そうですか? ありがとうございます。お二人もおかわりないようで何よりです。いかがでしたか、うちの新しい妹は」
「なかなか見どころのある子だな。いや、さすがは一茶様のご息女だ」
「それにあの子、将来は凄い美人さんになりそうね」
「私の自慢の妹ですからね。――おっと、他のお客人の元に向かわねばなりませんので、すみませんが私はこれで。ディナーを楽しんでいってください」
「君も大変だな。今度私たちの屋敷に招待するよ」
「ヘレナも会いたがっていたし、一緒に夕食でも食べましょう」
「それは嬉しい申し出ですね。是非よろしくお願いします」
話しもそこそこに切り上げ、他の客人たちの元へ向かう。何気に朱染家の長男はこういった挨拶回りをする機会が多かったりするのだ。
挨拶回りをしていると黒いフードを被った男が俺の前で膝をついた。諜報部のエージェントだ。
「突然申し訳ありません、千夜様」
「どうした?」
「実は、この朱染の結界に何者かが侵入した形跡が」
「へぇ、侵入者か。ここの結界を抜けてくるなんて、中々骨のある奴だな」
この朱染の館は半径三キロに渡って結界が張り巡らされている。迎撃用の結界のため、外部の者は正当な手続きを踏まないと侵入できない仕組みになっており、無理に侵入すれば身体が四散することになる。
ちなみに、なぜ俺に報告が来たかというと、朱染家統合警備組織の主任を任されているからだ。
「恐らく親父の命を狙いに来たんだろう。第二班と三班を捜索に当たらせろ。可能なら生け捕りだ」
「畏まりました」
一応、親父の耳にも入れておいたほうがいいと思い、客人と接待する親父に近づく。
「すまん親父、ちょっといいか?」
「何だ?」
「どうやら侵入者がいるらしい。捜索に当たらせているが、一応気を付けておいてくれ」
冷笑を浮かべ一笑する親父。
「フッ、どうせ私の命を狙いに来た愚か者だろう。適当に相手をしてやれ」
「了解」
さて、他にも挨拶回りしないと。姉妹同士で楽しく談笑している萌香たちが羨ましいよ。
後書き
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