或る皇国将校の回想録 前日譚 監察課の月例報告書
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五月 栄光と黄金(中)
前書き
今回の登場人物
堂賀静成大佐 兵部省陸軍局人務部監察課の首席監察官 憲兵出身の情報将校
受勲対象者の事前調査の為に都護鎮台を来訪する。
馬堂豊久大尉 同首席監察官附き副官兼監察課主査として課全般の庶務を監督する。
五将家の雄 駒城家の陪臣将家嫡流
中寺大佐 皇州都護銃兵第三聯隊聯隊長
松良大尉 皇州都護銃兵第三連隊第一大隊第三中隊の中隊長 匪賊討伐時の指揮官
井田中尉 第三中隊第一小隊長 匪賊討伐に従事 野戦銃兵章の受勲対象者
三井 大手両替商鈴鳴屋の宮城支店で出納を監督する番頭
現金輸送馬車が襲われた際に責任者として対応した。
皇紀五百六十四年 五月二日 午後第二刻
皇州 皇南街道 兵部省公用馬車内
兵部省人務部監察課 首席監察官 堂賀静成大佐
「――成程、御協力ありがとう、中寺さん。これでより詳細な当時の状況を把握できました。それでは聯隊本部では事後処理に関する書類の精査と関係者の証言を確認したいと思います」
首席監察官はそう云いながらちらり、と副官に視線を送ると副官もそつなく綴じた帳面をゆらしながら頷き返す。 さすがに旅団副官に抜擢されただけあり、馬堂大尉の補佐官としての能力には堂賀も満足していた。
「もう間もなく駐屯地に到着いたします。戦闘に参加した者達もすでに招集しておりますので首席監察官の聞き取りも迅速に行えるでしょう」
先任であり、立場としても格上である堂賀に対して丁寧な口調で中寺大佐は答える。
「ありがとう。時間はなるたけかからないようにしますが、ご迷惑をかけて申し訳ない」
堂賀の言葉に答えるように、御者が駐屯地が見えてきたと告げる。
「それでは我が聯隊の駐屯地を御案内いたしましょう」
胸を張って聯隊長は云った。
或る皇国将校の回想録前日譚 監察課の月例報告
五月 栄光と黄金(中)
同日 午後第二刻半 皇州都護銃兵第三聯隊駐屯地聯隊本部庁舎内 会議室
兵部省人務部監察課主査 兼 首席監察官附き副官 馬堂豊久大尉
「戦闘時に指揮を執った第一大隊第三中隊 中隊長の松良です」
普段は敬礼を奉げる先には普段は聯隊長か首席幕僚が座る上座に座る首席監察官が居た。
「出頭御苦労、松良大尉。これから行う審問は記録されることになる。これは人務部において保管されることになるのでその点について了解してもらいたい」
「はい、首席監察官殿」
「うむ、こちらが私の補佐を行っている副官の馬堂豊久大尉だ。この審問の記録も担当している」
紹介を受けて豊久も敬礼を送る。
「よろしくお願いします、松良大尉」
「――さて、それでは始めようか」
堂賀が向き直り、審問を始める。
「貴官は今年――皇紀五百六十四年の三月十三日に中隊を率いて妙髪山地から皇南街道まで足を延ばした匪賊の討伐に出発した。この時に起きたことを詳しく話してもらいたい」
「はい、首席監察官殿。自分は――」
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小半刻程の説明を経て、豊久は幾つか質問を飛ばす。
「つまり、先行した井田中尉指揮下の第一小隊は主力の到着によって瓦解した匪賊の隊列の掃討時には貴官の下で再編と負傷者の救護にあたっていたのですね?」
「はい、その通りです」
「その時に確保した馬車を見張っていたのは?」
「掃討の指揮を第三小隊に任せ、本部と第二小隊から引き抜いた一個分隊の護衛の下で後退を行い、三里程南下したところで駆けつけた警務局の警備隊に引き渡しました」
「離脱開始から警備隊に引き渡すまでの時間は?」
松良大尉はその問いに一瞬迷ったが、答える。
「はっきりとは覚えておりませんが、おそらくは半刻かそれに二尺程たしたものだと記憶しております。
引き渡した時刻は記録されている筈ですが、離脱を開始した時刻は記録できる状況でもなく、自分も余裕がありませんでしたので――」
そこで言葉を切るが、
「その後は先程の説明の通りです。避難後は宮城警保署で保護を受けていた鈴鳴屋の輸送員と駆けつけた支店の番頭が輸送馬車の被害を確認し、四千金が強奪されていたことが判明いたしました」
だが疾しいところはない、そう強い口調で語る中隊長に、豊久も首肯した。
「つまり、貴官の部隊が輸送を行う馬車と接触を行ったのは
第一小隊を除けば一刻以上は掛からなかったということですね?」
「はい、その通りです」
「そして掃討後の検分、および四千金の捜索は宮城警保署の者が主導で行ったのですね?」
「はい、その通りです」
抗議の意味を込めてかきわめて機械的な態度の中隊長と無感情な首席監察官の応答を豊久は淡々と記録として筆記する。
「ふむ、副官。他に聞くことはあるか?」
豊久の記録した審問の確認を終えた堂賀が切りの良いところで口をはさむ。
「いいえ、質問に答えていただきありがとうございました、松良大尉」
豊久が頭を下げると、堂賀は頷いて締めの言葉を発した。
「協力ご苦労だった、中隊長。また後日に事実関係の確認を行うかもしれないが、今日のところはこれで結構だ。次に井田中尉を呼んできてくれ」
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次に監査官たちの前に姿を現した井田中尉は衆民出身の三十手前の銃兵将校である。
「出頭御苦労、井田中尉。貴官には幾つかの質問に答えて貰う。
こちらが私の補佐を行っている副官の馬堂豊久大尉だ。大尉によってこの審問は記録される事を――」
堂賀と井田の問答は先程の松良大尉との審問と異なり、小半刻程で豊久は筆をおくことができた。
書き起こした内容の大半は匪賊討伐戦の中でも稀有なほどに混乱しきった状況だった事を示している。陸軍側の負傷者はほぼ全員がこの小隊に集中しており、十二人もの兵たちが何らかの形で負傷している。
「――そろそろ上がりだな。もう四刻半だ。塞原に戻った方が良いな」
堂賀の声に豊久も慌てて刻時計を取り出す。
「本当だ――もうこんな時間ですね。
それで、その。この受勲審査の結果はどうなるとお考えでしょうか?」
ためらいがちに問いかける副官に対し、首席監察官は逆に問いかけた。
「貴様はどう思っている?そう問いかけるという事はなにかしら疑問があるということだろう?」
「はい。戦闘とその事後処理に関しては円満そのもので、疑問をはさむ余地はありません。
問題は失われた正貨の行方に絞られています――資料によると井田中尉の小隊が死者を出さずに済んだ最大の要因は輸送に使われた馬車が頑丈に作られており、遮蔽物として極めて有効だったことです。これは詰まれていた正貨も同様です。失われた四千金を含めて、千金ごとに樫と鉄でできた箱に施錠されており、壊すには随分と手間がかかります。重量だけでも相当な物です。
そうとう嵩張るでしょうし、重量だけでも一箱で二十貫はある。
馬でも居ない限り、いえ、居たとしてもそう簡単に中隊主力が来る前に逃げられるものでしょうか?」
「ほう?だがそうだとしたら中隊が窃盗したと?」
愉しそうに尋ねる堂賀に対して豊久は瞼をもみながら答える。
「それもいまのところ、説明できない点が多すぎます。いつ?何人で?
まさか中隊主力総員でこれを隠蔽した?まさか!そんなことをしたら必ずどこかで漏れるに決まっている!百二十余名が小金を抱えて秘密を守れるわけがない!ならば小隊、或いは分隊単位で?確かに可能かもしれないが危険が大きすぎるでしょう
余程強い動機――理由がなければ銃殺物の危険を冒せないでしょう。当事者の人務記録を見る限りそこまで追い詰められたものも、博打狂いも居なかった」
「成程、だが少々弱いな。そちらは断言するにはも再度の身辺調査が必要だろう。
金回りが良くなってないかでかい借金を作っていないか等々、面倒だな。あまり時間をかけるのは好ましくない」
そういって堂賀はにたり、と嗤った
「何かお考えが?」
「――さてな。私の考えが正しければ、明日には糸口がつかめるだろう。
そうなったら貴様にもわかるだろうさ。今日はもう店じまいだ」
自身の鞄を持って、首席監察官は立ち上がる。
五月三日 午前第九刻 皇州 宮城内 両替商 鈴鳴屋宮城支店
兵部省人務部監察課主査 兼 首席監察官附き副官 馬堂豊久
「――こちらを調査するにしても我々は何の権限も持ってないと思いますが・・・
それに、彼らは戦闘には関与しておらず、紛失する前と後の確認だけです。」
「ただの善意の協力を願うだけだ。強制権はたしかにないが二、三人に話を聞くだけだ、昨日の内に連絡も送っておいた。そう邪険にもされんよ」
「いつの間に?」
「司令部を出る前にだ。あの愛しの千金箱に関する資料を読んだ時点でここに行くべきだとおもったのでな」
――失点1、か。
肩を落とした副官を観た堂賀は軽く肩を叩きながら言葉を継いだ。
「ま、貴様は初めての仕事だ、もう少し経験を積めば目のつける所が分かってくるさ」
「――さて、行くか」
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応接室に通された二人が椅子に腰かけると、数寸もせずに緊張した顔の番頭が慌てた様子で応対に出てきた。
「お待たせしました――えぇと、堂賀大佐様と馬堂大尉様でしたな。
私はこちらの出納を担当しています三井と申します。先日の不幸に関して――あぁ、申し訳ありません、不幸と云うのは此方の――」
「いえ、勿論。貴方と この御店にとってはまぎれもない不幸である事は良く分かっております、三井さん。
それでは、例の襲撃事件についての事実関係の確認の為に、輸送と護衛を担当した者達から聞き取り調査を行いたいのだが、問題ないでしょうか」
強制権が無い為か、それとも元からそうなのか、堂賀は大佐とは思えない程に丁重な口調で三井に問いかける。
「え?えぇ勿論です。あの中尉さんが受勲されたのならば保管してある馬車を見世物に――もとい、記念品として飾れば御店にも良い宣伝になりますし」
ふと視線を逸らした豊久の視界に抱えていた書類の中に“恐怖の馬車、呪われた黄金と勇士達”と書かれた広告案らしきものが飛び込んできた。
――逞しいなぁ。
乾いた笑いを浮かべた豊久は上官に脇を小突かれ、慌てて帳面を取り出した。
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一通りの事実確認を終わらせると最後に警保署に責任者として訪れていた三井番頭に堂賀は微笑を浮かべて話しかける。
「さて、最後になりましたが改めてご協力を感謝いたします」
「いえ、そういっていただいて光栄です、堂賀様。」
「それでは――改めて確認をしたいのですが、貴方は宮城支店の代表者として皇都本店より輸送された二万二千金を受け取る筈だった。しかし、匪賊の襲撃を受けて宮城警保署の保護を受けた輸送随行員達から連絡を受けて警保署に到着。それから一刻半程で奪還された輸送馬車と積荷であった正貨二万二千金を確認、だが四千金が喪われていた」
「はい、その通りでございます。
御存じでしょうが特別頑丈に作らせたものだったのに、蝶番ごと叩き壊されておりました。
こんな商売ですから金の魔性というものには人一倍通じているつもりでしたがぞっとしないものでした。」
そう云った後に一瞬、目を伏せてから口を開いた。
「あぁ、その前に襲撃の知らせを受けた時点で皇都本店に導術通信を飛ばしています。
これは当たり前ですが、万一の事があった場合の為です」
――ん?
僅かに違和感を感じた豊久は帳面から顔を上げる。
「えぇそうでしたね。こちらにも書かれています」
監察官の言葉に番頭は無意識にか、ほっと息を吐き顔を赤らめながら事後処理の話をまくし立てた。
「――正直なところ、死者こそ出ませんでしたが、四千金が失われたのは痛手でした。本店からの支援もあって早期に手を打つことができ御陰様でどうにか持ち直して今に至るといった次第です。皇州は流通の要です、その街道でこのような事件が起きたというのは我々のような商売にとっても恐ろしい事でございます」
首を振る番頭に堂賀も生真面目そうに頷く。
「はい、陸軍としても御国の治安維持により一層力を入れるつもりです。
それでは――御協力ありがとうございました」
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同日 午後第二刻
皇州 皇南街道 塞原郊外 兵部省公用馬車内
兵部省人務部監察課主査 兼 首席監察官附き副官 馬堂豊久
「――さて、どうだった?」
「やはり、接点が少ないとはおもいますね。皇都で積まれた二万二千金がぜ襲撃後、宮城で一万八千金になっていた。その間で鈴鳴屋の輸送員が馬車を離れたのは匪賊の襲撃を受けた時のみです。
当然ながら輸送員は皆、信頼の厚い人間をあてています。態々個人的な事情に窃盗する事はまず考える必要はないかと」
「ふむ、そこまでは道理だな。それで?」
「――まず、現状の確認として、受勲審査の問題点として輸送金の喪失がある。
本来ならば、軍がこれをおこなったものではない、とできれば良いのですがそれには時間がかかり過ぎます。とはいってもやはり現状だと匪賊の一部が奪って逃走した可能性が高い――そういった結論でも十分ではありますが、今回はこの行方をはっきりさせ汚点を残さないことも重視されています。
つまり、軍部外の人間が千金箱を持ち去った事を理論的に証明できれば良いわけです」
「その中で、現状はっきりと第一容疑者であるのは行方不明となった匪賊達です。
大半が負傷して逃亡したものだと思われますが、中には最初に小隊が到着した時点で見切りをつけて逃亡したものが居たとしてもおかしくありません」
堂賀も同調して頷く。
「反論としては――持ち出した金が少なすぎる事と、もしそうならば踏みとどまった連中が多すぎるということだな。まぁ確かに烏合の衆だったのだろうし、万全な統率がとれていたのではない。応援が来ることを見越して逃げ出したのが居たとしてもおかしくないだろう。私もその線はまだ捨てきっていない。」
「次に鈴鳴屋の輸送員ですが――これはさっき申し上げた通り、どう考えても不自然です。
上り調子の大手両替商本店が用意した輸送員ですからね、厳重な吟味を経て信頼された者があてられています。それに持ち出す機会もほぼ皆無です。匪賊共は元来妙髪山地の周辺で暴れていた連中で自作自演はまずありえない。そんなことをしても殺されて全額持って行かれるのがオチです。
たしかに情報の漏洩元は気になりますが、競合している商家が嫌がらせ工作を行ったのだと考えるべきでしょう。軍が警邏を行っているのは皇都で調べればすぐにわかります」
「では貴様は匪賊が奪ったと考えているのか?」
「その結論が今のところ一番自然ではあると思いますが――」
豊久が言葉を濁すと嬉しそうに堂賀は言葉を引き取る
「気になる事があると」
「先程の番頭は本店に連絡する事をいうべきか一瞬迷っていました。
言うまでもない些細な事と思っただけなのかもしれませんが――どうも気になりますね」
「そこからなにか貴様にも見えてきたのか?副官」
静かな声で問う堂賀の真剣な顔に豊久は眼を瞬かせる。
具体的な考えまで昇華できなかった事に内心舌打ちをしながら率直に答える。
「いいえ、気になるのですが具体的にはなにも――」
一瞬、堂賀は考え込むように目を伏せるがすぐに顔を上げて副官に告げる。
「そうか、まぁ目端は良い。ふむ、ところで最後の確証を得る為に、明日までに一度皇都に戻ろうと思うのだが手配をしてくれたまえ、運が良ければそれでこの随監も終わりだ」
「――は?」
ぴしり、と凍りついた副官を尻目に首席監察官はゆったりと背を沈め、目を閉じた。
後書き
申し訳ありません、予想以上に大量の書き直しが出たので(下)は明日の夜9時に投稿させていただきます。
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