ヴァレンタインから一週間
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第2話 式神使い
前書き
第2話を更新します。
しかし、そのような俺の問い掛けを、無視……と言うか、よく判らない対応なのですが、じっと俺を見つめるだけで、何の反応も見せようとはしない長門有希と名乗る少女。
沈黙と言う現象のみが世界を支配し、彼女のメガネ越しの冷ややかな視線が、俺の心の深淵までを見通そうとするかのように感じられた。
もっとも、これは仕方がない事だとは思いますけどね。
何故ならば、彼女と俺は初対面。そして、突如、彼女の部屋の中に、何もない空間から現れた不審人物。
更に、彼女が人間ではない事をあっさり見抜いた存在。
普通に考えるのならば、こんな不可思議な人物を信用して、自らの造物主か、それとも召喚主かは判らないけど、その存在から与えられた仕事の内容を明かすとは思えませんから。
そう冷静に考えた後、長門有希と名乗った少女を見つめる俺。
ゆっくりと、時計の秒針のみが時を刻み、その一瞬一瞬が、彼女の内に蓄えられている霊気を消耗させて行く。
これは、仕方がないですね。
少し頭を掻きながら、その長門有希と名乗った少女を能力の籠った視線で見つめる。そして、その結果は、矢張り、先ほど見つめた時と変わらない答えを指し示していた。
諦めた者の吐息をひとつ吐き出す俺。何時までも、こんな彼女自身に残された時間を削りながら行う神経戦など、俺が望む物では有りません。
それならば……。
「シルフ」
それならば仕方がないですか。先ずは俺の能力を見せてから、後に信用して貰うしか方法がないでしょう。
まして、このまま、彼女が死亡して仕舞ったら、流石に寝覚めがワル過ぎますから。
そう考えてから、こことは違う世界。精霊が住まう世界へと通じる次元孔を開く俺。
俺の呼び掛けに応えるかのように、式神を封じて有るカードから、風の精霊シルフを指し示す納章が空中に写し取られる。
刹那、その召喚円に集まる小さき風の精霊たち。召喚円から発生する、精霊界からの風が頬を弄り、やや収まりの悪い前髪を揺らす。
そして、次の瞬間。
体長六十センチメートルほどの、昆虫の羽根を持った小さき乙女が、俺と、長門有希と名乗った少女の目前に姿を顕わしていた。そう、その容貌は透明感に溢れた少女で有り、薄絹を纏って優美に宙を舞い、敏捷にして快活。雲を渡り、風を自在に操る乙女と伝承や物語に記されている存在そのものの姿で有った。
「長門さん。紹介するな。俺の式神。風の精霊シルフや」
そして、そう、長門有希に風に舞う乙女を紹介する俺。
俺のその紹介に合わせたように、シルフも長門有希を見つめてから、ピョコリっと、ひとつ頭を下げて挨拶を行う。
尚、その際の長門有希の様子はと言うと……。
表情は、最初に出会った時から変わる事のない、感情を読み取る事の出来ない透明な表情を浮かべるのみで有ったのですが、彼女が、シルフを見た瞬間に発した気は、明らかに驚いたような雰囲気で有りました。
ふむ。何故か、少し勝利をしたかのような気がしますね。
「俺は式神使い。神霊や悪魔、それに精霊などを友として契約を交わし、世界に歪みをもたらせる存在を、その有るべき世界へと送り返す役割を担う存在」
そう説明する俺。但し、故に、陰気を発生させる元に成りかねない、この目の前の少女を無視する事が出来はしないと言う事でも有ります。
そして、場合によっては強制送還。もしくは、この世界で発生した付喪神系の存在ならば、封印のような処置を施す必要が有ると言う事でも有るのですが……。
この世界の陰陽のバランスを整えて、陰にも、まして、陽の方にも傾き過ぎないように保つのが、俺の役割ですから。
そう考えながら、長門有希と名乗った少女を見つめる俺。
透明な表情に、銀のフレームのメガネと、ややもすれば冷たいと表現すべき瞳。薄いくちびる。そう、それは、精緻な人形を思い起こさせる美貌を持つ少女。
但し、彼女から気を感じる事が出来る以上、彼女は、俺の規定する範疇では生命体で有る事は確かです。
そんな彼女を相手に、強制送還や、強制封印などと言うかなり荒っぽい真似はしたくはないのが事実なのですが……。
何故ならば、長門有希と名乗った少女とは言葉を交わす事が可能です。狂った、こちらと意志の疎通が出来ない相手でないのならば、ちゃんと説明を行い、納得して貰う事も俺の仕事のひとつですから。
「俺には、長門さんが帯びている任務の内容を教える事は出来ないんやな?」
俺の問いに、長門有希が少し考えるような空白の後、小さく首肯く。
「その任務は、自らの生命を賭してでも為さねばならない任務でも有る、と言う訳か?」
更に続けた俺の質問に、同じように少し考えてから、彼女は小さく首肯く。
但し、今度の肯定は、答えと同時にかなり大きな陰の気を発したトコロから推測すると、何らかの強制力が行使されていて、彼女が本心から、その任務とやらを受け入れている訳では無さそうな雰囲気を感じました。
矢張り、真名か、契約に因って縛られているパターンか、それとも、元々、心の存在して居なかった被創造物が時を経る内に心が発生した後も、造物主によって支配され続けているパターンのどちらかの可能性が高いと思いますね。
それに、どちらにしても、かなり問題が有る状況には変わりがないでしょう。
「その任務とは、世界に対して害を及ぼすような種類の物ではないな?」
この質問に対しても、彼女は首肯く事によって肯定した。
尚、その際には、一切の陰の気が発生する事は無かったので、少なくとも、彼女は虚偽の答えを為した訳でない事は間違いないでしょう。
少なくとも、彼女自身が世界に歪みをもたらせようと考えている訳ではない事は確かだと思います。
「その任務は、長門さんが死亡した後は、誰が引き継ぐ事になっているんや。
このままでは、貴女はそう長い時間、その身体を維持する事は出来ない。もし、生命を賭しても遂行する必要が有る任務なら、貴女のバック・アップは存在すると思うけど」
そして更に質問を重ねる俺。但し、この質問の答えは否定的な答えが返って来ると思っているのですが。
何故ならば、彼女にバック・アップが存在するのなら、今が一番、それを必要としているタイミングだと思いますから。おそらく、俺の予想では、後、三十分ほどで、彼女の霊力は枯渇します。
ただ……。
う~む。しかし、彼女が保持出来る霊力の総量と、現在消費している霊力から推測すると、彼女は、現在、何らかの術式を行使している最中の可能性も有りますね。
何らかの術式を行使しながら、自らの生命も維持しなければならないとなると、彼女が消費している霊力が大きく成っても仕方がないとは思いますが。
案の定、ふるふると首を横に振る長門有希。そして、
「現在、わたしのバック・アップとの連絡は途絶中」
……と、短く、質問に対する答えのみを伝えて来た。
成るほど。一応、バック・アップは存在するのですか。
「ならば、あまり時間が残っていないから、さっさと話を進めるな」
俺の言葉に、少し興味を持ったのか、寂寥や達観とは違う気……気配を発するように成っている長門有希と言う名前の少女。
そして、それは良い傾向だと思います。陰の気は、更に悪い流れを呼び込む原因と成ります。根拠のない空元気でも、陰々滅々としているよりは、余程ましですからね。
「先ず、現在、長門さんは、自らの生命を危険に晒しても成し遂げなければならない任務の最中。しかし、現実に、その生命に危機が迫っているのに、自らのバック・アップとの連絡は途絶中。そして、長門さんに命令を下した存在との連絡も途絶中。それで間違いないな?」
もっとも、彼女に命令を下した存在との連絡が途絶しているのは俺の想像でしかないのですが。ただ、それでも、現状での彼女の置かれている状況を知っているのなら、何らかのアクションが為されるはずなのに、現状では何も為されていないのですから、途絶中だと考えても間違いではないと思い、こうやって聞いてみたのですが。
案の定、俺の問いに対して、ひとつ首肯いて肯定を示す長門有希。
さて。そうしたら、後は、彼女が信用出来るかどうか、ですか。
そう思い、その、メガネを掛けた少女を再び、じっと見つめる俺。
但し、それはただ見つめただけでは有りません。見鬼を使用した上に、彼女から発する気の中に、俺を陥れてやろう、とか、騙してやろうと考えていないかを確認する為の作業です。
行き成り黙って仕舞った俺を、ただ見つめ返す長門有希。その、清楚と表現すべき容貌からは一切の余分な感情を読み取る事は出来ず、彼女から発せられる気は、希薄な中に、寂寥と達観が強く感じられるだけで有った。
……いや、ほんの少しだが、微かな希望に似た色を感じ取れるようになった気がするな。
それに、少なくとも邪悪な存在ではない。そして、どんな任務が有るのかは判らないけど、彼女が現状では、この世に対して悪意を持っていない事だけは確実。
「もし、俺を信じて貰えるのならば、俺には長門さんを助ける手立てが有る。
但し、その方法に少し問題が有って、長門さんが完全に納得した上で無ければ為す事が出来ない方法なのだが……」
かなり言い難い方法なので、奥歯に物の挟まったような、非常に歯切れの悪い口調でそう告げる俺。流石に、初見の相手。それも、かなりの美少女相手では問題が有る方法なのですが。
突如、様子の変わって仕舞った……少し挙動不審と言えなくもない様子の俺を、そのメガネ越しの暖かなとは言い難い瞳で見つめる長門有希。
そして、
「具体的に説明して貰えなければ、検証は出来ない」
……と、そう呟くように言った。
そして、それは当然の言葉だと思います。俺が彼女の立場ならば、間違いなしにそう聞き返しますから。
但し、そう俺に告げた時の彼女から、先ほどまでよりも更に大きくなった希望の光のような物を感じた。
俺は、ひとつため息を吐くかのように、肺に残った空気を吐き出す。確かに、相手は人間では有りません。しかし、それでも自らの生命を失うよりは、多少のリスクは存在する可能性も有るけど、この目の前の存在……つまり、俺の言葉に乗って見ても良い。少なくとも、座して死を待つよりはマシと考えて居たとしても不思議では有りません。
まして、俺も、彼女の死を望んでいる訳でも無ければ、彼女をこの世界から強制的に排除したい訳でも有りません。
それならば、
「さっきも見て貰った通り、俺は式神使い。異世界の存在を友と為し、彼らと友誼に基づく契約を行い能力を貸して貰う存在。
そして、彼らが、この現実世界で過ごす為に必要なエネルギーは、すべて俺が賄っている」
先ほど召喚して、俺と長門さんとの間を飛び交っている風の精霊を指し示しながらそう告げる俺。そうして、
「そして、さっき長門さんを見つめた時に判ったのは、彼らが受肉したり、魔法を使用したりする際に俺が消費するエネルギーと、長門さんがこの世界で活動したり、身体を維持したりする為に必要なエネルギーは、ほぼ同一の物である事が判っている」
どうも、この目の前の少女は、悪魔や神と言われる存在と言うよりも、人工的な生命体の雰囲気が強い。
しかし、相手がホムンクルスで有ろうと、那托で有ろうと、フランケンシュタインの人工生命体で有ろうとも、消費される物が同じ霊力ならば、俺にも賄う事は可能。
「ならば、答えは簡単。長門さんを一時的に俺の式神状態と為して、その造物主との連絡が回復し次第、俺との式神契約を解除すれば良い。ただそれだけ。それに、今回は緊急避難的な措置での契約やから、別に、俺の方から、長門さんに何の仕事の依頼を行う心算もない」
冬の夜。地上の喧騒から離れたマンションだからなのか、それとも、何か特殊な防音設備が施されているか、なのかは定かでは有りませんが、外界からの雑音は無く、10畳ほどの広さのリビングに布団すら掛けられていないコタツのみが存在するこの部屋に、俺の声だけが響く。
妙に余韻を持つかのように聞こえるのは、壁に声が反射されるだけの、音が吸収される物が存在しない殺風景な部屋故の状況だから、なのでしょう。
俺の言葉に、納得したのか、あっさりと首を縦に振る長門さん。
これは肯定。但し、その瞬間に少しだけ違和感。それは……突然、自らの目の前に現われた正体不明の存在(=俺)の言う事を余りにも簡単に信用している事。
確かに、現状で彼女が自らの身を護る為に打てる手は……彼女に残された時間から考えると、俺の示す策以外に存在しない可能性もゼロではないのだが……。
流石にこれほど素直で、他者を疑うという事を知らないのでは、その内に良からぬ事を考えた……腹に一物と言う輩に簡単に騙されて仕舞う可能性が……。
長門有希と名乗った少女に少しばかりの危うさを感じながら、しかし、逸れ掛かった思考を元に無理矢理に戻す俺。
いや、これが実は現実逃避の末に為された思考だと気付いたから。
そう。本当に、俺が覚悟を決めなければならないのは、この後。
その理由は……。
「但し、その方法にかなりの問題が有る。普通の式神契約の場合、カードにその存在を指し示す納章を写し取る事や、宝石や呪符に封じる事に因って契約は完了する。
せやけど、長門さんのように、受肉した存在。現世で、魂魄と肉体を同時に持っている存在に対しては、この方法は使えない」
俺の言葉に、何故か、少し陰の気を発する長門有希。これは、今までの物とは雰囲気が違う。……これは、否定?
そうして、
「造られた存在のわたしに、魂は存在していない」
初めて、彼女の由来と、彼女自身の心情が語られた。
但し、その呟きに等しい言葉は、酷く哀しい、そして、寂しい言葉であった。
「確かに、俺も、長門さんが造られた存在で有る可能性は考慮している。しかし、俺の瞳には、長門さんから魂と魄の存在を感知している」
俺は、大きな陰の気に支配されつつある、長門有希と名乗った少女型人工生命体に、そう語り掛けた。
但し、俺の見鬼の才では、完全に魂の存在の有無を見極める能力は有りません。つまり、漠然とした感覚で、彼女に魂魄が存在している、と言う事が判る程度の能力しかない、と言う事なのです。しかし、今、この場で否定的な気を発している彼女に、そんな更に落ち込むような事を告げても意味はないでしょう。
そう思い、更に言葉を続ける俺。
「長門さんの与えられている仕事が何かは判らないけど、人の姿を似せて造られた存在で有る以上、そこに魂が発生する可能性は有る」
人形などに魂が宿り、動き出すような話は古今東西、何処にでも転がって居ます。
「まして、器物百年を経て、化して精霊(=魂)を得る。と言う言葉も有る。
言葉には言霊が宿る。この言葉に籠められた霊力が現実に及ぼす影響力と言うモノも存在している以上、例え長門さんが造られた存在だとしても、それだけで貴女に魂がない、と言う証明には成り得ない」
後書き
先ず、何故、一九九九年七月七日生まれの彼女が、二〇〇二年二月十四日段階で、齢百五十歳以上の存在と成っているのか。
それは、彼女が、原作小説内に置ける事件、笹の葉事件を50回以上繰り返した存在だからです。
製造されたのは一九九九年七月七日。
そして、三年間の待機任務の後、二〇〇二年七月七日に起きる笹の葉事件に因って切り離された長門有希の記憶は、一九九九年七月七日に跳ばされて、製造直後の長門有希と同期する。
そして、また三年の待機任務の後、再び……。
この作業を五十回以上繰り返した結果出来上がったのが、この物語上の長門有希だと言う事です。
あの事件を起こさなければ、未来人の歴史が変わる為に、このループは永遠に続くループと成るはずですからね。長門有希に取っては。
故に、彼女から発生している気が、寂寥や達観だったと言う訳です。
まして、彼女は、朝倉涼子暴走事件を五十回以上、未然に防げるにも関わらず、情報思念体の命令通り見過ごして来た存在でも有る、と言う事です。
もっとも、原作小説内の長門も本来は二度目以降の存在のはずなのに、何故か、キョンのピンチになるまで助けに入らなかったり、カマドウマの事件の事件発生も無視したりしましたが。
この辺りに関しては、未来人に因る歴史の改竄が行えない、と言う朝比奈みくるの言葉を裏付ける部分なのでしょう。
但し、それならば、そもそも、その笹の葉事件自体が起こらないはずなのですが。
何故ならば、過去のハルヒと未来人のキョンが、更に未来人のみくるの介入により出会わなければ、起こらない事件ですからね。『笹の葉事件』とは。
御都合主義の結果か、無自覚な神、涼宮ハルヒがそう有るべきと望んだか。
それとも、ハルヒに能力を与えた、はた迷惑な神が望んだ結果なのか……。
その辺りが、原作小説世界と、この涼宮ハルヒに似た世界(平行世界)の分岐点と成っていると思って貰えると有り難いです。
それでは、次回タイトルは『人魚姫のルーン』です。
いきなり、ゼロ魔の世界のような題名ですが……。
追記。
この世界の長門有希が、情報統合思念体との交信が途絶えている理由は、ある程度の科学的根拠が有ります。
そして、それは、本来ならば涼宮ハルヒの世界には有り得ない理由。タイムパラドックスに因る理由です。
つまり、この世界には、タイムパラドックスが存在して居り、未来人による歴史の改変が行える世界だと言う事でも有ります。
それで無ければ、一九九九年に発生した黙示録で滅びたはずの世界を……。
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