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鋼殻のレギオス 三人目の赤ん坊になりま……ゑ?

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第一章 グレンダン編
天剣授受者
  嫌よ嫌よも好きのうち

 
前書き
早く書くといったな? あれは嘘だ。
いや、マジですいません、反省してます。

オリキャラ出ますが、登場回数は少ないです。むしろ少ないとシキの存在価値がなくなります。 

 
 レイフォン・アルセイフは刀を使わない。今、使っているのは剣である。
 本来の得物を使わない彼は力を十全に発揮しているとは言えない。それでも並みの武芸者では相手にならないほど強い。
 それはシキ・マーフェスにも言えることだった。彼が多くの武器を使うのは、単に剄技のアレンジが下手くそということではなく、彼は剣を使うことを禁じていた。
 そして彼も十全に力を発揮しているとは言えない。
 たかが剣、たかが刀、それだけの違いであり技術革新がした今では武器の性能差はあまりない。剣の切れ味を刀並みに、刀の強度を剣並みにすることは可能だ。
 しかし、シキとレイフォンはそんな剣や刀を持ったところで、腕には違和感しか残らない。適正とも呼べるものだろう。
 だがシキは刀を、レイフォンは剣を使う。
 お互い、それには何も言わないが心の底ではこう思っていた。
 ――なんでお前がそれを使っているんだ?

「あれ? これは……」
 ふと、剄技の練習をしていたレイフォンは道場の脇に転がっている棒状の木を見つけた。
 なんだろうと手に取ってみると合点がいった。
「昔使ってた木刀だ。懐かしいなぁ」
 懐かしむように木刀を見ていると、ふと昔のことを思い出す。今よりもずっと子供で、シキとの仲が最悪だった頃だ。今では兄弟のように仲良しだが、昔はそんなに仲が良くなかった。
 幼い頃、レイフォンは自身よりも大きな木刀を振ったことを今でも覚えている。まぁ、覚えているといってもぼんやりとだが。
 最初は義父であるデルクが振っているのをただただ見ていただけだった。当時は、リーリンと一緒におままごとに夢中だった。……正直、この記憶は思い出したくない。
 見ていたレイフォンに気づいたのか、デルクは苦笑しながらこう言った。
「持ってみるか?」
 そしてヒョイと渡された木刀(ソレ)の重さに耐え切れず、転がってしまった。その時の打った頭の痛みを未だに覚えている。デルクは珍しく声を出しながら嬉しそうに笑った。
「お前にはまだ重いか。当たり前だ、お前はまだ子供だ」
 その『子供』という単語にむっとなるレイフォン。意地になって振ろうとするが動かすこともできない。
 いくら武芸者といえども、剄の出し方を知らなければただの一般人と変わらない。
 泣きそうになっていたレイフォンの後ろに影が忍び寄る。
「なにしてんのー?」
「シキか……リーリンはどうした?」
 コロコロと笑いながら、シキがレイフォンを覗き込んでいた。
 デルクはリーリンと遊んでいたはずと思いながら質問してみる。
「んー、こっちのほうが面白そうだから……あー! レイフォンズルい! 刀持ってる!」
 するとシキはレイフォンの腕から木刀を引き抜こうとする。
 レイフォンはそれに抵抗しようと腕に力を込めた。しかし、信じられない力がレイフォンの腕を襲い、シキはいとも簡単に木刀を奪い取ってしまった。
 シキの力は強い。武芸者として剄の修行をした今のレイフォンならわかるが、それは溢れ出る剄が自動的に内力系活剄に変換し、シキの筋力を強化していたからだということに。
「おー、軽い軽い!! ねー、父さん、振ってもいい?」
 と質問しているが、既にブンブンと振っているシキ。デルクはそれを見てド肝を抜かれていた。しかし表情には出さなかった。
 何も訓練せずにこれなのだ。将来、どういった武芸者になるのか、一武芸者として興味があった。
 だがレイフォンは違った。悔しかった、同じ歳で、同じ時期に院に入り、同じように生きてきたはずだ。
 思えばシキはレイフォンよりも上をいっていた。なんでもだ、食べる量、起きる時間、対人関係、訓練、そしてリーリンとの仲。今だと、才能の差という言葉で片付けられるかもしれない状況だが、当時のレイフォンにそんな『逃げ方』はできなかった。
 手を出した。笑っているシキの顔にストレートを入れたのだ。
 デルクは驚いた顔で止めようとした。しかし当のシキは、目を見開いたままこういった。
「レイフォン、おれの顔にゴミでもついてたの?」
「え……」
 ケロリとした顔で、レイフォンを見つめる。ジンジンと殴った手が痛かった。
 これは偶然だが、簡易的な金剛剄をシキは使っていた。殴った方のレイフォンの痛みは相当なものだった。痛みに耐え切れずに泣いてしまうレイフォン。
 それを心底不思議そうに見るシキと複雑な顔をしているデルク。
 こんなことがしょっちゅう起き、レイフォンはシキのことが大嫌いだった。それは十歳になった今でも変わらない。
 そう思ったレイフォンは力任せに木刀を振る。
 剄で強化された筋力によってか、それとも古ぼけていたのか、根元からボッキリと折れて孤児院の一室に目掛けて飛んでいった。
「あっ」
 レイフォンは顔から血の気が引いている感触に気づいた。あの部屋には確か……。


「むぅー?」
 寝ぼけ眼を擦りながら、シキはゾンビよろしく起き上がる。
 髪の毛はあらぬ方向に飛び、顔を覆い隠している。まるで井戸から出てきそうな風貌だが本人に悪気はない。これでいて髪質が孤児院の中で一番イイというのだから、女性陣からは大層羨まられている。
 そしてベッドから出ようとして、布団に足を取られて頭から落下する。
 ゴキリと嫌な音がした。しかし、寝ぼけているシキはそれを無視して起き上がる。
「……むぅー」
 まだ頭が起きないのか、シキはトロンとした顔で辺りを見回す。レイフォンがベッドからいなくなっているが、気はしない。多方、特訓で道場にいるのだろう。
 シキの場合、下手に剄技を放つと周辺の建物を壊しかねない。なので外縁部でやるしかないのだ。
 今日は休みの日と決めているので、シキは思う存分惰眠を貪ってもいい。
 小うるさい姉も、最近はぶん殴ると笑顔二割増しになる弟子、メンドくさい天剣たちもいない。久々にゆっくりできる日だったのだが、シキは寝る気にはならなかった。
 普段なら夜まで死んだように寝るはずなのに、今日は起きてしまった。
「むぅー!」
 苛立ち混じりにそう声を出すと、部屋が揺れる。制御が不安定になっていた剄が声に乗り、小規模な戦声を放ったのだろう。大きな剄も持つということも考えものだ。制御できなければ破壊しかもたらさない。
 そんなことでシキは昔を思い出した。
 まだ剄を知らずに制御も今よりも下手くそだった頃、シキは人を傷つけてばかりだった。
 手で触れようとすれば骨を砕きかけ、おもちゃで遊ぼうとしても壊し、次第に周りから孤立していった。一時期はリーリンとレイフォン、一部の大人しか近寄ってこなかったこともあった。
 物心つかない頃はまだいい、問題は着いてからである。明確な孤立に追い込まれたシキは心に深い(トラウマ)が生まれた。
 自分の力が嫌いだった時もある。仲良くしたい、触れ合いたい、そう思っていてもシキの手はたやすく人を壊す。デルクも制御させようといち早く訓練をさせていたのだが、シキは剄の制御、主に加減が下手くそだった。
 今ではたまにしか暴走させなかったが、感情が高ぶると剄が溢れ出し衝剄が周囲を破壊することがあった。何度も吐き出し、気づけば辺りでは恐怖に染まった孤児院の家族がいた。
 だからだろう、シキは人から嫌われることを極端に恐れる。シキが武芸者として汚染獣討伐をしているのも、昔、武芸大会で優勝して孤児院全員から賛辞を送られたからだ。今まで恐怖しか浮かばなかった家族の目に、初めて喜びというものが感じられた。
 だからこそ、剣を使わない。
初めて使ったときは、その使いやすさに驚いたものだ。刀とは段違いに手に馴染み、空すら切れるんじゃないかと思ったくらいだ。
 しかし、剣を嬉しそうに振っている時、シキは見てしまったのだ。デルクの寂しそうな顔、そして気づいたのだ、自分がどんなことをしたのか。いつも味方だった義父を裏切ろうとしたのだ。サイハーデン流は刀の流派、剣の流派ではない。
 そしてシキのトラウマが剣を使うことを禁忌とみなした。
 だが、シキは刀に満足しきれず他の武器を使う。だが、デルクの顔には以前のような寂しさは見受けられなかった。だから使う、ただし剣は絶対に使わない。絶対にだ。
 そして最大の悩みだったのが、自分の容姿だった。
 女っぽい、男には見えない、聞こえはいいが本人は苦労することが多い。初対面で女だと思われたまま、馬鹿にされたこともある。口説かれたこともある(この後、都市警に連絡した)。
 何よりもあべこべになるのだ。自分が男なのか、女なのか。
 綺麗なストレートの髪、ふっくらとした唇、整った顔立ち、どれをとっても一級品だ。ただし女という観点から見た場合だ。男からしたら異端でしかない、幼少期は少女っぽい子もいるだろうが、時期に男らしくなっていく。レイフォンもそうだった。
 レイフォン、同じ歳で、同じ時期に院に入り、同じように武芸者の力を持っている。シキなんかよりも何倍もうまく生きているし、何倍も優しい、なにより姉であるリーリンと自分よりも仲良しだ。
 いっつも隣にいたシキはそれを見せ続けられ、自分とレイフォンの差を何度も教えられてきた。シキはレイフォンのことが大嫌いだった。それは十歳になった今でも変わらない。
 そんな風にネガティブになろうとしていたシキの頭に、勢いよく何かが激突する。
「がぁっ!?」
 普段なら避けれたはずなのだが、寝ぼけたシキには酷な話だった。
 頭を数十秒抑えながら悶絶していると、どたどたと階段を上がる音が聞こえた。そして勢いよく扉が開かれるとその人物は、レイフォンは固まる。
「あ」
「……レ イ フ ォ ン ?」
 ゆっくりとシキは頭から手を離す。そしてゆらゆらと揺れながら、ベッドの脇に錬金鋼を手に取る。この前の老生体討伐で入った大金で新調した刀だ。素早く復元させて、レイフォンに向ける。
「いやごめんわざとじゃないんだたまたま……そうたまたま木刀があったら懐かしくて振ったんだよそしたら折れて偶然シキに当たったんだ」
 ひと呼吸でそこまで言い切るレイフォンは、ジリジリと後ろに下がっていく。そしてシキもジリジリと前に詰めていく。その表情は髪の毛で見えないが、雰囲気でわかるキレている。
「そうか、たまたまか。じゃあ仮にたまたまだったとしても、衝剄で迎撃できただろ? なんでしなかったんだ?」
 顔を上げたシキは溢れんばかりの笑顔でレイフォンに言う。だが、レイフォンは体の悪寒が止まらなかった。目だ、シキの目に光がないのだ。ハイライトを失った目は、シキの美貌と相まって並みの恐怖映画を超えていた。
「え、えっと、それは……」
「俺の部屋に向かったからだろ? レイフォン」
 錬金鋼に徐々にだが剄が収束されていく。レイフォンは苦笑いをしながら逃げる準備をする。
「……そうだと言ったら?」
「え? 首と身体がサヨウナラ言うだけだが?」
 レイフォンは泣きそうになる。そういえば、休日を邪魔されることはシキにとって一番嫌いなことだったなぁ、と他人事のように考えた。
 シキはニッコリと笑ってから、真顔になった。
「死ね、くそったれ」
「死ぬるかぁあああああっ!!!」
 その後、シキとレイフォンは六時間に及ぶ大追跡劇を繰り広げるが、リーリンに見つかり仲良く怒られてから、一日ごはん抜きの罰を与えられた。
シキとレイフォンは確かにお互いを嫌っているが、それを上回るくらい大事に思っているし、羨んでいる。


「……腹、へったぁ」
 シキはトボトボと歩いていた。
 リーリンの説教が終わった後、孤児院から抜け出したのだ。
「俺たち武芸者が大食いくらいだって知ってるだろうに……」
 武芸者は剄を使うため、一般人よりもよく食べる。線が細い武芸者でも信じられないほどの量を食べる。基本的に武芸者も人間である、人間である以上、エネルギーを補給しなければ倒れる。
 シキほどの剄力を持つものならなおさらだ。
「ヤバイ、ふらついてきた……三日食ってないとこうなるのかー」
 フラフラとシキの身体が揺れる。いつもはしっかりした足取りが、今ではふらつきぐちゃぐちゃになっていた。この三日間、シキは自分が食べる食事を他の孤児たちに回していた。いや他の孤児院の子供たちにだ。
 自己満足かもしれなかったが、シキは余った食事を時々だが他の孤児院に配っていた。微々たる量だが、それで助かる命もあるかもしれない。
 グレンダンは度重なる天剣授受者の選定と汚染獣戦で金がない。孤児院に回そうとする金などないくらいにだ。それを悪いとは言えない、武芸者を大事にするというのは都市(レギオス)にとって重要なことだ。武芸者がいなければ都市は格好の餌場であり、死しか待っていない。
 シキもここまで自分がふらつくとは思っていなかった。ヘタをすれば一週間以上は戦えるのがシキだ、この程度でへばるほどヤワではないのだが今回はなぜか限界だった。
 意識が朦朧としてきた時に、誰かがシキの傍に立った。
「あ――――」
 そしてシキの意識はぷっつりと切れた。


 次にシキが気づくとそこは暗闇だった。
「……なんだ、ここは」
 身体に剄を回し、異常個所を確認するが至って良好、むしろ体の調子は絶好調に近い。まるで重りを失くしたように身体が軽い。今なら、空も飛べそうだった。
「バカみたいに剄が溢れてやがる。……暴走する気配はないが」
 いつもどおりに出した剄だったが、あっとういう間に身体から溢れ出し、周囲に剄が渦を巻く。このくらいの規模になると暴走するのが普通なのだが、今のシキにはこれが普通じゃないのかと思うほどしっくりと来た。
 シキは剄を止めて、息を吐く。
「気分がいいな。なんだ、ここ?」
 昔、汚染獣との戦いで地下空洞に取り残されたこともあったが、ここはゴツゴツとした岩の感触がない。道場の床と似たような感じがした。
 そんな時だ、シキの耳に歩く音が聞こえた。
 身構えながら、ふと違和感を覚える。この足音には聞き覚えがある、だがシキの知り合いにこんな足音をする人物はいない。知っているのに知らない、そんな違和感を抱えながらいると、シキの目の前に誰かが立った。
「おいおい? なんでここにいるんだ? お前の出番はもっと先だろ?」
「……誰だ」
 そこにいたのは、仮面をかぶった男だった。
 右手を顎の下に置き、疑問を表すように首を横に倒す。
 対するシキは、仮面の男に威圧されていた。男は何もしていない、ただ質問し疑問に感じているだけだ。それだけなのにシキは膝がつきそうなほどの威圧感を感じる。
 知らず知らずのうちに剄を出しながら、男の威圧に対抗する。
「待て待て待て、落ち着けよ、戦う気はまったくない」
「そ、うか」
 かすれ声で出せたのがこれだけだった。剄が何かに押されて、徐々に弱くなっていく。そして男の威圧感は高まっていく。シキはもはや立ってられなくなり膝をつく。
「おーい、顔色悪いぞー。人間なんだから、ちゃんと寝てちゃんと飯食わないと」
「……」
 もう口も開けない、両膝をついてしまった。
 そんなシキを見て、仮面の男は手のひらを打ちながら軽い調子で言った。
「やっべ、気配出しすぎてた!? 薄めないと死ぬなコイツ」
「――ガハッ!!」
 一気に威圧感がなくなり、シキは息を吐いた。そして咳き込みながら、男を見る。先程まで感じていたのが、男が言うとおり気配だというのなら只者ではない。むしろこれまでの言動から人間ではないかもしれない。
「すまんな、普通にしていてもお前らにはキツイもんな。いやー、でもここまで耐え切れるんなら対したもんだ」
「誰なんだよ! あんたは!!」
 まるでコチラの存在を鑑賞動物にしか見ていない声に、シキもさすがにキレてしまった。だが男は気にした風もなく、仮面をトントンと指で叩きながら唸り声を上げる。
「そりゃ言えないな。まだその時じゃない、慌てなさんな」
「いい加減にしやがれッ!!」
 酷くシキは目の前の人物が気に入らなかった。なぜかはわからない、だがムカつく。
 腕には大量の剄が練られており、すぐにでも放てる。普段のシキならそこで止めていただろう、だが今のシキには止めるなんて選択肢はなかった。
 腕を振りかぶり、そのまま衝剄を放つ。
 威力的には前回の老生体戦でシキとレイフォンが放った焔切り・襲と同等の剄であり、普段抑圧されているシキの剄力の高さを物語っていた。
「ふむ」
 男は動かない、ただ人差し指を立てて襲いかかる衝剄に向けた。
 シキはそれを見て笑った。そんなことをしてどうにかなるものかと……しかし、それは数秒後に否定される。
「中々の一撃ジャマイカ」
「はっ?」
 男の指に当たった一撃は、一瞬で霧散した。当たった時の衝撃も、痕跡もない。男は愉快そうに笑いながら、シキに言う。
「まぁ、案の定だったな……と、話はここまでだ」
 男は肩をすくめながら、めんどくさそうにする。シキは目を白黒させながら、まだ衝剄を消されたことに呆然としていた。だが近づく複数の気配を感じて、身構える。
 それは突然現れた。
「オイ? こんな雑魚で俺に傷一つ、むしろ触れることが出来ると思ってんのか?」
 仮面の男はヤレヤレと首を振る。
 男の周りには不思議な集団が、ノコギリのような歪な刃を持った剣を突き立てていた。しかし、その全てが男に触れることができずにいた。まるでそこに見えない壁があるかのようにだ。
 シキはその集団を見た。
 黒いコートを着込み、獣の仮面で素顔を隠している。体を覆っているコートのせいで男か女か判断しづらい。
「実力の差はわかってんだろ? それともあの馬鹿が教えてないだけか?」
「……我々はイグナシスの夢想を実現するための駒」
「お前が誰だか知らないが邪魔建てはするな」
「そこにいるのは特異点、イグナシスはそれを欲している」
「さっすが下っ端戦闘員、狼面衆、面白みが全然ないな」
 男はため息をつきながら狼面衆と呼んだその集団を見た。
 同じ声、同じ語調、全員がそうして喋っている。まるで録音されたカセットテープを流しているように聞こえてしまう。
 そこにはなんの感情も感じられない。
 しかし、シキを狙っていることはわかった。
「夢想ねぇ……別段、否定しするわけじゃないが」
「ならばそこを退け」
 狼面衆がさらに力を込めて剣を押すが、ビクリともしない。まるで剣が静止しているかのように錯覚してしまう。
 仮面の男は指をピンと立てる。
「気に入らないから消えろ」
 軽い語調だった。まるでランチを頼むような軽い声、それだけで男に剣を突き立てていた狼面衆たちが消えた。
「やれやれ、せめてレヴァクラスを百は欲しいぞ。まぁ、暇つぶしにしかならんが」
 男はつまらなそうにそう話す。
 シキは体の震えが止まらなかった。目の前の男に恐怖していたのだ。
 無理もないだろう、男は戦いをする素振りもなく武装した複数の武芸者をおそらく殺したのだ。さすがのシキも棒立ちで、あの攻撃を受けれるほど身体を丈夫には作られていない。
 それをただ指を立てただけで終わらせたのだ。もはや強いとかそういう問題ではない。次元が違いすぎる。
「さてはて、シキ・マーフェス」
「な、なんで俺の名前を」
「ちょっと寝ろ」
 そう男に言われると、シキは抗えないほどの眠気に襲われる。
 平衡感覚がすぐになくなり、地面に倒れる。
 男はそんなシキを見下ろしながら、何かを喋っている。しかし、眠気に負けそうなシキにはまったく耳に入らない。しかし、直接脳に響くように聞こえてくる声があった。

 今はまだ忘れてろ。

「なんだ、ってんだ」

 時期にわかる。嫌っていうくらいな。

「知る、か……くそったれ」

 それまでは守ってやる。イグナシスからも、リグザリオからも、あのおてんば娘からも。

「わけ、わから、ないことを」

 今はそれでいい。だが近いうちにお前は選ばなきゃいけない。

「な、にを」

 世界を滅ぼすか、救うか、静観するか、それとも――

 そしてシキの意識はぷつりと切れた。


 目を覚ましたシキの目の前には、目を閉じてこちらに近づくクラリーベルだった。
 何故か、顔が赤いがシキは右手でオデコをきっちり掴む。
 そして周りを見ると豪華そうな豪華な装飾品が飾られている。それには見覚えがあった。むしろ覚えていないほうがおかしい。シキがクラリーベルとの訓練が終わったあとに泊まる部屋だ。
 通りでベッドの感触が最高級なのに、自分のもののように感じられたわけである。
「……なにしてる?」
「様子を見ようかと、って痛い痛い痛い!!」
 ギュウ! と音が出るくらい強く掴むシキ。こういう類のイタズラは過去に何度もされているので、シキは容赦しなかった。まぁ、跡は残らないようにしているだけだが。
 基本的に、シキは色恋沙汰には興味がない。まだ幼いことも影響しているのだろうが、一度、女性武芸者の顔に消えない傷を残してしまい、デルボネに説教されてからは顔には手加減しようと考えている。顔だけだが。
 数分ほどそうしていると部屋の扉が開く。
 そこにはゆったりとした服装に身を包んだ老人が立っていた。しかし、その体から出ている剄の色は老いておらず、本当に老人なのかわからなくなる。
 彼の名前はティグリス・ノイエラン・ロンスマイア。グレンダンの三王家の1つ、ロンスマイア家の現当主にて、クラリーベルの祖父で、デルボネを除けば最高年齢の天剣であり、シキの師匠である。
「ふむ、起きたようじゃな」
「……すいません、お世話になってます」
 シキはそう言って、ベッドから上半身だけ起き上がらせて頭を下げる。
 ティグリスはシキが敬意を払う数少ない相手だ。シキは師事をもらう相手には敬意を払う。しかしながら、天剣たちのほとんどがそういう堅苦しさは癖陽としており、敬語はとっている。
 ティグリスは頷きながら口を開く。
「クラリーベルが泣きながらきたもんだからどうしたかと思ったら、お主が倒れていたらしいからの」
「倒れて……あぁ、そうか倒れたのか俺」
 ティグリスに言われて、倒れた直後を思い出す。そのあとの記憶が靄がかかっているように不鮮明だが、おそらく今の今まで寝ていたのだろうとシキは自分を納得させる。
「な、泣いていませんよ!」
「ハッハッハ、そうだったかの? 確か目を真っ赤にさせながら――」
 クラリーベルは顔を真っ赤にさせながら、泣いたことをなかったことにしようと必死になっているが、ティグリスは笑いながら当時のクラリーベルの様子をシキに伝える。
 彼女の名誉で要点だけまとめるとこうだ。
 三時間前、外に出ていたクラリーベルは路上に倒れているシキを発見した。最初はドッキリか何かと思っていたらしいが、本当に気絶しているのに気づく。そのまま彼女の実家であるロンスマイア家まで運び込み、医者に一応見てもらったらしい。
「でも本当によかったです。お医者さんは健康すぎて来た意味がなかったと言ってましたが」
「……健康? 俺、三日くらい飯食べてないんだが」
「それはいかんな。クラリーベル、すぐに食事の準備をするように料理長に言っておいてくれんか」
 クラリーベルは元気よく、返事をしながら部屋を飛び出していった。
 シキはその様子に頭を抱えそうになったが、なんとか平静を保つ。
 ティグリスはクラリーベルが離れていったのを確認すると、雰囲気を変える。優しげな老戦士風だったのが、今は触れれば斬れる獰猛な戦士風である。
「……さて、どうして倒れていた?」
 口調には一切の感情が乗っていない。シキはそれを感じ取り、できるだけ事実を話す。
「空腹で倒れたんだと思います。もしくは体調不良か」
「ふむ、嘘は言っていないようだな」
 ティグリスの目がしっかりとシキの目を捉える。
 一瞬でも逸らさないと言わんばかりに、その眼光はシキを捉えて離さない。緊迫した空気が部屋を支配する。
「……」
「……」
 無言、シキは息苦しさを感じたが、それを顔に出さないようにする。
 それは一分なのか、はたまた数秒だったのかシキにはわからなかったが、ティグリスは視線をシキから離した。それと同時に部屋から緊迫した空気が霧散した。
「一応、デルボネから孤児院には連絡を入れた。今日は泊まっていきなさい」
「感謝します、ティグリスさん」
「すまなかったな、問い詰めるようなことをして、お主に何かがあったらクラリーベルが悲しむ。じじ馬鹿かもしれんが、クラリーベルには幸せになってほしいのでな」
 そう言って笑い出すティグリス、しかし目が笑っていない。シキは、これからクラリーベルには優しくしようと決意した。
 だがティグリスが言った『幸せ』という意味には気づいていなかった。


「……本人は何も覚えていない」
『そうですか。しかし驚きましたよ、いきなり消えるんですもの』
 ティグリスは、食事を早々と終えてシキとクラリーベルを二人っきりにしていた。将来のことを考えてことでもある。
 そして廊下を歩きながら、デルボネと話していた。
「あの時の子供が成長し、弟子となり、孫の師になるとはな。これは因果か?」
『さぁ? それは私も知りませんよ』
 デルボネは落ち着いた声でそういう。ティグリスはその声を何十年も聞いてきた。
 戦場で、日常で、若さの過ちで……。
『それよりも、彼は真実を知っても王家を憎まずにいられるのでしょうか』
「いずれは知らねばならない事実だ。それに当人たちはもう出会ってしまった」
 デルボネの声には心配が、ティグリスの声には不満が篭っていた。
 もしも、シキがそれを知ってしまったら最悪、天剣授受者総出で相手する事態になりかねない。負けはしないだろうが、その場合グレンダンが崩壊することになるだろう。
「……」
『迷ってますか? ティグリス』
「あぁ、迷っている。正直、シキを殺せるかわからない」
 ティグリスは正直に心情を吐露した。
 最初会ったときは殺せると感じていたし、殺してしまおうかと思ったほどだ。
 だが、今では殺し合いなど出来はしないだろう。
「孫のように感じてしまってるからな」
 シキと会って三年、短くもあり長い年月だ。
 師事している間にティグリスは、どんどん技術を覚えていくシキにこう思ってしまった。
「俺の技術の全てを受け継がせたいと思った。思ってしまったんだ、デルボネ」
『あらあら、昔の口調に戻ってますよ? ティグティグ』
 デルボネとティグリスは随分と久しい呼び方でお互いを呼び合う。
 ティグリスも武芸者だ、後世に技術を残せるならそれに越したことはないし面白いものだ。スポンジのように覚えていくシキならなおさらだ。
 それにティグリスにとってシキは孫のような存在になってしまっていたからだ。
「……老いたかな、俺も」
『ええ、私もですよ。少々、老いました』
 ティグリスは廊下から見える月を見上げながら言う。
「天剣授受者選定式にはシキは出るのか?」
『出るでしょうね。後、あの子も出るようですよ。この前、シキと共闘していたあの子です』
 ティグリスは眉を細めながら、短く笑った。
「それは楽しみだ」



 レイフォンは、弟たちを寝かしつけた後、自室に戻る。
 自室と言ってもシキとの共同部屋なのだが、今はシキはいない。何やらトラブルがあり、ロンスマイア家に泊まるらしい。
「……」
 レイフォンは机の上に錬金鋼を置く。
 二つの錬金鋼だ。
「どうすればいい?」
 レイフォンは頭を抱える。天剣授受者選定式で使う武器についてだ。
 剣を使っても並みの武芸者に負けることはないし、天剣授受者にだって健闘できるとレイフォンは確信している。だが、もしもシキと戦うのであれば負ける、確実にだ。
 刀を使えば五分五分まで持っていけるが、レイフォンは悩んだ。
 天剣授受者は確かに輝かしい称号だが、それは金を手に入れるという汚い目的のための手段でしかない。祖父が最初に与えてくれた刀を汚してでも、手に入れてもいいのかわからなかった。
 シキも出ると、今日、デルクが言っていた。
 確実にシキは決勝まで上がるだろう。レイフォンがいなければ天剣になると思う。レイフォンはそう確信していた。
 だがレイフォンも出るということは、いずれは戦わなければいけない。
「どうしたらいいんだ?」
 レイフォンは泣きそうになりながらも懸命に頭を動かす。
 しかし、レイフォンは気づいていない。刀か剣を使うか迷っているのは決して金儲けのためではない。純粋にシキに勝ちたいという気持ちだということを。
 

 そして、天剣授受者選定式当日まで、一気に時間は飛ぶ。
 
 

 
後書き
ティグリスとデルボネの関係を親密にしてしまいました。なんか、この二人、若い頃、こんな感じだったんじゃないかと思いました。ティグリスは大好きなキャラですよ、死亡したときめっちゃ悲しかったです。
……まぁ、いい加減、シキとレイフォンには戦ってもらいます。
次回くらいには入りたいと思います。ではちぇりお!


Q、シキとレイフォンって仲良し?
A、お互いを本気で殺し合えるくらい仲良し。本気の殺し合いって仲が良くないとできないと思うのです。

Q、ティグリスとデルボネの関係は?
A、どっかのヘタレと無表情毒舌さんみたいだったんじゃないかなー(作者の妄想である)。 
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