Fate/stay night -the last fencer-
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第一部
出会いし運命の少女
手にする資格 ─イレギュラー─
冬木の町から橋を渡った先の隣町。
新都方面に属するこちら側は、一見オフィス街や立ち並ぶビル群などの開発が進む都会のイメージがある。
だが主要駅各線から外れてみれば、昔ながらの閑静な街並みが残っている。
郊外などその最たるものだ。なだらかに続く坂、海を望む高台、教会へ続く丘の斜面途中には外人墓地がある。
そんな街並みを眺めながら高台を登りきれば、そこには整えられた花壇が左右を敷き詰める広場、そしてその奥には目的地である教会が聳えていた。
今は先に、士郎と凛が教会の中に居る。
あれだけ士郎にくっついていたセイバーは外で待機していた。
その理由には何となく察しがつくので、俺としては士郎が選択を誤らないことを祈るのみ。
恐らく士郎は聖杯戦争について、そしてそれが行われる理由、参加する際に戦うための覚悟を己に問うため、など色々と思惑があるだろう。
俺が共に教会へ入らなかったのは、一度に押しかけても仕方ないだろうということと、俺と士郎の最終目的が違うからだ。
聖杯戦争について、俺は参加する前提でここに来ている。
俺は──優れた魔術師同士の争いというものに、いたく高揚感を覚えていた。
今まで魔術師としての覚悟が鈍ったことはない。されど、人としての生活に慣れ親しんでいた俺には、まだ魔術師としての完成度が足りていなかった。
切った張ったのやんちゃはしてきたが、これまで命のやり取りをしたことはない。
魔術師の世界は殺伐としたもの。それは曾祖父さんから言い聞かされていたし、殺し合いというものを知識の上では知っていた。
命のやり取りをするということに特別な価値観を見出せなかった。だからこそ、それが日常となる魔術社会に俺は辟易していた。
それは俺が、本当の戦いを経験したことがなかったから。
今夜、あの黒いサーヴァントに襲われた時に────それを理解してしまった。
剣道だのなんだのと、そんなスポーツでは味わえないあの高揚感。
今まで自分と並ぶ者がいなかったが故に、己の生に充実感を感じられないという、一種の感覚麻痺。
磨き、鍛え、競い合い、高め合い、自分と互角以上の相手と自らの矜持を賭けて戦うということの意味を。
ああ、何故もっと早く気付かなかったのか。
殺し合いに狂しているわけではない。ただ魔術師同士での争いは、終わりがほぼ相手の死でしかないというだけ。
普通と何が違うかといえば、その戦いの結果が自らの死だとしても厭わないという一点のみだろう。
全力を尽くせる戦いであればそれでよし、それが命を賭けるほどの相手であればそれ以上のことはない。
「……フェンサー」
「なぁに?」
「俺はおまえのマスターとして相応しいか?」
フェンサーへの問いは同時に、自己に対する問いでもあった。
聖杯戦争に参加するマスターは、各々の理由と覚悟を胸に秘めているはずだ。
凛とて聖杯が欲しくてこの戦いに身を投じるわけではないだろう。ならばそれとは別に、命を賭けて戦うに値する何かを持っているのだ。
そしてそれは、他6人のマスターも同じこと。
ならば俺の聖杯戦争に参加する理由……ただ戦いたいからという手段と目的が入れ替わったような動機が、不純なものに思えてならなかった。
先ほどまでの俺の考えも、ラインを通じてある程度伝わっているだろう。
ならばこそ、自分のパートナーとなる少女に己の価値を問いたいと思ったのだ。
「……マスターがね、どういうつもりで私をフェンサーと呼ぶことにしたのかはわからないけれど」
「?」
「戦士の主人が戦う者であることは、そんなにおかしなことかしら」
「…………そうか」
その答えで、胸の内にある靄が晴れた。
彼女をフェンサーと呼んだ理由。クラスが分からないだとか、象徴となる武器が分からない等といったモノではなく。
彼女にとって、自身の誇りを預ける対象が剣や弓や槍などの武器ではなく、自身の戦う意志そのものにあると感じ取れたから。
「サーヴァントっていうのはね。触媒の関係もあるけど、大抵は相性の問題から似たもの同士が呼ばれるものなの」
「呼び出されたサーヴァントが相性劣悪な相手じゃ、聖杯戦争では不利になるからか」
「ええ。ランダムで呼び出すよりは、自身と相性の好い相手を引き当てられるよう、最初にこのシステムを組んだ者がそうしたんでしょうね。
そうすれば少なくとも、自分が不利になる状況は確実に避けられる。効率の問題……魔術師が考えそうなことよね」
つまり、俺とフェンサーの相性自体はそんなに悪いものではない。
本来なら令呪がない時点でマスター失格と思われそうなものだが、それでも彼女は俺をマスターと認識してくれている。
この現世に留まるための媒体というだけでなく、俺に呼び出されたことには意味があるし、マスターが俺であることにも理由がある。
ただそれが、俺たちの与り知らぬモノであるというだけで。
「それにね。私とマスターの関係はまだ始まってもいない。ここで正式にマスターだと認められたのなら、ようやく私たちの聖杯戦争が始まるのよ」
「ああ……そのスタートラインに立つ為に、ここに来たんだ」
そうして幾らかの時間が過ぎた頃。
教会の扉を開き、士郎が戻ってきた。
「よう。どうだった、士郎?」
本当は聞くまでもないことだった。
教会から出てきた士郎の目は、別人のようにその色を変えていた。
間違いなく、あれは何かを決意し覚悟した人間の目だ。
「ああ。事情はイヤっていうほど理解したよ。聖杯戦争についても、マスターについても」
「シロウ──」
「……セイバー」
身をずい、と乗り出してセイバーが士郎の前に立つ。
当然だろう。サーヴァントである彼女からすれば、士郎がどういう決断をしたかは他人事ではないのだから。
だが心配することはないだろう。
仮にも魔術師であるのなら、その判断を間違うことはないはずだ。
「マスターとして、聖杯戦争を戦うことにしたよ。半人前な男で悪いんだけど、俺がマスターって事で納得してくれるか、セイバー」
「納得するも何もありません。貴方は初めから私のマスターです。この身は、貴方の剣となると誓ったではないですか」
なんか割り込めない空気です。
あーあ、握手なんかしちゃってるよ、この人ら。
こっちが気を使うまでもなく、彼らには彼らの信頼関係が築かれているのだろう。
戦うことになれば敵同士、過度の感情移入は禁物だ。
「士郎。今度は俺たちが中に入るが、おまえらはどうする。用は済んだんだから、先に帰っててもいいが」
「え……そうだな……黎慈が出てくるのを待つよ。ここまで一緒に来て一人で帰るわけにもいかないだろ。あ、遠坂は中で待ってるぞ」
慌てて握手を解きながら取り繕う。
我に返って恥ずかしがることなら初めからしなければいいものを。
溜息をつきながら背を向ける。
「まあ邪魔はしないから、好きなだけ親交を温めてくれ。次はハグか?」
「う、うるさいっ! さっさと行けよ!」
照れて顔を真っ赤にしている士郎を後ろに、フェンサーを引き連れて教会へと向かう。
セイバーと違ってフェンサーを連れて行くのは、八騎目のサーヴァントの存在証明のためだ。
聖杯戦争に関わることだけでなく、あの神父さんに会うことに少し緊張しながら、俺は教会の扉を開いた。
「ようこそ、黒守の。こうして会うのは何年ぶりだったかな」
「土地契約の更新以来だから、3年ぶりくらいじゃないですか」
俺は、神父さん──言峰綺礼に出会った瞬間に、僅かに鳥肌が立った。
どんな人物ともそれなりのコミュニケーションを取る自信がある俺だが、この人にだけは苦手意識がある。
それは彼を嫌っているだとか、人格に問題があるだとか、生理的に受け付けないなんて空想じみた話でもない。
人にはそもそも備わっている性というモノがあると思うが、俺はこの人のそういう性質を苦手としている。
長く話しているとなにか懺悔でもしているような心持ちにさせられ、時には思い出したくもない過去を思い出させられたりする。
「君には、聖杯戦争についての説明は不要かな?」
「ああ、おおよそはもう理解してるつもりだ」
俺は会話から相手の好みや性格、心的距離感を把握して、不快に思われず、されど他人よりも深い部分に潜り込む。
そうすることであらゆる人間との対人関係を円滑にし、自身の生活に不測の事態が起きないように上手いこと生きてきた。
そのために会話していればしているほど、こちらの裡を暴かれるような気分にさせられるこの人とは、文字通り相性が悪いのだろう。
「それで。彼女が八騎目のサーヴァントかね」
「そういうこと。聖杯戦争の監督役として、この状況をどう判断するのかしら」
「ふむ。マスター不在の八騎目のサーヴァントか。これは過去にも例がないな」
その発言はわざとなのか。
こうしてここに俺が居ることの意味と、フェンサーが俺をマスターと見なしていることは凛から聞いているはずだろうに。
それとも聖杯戦争の監督としては、令呪を持たない俺をマスターと認めることは出来ないということを暗に示しているのか?
「黒守よ。二、三尋ねたい。彼女、フェンサーは君が召喚した。それは間違いないか」
「ああ。召喚しようとしてしたわけじゃないが、俺はフェンサーが召喚されるのを見ていたし、実際に彼女とのパスも形成されている」
「それではもう一つ。フェンサーを召喚した場所は?」
「新都郊外から少し離れた場所にある、荒地のままになってる公園だよ。十年前に、大火災があったあの公園だ」
「────────」
その場所が、彼にとってそういう意味を持つ場所だったのか。
少しの驚きと愉悦を噛み締めたような表情を浮かべながら、言峰綺礼は俺の言った事を反芻していた。
「それではフェンサー。おまえの主は黒守黎慈……それで良いか?」
「どういう意味かしら?」
「パスが形成されているのなら契約関係は本物だろう。しかし、おまえとの令呪を持つマスターが他にいる可能性もある」
……なるほど。それは盲点だった。
呼び出しや召喚自体は俺を経由してやったように見せて、本当のマスターとサーヴァントの関係を持つ魔術師は他にいるという説。
そうなるとあの黒いサーヴァントもグルだった可能性もあるし、聖杯戦争において自身の存在を偽装できるならそれは優れた手段だろう。
実際にそんなことが出来るのかはわからないが、中々面白い着眼点だと思う。
その言葉に、最も強く反論したのは他ならぬフェンサーだった。
「私のマスターは後にも先にもレイジだけよ。他にマスターがいたのならそんな契約は破棄してあげるし、必要ならそのマスターを私が殺すわ」
「ク……そうかそうか」
この神父さんは何が面白いんだろう。
彼なりに考えた結果であろう可能性を簡単に否定された割に、彼は元からそうなるだろうと思っていたかのようだ。
「まず、召喚場所となった公園だが。あそこは前回の聖杯戦争の決着の地でな。そういう意味では、聖杯の影響を受けやすい場所といえる。
そして今回の聖杯戦争におかしな点が多いとするならば、それは前回の聖杯戦争決着時の時点で既に不具合があったのだよ」
「決着時の不具合……?」
「聖杯は現れた。しかしそれを手にした者は資格を持たなかった。触れた者がどのような願いを持っていたかは知らぬが、その結果があの大火災であり、聖杯はその中身を一部残したまま再び眠りについた」
「通常、聖杯戦争は40年~60年周期で行われる。けれど、今回は10年程で始まってしまっているの。
その原因もきっと前回の聖杯戦争にあるのよ。使われなかった魔力があったから、次に溜まるまでが早かったんでしょうね」
前回の起動時に正常な終了手順を取らなかったせいで、次の起動時にエラーが起きている、ということか。
呼び出すサーヴァントの数が前後しているのかもしれないし、聖杯に余分な魔力があったせいで余分に呼び出したことも考えられる。
マスターの選定基準にも狂いが生じているのかもしれないし、令呪の割り振りがうまくいっていないことだってありえるかもしれない。
「それじゃあ、俺がマスターだって証明はできないし、逆に俺がマスターでも問題ないんじゃないのか」
「そうね。今さらなかったことになんて出来ないし、私にとっては倒すべき敵が一人増えただけの話よ」
「君とサーヴァントにその意志があるのなら、聖杯戦争への参加を認めよう。しかし、一つ受けてもらいたいことがある」
「なんだ?」
「なに、霊媒手術で擬似的に聖痕を刻み、そこに令呪を移植してみるだけの話だ」
「はぁ!? ちょっと綺礼────」
なんだそりゃ、願ってもないことじゃないか。
というより、令呪ってそんな簡単に扱えるものなのか。
「何も悪い話ではあるまい。聖痕を刻むのは少し痛むだろうが、移植そのものは簡単だ。そして令呪は、マスターが持たなければ効力を発揮しない。
令呪が機能すればマスターの証となり、仮に機能せずともサーヴァントが居るのならば、マスターとして振舞うことに異議は唱えまい」
「それはそうだけど…………」
「令呪はサーヴァントを律する他に、強力な魔術を行使するための刻印でもある。彼が令呪無しで聖杯戦争に参加するのは勝手だが、その時点で相応の不利を──────」
「いいよ、神父さん。是非やってくれよ。フェンサーも異論ないよな」
「ええ。どちらにしても、貴方がマスターであることに変わりはないもの」
飛び入り参加を認められても、正式な参加資格というものはやはり欲しい。
例外だからといって何もかも例外で済ませてしまっては、他の正規参加者に申し訳ないだろう。
令呪に関しては持っているほうが便利ではあるし、戦いを有利に運べるものなのでこちらとしても願ったり叶ったりだ。
そもそも敵が増えることを喜ぶやつはいないので、俺が参加することに対して他の参加者に引け目を感じる必要はないのだが、そこはケジメだ。
二つ返事で承諾した俺に不思議な視線を向ける凛。
何か言いたいことがあるならいつものように言えばいいのに、こんな時に限って何を遠慮しているのか。
「もう、勝手にしなさいよ! どうなっても知らないんだから!!」
俺の鼻先に指を突きつけながら宣言し、凛は大股で教会を出て行った。
一体何が言いたかったのだろう。
普段は要領よく言ってくれるくせに、肝心な時に要領を得ない。
「それでは、奥までついてきたまえ。こんな場所で霊媒手術を行うわけにもいくまい」
「ああ、わかった」
促されるまま、俺は言峰綺礼の後についていった。
「なあ、遠坂。まだ待つのか? かれこれ一時間は経ってるけど…………」
「衛宮くんは別に帰ってもいいのよ? 私はアイツが敵として私たちの前に立つのかどうか、この目で見届けなきゃならないの」
教会前の広場で佇む、士郎、凛、セイバー。
セイバーは元より士郎の意志に従うのみなので問題ないが、他の二人はどうなのか。
士郎もさすがにセイバーをずっと待たせるのは悪いと思っているが、彼女の言うとおり黒守黎慈を放っていけない気持ちもある。
令呪の移植手術を行っていると聞き及んでいるが、それがどれほどのものであるか。
現実にある手術のように大掛かりなものではないだろう。けれども、楽観的な気分で待っていていいものでもないような気がする。
どれくらいの時間が掛かるのかも分からないため、ただ待っているのもどうかと思っているのだが…………
「シロウ、出てきたようです」
「あっ」
凛が出てきてから一時間強。
右腕に包帯を巻きつけた少年と、それに付き従う白銀のサーヴァントが教会から出てきた。
「いや悲鳴の一つも上げんとは、大したものだ」
手術終了後、令呪を移植した右腕に思いっきり包帯を巻きつけながら言峰神父はそう言った。
「あんた…………少し痛む程度って…………言ったよな」
実際、痛いなんてもんじゃなかった。
刻まれる痛みに慣れているのと、痛覚をコントロールすることで何とか耐えたが、あれは常人だと間違いなくショック死するレベル。
令呪は魔術回路と一体化しているものなので、まず神経節の上から霊的なメスで切り込みを入れる。
まずこれを聞いただけで、想像力豊かな人は手が痛くなってくるだろう。
これまでの聖杯戦争で使われなかった令呪は回収されているらしく、次はその残っている令呪の形に沿って聖痕を刻む。
ワンセットの令呪なら形も決まっているのでそこまでではなかったのかもしれない。だがこの神父さん、何の嫌がらせか三種類の令呪から一画ずつ持ってきて、適当に組み合わせた型に俺の手を彫りやがった。
上手く想像できないなら、手に彫刻刀で図形を描くようなもんと思えばいい。
てか何に一番文句言いたいかって、痛みを制御するのに必死で見ていなかったが、手術中の痛みを堪える俺を見て絶対にこの神父さん笑ってやがりました。
人の不幸は蜜の味? 限度があるだろ。鬼か、悪魔か、言峰か。
「しばらくは痛むだろうが、馴染めばそれもじきに治まる。喜ばしいことではないか、令呪はおまえをマスターだと認めたらしい」
「…………そうですか」
右手に光る魔術刻印。
過去の代表的な英霊三騎、セイバー、アーチャー、ランサーのモノを一画ずつ刻まれた令呪が、俺の右手で赤い光を湛えていた。
「それではこれで、正式に聖杯戦争の始まりだ。今後、この教会に足を運ぶことは許されない。許されるとしたらそれは────」
「敗北し自らのサーヴァントを失ったときのみ。それ以外にここを頼ることがあれば、マスターとして減点対象ってことだな」
聖杯戦争中、この教会の役割は敗北したマスターを保護することのみ。
不測の事態が起こった際にも監督役が居るこの場所は頼みになるが、それをしたマスターは聖杯に相応しいかどうかの採点でマイナス点を受けるということだ。
「一応礼は言っておくよ。世話になったな、神父さん。次に会うときは俺が勝ち残った時か、死体になったときだな」
暗に、何があろうとおまえなんか頼んねぇぞという意思表示。
その啖呵と別れの言葉だけ告げて、俺は教会を跡にした。
(これで俺は、正式におまえのマスターだ。よろしくな、フェンサー)
(ええ、よろしく)
ラインでの精神感応による呼びかけ。
士郎とは違い、信頼を明確な形で示す必要もない。
令呪もなしに俺をマスターと認めてくれていた彼女を俺は信頼しているし、彼女の方も今さら信頼を揺らがせることはないだろう。
広場へと歩を進めながら、徐々に見えてきた人影に目を向ける。
士郎、凛、セイバーだ。
一時間以上は掛かったはずだが、わざわざ待っていてくれたのか。
今日という日が終われば敵同士であるというのに、律儀なことだ。
「黎慈、移植は上手くいったのか?」
「当然だろ」
右手の甲を見せながら答えた。
巻きつけた包帯越しに令呪の赤い光が灯っているのが分かる。
おお、と我がことのように安堵した表情を見せる。
コイツは、俺たちが敵同士である自覚はあるんだろうか。
会話はそこそこに、次は凛のほうへと顔を向ける。
「凛…………」
「黎慈。これで、貴方と私は────」
「ああ……お揃いの令呪だね、りんりん」
「………………」
あ、なんか怒ってるっぽい。なんでだ?
右手同士でペアシールみたいだと思ったんだが、なんか間違っただろうか。
「ふん、その分だと大丈夫そうね」
「ちょっと痛いけどな。まあ予想以上に遅くなったし、今日は帰ろうや」
「そうだな」
三者三様の装いで、俺たちは帰途についた。
「いい? サービスは今日いっぱいで終了、明日から私達は敵同士なんだからね」
「わかってるよ、遠坂。何回目だよ、その話」
「アルツハイマーになるのは早いぞー、りん……ぶっ!」
言い終わらないうちに頭をはたかれる。
くそう、ネタを最期まで言わせないとは芸人殺しだ。
いやそれより、マスターが攻撃を受けたんだから守れよサーヴァント。
(え? 今のはボケとツッコミだから邪魔しちゃダメでしょ?)
ジーザス。この世にボケとツッコミを理解するサーヴァントが存在したのか。
だが万が一ツッコミの振りをして魔術叩き込まれてたらどうしてくれるのか。
(魔力の流れでわかるもの)
(さようでございますか)
もうフェンサーには何も期待しないことにする。
「教会まで連れて行ったのは私だから、帰りまでは面倒見てあげ────」
「どうした、凛?」
「いえ。悪いけどここからは各自で帰って。あなたたちにかまけてて忘れてたけど、私だって暇じゃないの。
せっかく新都にいるんだから、捜し物の一つでもしてから帰るわ」
なるほど、他のマスターの捜索か。
舞台が冬木市といえど、たった七人のマスターを探し出すには十分広い。
マスター同士、サーヴァント同士、互いの存在を感知できるとはいえ、人を一人見つけるというのは容易ではない。
サーヴァントは霊体化していると感知しにくくなるし、マスターも魔術師であるなら住処の隠匿や己が身の隠形には手を尽くしているだろう。
「なら俺もここで別れるかな。ウチのサーヴァントにはまだ地理を把握させてないし、今日のことで少し思いついたこともあるし」
言って俺も来た道を引き返すように進路を変える。
だが──────俺と凛はありえないモノを見たかのように、その動きを停止した。
「ねえ、お話は終わり?」
その歌声のような可憐な声は、紛れもなく少女のものだろう。
声がした方向、俺と凛が見つめる方へと士郎も目を向けた。
空には白く輝く月。
その月明かりが作り出す影は、まるでこの辺り一帯を影絵のように切り出してみせている。
その蜃気楼の悪夢のような空間にあってなお異様な存在があった。
「バーサーカー」
「……へえ。アレもサーヴァントか、やっぱり」
初めて見た黒いサーヴァント、フェンサー、アーチャー、セイバー、それら全てを凌ぐ異質の巨人。
彼らと同じ存在とは思えないほどに、あのサーヴァントは度外れている。
その化け物を背に従え、無邪気な声質で微笑みながら、白い少女は俺たちに敵意を向けていた。
「──驚いた。単純な能力だけならセイバー以上じゃない、アレ」
凛が呟く間にも、臨戦態勢へと入る。
ラインを全開にし、魔術回路から共振させて増幅した魔力をフェンサーへ送達する。
本来の存在維持に必要な魔力の数倍、その過剰ともいえる魔力供給に、フェンサーの基本能力値が底上げされる。
今日一日でそれなりの魔力消費をしたし、精神も疲弊しているが、メインだけでなくサブの回路も総動員して俺は強く意識を研ぎ澄ます。
この状態、いつ戦闘に入ってもおかしくない。
凛の傍からアーチャーの気配が消えた。
恐らくアーチャーという名が示すとおり、本来の戦い方である遠距離狙撃を元に戦術を組み立てる気だろう。
ならば前衛はセイバーに任せるか。
俺は未だに、フェンサーの能力についてその多くを知らない。
彼女に任せてしまってもいいが、それで士郎や凛に余計な情報を与えては後々に厄介なことになる可能性がある。
(フェンサー、前衛よりの中距離支援、いけるか?)
(それがマスターのご命令とあらば)
よし、ならこちらの方針はそれで行こう。
「────衛宮君。逃げるかどうかは貴方の自由よ……けど、出来るならなんとか逃げなさい」
「まぁ、攻撃範囲内に居られても迷惑だしな。セイバーに指示できる距離内で待機してるこった」
「相談は済んだ? なら、始めちゃっていい?」
軽やかな笑い声。
少女は行儀良くスカートの裾を持ち上げて、とんでもなくこの場に不釣合いなお辞儀をする。
「はじめまして、リン。私はイリヤ。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」
「アインツベルン────」
…………確かフォン・アインツベルンの家系といえば、1000年にも及ぶ歴史を誇る魔術師貴族の大家だ。
一族の情報は外に漏れることなく、時計塔ですらその存在の詳細を知ることの出来る資料はほとんどないといわれている。
「お兄ちゃんとリンは知ってるけど……そっちの人は?」
「……お目に掛かれて光栄です、レディ・アインツベルン。黒守黎慈と申します。御身の尊き血に比べれば、歴史の浅い末端の魔術師ですが」
「これはご丁寧に。クロガミ……聞いたことはあるわ。先代で一族の血は途絶えたと聞いていたけど」
「ええ、自分がその最後の血族ですよ」
明確に格式上で自身より優れた家系であるため、自然と丁寧な語り口になる。
これは両親と曽祖父さんの教育の賜物で、目上の人間に対して相手を敬う姿勢は身体に染み付いたものである。
そんな穏やかなやり取りもすぐに終わる。
元より白の少女は、話をするためなどに来たのではないのだから。
「そう。なら、今夜でその血は途絶えるわ。
────じゃあ、殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」
それは天使の虐殺命令だった。
数メートルはあるだろう巨体が、坂の上からここまで数十メートルはあろう距離を一足飛びで落下してくる────!!
「──シロウ、下がって……!」
「──レイジ、下がって……!」
全く同時に前へと躍り出る二人のサーヴァント。
その行動を見越していたかのように、流星の如く飛来する幾条もの光が、落下してくるバーサーカーをつるべ打ちにする……!
正確無比とはこのことか。
落下してその位置を定まらせないバーサーカーを射抜く銀光は、一本たりとて急所以外の場所を射抜くことはない。
矢という範囲を越えて弾丸と化したそれは、一軒や二軒程度の家屋なら蜂の巣にするほどの威力を秘めている。
それを八連────全てをその身に受け、而してバーサーカーは微塵もその速度を落とさない。
息を飲む凛。
それはそうだろう。己がサーヴァントの攻撃が一切の効果をもたないのだから。
その後に打ち合う剣と剣。
全ての矢を無効化しながら落下してきたバーサーカーと、それを迎え撃つ二体のサーヴァントが激突する……!
火花が散る。
金属同士が摩擦し合う熱火と、纏う魔力の炸光が夜の闇を照らし出す。
闇に走る二対の銀光。互いに不可視の剣を持って黒き巨人と切り結ぶ。
バーサーカーの斧剣に圧されながらも、その剣戟は緩まることがない。
暴風の塊を叩きつけられるに等しい一撃を受けながらも、セイバーは受け流し、弾き飛ばし、真正面から切り崩していく。
その二人の隙間を縫うようにフェンサーが斬撃を繰り出す。
セイバーと違って直接斬り合うことは避け、その代わりにセイバーとの攻防で生まれた隙に剣を叩き込む。
一瞬、攻め手が止んだ瞬間に再び流れ落ちる銀光。
バーサーカーの眉間、こめかみ、首の根を撃ち抜く。
戦車砲に匹敵するその矢を受けて、無事に済むはずはない。
必殺の勝機にセイバーとフェンサーが間髪入れずに不可視の剣を薙ぎ払うがしかし────それはあまりにも凶悪な一撃によって、体ごと弾き返された。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされ、アスファルトを滑る二人。
追撃に奔る狂風。
それを阻止せんとさらに銀光が落ちる。
だが効かない。
正確に巨人の顔面を撃ち抜いた五本の矢は、またしても巨人の頑強さに敗れ去る。
「■■■■■■■■■────!!!」
巨人は止まらない。
振りかぶられた大剣を、セイバーが受け止めようとしたその時。
「どきなさい、セイバー」
全ての音を無視して耳に届いた清廉なる声。
そして。
「■■■■■■■■■■────!!?」
爆裂する魔力の奔流と共に、信じられない規模の大魔術が迸った──────
何が起きたかすら分からない。
ただ、目の前に炸裂した閃光が開けたその先には。
「────────!」
左足を黒く焦がした、巨人の姿だけがあった。
「あら、Aランクの魔術は届くのね」
それが然も何でもないことのように、フェンサーは魔術を放ったであろう右手をチロリと舌で舐める。
その光景に驚愕したのは、フェンサーを除く全員だ。
キャスターでもないサーヴァントが、Aランク相当の魔術を事も無げに放ったという事実。
彼女はそんな周りの反応など知る由もなく。
大した魔力の消耗すら見せず、紫紺の外套を纏う銀のサーヴァントはその異質さを最大限に発揮していた。
「いいわ、前衛はセイバーがしてくれるでしょうし…………貴方には、魔力が続く限りありったけの魔術を叩き込んであげる」
次の魔術を身に備えながら。
銀のサーヴァントは、最強の狂戦士に宣戦布告した。
運命の夜、最終戦闘。狂戦士vs剣騎、弓騎、戦騎の闘い。
その決着は、如何に────────
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