とある星の力を使いし者
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第38話
前書き
今回もあんまり変わりません。
一方通行は研究場のドアの前に立ちドア板を軽くノックすると、その「衝撃」をロック部分に集中させ、金属だけを正確に破壊する。
一方通行は実験の核なのでIDはあるのだが、まだ生きているとは思っていないので強硬手段をとったのだ。
中には研究所というよりも計算室といった感じの内装、で四方の壁を埋める業務用冷蔵庫のようなものは最新式の粒子コンピュータと言われているのだが、どう考えても型遅れの実験品を流用しているようにしか見えなかった。
窓のない部屋の中を無数のモニタが不気味に照らし出していて、大量のデータ用紙は床が見えなくなるほど機械から吐き出され、冷却用のファンの音だけが重く低く室内を満たしている。
研究室の真ん中に、一人の女がポツンと佇んでいた。
「実験」の当時は二〇人以上の研究員が寿司詰めのように働いていたのだが、現在では見る影もない。
その女も自覚があるのか、椅子ではなくテーブルの上に座って蛇のように吐き出されるデータ用紙を手に取って赤ペンで何かをチェックしていた、所内マナーも何もない。
「うん?あら、おかえりなさい一方通行。
ドアは壊さずともキミのIDはまだ九〇日ほど有効だから安心なさいね。」
彼女の名前は芳川桔梗。
二〇代も後半だというのにその顔には化粧らしきものが何一つなく、服装も色の抜けた古いジーンズに何度も洗濯を繰り返して擦り切れたTシャツ、その上から羽織っている白衣だけが新品のカッターシャツのように輝いている。
一方通行は桔梗の持っている長い長いデータ用紙を眺める。
現在、「実験」は凍結されている。
これは「中止」とは違い、この「実験」は樹形図の設計者がシュミレートによって組み立てられたものだが、その演算結果に狂いがあるから凍結という形で「実験」は止まっている。
よってその「狂い」を見つけ出し、その部分を修正してやればいつでも「実験」は再開される事が出来る。
しかし、一方通行はそれが可能とは思っていなかった。
樹形図の設計者が複雑な演算をしている訳ではない。
問題はその量なのだ。
人間は数える対象が多ければかけ算などして一気に計算する所を機械は一つ一つ数えて演算している。
機械的にはその方が楽のなのだが確認する方、つまり人間からすればそれは莫大な量になる。
その大量のコードに目を通すだけでも何十年かかるか分からない。
しかし、一方通行はそんなコードに興味はなかった。
「なァ、妹達の検体調整用マニュアルってどれだ?
肉体面と精神面・・・培養装置と学習装置の両方だよ。
あと、検体調整用の設備一式借りンぞ。
理由は聞くな、「実験」の凍結で未払いのままンなってる契約料だと思ってくれりゃあイイさ。」
一方通行がそう言うと桔梗は少し驚いた顔をした。
「少し待ちなさい、どうしてキミが知っているのかしら?
わたしですら、つい三時間前にやっと気がついたというのに。」
「あン?」
「だから、これの事でしょうに。」
桔梗は自分が持っているデータ用紙をひらひらと振った。
それは学習装置のスクリプトだった。
妹達は特殊な培養装置によって、およそ一四日で製造される御坂美琴のクローン体だ。
その人格も普通の「学習」では形成できないので彼女達の人格と知識を学習装置を使い脳に電気的に入力される。
桔梗が持っているのは妹達の心の設計図な訳だがそれを持っている桔梗を見た一方通行は眉をひそめる。
「ちょっと待て、オマエが今、眺めてンのは「実験」のデータじゃねェのかよ。」
「全く違うわ、どちらかといえば今は実験よりもこっちのデータの方が優先的ね。
これはね、人格データのバグを洗い出している所なの、ウィルスという表現の方が正しいかしら。」
桔梗は赤ペンでデータ用紙に印をつけながら説明する。
それを聞いた一方通行はさらに眉をひそめた。
「どォいうことだ?」
「キミには説明していなかったわね。
最終信号と呼ばれる特別な個体があるの。」
その単語を聞いた一方通行の首の後ろを電気が走るような嫌な感覚が走り回る。
「アイツが・・・何だと?」
「アイツ、ね。
やはり知っていたのかしら。
となると、あの子はまだこの街の中にいるのね。」
桔梗はデータ用紙から目を離して一方通行に視線を向け赤ペンをくるくる回しながら言う。
「まぁ、キミの知っている部分もあると思うけど、今一度改めて最終信号と今の現状について説明しましょう。
重要な事だからよくお聞きなさいね。」
テーブルから降りてキチンと椅子に座り直した。
桔梗は一瞬、視線を後ろに向けて軽く笑みを浮かべる。
一方通行はその笑みの意味がよく分からなかったが、そんなことを聞いている暇はなかった。
桔梗は一方通行の視線に気づいて説明を始める。
「そもそも、あの子は「実験」のために作られたものではないの。
その事はご存知?」
「何だァそりゃ?
ヤツらは超電磁砲の劣化クローン体で、「実験」で俺に殺されるために作られたンじゃなかったのかよ。」
「その通りだけどこの「実験」は何通りの戦闘を行えば完了するのだったかしら?」
「二万ジャストだろォが。
随分とキリのいい数字だと思っていたけどよォ」
言いかけて、一方通行は気づいた。
「そう、あの子の検体番号は二〇〇〇一。
キミもそれは知っていたようね。
あの子は「実験」のシナリオデータ上に必要のない個体、言ってしまえば安全装置のようなもの。
思い浮かべて御覧なさいな。
二万人もの能力者を用意した上で、仮に彼女達が反乱を起こしたらどうなるか。
到底、わたし達スタッフでは手に負えないでしょう?」
「そのための切り札があのガキだァ?
ありゃ何なンだ、人造の超能力者か何かか?」
「ミサカネットワーク、という言葉に聞き覚えはあるかしら?」
一方通行はその言葉に聞き覚えがある。
妹達の間で繋がっている脳波リンクのようなものだ。
「最終信号というものはね、自分の脳に一定の電気信号を送る事でミサカネットワークを操作する事が出来るの。
それによって非常時には二万人全ての「ミサカ」に対して停止信号を送る事を可能にすることで、わたし達を裏切れなくなるようにする。
故に最終信号は自由であってはならない。
そのためにあの子は敢えて未完成の状態に留めてある。」
一方通行は妹達と打ち止めとどこか印象が違うと思っていたがこれが原因なのだと分かる。
彼女は肉体も精神も意図的に未熟のまま管理されていたのだから。
「で、あのガキについたバグってのは?っつか、ウィルスだっけか?」
「「実験」終了後も最終信号はここの培養器で秘密裏に預かっていたのだけれど、一週間ほど前に突然異常な脳波が計測されたの。
慌てて培養器のある建物に行ってみれば、内側から設備を破壊されてあの子は逃亡した後だった、という訳。」
「警備員や風紀委員には通報しなかったンかよ。」
「できなかったの、わたし達の「実験」は上層部に黙認されていたものの、大っぴらに公言して良いものではないから。
でも、逃げ出すなんて思っていなかったわ。
それにこの七日間を生き延びたというのがすでに誤算だったわ。
そんなに強く作ったつもりはない筈なのに・・・やはり情が移ってしまったのかしらね。」
そう桔梗が呟いているが一方通行は桔梗の説明を受けて気になる所があった。
「おい、あのガキにバグ・・あァ~ウィルスだったかァ?
それはどういったもんなんだァ?」
「それを説明する前に最終信号の頭に不正なプログラム、つまりウィルスね。
それを上書きした人物がいるの。」
「誰だァそんな回りくどいしたヤロウは?」
「天井亜雄。」
その人物の名前を聞いた一方通行は昼間の事を思い出す。
打ち止めとファミレスにいた時、一方通行が何気なく窓の外を見た時に天井亜雄はファミレスの駐車場で車を止めてこちらの様子を窺っていた。
一方通行の視線に気づいた天井はすぐにどこかに立ち去った。
「それで不正データの内容についてだけど完全にコードを解析していないから何とも言えないけれど、
記述の傾向を追う限り予測できる症状は、人間に対する無差別な攻撃という所かしらね。
九月一日午前〇〇時〇〇分〇〇秒。
定刻と共にウィルス起動準備に入り、以後一〇分で起動完了。
ミサカネットワークを介し現存する全妹達へ感染、そして暴動を開始。
そうなったら誰にも止められないわ、鋼鉄破りを軽々と操るあの子達が一万も集まれば相当な戦力になってしまう。」
一方通行は桔梗の言葉の意味を考える。
現在、一万弱もの妹達のほとんどが学園都市の外、世界中で身体の再調整を行っている。
この事から学園都市に配備されている対能力者用の部隊「警備員」や「風紀委員」が穏便に事件を収拾する事が出来ない訳だ。
妹達が暴走すれば外部の人間で処分される、それが世界中で同時に事件を起こせばいくらなんでも隠蔽する事は出来ない。
そうなれば世界中にある協力派の企業や機関はその一件で学園都市の評価を丸ごとひっくり返す筈だ。
この一件で学園都市は外部との協力が絶たれ存続が出来なくなる。
存続が出来ないという事は学園都市の研究者達は職をなくしその未知の技術を世界中の軍事研究所へと流れるか、学園都市が強硬手段に訴え次世代兵器と超能力によって世界へ侵攻するか。
どちらにしても世界のバランスが崩れ、世界中で戦争が勃発するだろう。
それは世界の終わりを意味している。
「天井亜雄は量産型能力者計画の元研究者で「実験」に妹達を代用する際にウチへ転属したスタッフなの。
彼の専門は学習装置を用いた人格データの作成、彼以上に妹達の精神に詳しい者はいないの。」
続けて天井の説明をする桔梗だが一方通行はもはやそんな事はどうでもよかった。
一方通行には「滅ぼす力」がある分、世界の終わりという言葉の意味を他の誰よりもリアルに想像できた。
「ハッ、面白ェな、そいつァ最高に面白ェわ。
そいつァ俺の仕事だとずっと思ってたンだがなァ。
で、結局オマエはここでナニやってンだ?
ガキの頭ン中に入ってるウィルスはどう止める?」
「それを今調べてるの。」
桔梗の顔にわずかだが焦燥の色が見える。
リミットまであと数時間というこの状況でワクチンプログラムを作りだし、打ち止めを見つけて注入する。
正直、勝算は五分かそれ以下だろう。
もしワクチンが間に合わなかったらどうするか、答えは簡単だ。
ウィルスに犯された個体を「処分」すればいい。
そうすれば「外」にいる九九六九人の妹達はウィルスコードの感染から守られ、何事もない日常を送る事ができる。
「そうならないために努力しているのよ。
もちろん、キミにだって何かは出来る。」
一方通行の考えている事が分かったのか桔梗は静かに言った。
「誰にモノ言ってっか分かってンのかオマエ。
俺ァアイツらを一万人ほどぶっ殺した張本人だぜ?
そンな悪人に誰を救えって?
殺す事ァできても救う事なンかできねェよ。」
「キミにそれをさせたのはわたし達だった。
キミは「妹達を使わなくても絶対能力へ進化できる方法」を見つける事が出来れば、キミは誰も殺さずに済んだのだから。」
「そンな一言だけで、オマエを信じて従えって?」
「やりたくないのなら、仕方がないわね。
わたしにキミを拘束するだけの力ないもの。
最後に残った時間をご自由に過ごしなさいな。
そして祈りなさい、願わくばウィルスが起動する前にあの子の肉体が限界を超えて死滅しますようにって。」
一方通行は桔梗の顔を見る。
彼女はいつもと変わらずそこに佇んでいる。
「わたしにはあの子を捕まえる事が出来ない。
「研究者を見たら無意識に逃げる」というあの子の特性は、わたし達の身体から放出される微弱な電磁場のパターンに強く依存している。
たとえあの子の視界に入らなくても電磁場を検知して逃げてしまうわ。
そこをクリアする事が出来れば近づけるけどわたしはこのコードを解析しないといけない。
けど、キミがいるのなら話も変わる、二人で手を組めば何とか道は開けるかもしれないの。」
「クソったれが。」
そう言って一方通行は黙り込む。
一方通行はこの女が嫌いだ、なにが嫌いかというととにかく甘いのだ。
何かを背負うほどの強さがないから、どこまで行っても優しさにはならない。
桔梗は大きな封筒を二つ手にする。
「キミが出来る事は二つ。
一つは街の中に潜伏している犯人・天井亜雄を捕えてウィルスの仕組みを吐かせる事。
もう一つは起動前のウィルスを抱えた最終信号を保護する事。
好きな方を選びなさいな、もっともキミは守るより壊す方が得意でしょうけれど。」
封筒はテーブルの上を滑り一方通行の前で停止する。
左の封筒には天井亜雄の車が映った写真と赤い印がされた地図。
右の封筒にはデータスティックと超薄型の電子ブックのような物が出てきた。
データスティックには「検体番号二〇〇〇一号・人格要綱/感染前」と書かれたラベルが貼ってある。
どちらが一方通行に向いているかなど考えるまでもない。
一方通行は誰かを守るより何かを壊す方に優れている。
いやそれはもはや論理以前に概念の問題だ。
彼の力では誰も救えないし、彼の世界とはそういうものなのだ。
もし一方通行がその力で誰かを救うおうものなら、それは彼の取り巻く常識そのものが崩壊する。
それはもう「一方通行」という存在とは違う、人を救う一方通行など一方通行ではない。
「まァ、そォだよなァ。
どっちを取りゃイイかなンざ誰でも分かンじゃねェか。」
一方通行は自嘲するように口の中で呟く。
人を救うなどその役目に相応しい人間ならいくらでもいる。
その席はどこも満席で一方通行が入り込む余地などない。
一方通行の力が人を救う事に向いていないというならば、一方通行の力が殺す事に向いているというのならば。
一方通行は一瞬だけ、誰かの顔を思い浮かべた。
「ハッ、蔑めクソガキ。
どォせ俺にャァこっちしか選べねェよ。」
右の封筒を一方通行は選んだ。
打ち止めと呼ばれる一人の人造少女を保護する為に。
この瞬間、一方通行は一方通行でなくなった。
一方通行としての存在意義の全てを失ったと言っても良い。
「笑えよ。
どォやら俺は、この期に及ンでまだ救いが欲しいみてェだぜ。」
「ええ、それはそれは大いに笑って差し上げましょう。
キミの中にまだそんな感情が残っているとすれば、それは笑みをもって祝福すべき事よ。
だから安心して証明なさいな、キミの力は大切な誰かを守れるという事を。」
「俺はオマエ達、研究者のために働く。
だからそれに見合った報酬は用意してもらうぜ。」
「ええ、あの子の肉体の再調整ならわたしに任せなさい。」
芳川桔梗はそう答えると一方通行はきびすを返して封筒を手に持ち研究所から出て行った。
誰もいなくなると桔梗は小さく息を吐いて言った。
「さぁ、もう姿を現しても問題ないわよ。」
「そんなの見れば分かる。」
この部屋には桔梗しかいないのに部屋から別の声が聞こえた。
そして桔梗が座っていた椅子の隣にテーブルに腰を預けて立っている麻生恭介の姿が現れた。
彼は一方通行がこの研究所に来た事が分かり自身の周りの屈折率を操り姿を隠していたのだ。
「説明は全部聞いていたわよね?」
「ああ、今が学園都市の危機である事は充分にわかった。」
「それならこのコードの解析を手伝ってくれないかしら。」
桔梗は麻生の能力を他の誰かよりか知っている。
だから携帯で麻生を此処に呼んで手伝ってもらおうとしていたのだ。
麻生に詳しい説明をしようとした時、一方通行がやってきたという事だ。
ちなみに昼間の一件が思ったよりも時間がかかり愛穂を待ちくたびれさせ、食事をしている時に桔梗から電話がかかりそこで別れたのだ。
待ちくたびれたあげく対して話も出来ないまま、そのままファミレス内で別れたので愛穂の機嫌はすこぶる悪くなっていた。
麻生は後で何かフォローしておかないとな、と考えそのまま研究所を出て行こうとする。
「ちょっと待ちなさい。
一緒にこれの解析を「俺は手伝わない。」・・・なんですって。」
麻生の思わぬ返答に桔梗の驚愕の表情を浮かべる。
「この一件に一方通行が関わっているのなら俺が手出ししていい問題じゃない。
あいつは今変わりかけている、それを邪魔する事なんて俺にはできない。」
「そんな事を言っている場合!?
もし、一方通行が最終信号を保護できなかったら学園都市は・・いいえ、世界が崩壊するのかもしれないのよ!!」
「アイツは打ち止めを救う。」
麻生は桔梗の目を真っ直ぐ見つめ答える。
「どうしてそれが分かるの?」
「アイツは俺とよく似ているからな。
だから何となくわかるんだよ。
俺が姿を消したのも俺が協力する事が分かれば、おそらくアイツは俺に全部任せていつもの一方通行に戻るだろう。
これは一方通行の物語だ。
俺が手出ししちゃあいけないんだよ。」
桔梗は麻生が手伝わない事を分かると大きくため息を吐いて椅子に座り直す。
そして、呆れたような表情で言った。
「キミ、変ったわね。」
「俺は変わった記憶はないがな。」
少しだけ笑みを浮かべると出口へと歩いていく。
すると、何かを思い出したのか振り返り桔梗に言った。
「あんたもあんたで解析頑張れよ。
一応、俺は最悪の事態を考えて打ち止めを見張っているがそれはあくまで最後の手段だ。
こんな事はないと思うがもし一方通行が打ち止めを守れなかったら、俺は打ち止めを殺す。」
そう言って麻生は研究所から出て行った。
桔梗はもう一度ため息を吐いて赤ペンを握りコードの解析を急ぐ。
麻生は愛穂との約束があり人を殺せない事を桔梗は知っている。
だが、最悪の事態になれば麻生は打ち止めを殺すだろう。
なぜなら、打ち止めを殺さなければ彼の守るべきものに危険が及ぶ可能性があるからだ。
麻生は守る者の為なら平然と人を殺す。
だからこそ、桔梗は解析を急ぐ。
麻生恭介に殺人などさせないために、何より今まで甘かった自分を捨て自分らしくない行動をする。
それは甘い自分ではなく一度でいいから優しい自分になる為に。
後書き
感想や意見、主人公の技の募集や敵の技の募集など随時募集しています。
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