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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§20 激突

「……ここ何処よ」

 転移した黎斗がついた先は見知らぬ土地。転移の術式に割り込みを仕掛けてくる相手だ。油断はできない。しかしなぜこのような森の中なのだろう。

「てっきり罠張って待ち伏せしてるかと思ったんだけどなぁ。ま、どっちでもいっか。とりあえずスサノオのトコまで歩きますかね」

 のんびりと歩く。周囲一帯に妙な力を感じているので油断は出来ない。邪眼なり力押しで突破、というのは最終手段にして先ずは探索と洒落込もう。





「……誰? さっきからこれみよがしに殺気ばっかり放ってきてさ。って、あー。変な洒落飛ばすハメになったじゃん」

 歩き続けて数分。やむことなく、増え続けていく殺気(それ)に黎斗はとうとう痺れを切らした。呟く黎斗の周囲でで、無数の影が蠢く。随分な数が居る。三柱の別格(かみさま)以外は雑魚と判断し、数えるのをやめてしまった。三十以上も数えていられるものか。

(これまた一介の高校生相手にたいそうな布陣で)

 相手は殺る気満々のようだが、黎斗は狙われる覚えがない。何処の勢力なのだろう。第一これだけの神様と取り巻き軍団が行動を共にすることはありえるのか。野生の神様なんて大抵の場合他の同類(カンピオーネ)が倒してしまうし。これは一種のレアケースということで納得したほうが良さそうだ。長年生きてきた彼にとっても複数の神が集団で行動していたことなどランスロット達くらい(これですら二人だった)しか見ていない。

「貴方様方はどちら様ですか? まつろわぬ神の皆様とその近衛の方々とお見受けしますが」

 出来るだけ穏便に済ませようと言葉を選んだ黎斗だったが、その努力は虚しく水泡に帰す。

「水羽黎斗。まさか御老公の盟友が貴様のような神殺しとはな。今まで貴様の存在が秘匿されていたのだ。公に現れたときより怪しいとは思っていたが。信じたくはなかったものだ。太古に襲来し御老公方と戦ったのは、貴様だな」

 フードを被った男に賛同を表す声が、周囲より上る。

「「「…………」」」

 怨嗟の声に背筋が冷える。ぼそぼそとした声を聞き取ることは難しいが、どうせ聞いて気持ちの良い内容ではないだろう。それに呪われるように言われるのはやっぱり気味が悪い。低音でのコーラスとなれば尚更だ。だが、わかったことが一つ。彼らは”まつろわぬ神”ではない。須佐之男命と同じように俗世からの隠遁を望んだ古老達。天敵同士(れいととスサノオ)が仲良くしているのに我慢ならなかったのか。狭量なことだ。もしくは―――黎斗が最初に弑めた神に対する怒りか

「怨嗟の呟きかなにか知りませんがやめてくれません? それと死ぬ気はございませんからあしからず。んで要件は、何? 今ちょっと忙しいから出来れば後にしてほしいんだけど」

 とりあえず口調が怪しくなってきたが、諦めずに交渉を申し出る。御老公なんて言葉を用いる以上古老のメンバーだろう。須佐之男命以外に神が居るとは思わなかった。引きこもりまくっていた事が裏目に出た。だが、古老は須佐之男命の下で意思は統率されている筈。この集団も突然暴力には訴えないだろう。過剰ともいえる武力は威嚇に過ぎない、筈。今一自信はないけれど。

「要件? 汝が命、貰い受ける。腑抜けになってしまわれた御老公も、貴様を殺せば元に戻ろう。我らが母の権能(チカラ)も、返してもらおう」

「は?」

 こいつは今、なんといった?

「……なんつー回答だよ。警戒していなかったツケが回ってきたのか? 足元掬われた形になんのか? コレ。どっちにしろまさかの事態だなヲイ。僕の命が欲しい? だが断る。秘儀、水隠れの術!!」

 名前こそ格好良いがただ単に泳いで逃げるだけである。平泳ぎでじゃぶじゃぶと川を泳ぐ。流れが急なせいなのか泳ぐというより流されている気もするが、相手の姿がもう米粒大だ。こういう時に逃亡系の権能があるやつらを羨ましいと心底思う。遁術で逃げても神様達(このレベル)相手だと無効化されておしまいになりかねない。おそらく取り巻き軍団は無効化系の呪術を大規模展開するための人員だろう。三十六計逃げるにしかず。

「ははははは、戦略的撤退っ! さらばだー!!」

 黎斗の勝ち誇ったような奇声が、周囲に響き渡る。





「あいつらしつこい!」

 大樹に寄り添うように小休止。黎斗包囲網は止む気配がない。寧ろ酷くなっている気がする。

「スサノオ早く気づいてくんないかなぁ。このままだとマジで僕死ぬぞおい」

 このままでは逃亡中に殺しつくされる。もう三回くらい殺されているし。ここまでされたら正当防衛が成り立つんだから反撃しようか。だが反撃して良いものか。

「神祖だか精霊だか知らんけどあの集団ホントどうしよう。媛さんや坊さん、スサノオの友人居ないといいんだけどなぁ。ウッカリ殺しちゃったら気まずいことねぇしなぁ。手加減するには神様が邪魔だし。……つーかさっきからなんで僕の居場所わかるわけ?」

 背後から飛んできた矢を躱す。銃などといった近代兵器でなく弓なのが歴史を感じさせてくれる。もっとも、長距離弾道ミサイルやら対人地雷など使われないだけマシかもしれない。だが、こちらもおかげで地雷や毒ガスの類での迎撃が出来ない。なぜなら、卑怯だから。

「相手が外道戦法使ってくるんだったらこっちも容赦なく攻めるんだけどなぁ」

 しかしさっきから逃走しているのにそれを全て察知しつづける彼らの情報網はどのくらいの規模なのか。流浪の守護で気配を遮断し隠行の術も完璧にしている筈なのに。

「……これは異なことを。ここは幽世だぞ。この程度もわからぬとはこの羅刹の君は脳味噌も無いらしいな」

 大木の対極から、声。横一文字に切られて、黎斗の胴体が真っ二つになる。

「……望めば行けるんだっけか。すっかり忘れてたわ。って、じゃあスサノ」

「無駄だ。大規模な結界を展開している。いかに神殺しとて、短期間で破ることは叶わない。御老公の呪力を借りることにより発現させる 貴様ら専用(・・・・・)のとっておきだ、そう簡単に破られはせぬぞ。光栄に思え」

「ってまてや。とっておき(・・・・・)の結界? スサノオに気づかれる前に? この状況作り出したのはお前らか」

「清秋院も存外に役に立つ。まさか小娘を動かすだけでこうも簡単に大物が連れるとはな。上手い具合に日本に生まれた神殺しとも接触できておるしの」

「清秋院の本家をお前らが唆したのか? 媛さんや坊さんの話聞いた限りだと随分我の強そうな人だからなぁ、って……ん?」

 日本には(公式には)カンピオーネがいなかった。護堂が記録上初めて。その護堂の周囲はエリカ、祐理、リリアナと美少女が勢ぞろい。三人の内過半数は外国の魔術結社。のこる万理谷も格としては清秋院より下に位置する。そして孫娘(恵那)は十分美少女である。清秋院の家にもし、ゴーイングマイウェイ(仮)な最高権力者(ばっちゃん)が存在したとするならば、この状況でどうでるか。

「……スサノオ、押し切られたか? 恵那も護堂の嫁に、って清秋院家当主並びに複数神様やら大魔術師やら精霊やらから一度に言われたら、押し切られるか。スサノオはNoと言える日本人(にほんじん)……もとい日本神(にほんじん)っぽいけど数の暴力相手じゃなぁ。オマケに庇うにしても強い理由が無い。僕が人間(・・)である以上僕のトコに今までどおり、なんて案は無いも同然だしな。そうなれば日本嫁二名vs外国嫁二名のドロドロ合戦も構図がわかりやすくなる。あの三人は拮抗しているから、恵那が神懸かりでもしないかぎり戦線は膠着。でも恵那が外国嫁どっちかとガチンコ始めたら護堂が絶対邪魔をする。神懸かり使うのも護堂が阻止出来る……かなぁ? ま、護堂の相手が出来るのは神様(アンタら)くらいのものだろうから……そういやスサノオが今護堂と接触してるんだっけか。これでえーと……」

 言ってて思った。思考がズレている。現状がどうして起こったかなのに何故護堂の嫁論評を繰り広げにゃならんのだろう。もし、相手がこの現状を黎斗(じぶん)の殺害に用いるとしたら。媛が言っていた事を思い出す。公開用に書いた権能解説書没案が盗まれていたことを。これを相手が持っていたならば……?

「……さてはお前らこうなること予想済みだったな? 護堂の気配が消失すれば僕が出てこざるをえない。スサノオ達は護堂にかかりっきりで僕はノーマーク。幽界(ココ)の性質を利用すれば事前に色々仕掛けた狩場に僕を誘導できる。僕の情報の一部は入手しているのだからソレを元に作戦を立てる。神様の名前しかわからんやつでも大体の推測はつくだろうしね。あとは———殺すのみ」

 ほう、という呟きはボス(かみさま)か、一般雑魚(notかみさま)か。

「頭が全く回らないワケではなさそうだな」

「……おい、何を喋っている。御老公に気付かれる前に殺さねばならんのだ。無駄口をたたく暇はない」

「……手加減出来る自信ないんだけどなぁ。おーい、周りの人ー。こんなセコイ奴らに付き合って命落とすことないぞー?」

「驕るなよ、神殺しが。貴様は我らの手の内だ。全ては今日、この時の為に。先月入手できた貴様の情報も反映した我らに負けは無し。わざわざ貴様に教えているのも、貴様の顔を絶望に染めるため」

「かっこいーセリフだーありがとー。しかもその口ぶりだと媛さんが無くした資料はそっちに回ってたのね。人の部屋勝手に漁るコソ泥に天罰を。……来たれ煌めく色無き柱。神をも下す灼熱を以て。その御光で大地を飲み込み。全てを滅し虚無へと帰さん」

 狙うは先手必勝。破壊光線(カタストロフィー)で消滅させる。取り巻き軍団が死ぬであろうことを考えると正直この手段は採りたくはなかったのだが———

「悪いけどこっちもまだ死にたくないんでね。……消えろ」

「貴様がな」

 天より放たれた光の柱が敵集団を呑み込むと思われた刹那、黎斗を灼熱の光線(・・・・・)が襲う。





 爆風が吹き荒れ砂塵が舞い散る。連続で簡単に神殺しを殺せたことで、周囲からどよめきが巻き起こる。

「待て、落ち着け皆。奴は何度でも蘇る。引きずりだし、奴の力で本命の(・・・)結界(・・)も完全起動を果たした。ここからが本番だ。手筈通りに行くぞ」

「了解です。では頼みますよ、迦具土、大国主。貴方達が要だ」

「スクナビコナの、我らが偉大なる母の、仇は必ずとる」

「片鱗が見られた権能から順次破壊するが、やつとて神殺しの端くれ。全部破壊できると思うなよ。貴様らは始めろ」

「「「「はっ」」」」

 迦具土は、持っていた鏡を八雷神に渡す。死の光線を反射させた鏡を。それと同時に、周囲の集団が呪術を始める。黎斗に対する、破魔の術。結界展開かつこれだけの質・量ならば、権能でもかなり減衰させられるだろう。まして相手は神殺しの絶対的な耐性を持たないのだ。

「……くっ、今のは何よ」

「答える義理なし」

「そりゃごもっともで。こっちも期待してなかった、けど、ねぇ!」

「甘い」

「がッ!!?」

 大国主の剣筋を躱し、見切り、反撃を叩き込もうとして、失敗。いつの間にか背後によられた八雷神に、羽交い絞めにされ動きを封じられる。左の死角から接近されたか。絡みつき分かれる八匹の蛇は、黎斗の抵抗を容易く封じる。

「くっ、やっぱ無理か。ってかさ、八匹の蛇になって襲ってくるとか反則だと思うの。しかも僕蛇苦手なんだけどこんな仕打ちって嫌がらせですかそうですか」

 軽口を叩いてはみせるものの正直辛い。こいつには魂直撃や対屍特攻(アンデッドキラー)でもあるのだろうか。電気を纏う八匹の大蛇は黎斗の行動を許さない。触れた所から身体が腐食し剥がれていく。ロンギヌスの治癒だけではいずれ致命的になる。早く再生の力を使うべきなのだろう、が使わないのは本能が「使うな」と叫んでいるから。

「この期に及んで余裕だな」

 そう言う迦具土の気配が変わる。黎斗の直感が告げている。———こいつは、ヤバい。

「天空よ、我が名の下に裁きを与えよ。未来より迫る滅びを縛れ。左に剣を。右には鎖を。我が(かいな)を贄とし汝を封ぜん」

  破滅の呪鎖(グレイプニール)具現化。対象は迦具土。起動方法(タイプ)・結界。結界は通常形式の捕縛と異なっており黎斗側から伸びた鎖が対象を捕獲する訳ではない。大地から鎖を召喚し相手を絡め取るのだ。こうすることで黎斗の攻撃範囲(レンジ)に入れることが出来なくても、相手の位置を固定できる。孤立している敵などに用いること乱戦用の派生型(バリエーション)。外部からの攻撃に弱いのは変わらないが、相手が一人だけ離れていて、残りが全て黎斗と交戦しているならば、他の敵に鎖を破壊されるより黎斗が相手を殺す方が早い。
 今がまさにその状況。迦具土以外の神二柱はこちらにつきっきりだし、雑魚軍団は何やら行動を開始しているがおそらく間に合わない。だから、破壊はされない。相手が行動を起こす前に月読の権能”時詠(イモータル)”で時間加速、ロンギヌスで撃破。
 そんな黎斗の目論見は儚くも崩れ去ることになる。

「やれ、カグヅチ!!」

「対象、神殺し。対象、破滅の呪鎖(グレイプニール)。逝け!」

 迦具土より放たれるのは不吉な言葉と三日月の劫火。邪眼の影響で弱体化しつつも斬撃のように飛んでくるそれを、八雷神に拘束された黎斗は回避する術を持つはずもない。

「仲間まで!?」

「安心しろ。今のは貴様専用《・・・》だ」

 まさかの味方ごと攻撃(フレンドリーファイア)に驚愕する黎斗の背後から耳に声がかかる、と同時に彼の身体を劫火が焼く。邪眼で消去しきれなかった分が身体の中に吸い込まれるように入っていく。

「……?」

 痛みは、無い。違和感を探る黎斗を、大国主の剣が襲う。

「これでまた一回だ。死ね」

 とっさに黎斗は右腕を上げる。壊死しているはずの(・・・・・・・・・)、右腕で。血飛沫が舞い散り、視界が朱に染まる。この位なら治癒(ロンギヌス)で十分回復させられる。

「はっ、そう甘くはないっての!」

 緩んだ一瞬を逃さず拘束から離脱、神達から距離をとる。

「しっかしマジでどうなってる?」

 破滅の呪鎖が消滅している。右腕も、普通に存在している。破滅の呪鎖を発動した時点で右手は壊死する。だが今回は壊死してはいない。ほんの僅かに死んでいる部分があるが、それだけだ。もう一度、破滅の呪鎖を発動させようと試みるが———不発に終わった。

「権能封印系の何か、か? だがそれなら壊死は残るはずだ。……まさか権能破壊?」

 さっき超再生(ヤマ)の力を使うな、と勘が言っていたのはこういうことか。脳内警告(レッドアラート)が鳴りっぱなしだが、気にしていられる余裕などない。権能破壊系能力の具体例が護堂しかいないので似たような能力と推測する。もっと危険な能力ならご愁傷様だ。

「最低でも一定期間権能無力化、ってトコ? こりゃ下手したら死ぬな。本腰入れないと」

 数百年ぶりに、黎斗の背中を冷や汗が伝う。 
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