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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§16.5 夏休みの終わりに

「グベぇ」

 蛙が潰れたような声と共に、黎斗の体は吹き飛んだ。地平線の彼方までノーバウンドで飛ばされていく様子はまるでギャグアニメ。少し見たくらいでは生きているのか死んでいるのか判別できないだろう。
 左腕? さっき天之羽々斬で切り離された。どこに飛んで行ったのかわからない。
 右腕? スケルトンと見間違える程に、骨以外が全く見えない。その骨すら、ヒビが入ったり折れていたり。
 右足? もう粉砕されている。ここまでくると原形を保っているだけで奇跡だろう。
 左足? 腿から下は須佐之男命によって発生した暴風で行方不明。
 そして今、頭と胴体が天之羽々斬に両断され、左半分の残骸が暴風で飛ばされた。やはり空中浮遊している状態では回避は厳しい。浮遊が苦手だから、どうしても行動が遅くなる。
 普通ならば、いや黎斗以外ならば既に死亡しているであろうグロテスクな光景。左半分の頭をくわえて、エルは懸命に黎斗の元へ走っていく。須佐之男命もそれを止めることはしない。流石にこれは放っておけば彼の命に関わることだ。代わりに彼は酒を飲む。万が一、いや億が一酔っ払っても「今の」黎斗相手なら負けはない。普段ならいざ知らず再生以外の権能不使用な上に呪力魔力も底を尽き、身体に刻まれるのは無数の傷。この状態で勝てるほど須佐之男命は甘くない。そもそも勝てるならば、数百年前の殺し合いは引き分け(ドロー)でなく、黎斗の勝利で幕を閉じているだろう。

「マスター、これ左半分です。いくらマスターでも頭かち割られたら十分程度しか生きられないんですから、優先的に再生してください」

 左半分を右半分の上に置きながら懇願する。いくら黎斗が化け物じみた生存能力を持っていても、頭を失ってなお数時間の生存は出来ない。頭を再生しようにも、現在の状態では満身創痍すぎて再生に回す神力がほぼ無いのだ。一から再生出来ないということは、エルから左半分を持ってきてもらえなければ死亡した可能性があることを示している。

「ん…… サンキュ、エル。流石に死ぬかと思った……」

 頭をくっつける。これで死亡の危険性は無くなった。全身に力を巡らせ再生を続行。原型が無い足を優先的に修復する。動けなければ話にならない。

「いやー、やっぱ呪力による肉体強化だけじゃスサノオに勝てないか」

 この男、少名毘古那神の身体すら使用せずに、権能封印状態で須佐之男命に挑んでいたのだ。ヤマの再生だけは使っているがそれはご愛嬌。使わなければ死んでいるし。鎧袖一触されたのもむべなるかな。サルバトーレ・ドニと戦い知った自身の鈍り具合が、よほどショックだったのか。

「ロンギヌスの治癒も併用して使ってもこれが精一杯か」

「……普通は両足を一から再生するのにかかる時間が数分とかあり得ませんよ。神力も、呪力もすっからかんなのに……」

 エルが呆れているが華麗にスルー。白骨化している右腕にロンギヌスを掴み歩き出す。神経が無いから魔力で強引に動かす。さっきので二十三連敗。

「さて、もういっちょ行きますか」

 気合を入れて立ち上がり、黎斗は須佐之男命の元へ向かう。ボロ負けは避けられないだろうけれど、もう少しで一撃を叩き込める気がした。





「……それ、絶対おかしいから。神殺しの王様相手に勝てなかったからおじいちゃまと鍛錬って、れーとさん何考えてるの? いくられーとさんが強くても勝てるわけないじゃん」

 変な物を見る恵那の視線もやっぱり流し、夕食を一心不乱に食べ続ける黎斗。動きすぎたのでお腹がすいた。このカボチャの煮物、甘くてとてもおいしい。今度かぼちゃを育ててみようか。

「恵那さん、言うだけ無駄です。言ってわかるようなら数回ボロクソになったところで悟りますから」

「だよねぇ。でもおじいちゃまと戦える、ってか戦おうとするのはすごいよやっぱり。それが数分で惨敗だったとしても」

「さっきからボロクソだの惨敗だのひっどい言い方だね…… 反論できないけどさ」

 我が家の女性陣は今日も厳しい。スサノオにぼこられているのは事実だが、もうちょっと言い方があるのではないだろうか? 流石に悲しくなってくる。

「大丈夫。だんだん身体が慣れてきたのがわかる。次は一撃入れてみせるよ」

「まだやるんですか……」

 結局今日は一撃入れる寸前に失神してしまった。まぁ一撃叩き込める寸前までいけただけでも上出来だ。これなら全盛期に戻る日も近いかもしれない。

「おじいちゃますっごく強いよ? こんだけやられればもうわかってると思うけれど」

「次はいける。媛さん謹製の”とっておき”も完成したし」

 背後の小物袋を見やる。中身は超極細のワイヤー。全長数十mはあるだろう。黎斗の得物その三だ。双剣は手ごろなものが見つからないのでパス。瑠璃の媛に無理を言って準備してもらった品物だ。これの性能に媛や黒衣の僧は疑問を感じているようだが、須佐之男命だけは笑っていた。そんな代物に対し恵那は前者の感想も持ったらしい。

「ソレ使えるの? 恵那にはよくわからないんだけど」

「糸使うの随分久方ぶりですね」

「まーね。コイツは結構いいよ。実戦で使う前にスサノオで最終調整しなきゃだけど。神すら殺してみせましょう、ってね」

「おじいちゃまで調整……」

 恵那が複雑な表情なのはしょうがない。なにせ日本の英雄神相手の勝負で調整すると言っているのだから。それを抜きにしても格上の相手で調整などと言っているのだから呆れないだけ上々だ。

「スサノオ様々だよ。第一スサノオでもなけりゃ相手にならないし。今度またなんか酒持ってかなきゃな」

「だーかーらー、それが既におかしいんだってばぁ。……なんでおじいちゃま相手にそこまで出来るかな」

「ごちそうさまー。とりあえず学校のグラウンド行ってくるわ。ワイヤー(こいつ)の使い方思い出さなきゃ」

 神を相手にする前に使い方をある程度思い出しておかねば。いかに黎斗とて手も足も出せずに嬲られる趣味を持っていない。数百年ぶりだから念入りに練習だ。ワイヤーは不審物ではないし、幽世より現世のほうが障害物などの関係で操作は難しい。ならば難しいほうで特訓しかないだろう。

「あ、待ってれーとさん。恵那も行くよ」

「え?」

「本当にそれが強いのかいまいち恵那には信じられないし。それにれーとさんも相手が居たほうがいいでしょ? ということで一手御指南お願いしまーす」

 あっという間に天叢雲劍を持ち出してくる恵那。その身のこなし、まさに疾きこと風の如く。

「まぁいいか。槍無し双剣無しワイヤーのみ、でいけば大丈夫かな。一本取れたら恵那の勝ちね」

「れーとさん余裕だねぇ。恵那も負けないよ」

 そういう巫女の瞳は派手に燃え盛る炎を映しているようだった。ハンデをこってりつけられた、と思っているのだろう。この場合相手を舐めているのは黎斗か恵那か。

「巫女様のお手並み拝見といきますかね」

 ニヤリと笑う黎斗に、エルはそっと肩をすくめた。





「はぁ……はぁ……何、コレ。こんなのってありなの……?」

 一時間後、満身創痍の恵那と無傷の黎斗がグラウンドにいた。

「降参?」

「っ、まだまだぁ!!」

 三日月を背にして笑う黎斗へ、突撃。直感で動いた恵那だが、このルートならば木々が邪魔をしてワイヤーも上手く扱えないであろうことを無意識に判断していたのだろう。

「ははっ、甘い甘い。別に森の中だろうが深海だろうがあんま関係ないんだよねぇ」

 実際に蚕の繭で海を裂いたり城を切断したりしたことがある。いやー、あの時は若かった。戦争時なんちゃらブルク城とかいう城を繭で切断した時は、味方からもドン引きされたものだ。

「嘘ぉ!?」

 黎斗まであと数m。そこでワイヤーに全身を雁字搦めに縛られた彼女はサッカーゴールへ投げ飛ばされる。ワイヤーで投げ飛ばすのだから器用なものだ。

「ええー…… れーとさん一体どうやってるの?」

 ゴールに絡まった恵那がずるずるとネットから脱出を果たす。天叢雲劍などもはや泥まみれだ。神々しさなどとうに消え失せ、神器と一見しただけでは見抜けないだろう。

「ワイヤーに呪力を通して自在に動くようにしてるの。操作は慣れかな。んで、あとは注ぐ呪力を調節しながら指先の動きで相手を束縛又は切断と」

「……聞いた恵那が間違ってた」

 顰め面で神剣を握る。恵那はまだ、諦めていないようだがふらついている。そろそろ限界だろう。

「そろそろ帰ろう? もう訓練十分だよ。ありがとう」

「最後にもう一回……!!」

 体に鞭打って立ち上がる恵那。天叢雲を構える彼女の瞳に迷いは無い。

「これが最後だからね」

「最後か。なら無茶出来るね。絶対れーとさんに一泡吹かせてみせるから」

 不敵に笑う恵那の様子に、黎斗は嫌な予感を感じる。

「え? それってどうい」

「天叢雲劍よ。願わくば我が身を……」

「うわ、ちょ、待て待って!! 結界張ってない場所(こんなとこ)でソレはヤバイから!!」

 慌てふためく黎斗を余所に、恵那は悠々言葉を紡ぐ。

「あぁ、もう!! 塩は……もってきてねぇ!? 僕の馬鹿ー!! 我流形成しかないか、我が前にラファエル。我が前にミカエル。我が前にガブリエル。我が前にウリエル……!!」

 急ぎで結界を張ろうにも塩が無い。こんな展開を予想していなかったのだから当然なのだが。東西南北を起点とした黎斗の呪力が渦を巻き、急速にグラウンドを覆っていく。不可視化及び魔力探知遮断の結界だ。攻撃に対する防御機能は皆無だが、相手に攻撃を何処にも当てさせなければ良いだけの話なのだから問題は無い。

「ムチャクチャやるなぁ。……付き合う僕も大概か」

「いくられーとさんでも、これを防げるかな!?」

 恵那の振るう、凄まじい速度の太刀を難なく回避。ワイヤーで天叢雲劍を絡め捕り遠くへ飛ばす。投げられた神刀は弧を描くようにバスケットゴールに入っていく。

「あ、ラッキー。入った入った。狙ったワケじゃないんだけどな。ついでに恵那も捕獲っと」

 相棒を失い雁字搦めに束縛された恵那に降参以外の術は無い、そう思った黎斗は仰天する。

「まだまだぁ!!」

「な!?」

 肉を切らせて骨を断つというのだろうか。須佐之男命から借り受けた莫大な力に物をいわせて、出血しながらも力尽くで束縛から逃れる。ワイヤーを紙一重で回避しながら突き進んでくる恵那に対する黎斗の反応は、面白い程に慌てふためいている。てっきりここで終わりだとおもったらしい。

「え、えぇ!? ねぇ、ちょっちょ、デタラメだろこんなの!!」

「れーとさんに言われたくないよ! それに窮鼠猫をかむ、っていうでしょ。最後までわからないんだから!!」

「……ごもっとも」

 ずっと隅で傍観していたエルがぼそりと呟く。

「マスターにデタラメなんて言われるのは可哀想ですよ」

 その言葉の終わらぬうちに、恵那の身体は大地にひれ伏していた。黎斗のワイヤーが、再び恵那の身体を捉えたのだ。

「あっぶねぇー。……しかし恵那で見切れるんだったら神相手は精度不足かな。要練習、っと」

「お取込み中すいませんがマスター、この場どうするんです?」

「え?」

 なにが?と首を傾げれば、エルが恵那を尻尾で指した。

「結界は解除すれば済みますし問題ないでしょう。でも恵那さんどうやって連れて帰られるのですか? 気を失ってますよ。傷ついた美少女を背負って深夜に歩く男。不審者ですよねどう考えても」

「……」

 恵那をみやるとなるほど、確かに気を失って眠っている。服がボロボロで目のやり場に困る状態。服対素肌が3:7と地球の陸海比、などとくだらないことを考え現実逃避している暇はなさそうだ。そんなあられもない姿で巫女様は倒れていらっしゃるわけで。これは確かに背負って歩けば職質は免れないだろう。下手したら強姦魔と間違われかねない。

「結界張って正解だったな。明日から外歩けなくなるトコだった……」

「最後の神憑りで一気に服が消滅しましたね」

 際どい所で服が身体を守っている。本当にギリギリのところで。もっとも、仮に全裸だったとしても全身真っ赤でそこまで詳細を見ることは出来ないだろう、などと考えたところで頭を振って雑念を飛ばす。

「ねー。試合なのにわざわざ服を破ってまで勝ちに来なくても……」

 もしやこの子は恥じらいというものがないのだろうか。もしそうならば今度瑠璃の媛に躾けてもらわねばなるまい。そんな感想を抱きつつ黎斗は恵那を背負って歩く。

「でも恵那さん、最近好戦的ですよね? 最近は模擬戦の頻度前とは大違いですよ」

「だよね。それは気になった。別に僕を殴りたい、というような理由で挑んできてるわけでもないし。強くなりたい理由でもあるのかな? こっそり式神作成をしてるのも気になるんだけど。しかも種類が危害を与える類の物騒な代物だし。それにそんな種類だからっていっても隠さないで堂々とやればいいのにさ。なーんか、いやな予感がする」

「マスター、明日から北海道でしたよね。私だけでも残りましょうか? 例の呪符使えば遠隔通信位私でも可能になりますし」

「うーん、頼める? ヤバかったらすぐ戻るから。昼間なら護堂の”風”でエルのとこに、夜はアーリマンの邪気転移で家まで戻るってことで」

「了解です」

 これで安心だ。エルが入れば異変が発生した場合でもなんとかなる。安心した黎斗は、北海道へと思いを馳せる。





「御老公、やはりそれはおやめになられた方が」

「今しかねぇだろう。幸い黎斗(オニ)は外出だ。鬼の居ぬ間になんとやら、ってな」

「左様。媛よ、新たな羅刹の君を試すのは今においてありませぬぞ」

 美貌の顔を曇らせて、瑠璃の媛はため息を吐く。須佐之男命は意思を曲げるつもりはなさそうだ。

「……私はこの試みが行われないことを願います」

 今説得するのは諦めて次の機会に回そうと考えた瑠璃の媛だが、その機会が訪れないことを知っていたならば、結末は変わっていただろう。 
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