蒼き夢の果てに
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第4章 聖痕
第39話 UMA登場?
前書き
第39話を更新します。
しかし、移転をしながらの新しい部分を書くのは難しい。
現在、第59話の九千文字辺りを作成中。但し、昨日も忙しくて更新を優先させたので。
ちなみに、これはリトライ中。
六月 、第二週、虚無の曜日。
結局、カジノ事件の後処理に二週間近くも掛かって魔法学院に帰還する事に成りましたが、本当に、タバサの魔法学院の出席日数は大丈夫なのでしょうか。
実際、北花壇騎士関係の御仕事で授業を抜けると、一週間は戻れない事ばかりなのですが。
それで、本日は良く晴れた虚無の曜日。尚、このハルケギニア世界に梅雨などは存在しないようで、日本出身の俺としては、故郷の六月と比べるとかなり違いの有る、非常に気分が良い清々しい季節と成って居ます。
例えるのならば、木々は緑にして、貴女の為に花を艶やかに咲かせるのでしょう、……と言う雰囲気ですか。
日本語で表現すると五月晴れ。陽光の降り注ぐ初夏の中庭にて、午後のお茶の時間を楽しむタバサと彼女専用の従僕状態の俺。
適当な木陰に敷物を広げ、タバサは其処で和漢の書物を紐解き、俺はそんな彼女を視界に納めながら空になった彼女のカップにお茶を注ぐ。
お茶はダージリン。お茶請けにはハチミツやジャム。それに、クロテッドクリームとスコーンを準備した英国風のアフタヌーン・ティの形式を取っています。
しかし、日本人の外見しか持たない俺には、少し似合っていないんじゃないかな、……と言うシュチエーションなのですが。
しかし……。
しかし、青く澄み渡る青空を、少し眩しそうに目を細めて見上げながら、独り言のように呟く。
本当に――。本当に世界は美しい、と……。
日本でならば、既に梅雨の到来を予感させる、肌に纏わり付くような湿気と、その中に、ほのかに夏の訪れを報せる高温とが混じり合い、俺が一番嫌いだった季節。その六月が、この世界では、柔らかい初夏特有のあたたか味のある陽光が世界全体を包み込み、この陽光の下でならば何時までも微睡んでいたい、と思わせるような虚無の曜日と成っているのですから。
そう……。本当に、この世界の何処か。陽光の差し込まない地下の祭壇や、城の奥深くで、殺人祭鬼のような連中などが暗躍しているとは思えないぐらいに。
「戻って来ていたのですね」
心地良い風に乗って、少し逆光で人物の判り難い位置から問い掛けられる声。但し、良く知って居る女性の声。
それに、おそらく俺とタバサは、彼女によって生命を救われたのだと思います。あの妙な薬によって魔法的には絶好調状態に成っていなければ、矢鱈とハード・モードだった炎の邪神送還は、夜の内に成功する事は無かったでしょう。
「モンモランシー嬢。あの時は、ありがとう御座います」
トリステインの古き水の系統魔法使いの一族。いや、多分、彼女も違う。おそらく、彼女モンモランシーも精霊を従える事が出来る一族の末裔である事は間違いないでしょう。
何故ならば、彼女の従兄弟に当たる、ジルが精霊を従えているのですから。
そして、地名などから推測すると、モンモランシー家は元々、ガリアに有るモンモランシー家の方が本家筋に当たり、トリステインの方は分家筋に当たると思いますからね。元々がガリアに有るモンモランシー渓谷辺りを領地としていたと推測するのなら。
俺の感謝の言葉に、少しはにかんだ様な笑顔を魅せるモンモランシー。尚、少しだけ陰の気を放っているトコロから考えると、俺やタバサを騙していた事に、彼女自身に多少の蟠りのような物が有ったのだと思われます。
しかし、それもタバサの立場を考えるなら仕方がない事だと思いますけどね。
「タバサさん。従兄弟から連絡が入りました。御屋敷の方の清掃は終わったそうです」
そして、少し顔を強張らせたモンモランシーが、更に強い陰の気を発しながらそう告げて来る。おそらく、彼女が今タバサに近付いて来たのは、この事実を彼女に伝える為。
そして、タバサが何時も通りの透明な、感情を掴み辛い表情で首肯いた。
但し心の中に関しては、その限りでは無かったのですが。
そう。先ほどのモンモランシーの報告は、オルレアン大公の屋敷……。つまり、タバサの生家の使用人を全て排除したと言う報告だったのです。
あの仮面の暗殺者エリックの発言から、西百合騎士団副団長のジルが策を打ち、殺人祭鬼の関係者たちに逃げ出される前にガリアの諜報部により、闇から闇に葬られたと言う事に成ります。
もっとも、あの殺人祭鬼の連中ですから、その関係者たちは捕まる前に全て死を選んだでしょうし、もし、運よく生きたままで捕らえる事が出来たとしても、そいつは単なる末端。重要な情報を持っているとは思えませんから、……なのですが。
ただこれで、現王家がオルレアン大公暗殺に関わって居ない事は確実に成りましたし、タバサやその母親が生き残っている理由についても、明確な答えが出たと思います。
誰も、自らの弟の一家を殺したくは有りませんからね。
まして、タバサをトリステインに留学させたのも、そのタバサに影から彼女を護る護衛役を二人も付けたのも、全て王家の計らいだったと言う事ですから。
それに、オスマンのお爺ちゃんもこの学院には居ますから。
殺人祭鬼の連中に取っては、世が乱れたらそれで構わないのですから。まして、ガリアで王弟と王の権力闘争からの内戦状態にすると言う企みが失敗に終われば、その夫人と娘を使って内乱を起こさせれば良いだけですし、未だ勢力を持っている旧オルレアン派の貴族を焚き付ける方法も有ります。
彼らの崇める神は、世が乱れ、人が苦しみ、そして、死ぬ事によって発生する陰の気を好みますから。
もしかすると、アルビオンの王と王弟の争いにも、彼らの暗躍が有ったのかも知れませんが……。その真相に関しては、未だ藪の中ですか。
但し、火(モロク系の邪神)が暗躍する事により、土が乱れ、風に滅びの風が吹き荒れる。そうすると、次のヤツラの目的は、トリステイン(水)の可能性も……。
尚、オルレアン屋敷の清掃に関しては、タバサ自身が直接関わる事は有りませんでした。
いや、本人が関わる事を拒否して、俺と共に、あの炎の邪神によって死亡したり、負傷したりした人々の救出と、穢された大地の浄化などを行い、直接、父親の復讐に繋がる行動を行おうとはしませんでした。
どう言う意図で彼女が、父親の直接的な復讐劇に繋がる行動を拒否して、俺と共に負傷者の救助や、大地の浄化作業を行ったのかは定かでは有りません。しかし、それでも、陰の気に支配され、復讐心の虜と成った彼女を見る事が無かったのですから、それは俺としては良かった事なのでしょう。
それに、オルレアン屋敷の使用人の排除と言う事は、彼女に取って親しい、幼い頃から知って居る人間達の排除と言う事です。タバサ自身が、そんな事に関わりたくはなかったとしても当然ですか。
もしかすると、今まで一番信じて来ていた人間が、実は一番信用してはいけない相手の可能性が高かった。……と、そう言う事ですから。
「それで、実はひとつ、タケガミさんとタバサさんにお願いが有るのですが」
先ほどまでの陰気に満ちた雰囲気からは幾分回復したモンモランシーが、かなり消極的な様子で、そう問い掛けて来る。
一応、タバサの方を見つめて、判断を仰ぐ俺。尚、俺としては、別にモンモランシーの頼み事なら、新しい薬の実験体以外ならば受けても良いのですが、タバサの方の気分も有りますから。
そんな俺の視線の意味を知って居るのかどうか判りませんが、タバサはあっさりと首を縦にひとつ振る。これは肯定。
「良かった。実は……」
☆★☆★☆
ゆっくりと二度ノックを行い、室内からの返事を確認した後に、ドアを開く。
当然、午後のお茶の準備をしたカートを押しての訪問と成ったのですが。
初めて訪れるルイズの部屋と、タバサの部屋の差は、配置されている家具の質の差と、部屋に置かれている本の冊数の差ですか。
もっとも、置かれている洋服ダンスの大きさも大分違うようなので、その中に納められている服の内容や質も違うとは思いますが。
ベッドに腰掛けた状態で、読んでいたらしい本を自らの脇に置いて、顔を入り口の方に向けるだけで俺達を出迎えるルイズ。……なのですが、確かに普段の彼女からすると、少し生命力に欠けているような気がしますね。何と表現したら良いのか。
そう、気が抜けた、と言う感じですか。
もっとも、モンモランシーの説明を聞くと、どうやら、病は気から、と言う状況のようにも聞こえるのですけど。
そして、その脇に置かれた本の上に、さして高級そうには見えないのですが、それでもルイズのような可愛いタイプの少女には良く似合いそうなシンプルなデザインの、銀製と思しき十字架を象った首飾りが置かれていた。
これは、普段、彼女の首を飾っている首飾りですか。
もっとも、この世界には、十字架に掲げられた救世主から始まる宗教は有りませんから、単なる意匠としての十字の形だとは思いますけどね。
十字とは、普通、光を象徴する意匠だったと思います。
「体調が悪いと聞いていたけど、起きていても大丈夫なんか?」
久しぶりに見たピンクの少女に、最初にそうやって声を掛ける俺。
それに、取り敢えずは、最初に御見舞いの言葉を掛けるべきでしょう。まして、こんな場面で、タバサが一言以上の御言葉を発するとも思えませんしね。
ルイズが、普段の彼女。少々、気の強そうな雰囲気とは少し違う、物憂げな表情を浮かべ、俺やタバサ、そして、もちろん、モンモランシーなどではない、在らぬ虚空を見つめる。
その後……、彼女に相応しくない、ほんの少しの微笑みを浮かべた。
それは、……そう、答えに窮して、無理に浮かべる類の微笑みと言う種類の微笑み。
……この娘も自らの、貴族としての仮面を外して、素に戻っているみたいに感じますね。
俺は、少しルイズから視線を外して、モンモランシーの方を見つめる。
モンモランシーが、俺の視線に気付き、少しだけ首を横に振った。
そう。ルイズが発しているのは……多分、寂寥感。理由は、おそらくこの場に居なければならない人物が居ないから。
始まりは些細な行き違い。次に口論の末、この部屋を追い出された才人。そして、現在、その伝説の使い魔は、自らの主の伝説の魔法使いを放り出して、キュルケ、ギーシュ、シエスタ他一名と共に宝探しの真っ最中らしい。
う~む。基本的に、俺と才人は、矢張り性格やその他が違い過ぎるみたいですね。前回のアルビオン行きの時にもそう感じましたが。
いや、もしかすると、龍種と言う種族が、契約に縛られ易い種族なのかも知れませんが。
ただ、俺の考えからすると、いくらルイズの部屋から追い出されたからと言っても、自ら交わした約束を放り出して、友人達と宝探しを行うと言うのは少し問題が有ると思うのですが。
まして、才人の身分は、学院生徒に準じると言う形で保障されて居ます。コルベール先生に相談すれば空き部屋のひとつぐらいなら用意して貰えるはずですし、食事に関しても大丈夫。それに、仕事も魔法学院の警備兵の扱いでの雇用は確保されるはずです。
この部屋を追い出されたからと言っても、たちまち、才人自身が露頭に迷う事はないですし、少し距離を置く事には成りますが、ルイズの護衛を続ける事は出来ると思うのですが。
それとも、その宝探し自体に、何か重要な意味が有るのでしょうか。
伝説の魔法使いの使い魔に相応しい、伝説の武器を手に入れるとか言う理由での宝探しとか。
……可能性は、その方が高いかも知れませんか。
「そうしたら、午後のお茶の準備をして来たから、一緒にお茶の時間にでもするか」
本当は、この部屋から連れ出して、少し陽光に当たれば、多少の陰気など吹き飛んで仕舞うのでしょうが、流石に無理強いも出来ません。
ならば、多少、気が紛れる程度の事なら、為しても良いと思いましたからね。
少し、否定的な気がルイズから発せられたような気がしたけど今回は無視。このタイミングで追い出されても意味は無いですし、俺達が出て行った後に、また寂しくなるだけ。
そうして、
「ルイズは何が飲みたい。紅茶か。それとも、ホット・ミルク。それに、今日は珍しいホット・チョコレートと言う飲み物も用意したで」
☆★☆★☆
生来の能力でお茶に使用した食器や、お茶請けに準備したスコーンなどを乗せたカートを浮かべながら、階段を下る俺とタバサ。
尚、空元気ぐらいですが、ルイズの状態も大分マシには成ったと思います。それに、才人が戻って来たら、それだけで精神的な落ち込みなど回復はすると思いますから。
【なぁ、タバサ】
少し西に傾いた陽光が、明り取り用の窓から差し込む暗い階段。その階段を一歩一歩下に向かって進む、俺とタバサ。
尚、タバサから問い掛けに対する、明確な答えは無し。但し、否定的な雰囲気が返された訳ではないので、この問い掛けは肯定されたと思います。
【ガリア王家の意図。ガリア王家がオルレアン公を誅殺した訳ではなく、そして、旧オルレアン派と呼ばれる貴族を粛清していたのは、どうやら、本当に存在していたクーデター計画に対する粛清だった事は確実】
振り返った俺の視線に、二段分だけ高い位置に居るタバサの視線が合わさる。
その瞳に浮かぶ色は、想い出。それとも、遙かな未来を映しているので有ろうか。
そう。殺人祭鬼が暗躍していたのなら、クーデター計画が存在していたとしても不思議では有りません。まして、ヤツラの目的は世が乱れる事。
つまり、クーデターが起きなくても、有力貴族をどんどんと潰して行っている現在のガリアの状態は、ヤツラの意図した状態と言っても過言ではない。
まして、貴族の不満を抱えながらも、しかし、安定した統治を目指す為には、大鉈を振るい続けなければならない、現ガリア王家はかなり難しいかじ取りを続ける必要が有る。
【そして、タバサ。オマエさんに対する、現王家の扱い方を見ていると、どうも、時期が来たらオルレアン家の再興、もしくは、新たな貴族の家を興す心算が有るように、俺は思うんやけど、タバサはどう思う?】
それも、おそらくタバサを、シャルロット姫に戻した上で。
元々、オルレアン家を潰したのは、現王家派に対する口実。そして、オルレアン派に対する見せしめ的な意味。
しかし、それも暗殺されたオルレアン公シャルル一人に罪を着せて、残った家族には実質御咎めなしと言う、かなり甘い処置に止めたのは、オルレアン公が何者かに操られただけだと言う確信が有ったが故の行為。
ならば、この混乱期を乗り切った後に、タバサを長とした家を興し、同時にオルレアン公シャルルの名誉を回復させる可能性は大いに有ると思います。
俺の問いに、肯定を示す【念話】を返して来るタバサ。
【それならば、どうする。このまま進めば、タバサは間違いなく貴族としての生活を取り戻す。おそらく、父親の名誉も回復される。そして、タバサの母親の病は、俺が間違いなく回復させる。しかし、それでは、タバサの夢は、もう叶う事はなくなる】
タバサの夢。ある意味、彼女にはもっとも相応しい夢。晴耕雨読のような生活で、その生活を夢見ていたが故の使い魔召喚。
但し、貴族としての生活では、それは許されない。
貴族には、その権利に相応しい義務が発生する。俺はそう思います。そして、その権利を享受し、義務を放棄した時に、その人間は道を失う。道に外れた存在。つまり、外道と化す。
俺が付いている限り、タバサをそんな存在にする訳には行かない。
まして、常に貴族で在ろうとしているルイズや、呼吸をするように貴族であるキュルケとは違い、タバサは本来貴族には向いていない。
人付き合いは苦手。交渉事も得意としている訳ではない。使い魔の俺に対する態度から考えても、本来は優しい女の子で有る事は間違いない。
そんな娘が生き馬の目を抜く貴族社会で、傷付いて行く様を、俺は正直に言うと見たくはない。
【父の名誉が回復されるのは嬉しい】
先ずは、素直なひと言。そして、これは、当然の言葉。
【しかし、わたしには、貴族に戻る気持ちはない】
予想通りの答えを返すタバサ。それに、その方が彼女には相応しいでしょう。確かに、見た目や、そして、その頭の良さなどからガリアの有力な貴族としても十二分にやって行けると思いますが、果たしてそれが、彼女の幸せに繋がるか、と言うと疑問符が付きますから。
しかし、それならば……。
そう思い、次の【言葉を紡ごうと】する俺を、よく晴れた冬の氷空に等しい瞳で見つめるだけで制するタバサ。
そして、
【未だ、全てが解決した訳では無い】
……と、告げて来た。普段通りの彼女に相応しい平坦な、抑揚の少ない話し方で。
そして、この瞬間に先ほどの答えが示されたと思います。彼女の瞳は、未だ未来を見続けている。
そう。確かに、彼女の父親の死の真相には辿り着きましたが、その元凶に辿り着いた訳では有りません。
そして、おそらく彼女の言った、全てが解決する、と言う言葉は、自らの父親の事や、母親の事だけを言った訳ではないとも思います。
少し、俺の右手首を見つめてから、そう告げて来ましたから。
【そうか。なら、これから先も、宜しく頼むな】
元々、俺と彼女の関係は対等。使い魔だからと言って、一方的に使役される関係でもければ、彼女も一方的に庇護される関係でもない。
俺の言葉に、少し首肯いて答えるタバサ。その表情は普段通り冷静そのもの。
但し、彼女が発している雰囲気は……。
☆★☆★☆
「へぇ、意外に大きな街やな」
現在、六月 、第二週、オセルの曜日。
場所は……。
大通りを行き交う人々を見つめながら、そう右横を歩み続ける蒼き少女に話し掛けた。
道端には露天が並び、鮮やかな色彩の異国風の果実がトコロ狭しと並べられ、肉屋の店先に吊るされた巨大な肉の塊から、直接切り取られた肉の量り売りが為されている。
少なくとも、店の軒先に巨大な肉の塊がぶら下げられている光景など、日本では目にする事は出来ないですから、貴重な経験をしているとは思います。
ただ、衛生的に問題がないかと問われると、……と言う感じなのですが。
二十一世紀の世界からやって来た俺の目から見ると、なのですが。
「この街では、スヴェルの夜から三日間、市が立つ」
トレード・マークと成っている自らの身長よりも大きな魔術師の杖と、魔術師の証のマントの御蔭で人波に呑まれる事も無く、人の溢れている大通りを俺の右側で歩んでいるタバサが、彼女に相応しい言葉使いでそう教えてくれた。
ただ、彼女の小さな声が、何故か、人々の喧騒に包まれているこの場所でも、俺には、はっきりと聞こえているのですが。
ここは、ガリア領、ワラキア侯爵ラドゥ・ポエナリ公の治めるベレイトと言う街。その、ガリアの東の辺境と言う地域に、俺とタバサはやって来ています。
……って言うか、この街はおそらく、地球世界のブカレストに当たる街だとは思うのですが。
尚、タバサから受けた説明に因ると、エルフとの国境に近い地域性から、この地には強力な護衛騎士団が駐屯していて、辺境とは言え治安も有る程度は安定して居り、そして、このベレイトと言う街自体に有力な鉱物が有る為に、多くの商人や、それに付随する者達が集まって来て居て、非常に活気の溢れる裕福な街と成っているらしいです。
まして、この街の別名は、小リュティスらしいですからね。
尚、どれぐらいの安定度かと言うと、スリに出会ったのは一度だけです。更に、上空から汚物が降って来た事は幸いにして一度もなし。それに市が立つと言っても、公開処刑のような陰惨なイベントもなし。
少なくとも、育ちの良さそうなタバサや俺が街を歩いていて、暗がりに問答無用で引っ張り込まれない程度には安全な街と言う事です。
そう。いくら貴族の証のマントを纏っているからと言って、……いや、マントを纏っているからこそ狙われる確率が跳ね上がる可能性も有ります。
このハルケギニア世界の魔法使いは、杖を奪われ、口を塞がれてルーンを唱える事を出来なくされたら、一般人と大差が無くなる存在と成りますから。
そして、当然、狙う方もその事実を知って居るはずです。
「それにしても……」
俺は、人で賑わう大通りをさっと見渡しながら、少し雰囲気を変えて、そう呟く。
そう。俺の視界のあちこちに存在する、足首や、手首に鉄製の拘束具を嵌めた人々を見つめながら。
俺の視線を追い、そして、俺の意図した事を理解してくれたのでしょう。
【この街が発展して来た理由は、この街の産業。岩塩採掘用の鉱山が存在する事】
そう、タバサが補足説明をしてくれました。
但し、それだけでは、手や足に拘束用の鎖を施された人々が大量に存在している説明には成りはしません。
この街では、大体、週末ごとに市が立ちます。そして、それは、基本的には、この街が産出する岩塩を扱う為の市なのですが、それ以外にも扱う重要な商品が有ります。
それは、奴隷。岩塩を掘り出す為に集められた奴隷を売り買いする為に発展した街。それが、このベレイトと言う街の、もうひとつの側面。暗い部分に相当する側面です。
そう。このハルケギニア世界には、地球世界のヨーロッパがそうで有ったように、奴隷制度が存在して居ます。基本的には農奴制なのですが。
そして、鉱山労働などは、すべて、商人に因って売り買いされた奴隷に因って為されているらしいのです。
その、ロマ系と思しき奴隷たちを見つめるタバサから、やや否定的な気が発生している。
これは……。彼女は、元々、そう言う思想を持っていたのか、それとも、日本式の書物から新たに知識を得たのかは定かでは有りませんが、中世ヨーロッパの貴族には相応しくない、リベラルな思想を持っている雰囲気が有ります。これはおそらく、啓蒙思想と言うべき物だと思いますね。
但し、この時代では、非常に危険な思想と成る可能性も有るのですが。
何故ならば、単純に、奴隷制の廃止を訴えたトコロで、その効果を証明出来なければ、意味は有りません。
まして、奴隷を解放したとしても、その奴隷たちにそれなりの教養が有って、世界を生きて行くだけの知恵と教養が無ければ、再び、何処か他所で奴隷の身分と成っているのがオチです。
先ずは、奴隷を使用している貴族や商人たちに、嫌がる、反抗的な人間を鞭打ち、無理矢理、劣悪な環境で働かせるよりも、少し賃金を余計に払って、それなりにやる気の有る連中を雇用した方が、儲けが大きい事を報せる必要が有ります。
そして次に、その奴隷。いや、それ以外の平民と呼ばれている、この世界を構成する大部分の人間たちにも、それなりの教養を身に付けさせる事も重要と成ります。
但し、これを行うには、大きな問題がひとつ。
その教養を身に付けた平民たちが、徒党を組み、貴族打倒を叫んで、革命を起こす可能性が有ると言う事。
つまり、地球世界に於ける、市民革命の時代が訪れる可能性が出て来ると言う事です。
そして、おそらく、今の貴族達は、そう成る事を恐れています。
更に、それが如実に現れている点も有りますから。
その理由は、騎士階級が存在しているのに、常備軍は存在していない点。
これは、常備軍を編成して、平民主体の雑兵たちに、平時から武器を渡す事を恐れた結果なのでしょう。
いくら魔法使いとは言え、百人、千人単位の武器を持った人間を相手に出来る存在は稀ですから。
故に、平民主体の常備軍を編成する事もなく、更に、平民には学を付けさせる事はない状況を作り上げている。
強力な軍隊を作るには、兵士一人一人に対して、ある一定以上の知識が必要とされますから。
そして、その事が判っている貴族階級に取って、タバサの思想は非常に危険な思想と映るはずです。
もし、タバサが、貴族としての未来を捨てて、在野でのんびりとした生活を望む場合……。
中国の魏の時代の竹林の七賢。ケイコウのような最期を迎える可能性も有ります。
体制内に有る新しい思想や危険な思想は、単なる変わり者的な扱いを受けるだけで終わる事の方が多いのですが、体制の外に存在する異端者に対する弾圧は、過酷な物に成る事の方が歴史的に多いですから。
もっとも、タバサが自らの考えを人々に示して賛同を得る、などと言う生き方を行う可能性は低いのですか。
彼女の性格や、今、選んでいる生き方。将来の夢などから考えると、わざわざ火中の栗を拾うようなマネを為すとも思えませんし、拾った後に続ける事を強要される、熱せられた鉄板の上で踊り続ける人形のような生活が想像出来ない訳でもないでしょうから。
おっと、妙な方向に思考がずれて行く。悪いクセですね。これは素直に反省ですか。
それでは、何故、俺とタバサが、こんなガリア東方の地方都市にやって来ているのかの説明を少し。
もっとも、何時もの如く伝書フクロウに呼び出されて、翌日、ガリアの王都リュティスに出頭。そして、そこでタバサのみがイザベラとか言う姫に下された命令が、このベレイトの地下の岩塩採掘用の坑道に最近、顕われるようになった正体不明のモンスターをどうにかして来い、と言う事だっただけなのですが。
相変わらず、タバサに回って来る仕事は、何でも屋のような仕事ばかりです。本当に、冒険者のギルドでも、もう少し系統だった依頼が並んでいると思うのですがね。
もっとも、この正体不明のモンスターとやらをどうにかしなければ、この街の重要な産業の岩塩採掘が行えないので、岩塩を扱っている商人たちも、そして、その採掘の仕事で日々の糧を得ている方々も困っているのは間違いないでしょう。故に、この市が立っている間。市が立つスヴェルの夜から次の虚無の日までの三日の間に、その正体不明のモンスターをどうにかしろ、と言う命令を受けているのです。
現状では、その魔物の正体すら判らない状態ですから。
更に、もうひとつの不安。
正体不明の魔物に関係する事件を、スヴェルの夜から始まる三日以内に解決しろ、と言う命令が、俺を不安にさせているのですが……。
☆★☆★☆
【せやけど、実際には人的被害は出ていないんやろう?】
流石に、昼食時の食堂内には、濃厚な、胃袋を刺激する匂いが立ち込めていた。
そう。酒と、油。……そして、香辛料と。
それで、現在はちょうど昼食の時間帯だった事も有り、大通りに面した中に有る一番流行っていそうな酒場に入り、昼食兼相談タイムと言うトコロです。
尚、今日は月に一回、大きな市が立つ始まりの日。近隣より、この市を目当てに集まった人間達で、この街、いや、この食堂内もごった返しています。
それに、元々この街は交易路の中心。更に、エルフの国が近いだけ有って、多少の香辛料などが入って来ているらしく、この食堂に関しては、少なくとも俺が口に出来るレベルの料理を出してくれるみたいです。
もっとも、周囲の客に出されている料理の見た目や、漂って来る匂いから、そう判断しているだけなのですが。
そうして、さして待つまでの事もなく、かき入れ時の店内を忙しく動き回る女給たちに因って、俺とタバサの前に注文した料理が運ばれて来ました。
そう、これが今日、これからの任務をこなす為の活力の元。どんな仕事だろうと、腹が減っていては話に成りませんから。
尚、運ばれて来たのは、焼いた鶏肉にベレイトの特産品の岩塩をこすり付けて食べるだけの、ごくごくシンプルな料理と、野菜と鶏肉を煮込んだ、やけに具沢山のスープ。それに飲み物としては、流石に酒精は外して、レモンを絞った物にハチミツを加えた飲み物をテーブルに並べて有ります。
但し、流石に味噌や醤油、それにソースなどは使用してはいないようですが。
それに、当然のように主食と成るべきジャガイモやトウモロコシも、この店の料理のバリエーションには入っていないみたいです。
俺の問い掛けに、無言でコクリと首肯くタバサ。その彼女の目の前に並べられた料理は、俺と同じ若鶏のグリルと鳥と野菜の煮込みスープ。それに、たっぷりのチーズを使ったオムレツと、野菜とキノコと豚肉の炒め物。
そして、何故か、俺もタバサもマイお箸持参です。
慣れて仕舞えば、お箸の方が使い易いですし、庶民にまでテーブルマナーが浸透していない、この中世ヨーロッパに類する世界では、マイお箸持参は当然の事ですから。
実際、地球世界では、毒を盛る女がフランスに嫁いで来るまで、フランス王室でも食事は手づかみで食べていたのですが、この世界でもその辺りに関しては、そう変わりませんでしたからね。
【相手は異常に用心深い魔物】
普段通りの用件のみの返答を行うタバサ。尚、彼女にはやや相応しくない、少し不器用な雰囲気のお箸の使い方に、思わず、自らの前に置かれた料理を彼女の口に運びそうに成るのを、意志の力で抑え込む俺。
もっとも、何か、余計な事に精神力を浪費しているような気もしますが。
おっと。任務に関係のない事は、今は無視をして。
それで、タバサの答えから推測すると、相手の魔物と言うのは、かなり用心深い性質の魔物のような雰囲気が有りますね。
少なくとも、坑道内に未確認の生命体が居る事は確実。坑道内でいきなり、その魔物に出くわした人間の数は、ひとりやふたりではないはずです。
しかし、それでも尚、相手の正体も不明。巨大な身体と、不気味な雰囲気以外の特徴も判っていない。
まして、その魔物が為した事と言えば、いきなり出会った坑夫が驚いて逃げようとした際に、転んでケガをした事ぐらい。
【体高は二メイル以上。姿形は人間に近い】
更にタバサが説明を続ける。
成るほど。しかし、単独で行動するオーク鬼は考えられない。オーガに関してなら、単独行動は有り得るのですが。
「それに、ミノタウロスの角もない」
淡々と、彼女に相応しい声及び表情で、俺にそう伝えて来るタバサ。そして、この雑音に溢れ、人々の笑い、語り合う声にかき消されるはずの彼女の声も、何故か、俺の耳にはしっかりと届いていた。
まるで、彼女の声だけが重要な存在で有り、他の雑音をすべてカット出来るかのような明瞭な音声として。
それに、ミノタウロスならば、あの目立つ角を見落とす訳は有りませんか。
まして、ミノタウロスならば、単独で行動している人間と出会い頭に接触した場合に、人間の方が簡単に逃げ切れる訳は有りません。
もっとも、それならば、人間に危害を加える事のない未確認生物の可能性が高い以上、無理に排除しなければならない理由はないとは思うのですが。
それに、追い詰めると危険な魔物の可能性も有りますから……。
身体の大きさから推測すると、人間よりは戦闘力を持つ存在の可能性が高いですし、そんな存在を追い詰めて、窮鼠猫を噛む、の例え通りの結果となると目も当てられない状況と成ります。
そう考えると、今回のタバサに下された任務は、もしかすると、俺の能力。式神使いの能力を知られた上での、タバサに対する指令の可能性も有りますか。
俺の能力は、魔物相手なら、戦闘よりは交渉の方を得意としていますから。
それに、このベレイトの街の重要な産物の岩塩採掘用の坑道に、正体不明の生命体が現れたのは事実ですから、それに、為政者が対処するのは当然です。
どうせ、塩の取引からガリアが税金を得ているのは確実でしょうし。
しかし、坑道内のような狭い場所での戦闘は、俺やタバサは苦手としているのですが……。
相手の状況次第では、また苦手な戦場での戦いを強いられる事と成るので……。
俺は、俺を真っ直ぐに見つめる少女の視線に自らの視線を少し絡めた後、
在らぬ方向に視線を逸らして、やや疲れたような雰囲気でため息にも似た息を吐き出したのでした。
後書き
何故か、奴隷制度にまで言及しているのですが……。
流石に内政モノではないので、その辺りはさらっと流します。東洋風伝奇アクション色は強いですが、内政モノの側面はあまり大きくは有りませんから。
但し、まったくのゼロと言う訳でも有りませんよ。もっとも、内政には時間が掛かるので。一ターンが一年。成果が判るまで十年では流石に……。
まして、本当に内政を行うのならば、どう考えても、国民の知的レベルの向上から入らなければ意味は有りませんし、現実味が薄く成りますから。
おっと、話がずれて行く。
それで、今回の話は『タバサとミノタウロス』のこの世界ヴァージョンの話なのですが、内容はまったく違います。
尚、ゼロ戦回収話にタバサが付き合えなかった理由は、この話と、次の『眠れる森の美女』に関わらなければならない為の処置でした。原作の日程を指折り数えて突き合わせて行くと、どうしてもスヴェルの日がゼロ戦回収話の最中と成った物でして。
もっとも、カジノ編も予定していたよりも大がかりな事と成って仕舞った為に、余計な時間を掛けて仕舞ったのですが……。
それでは、次回タイトルは『龍の娘』です。
微妙なタイトルが続きますが……。
追記。
邪神モロクについて。
ルシファーに従った魔王で、対応する惑星は木星。示す大罪は大食。
それに、本文中でも指摘した通り、人身御供を要求する神格として伝えられている神さまでも有ります。
尚、モロクとは、ヘブライ語では『王』を表す単語の事です。
どうも、古い時代の中東辺りを支配していた農耕神で有り、更に、それ故に生け贄を要求する神とされて終ったようなのですが……。
創世戦争の勝者からしてみると、自ら以外の神。まして、王を意味する神など認める訳が有りませんから。
但し、カジノ編で登場したのはモロクの眷属で有る、ケモシや牛魔王と言う程度の存在です。流石に、この段階でモロク顕現など出来る訳は有りませんから。
追記2。
フランス語の人名……面倒過ぎる。
カルロマン? アデライード? 英語すら判らないのに、フランス語は更に謎。
ページ上へ戻る