蒼き夢の果てに
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第4章 聖痕
第37話 暗殺者(アサシン)
前書き
第37話を更新します。
一応、予定では、第41話までは一日二話ずつ更新して行って、その後、一日一話ずつの更新に改める予定です。
その代わり、涼宮ハルヒの憂鬱二次小説を一話ずつ更新して行きます。
「本来ならば、周囲の植物の成長を一気に進める方が、見た目的にも綺麗なのですけどね」
影の国の女王に対して、そう話し掛ける俺。
戦闘時の緊張が解け、戦闘開始前の状態に戻って仕舞った荒涼とした空間。そこに戦闘開始前とは見た目が完全に変わって仕舞った俺と、何時の間にかその有名な武装を仕舞い、最初に顕われた時と同じ、徒手空拳の自然な立ち姿と成ったスカアハの二人が存在するだけで有った。
ただ、多分、見た目的にはこの世界……この風が支配する荒涼とした世界では、この髪が伸びきった野生児、原始時代からやって来た少年と言う雰囲気は良く似合っているような気がしますが。
そう。現在の俺の見た目から言うと、日本刀よりは、槍の方が似合う風体と言った方が伝わり易いと思いますね。
荒涼とした、闇に支配される世界に吹く風に、闇色に染まった長い髪の毛が棚引いていた。
しかし、俺個人としては、伸ばした髪の毛が視界を遮り、頬や、その他の箇所に当たって、かなり邪魔なのは事実です。そして何より、一切、手入れが為されていないのでぼさぼさですし、その髪の毛が腰の下。大体、お尻の辺りにまで達していますから。
「俺の仙術は、基本的に木行を操ります。もっとも、所詮は髪の毛ですから、いくら身体を拘束しようとも一瞬の隙を作る程度の効果しか有りませんが。
但し、このような戦いの場での一瞬の隙は、勝負を決する隙となるものでしょう?」
流石に、髪の毛の簾越しに影の国の女王と話をする訳には行かないので、前髪を真ん中の部分で分けて、後に流しながらそう伝える俺。
それに、いくら、経絡を封じて気の巡りを悪くしたとしても、所詮、髪の毛は髪の毛。強度に関しての限度が有ります。確かに人間相手には絶対の拘束と成り得たとしても、相手は神霊。大きな効果を期待する訳にも行きませんから。
更に、相手の髪の毛を一気に伸ばして、それを操る事も出来たのですが、流石にスカアハ相手にそれが可能だったとは思えませんし。
もし、彼女に魔術抵抗をされたら、身体の中心を魔槍で貫かれていたのは俺の方でしたから。
尚、この現在の身体は魂魄のみの存在。故にあの違法カジノに残して来ている俺の肉体の方は、急に髪の毛が伸びている、などと言う事はないとは思います。
但し、原理上、そうだろう、……と言うだけで実際には試した事はないので、本当のトコロはどうなのか判らないのですが。
そもそも、脱魂状態のような、無防備で危険な状態には早々成る物では有りませんから。
……この状態が長く続けば、やがて死亡に至る。そう言う危険な状態ですから。
「貴方は、未だ何か奥の手を残して居ましたね」
戦闘の直後だと言うのに、かなり平静な雰囲気でそう聞いて来るスカアハ。
それに、この問いは当然だとも思いますが。
「向こうの世界。タバサに召喚される以前にも、こう言う生活を続けて居ましたから。一応、その場に有った戦法と言うのは、幾つか用意して有ります」
まして、今回の戦闘の場合、手加減を行う必要が有りましたから。
いくら何でも、トドメを刺す訳には行かないでしょう。
まぁ、スカアハの精霊の護りを完全に打ち破って、その後に倒すとすると、戦闘中に咄嗟に思い付くのは、飛霊を使用してスカアハの精霊の護りを打ち破った後に止めを刺す、と言う方法しかないとは思いますけどね。
後は、その前に色彩を狂わせて、視覚の攪乱を行って置くぐらいですか。
現在の魂魄のみの存在の俺が出来る戦闘方法としては。
せめて、梱仙縄やグレイプニル系の相手を捕縛する呪が組み込まれている宝貝を如意宝珠で再現できたなら、こう言う戦いは楽にこなせるとは思うのですが……。
それでもスカアハの方も、俺相手に本気で戦った訳ではないはずですから、この部分に関してはオアイコと言う感じですか。
「それに、流石に、ここから帰った直後に暗殺者との戦闘が有りますから、ここで能力を使い切る訳には行きませんので」
現在の俺の状態。魂魄だけの存在とは言っても、魔槍の一撃、それも、元祖使い手のスカアハの攻撃をマトモに貰ったら、かなりマズイ状態に成ります。
最悪の場合は、魂魄を完全に破壊されて、転生の輪に還る事さえ出来なくなる可能性だって有るはずですから。
俺は、そうスカアハに答えてから一度言葉を止め、そして、少し息を整えてから続けた。
いや、本来ならば呼吸など必要は有りません。これは仙術。大気の形で気を取り込み、身体を巡らせる為の。
そう、戦闘で消費した霊力を少しでも回復させるかのように。
「さて、影の国の女王。貴女の試しは無事にクリア出来たと思いますが」
それまで会話を交わして来た雰囲気とは違う、神と相対すに相応しい雰囲気を纏い、そう続ける俺。
清にして冽なる神の試しを潜り抜けし人に相応しい雰囲気。しかし、心は既に別の場所に飛ばしながら。
そう。出来る事なら、一分一秒でも早く我が主の元に帰して欲しいですから。
あの呪殺を一度は無効化したはずですが、二度目は無理。そして、俺が倒れた時の状況から考えると、あの後には間違いなく戦闘状態に発展していると思います。
まして、俺は槍を扱った事はないので、例え魔槍を手に入れたとしても、その能力を使い切る事は出来ません。これでは、宝の持ち腐れとなるだけでしょう。
尚、俺がここに呼び寄せられたのは、眼前のスカアハに無理矢理召喚されたような形なので、あの暗殺者は、彼らの使用する心臓を潰すと言う呪いが、効果が有ったと思っている可能性が有りますから。
しかし、ロイヤル・ストレートフラッシュで上がった心算だったのですが、うっかり、九連宝燈で上がって仕舞ったようですね。
確かに、どんな手牌を作り上げようとも、勝敗が決する前に死亡したら、そいつは敗者確定ですから。
俺の言葉を聞いたスカアハは、何を思ったのか、右手を俺の額にかざした。
そして……。
一気に流れ込んでくる膨大な情報!
……って、何と言う有りがちな展開。直接、俺の頭に技……つまり、心臓を必ず貫くと言う槍の技を放つ時の術式を叩き込まれました。
成るほど。つまり、ゲイボルグと言うのは、槍の名称の事ではなくて、技の名前の事だったと言う事ですか。それも、霊力を消費するタイプの。
確かに、必ず心臓を貫くと言う呪が籠められている段階で、普通の武術の技とは違う雰囲気の技ですから、伝承を正しく理解すれば、こうなる方が正しいような気もしますね。
「ふむ。此度の弟子は、槍に関しては素人と言う事ですか」
そう呟きながら、俺の事を少し意味あり気に見つめる。
やや感情に乏しかったその容貌に、少しの精気と気力が回復した。そんな雰囲気を漂わせながら。
そうして、
「どうです、武神忍。このまま、現世に帰る事などせずに、私の元で修業を行う心算は有りませんか?」
……と、問い掛けて来た。
成るほど。これは、誰の言葉だったか定かではないのですが、勧誘と、借金の申し込みは早ければ早いほど良い、と言う事なのでしょうか。
それに、影の国の女王が、初めて俺の名前を呼んでくれましたしね。
但し……。
「済みませんが、女王。私には現世でやり残した仕事が有ります。その仕事を放り出して女王の元に参る訳には行きません」
タバサの依頼を完遂して、彼女に俺と言う使い魔が必要で無く成れば、それもまた楽しいのかも知れませんがね。
もっとも、それ以前に、俺には、地球世界に戻る方法を探す必要も有りますから。
俺は未だしも、才人の方は帰る事が可能かも知れませんから。
何故ならば、才人に取って重要な因果の糸を結んだ相手が、地球世界には居るはずですから。
但し、それ以前に、彼の主との縁の方が強くなり、帰還用のゲートを開く事が難しくなる可能性も有るのですが。
「そうですか」
何となく、スカアハから残念そうな気が発せられたような気がしましたが。
……そう言えば、スカアハ自身、クー・フリンの悲劇的な最期から、以後、武芸の弟子を取らなくなったと、何かの書物には記述して有ったと思うのですが。
そして、彼女なら、俺の未来の暗示について、何か知っている可能性も有りますか。聖痕……生贄の印に等しい傷痕を付けられつつ有る俺の未来の姿を。
もし、俺の未来を知っているが故のこの勧誘だった場合。つまり、クー・フリンと同じような未来を、再び自らの弟子に歩ませる事を良としなかったが故の勧誘だった場合は、俺の未来は非常に暗い物に成ります。
但し、だからと言って、彼女に見えている俺の未来についての答えを、簡単に教えてくれるとも思えないのですが。
ただ、彼女から依頼される神の試しをクリアすれば、もしかすると教えて貰えるかも知れませんか。
「それは仕方がないですね」
…………?
そのスカアハの一言は、それまでと同じ雰囲気で告げられたはずなのですが、何故か、彼女の声が聞こえ辛くなって来た。
そんな異常な感覚に包まれる。
いや、おそらくこれは!
俺は既に俺の目の前から遠ざかり始めているスカアハを見つめる。
スカアハが俺を見つめ返した。ほんの少しの微笑みを浮かべたその瞳で。
「貴方に頼みたい仕事は、一人の少女を救って貰いたいのです」
遠ざかって行くスカアハが、最後に神の試しの内容を伝える。
聞こえ辛いはずなのに、確かに聞こえる不思議な声で。
「不幸にしてヤツラの手に落ちて仕舞った彼女を、貴方の手で救って下さい」
女王!
俺が、スカアハの最後の言葉を聞き返そうとした瞬間、
俺は、自分の意識を保つ事が出来なく成っていたのでした。
☆★☆★☆
ゆっくりと意識が……。
……って、そんな悠長な事を言っている余裕はない!
慌てて目を開ける俺。
先ず目に入ったのは冷たい床と、俺の前に立つ人物の夜会靴。彼女に相応しい細い足首。
そして、白を基調としたイブニングドレスのスカート。
……やれやれ。俺はまた、タバサに護られていたと言う事ですか。
「成るほど。流石はシャルロットお嬢様が呼び出した使い魔です。私の術が通用しない相手が存在するとは思いませんでしたよ」
俺が目を開けた事に最初に気付いたのは確かにタバサでした。しかし、彼女の方は、俺の方を振り返って確かめる事もなく、代わりに最初に声を掛けて来たのは俺を排除し損ねたファントムと名乗った暗殺者の方。
それにしても。矢張り、タバサの正体を知っているようですね。……とすると、このカジノは単なる違法カジノなどではなく、山の老人伝説に繋がる殺人祭鬼どもの巣窟だったと言う事なのでしょう。
「タバサ、心配させて悪かったな」
俺はわざとゆっくりと立ち上がりながら、タバサに、先ずは実際の言葉にして感謝の言葉を告げる。
しかし、更に続けて
【俺が倒れてから、ディテクトマジックをこのカジノは使用しているか】
……と、【念話】で問い掛けた。
ほんの少し、横顔のみを俺に見せるようにして、ひとつ首肯くタバサ。
そして、
【大丈夫。ディテクトマジックは、貴方が倒れて以来、使用されていない】
……と答えた。
成るほど。それならば……。
【ハルファス。俺とタバサに、ヤツラに気付かれないように魔法反射を頼む】
一応、転ばぬ先の杖。再び、同じような魔法に因る呪殺を防ぐ意味からも、この魔法反射は必要でしょう。
確かに、俺は場の精霊を支配して、系統魔法の発動は阻止出来ます。更に、相手との実力差。つまり、精霊を友にする能力の差が有れば、相手が行使する精霊魔法ですら制御する事も可能です。
しかし、この世界のコモンマジックに代表される自らの精神力のみで発動するタイプの魔法。地球世界に於ける超能力系の魔法の場合、精霊の能力を一切使用しないので、発動を完全に防ぐ事は不可能と成ります。
そして、ファントムが使用した呪殺はおそらく、この世界の念動と呼ばれるコモンマジックで発動された力で心臓を握り潰す魔法。
もし、この魔法が呪殺としての呪を持っていなければ、俺は今、この場には立っていなかったでしょう。
ダンダリオンの警告に従い、呪殺を禁止する呪符を装備していなければ。
もっとも、ファントムも魔法の世界に生きる人間ならば、一度種の知れた手品を再び行使して来るとも思えないのですが。故に、転ばぬ先の杖と言う表現です。
何故ならば、ヤツの魔法で一度倒れたはずの俺が立ち上がった以上、間違いなく、何らかの防御手段を持っていると言う風に判断していると思います。
そこに、再び同じ魔法で攻撃して来る可能性は低いと思いますからね。
普通に考えると、偶然、呪殺に効果が無かった、と考えるような楽観主義者が、暗殺者集団の指揮を行うとも思えませんから。
「さて、妙な形で中断して仕舞いましたが、最後の勝負を再開しましょうか。
それが、カジノのオーナーとしては当然の選択だと思うのですが、どうですか、仮面の支配人殿」
テーブルの上を確認しながら、ファントムに対してそう問い掛ける俺。
大丈夫。テーブルの上にはタバサのカードが伏せられたまま。そして、ファントムのカードも未だ伏せられた状態。
これならば、最後の勝負は未だ続ける事が出来るでしょう。おそらく、俺が倒れていた時間は、五分も無かったと推測出来ます。タバサは未だしも、ギャラリー達の方に大きな動きが無い以上、そう考える方が妥当だと思いますから。
先ほどまでと同じ方向から、事の成り行きを見守るギャラリー達。
彼らも状況は判っていると思います。タバサが賭け金を吊り上げて勝負に出た瞬間に何らかの魔法が行使された反応が有り、その一瞬後に俺が倒れた。
ここに何らかの繋がりを見い出せないような人間なら、賭け事には手を出しては来ないでしょう。
「カードの勝負の結果など開かずとも決まっているでしょう。
今までの勝負で、一度もシャルロットお嬢様の方からチップを積み上げた事は有りませんから」
想定通りの答えを返して来るファントム。
まして、それは当然の答えでも有ります。今まではファントムが仕掛けて来た戦いを、王者の装いで時には受け、時には流して来たタバサが、初めて自ら勝負を挑んで来たのですから。
そして、負けを覚悟したが故に、俺を殺した上で、タバサの身柄を確保しようとしたのでしょう。
何故ならば、こいつは、クリスティーヌと名乗ったはずのタバサを、現在は本名のシャルロットお嬢様と言う名前で呼んでいるのですから。
今の彼女の見た目は、長い金髪を持つ少女に変装していて、元々の彼女の姿形を知っていたとしても簡単に判るはずはないのですが。
「それに、私の正体についての疑問はないのですか?
私は、クリスティーヌと名乗ったお嬢様の事を、シャルロットお嬢様とお呼びしているのですよ」
大して追い詰められた雰囲気でもない口調でそう答えるファントム。
確かに、その辺りに付いては、普通の情報しか持ち得ない人間に取っては疑問でしょう。しかし、俺には、レマン湖々畔で暗殺者に狙われた経験が有り、ダンダリオンの情報から、ここのカジノが、地球世界の伝承上に有る山の老人伝説との関連性を疑っていました。
まして、再び呪殺と言う方法で暗殺され掛かりましたからね。
ここまでの情報が与えられたのなら、いくら頭の血の巡りの悪い俺でも想像ぐらいは付きます。
「レマン湖の湖畔で彼女の拉致を狙った暗殺者の集団が居ました。おそらく、その連中の仲間だと思いますね」
それに、少なくとも、拉致しようとした相手の本名ぐらいは調べて有るでしょう。
もっとも、彼らがタバサを拉致しようとした目的は未だ判らないですし、誰の命令、もしくは依頼で動いているのかも判らないのですが。
「このガリアの法では、カジノは適法。認められていたと思いますが、違いませんか。
私どもは、お客様に細やかな楽しみの時間と、夢の空間を提供しているに過ぎないのですよ。そのカジノに、花壇騎士様が身分を偽り、変装まで行った上での内偵とは穏やかな話とも思えないのですが」
未だ、白い仮面と、カジノのオーナーとしてのふたつの仮面を身に付けたまま、そう問い掛けて来るファントム。
しかし、その程度の反論など想定の範囲内。
「確かに、登録されている通常のカジノならば合法です。
しかし、ここは登録されていない闇カジノです」
そこまで告げた後、一度、呼吸を整えるように息を吐く。
そして、ギャラリー達。つまり、カジノの客達の方を一瞥した後に続けた。
「まして、危険な薬物を使用して客の正常な判断力を低下させた上で、ギャンブルにのめり込ませて行くような方法で稼いでいるカジノは、流石に国としては野放しに出来ないでしょう」
更に、その香自体に常習性が異常に高いと思われる。こんな危険な物を使用していて、調査が入らないと思う方が不思議でしょう。
それとも、この仮面の支配人殿は、俺やタバサが、未だこの違法薬物らしき香について気付いていないとでも思っていたのでしょうかね。
俺の暴露話に、ギャラリーの間から不満と怒りのどよめき、そして、それに相応しい陰の気が発生する。
しかし、それでも暴動にまで発展する事は有りませんでした。
それは、自らの杖を奪われている事を思い出したから。いくら、魔法使いとは言え、この世界の魔法使いは、杖が無ければただの人。
いや、もしかすると、普段から身体を鍛えていない貴族ならば、直接的な戦闘能力は平民として蔑んでいる人間達よりも劣るかも知れないのですから。
「民営カジノで有ったとしても、すべてを取り締まる心算は有りません。
国民に取っての娯楽を奪う事は、ガリア王家の本意では有りませんから。
しかし、そうで有ったとしても、為して良い事と、為してはならない事の線引きは必要でしょう。
それで無ければ、他の善良な紳士の社交場としてのカジノも、ここと同じような危険な場所として国民に認知されて仕舞い、結局、国民に取っての貴重な娯楽をひとつ奪い去って仕舞いますから」
ギャラリー達は、自らが何も出来ない事が判っているのか、俺とファントムとのやり取りを、固唾を呑んで見つめるだけ。自らの意志で何も起こそうとはしません。
う~む。しかし、天は自ら助くる者を助く。この言葉は、このハルケギニアには無いのでしょうかね。
確かに、タバサの正体が花壇騎士だと暴露されて仕舞いましたから、ここで騒ぐよりは、あの二人。つまり、俺とタバサにすべてを任せて状況が動いた時にこのカジノから逃げ出せば良い、と考えて居る可能性が高いとは思うのですが。
何故ならば、ギャラリー達の雰囲気が、カード勝負の時には前掛かりの雰囲気だったのが、今では、やや後ろに体重の掛かった雰囲気に変わっていますから。
「さて、仮面の支配人殿。カジノのオーナーとして、カードの勝負で最後を迎えますか。それとも……」
俺が、最終通告を行うかのようにそう告げた。
そう。それとも、本業の方で生命を終わるか。好きな方を選べばよい。
おそらく、前回の暗殺者達の末路から考えると、コイツらを生きて捕らえる事は出来ないと思います。
ならば、最期をどちらの立場で迎えるか、の差でしか有りません。
問題は、ギャラリーと成っているカジノの客達の処遇。
確かに、ここで死すべき定めを持たない人間を死なせる訳には行きません。現実をあまりにも歪めるような現象を起こすと、流石に、これより後に悪い流れが生み出される可能性が有りますから。
但し、俺には蘇生魔法が有ります。そして、人質が有効だと思われると、以後、同じ方法を使用され続ける事と成ります。
流石にこれはウザイ。そして、面倒です。
ならば、ここは強気で押すのが正解だと思います。それに、テロリストに屈しないのは基本ですから。
仮面の支配人が、そのトレードマークと成っていた白き仮面を外した。
ゆっくりと、露わになって行く暗殺者の素顔。
細い髪質の金の髪の毛。やはり、かなり華奢な体型に良く似合う黒のスーツ。年齢は、見た目から判断すると、俺とそう変わらない年齢に見えます。
涼しげと表現すべき瞳。西洋人特有の深い彫。すっと通った鼻筋。少し薄い唇。
ある意味、仮面に隠す必要などなく、そして、仮面に隠す必要の有る造作の顔で有りました。
確かに、西洋人の男性は、少年期を過ぎると体格も大人の物となり、少年時代とは違う雰囲気と成るので、彼の体格と顔の造作から推測すると俺とそう変わらない年齢と考えて間違いないと思います。
そう。ここは、森と泉に囲まれたヨーロッパの全寮制の男子校、と言う設定の方がしっくり来る。そんな雰囲気を、仮面の支配人ファントムと名乗った青年は発していました。
仮面を付けていた故にか、やや収まりの悪く成った金の前髪をすっと右手で払い除け、俺とタバサを見つめるファントム。
青年期に到達していない、西洋人の少年の危ういまでの雰囲気を発しながら。
「お久しぶりで御座います、シャルロットお嬢様」
恭しく、シャルロットに対して貴族風の礼を行うファントム。
しかし、そのような挨拶など、タバサの方は無視。いや、少しの陰に近い気を発しているのは確かです。
その理由は、果たして、俺が暗殺され掛かったからなのか。
それとも、オルレアン家の使用人が、殺人祭鬼の関係者から現れる事に因って、自らの身柄を確保しようとする連中の思惑に、自らの父親の暗殺や母親に毒を盛られた事件への繋がりを感じ取ったのか。
もしくは、その両方の理由に因る物なのか。
「お忘れですか、御嬢様の家に御使え致して居りましたエリックめに御座います、シャルロットお嬢様」
そう問い掛ける仮面の支配人ファントム改め、元オルレアン家使用人エリック。
しかし、エリックですか。もしかすると、音楽と奇術に明るい猟奇殺人者と言うような人物の可能性は有りますか。
確かに、このカジノ内に流れている音楽は、中世ヨーロッパの音楽とは思えないほど洗練された物ですし、魔法を使用しないイカサマ行為は奇術のトリックのような物です。
更に、猟奇かどうかは判りませんが、職業的暗殺者で有るのは間違いないでしょう。
しかし、タバサの方はエリックの言葉に対して、別に反応する訳でもなく、普段通りの冷たい視線を彼に送るだけで有った。
……いや、違う。先ほども感じた通り、彼女が発して居る気が、それ以外の雰囲気を発していた。
これは、……怒り。
「御館様に関しては、非常に不幸な事故で御座いました」
しかし、タバサの気を読む事も無く、エリックが更に微妙な台詞を口にした。
その口調は、確かに死者を悼む者の口調。但し、その裏側に、揶揄するような雰囲気を隠しているのが判る。
何が起きているのか判らないギャラリー達は様子を窺うのみ。
そして、そのギャラリーの間に、ゆっくりと。しかし、確実にカジノの従業員が混ざり込んで行く。
いや、そのカジノの客にしたトコロで、全てが一般人だと言う保障は有りませんか。
非合法潜入捜査官に対する連絡員と言う存在は重要で有り、本当に優秀なのは、その連絡員の方。
潜入捜査員の方には重要な情報は持たせずに、最悪、切り捨てて仕舞えば良いだけなのですが、連絡員の方は、そう言う訳には行きませんから。
暗い地の底から響くかのような雰囲気でエリックは続ける。
元オルレアン家使用人の仮面から、今度は、世に混乱をもたらし、死を運ぶ殺人祭鬼の一員としての顔を晒しながら。
「御館様も、最期の部分で正気に戻るような事にならなければ、今頃は、このガリアを混乱の渦に沈めて、怨嗟と死の風を吹かせる素晴らしい王となっていましたでしょうに」
じっと見つめられると、俺でも視線を逸らすで有ろう切れ長の青金石の瞳に狂気に等しい色を浮かべ、愛を語るに相応しいその口元を皮肉な笑みの形に歪めて。
そして、確かにモロク系の人身御供を要求する邪神ならば、世界が混乱する事は望みと成ります。
「尊師からの指令では、最早、シャルロット御嬢様は必要なしとの命令を受けていたのですが、どう為さいます、御嬢様」
暗殺者エリックが、これがおそらく最後の問いを行う。地下と、そして彼により相応しい、陰に籠った雰囲気を発しながら。
ひとつの選択肢は、彼らの手を取る事。
彼らが何を望んでいるのか。……いや、これは非常に判り易い図式ですか。
つい最近まで内乱で国が荒れ、人血で河を作り、怨嗟の呻きが風を起こしていた国が存在し、更に、その国の目的を完全に達しようと思うのならば、少なくとも、その聖地とやらに開放軍を進め、エルフとの決戦を行うまでは戦を終わらせる可能性の少ない国が誕生している今ならば。
但し、その場合は、タバサの自我と言う部分は破壊され、彼らに扱い易い手駒と成るのは間違い有りません。
もうひとつの選択肢は、おそらく彼女の父親が辿った道。
オルレアン大公は、そのクーデター計画に異を唱えたのでしょう。国内をふたつに割っての兄と弟の継承争い。これは、亡国の所業ですから。
但し、殺人祭鬼に関しては、国が混乱して死者を大量に出す事が目的ですから、オルレアン大公の対応如何に因っては、暗殺されたとしても不思議では有りません。
例えば、兄王にクーデター計画が存在する事を訴えようとした場合とか……。
そして、オルレアン家には、夫人と、更に娘と言う手駒が残り、ガリア国内にもオルレアン派と言う貴族の派閥は未だ健在です。
内乱を起こす火種は、未だ十分に残って居ます。
短くない沈黙の後、ゆっくりと首を横に振るタバサ。
これは当然の反応。タバサに取っては、父親の暗殺に関わる存在からの申し出など受け入れる訳は有りません。
確かに、こいつらが直接手を下したと言う発言は今のトコロは存在してはいません。しかし、少なくともオルレアン大公の耳元で、王位への甘い言葉を囁いた存在で有るのは間違いないでしょう。
「所詮は、最後の最期で臆病風に吹かれた男の娘ですか」
☆★☆★☆
刹那、四方から、俺とタバサに向けて放たれる黒き一閃。
確かに常人レベルの動きしか出来ないのなら、確実に俺とタバサを仕留められるレベルのナイフ投擲術。
しかし!
「流石は、山の老人伝説に語られる暗殺者。普通の相手ならば、十分に無力化出来るレベルでしょう」
一瞬の後、涼しい顔で自らは立ち、代わりに床に倒れ込んだ暗殺者エリックを見下ろしながら、そう話し掛ける俺。但し、現在立っている場所自体が、最初の位置とはかなり違う位置なのですが。
まして、簡単に俺の生命も、そして、タバサの生命もくれてやる訳には行きません。
タバサとの約束は果たしていません。それに、スカアハに因る神の試しを完遂しない限り、俺の死後にどんな責めが待っているか判らないですからね。
何故ならば、スカアハも冥府の女神。約束も果たせずに、あっさりと冥府に送り込まれた俺を、彼女がどう扱うか。
……少し考えただけでも、背筋が凍りますよ。
ナイフが暗殺者エリックと、その他のカジノ従業員より放たれた刹那、振るわれる俺の右腕。
いや、おそらくアサシンの目でも、その右腕の動きは残像としか捉える事が出来なかったでしょう。
瞬時に、どうしても躱し切れないと判断したナイフのみを中空にて、俺の右手から放たれた何かによって迎撃。
同時に右腕を振るったタバサから放たれた何かが、カード勝負のギャラリーと化していたカジノの客達を人質に取ろうとした従業員を床に縫い付ける。
こちらも、森の乙女に因って加速を使用している存在。この世界にあまねく存在する精霊を支配下に置いたタバサが相手では、精霊を支配下に置けない人間では相手になる訳がない。
その一瞬の後、突如始まった戦闘に、われ先に入り口に殺到するカジノの客。
俺の目、そして、タバサの目から見ると、超スローモーションのような非現実的な映像。
後ろから押されて倒れた不幸な女性客の上を、恐慌に陥った他の客達が踏み越え、更に、その後ろの客達によって、最初に倒れた女性客が踏み付けられ、くぐもった悲鳴を上げた。
それは正に悪夢に等しい場面。恐慌に陥った人が織りなす異界の風景。
そして、そのカジノの客達の中に不自然な動きを行う一人の青年。
カジノの客を人質に取ろうとした黒服一人を瞬時に無力化。
更に、そのスローモーションの世界の中で襲いかかって来る黒服を、一人だけ俺やタバサと同じ世界に存在する青年が、あっと言う間に床に叩き付けて仕舞った。
その身体を淡い燐光で包みながら。
そう、彼は精霊を纏い、更に活性化させていると言う事。
ナイフを片手に突き掛かって来る黒服の右手を軽く右斜め後方に体を流す事により、空を斬らせる俺。
そして、その男の空を斬り裂いた右腕を取り、そのまま相手の勢いを利用して、床に叩き付ける。
刹那、俺の背後にて上がる、くぐもった呻き。
後方より接近していたカジノの従業員の足を、タバサの放った細く長い金属製品が床に縫い付けて仕舞ったのだ。
「これは、釘?」
自らの右手を床に縫い付けた細長い金属製の物体を、信じられない物を見たように見つめる、暗殺者のエリック。
ほぼ数瞬の内に、たった三人の敵により、カジノ内に存在する黒服の半数までが制圧されると言う信じられない状況を目の当たりにしながら。
「聖痕が刻まれる存在としては、ナイフなどよりも相応しい投擲武器とは思いませんか?」
そう、エリックに対して告げながら、更に右腕を一閃。
何故か、このカジノのギャラリーに紛れ込んでいた異分子の青年を狙おうとしていたナイフを中空で弾き飛ばし、残った三本の釘が、ナイフを放った黒服の両の太ももと、手の平を撃ち抜いた。
但し、聖なる傷痕と、釘がどう言う繋がりが有るのかなど、この世界の住民に取っては意味不明の台詞だと思いますけどね。
そして更に、
「釘の痛みは原罪の痛み。私が知って居る本や伝承にはそう伝えられています。
それは、貴方がたに対しても効果が有るはずですよ」
……と続けたのだった。
そう、これも一種の魔法。同じ形をしたモノは、同じ性質を帯びると言う魔法。
但し、俺やタバサが放った釘に関しては、通常の釘と呼ばれている代物と比べたら、かなり大きさの上で違う代物では有ったのですが。
何故ならば、それは人間を磔にする際に使用する釘でしたから。
更に、俺にしても、タバサにしても、一応、狙っているのは相手の経絡です。相手の経絡を封じて、その結果、動きを封じる。その心算で放っていますから。
もっとも、そこまでの精度を持って命中させられるほど、相手も鈍重な動きしか出来ない敵ではないのですが。
俺に、生命を救われた青年が、俺の方を見つめ、目線のみで礼を行う。同時に、打ち込まれた拳を、軽く紙一重の先に身体を延べて躱して仕舞う。
そして、拳を放って来た黒服と、その青年が交錯した次の瞬間、青年に襲い掛かった黒服の方が、カジノのホールへとその身を横たえていた。
数瞬の後。全ての抵抗が終了した。
その時、ホールの中央に立っていたのは、俺とタバサと、そして、精霊を纏って戦っていた青年のみ。
瞬間。精霊を纏って戦っていた青年が、右手を大きく掲げカジノ中に聞こえるような大きな声で、こう宣言する。
そして、その声の中に僅かばかりの霊気を感じる。そう、おそらくこの宣言は、恐慌に陥った場の雰囲気を、正常な状態に戻す為になした魔術。
「西百合騎士団副団長ジル・ド・レイ。王命により、このカジノの調査を行う。
全ての客とカジノの従業員は武装を解除して貰おうか」
恐慌状態に陥り、われ先にと入り口に殺到しつつ有った無関係のカジノの客たちが、その声に反応して、見つめる方向を唯一の外界との接点と成っているカジノの入り口から、ホールの中心に立つ一人の青年の方に移した。
そう言えば、われ先にと入り口の方に向かって行ったカジノの客達が、何故かそこから先に進めないのか、入り口のトコロで完全に足止め状態に成っていますね。
……と言う事は、
「抵抗は無駄だ。既にこのカジノの地上部分と、ここまでの間の通路。更に、裏口に当たる秘密の通路は西百合騎士団の騎士達が制圧している」
矢張り、予想通りの台詞を続ける、ジル・ド・レイと名乗った青年騎士。
尚、彼の名前が本名で、更に、地球世界に登場するあの御方の異世界同位体ならば、これは超大物の登場なのですが、流石にそんな事はないでしょう。
一応、家名までが同一ならば、彼はこの世界でのジル・ド・レイと成るのかも知れませんが……。
しかし……。そう、俺が考えた瞬間。
やや抑揚を欠いた乾いた笑い声が辺りに響いた……。
後書き
大部分の方の予想通りだったと思う、オルレアン大公の暗殺と、モード家滅亡の原因です。
それに、物語的に言うと違和感は有りませんし、明確に神が表に出て来てはいませんが、影の国の女王が誰かを助けてくれ、と主人公に依頼をして来ているのですから、神界がこの状況に関わって来ていない訳は有りませんか。
……って、この状況下で、ケルトの女神が出て来て、誰かを救ってくれと言ったら、ケルトの妖精の血を引く彼女しかいないでしょう。
それでは、次回タイトルは『邪神顕現』です。
かなりヤバ目のタイトルのような気もしますね。
追記。
それでは、影の国の女王スカアハについて。
祝福されざる者たちの住まう妖精郷の女王。魔槍の持ち主で有り、クー・フリンの武術の師匠でも有る人です。
さて。魔法使い。槍兵。暗殺者。果たして次は、結婚と家庭の守護者ヘラか。それとも、湖の乙女か。
そのどちらでもない可能性も有りますかね。
追記2。オルレアン公について。
……あと少し、完全解明には話が必要です。もう、大半が明かされたのですが。
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