魔法科高校の神童生
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Episode3:邂逅
「はあ……」
予定よりも早く着いてしまったことに、俺は思わず溜め息をついた。
今日は国立魔法大学付属第一高校の入学式。その新入生である俺は、今日、初めてこの敷地に足を踏み入れた。
しかし来るのが少し早すぎたようだ。まるで人がいないわけじゃないが、入学式の開始二時間前は流石に来ている人はまばらだった。
そういえば、さっきまで言い合いをしていた男女がいたけど一体なんだったのだろうか。
「やることがなくて暇だ……」
生憎と、今日は暇を潰せるような端末を持ってきていない。魔法を使用するために使う道具であるCADならあるけど。これは魔法発動の補助具であって娯楽道具ではない。
一頻り唸ってみるが、ないものは仕方ない。
「いいや……居眠りでもしちゃえ」
入学式が行われる講堂に入った俺は、取り敢えず目立たないような後ろのほうの席を見繕って座った。
さっきから感じるチラチラと鬱陶しい視線を無視して、腕を組む。
恐らく、俺の制服の胸部についている八枚の花弁を模したエンブレムを見て、俺がどれほどの戦闘力や魔法力を有しているのかを予測でもしているのだろう。
この魔法大学付属第一高校には、少し変わった制度がある。それは『二科制度』と呼ばれるものであり、端的に言ってしまえば″入試の実力による生徒の仕分け″だ。
制服の胸部にエンブレムがついている生徒のことを花冠と呼ばれる一科生、所謂優等生としていて、逆にエンブレムが無い生徒のことを雑草と揶揄される二科生、所謂劣等生としている。
この学校、いや、この国においては持っている力が全てとなる。どんなに優れた知能を持っていたとしても、魔法を操る力が無ければ意味がない。実戦に出ない技術職であろうと、魔法に絡む技術は等しく魔法技能を必要としているからだ。
しかし、その『優等生』と『劣等生』の基準はあくまで各国間の協定により定められた国際法によるものだ。基準に対する″穴″なんて山ほど見つかる。
故に、一科生の補欠である二科生である生徒達の中でも、一科生を越える『ナニカ』を持っている人は必ずいるはずだ。
俺はともかく、『試合』ではない『戦闘』や『殺し合い』においては、今、ここにいる人たちに負けないほどの実力を有している二科生もいるだろう。それはただの予想でもなんでも無くて、実際の話だ。
何度か戦場に駆り出されたことのある俺は、その場で何人もの人をこの目で見て来た。そこには確かに、国際基準では高いランクではないはずなのに、活躍する魔法師の姿があった。
「あー、ヤメヤメ。ダメだなぁ……何時もより頭が回らないや」
そうボヤいて、俺は今までの思考を破棄するようにキツく目を瞑った。
今更俺如きが国際法に向かって何を言ったって覆るはずもない。
ゆっくりと俺の思考を覆いっていく睡魔に身を任せ、やがて俺は深いまどろみの中に意識を手放した。
☆★☆★
「……さい……きて………お……」
「ん、んぅ?」
眠りに落ちてどれ程経ったのだろうか。誰かの声が聞こえてきて、俺は目を覚ました。ゆっくりと思考が活動を始めて、伏せていた瞼を開く。
「ああ、やっと起きましたか」
「へ……?」
うつ伏せていた顔を上げると、見知らぬ上級生が冷静そうな顔の下に心配の色を浮かべて俺の顔を覗き込んでいた。
「うわっ、わっ」
何時もなら有り得ない異常事態に、俺の心拍数は跳ね上がった。
顔を上げたその先にいたのは、顔のパーツがちょっとキツめの美人のお姉さんだった。
「入学式に合わせて早く登校するのは良い心がけですが、こんな所で寝ていては風邪をひきますよ?」
印象通りの、落ち着いた声だった。淡々と語られる情報に、上がり続けていた心拍は、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「いや、あ、あはは。スミマセン……少し早く来すぎてしまって、やることがなくって暇で」
特に用事もなく早く来過ぎた俺は、この先輩には奇異に見えたのだろう。白い目を向けられるが、なんとか我慢する。
「そうですね。暇なら、少々手伝ってもらいたいことがあるのですが」
「手伝ってもらいたいこと?」
見れば、この女の人は恐らく、三年生、だろうか。でも、三年生が何故新入生である俺に?と思わず身構えると、女の人は仄かに苦笑いを浮かべた。
「いえ、ただ一緒に人捜しをして欲しいだけなのですが」
あ、なんだ人捜しか。と露骨に安心した態度を見せた俺に、女の人は今度は薄く笑っていた。
☆★☆★
「それで、誰を探してるんですか?」
人捜しを始めて数分後。誰かも分からない人を捜すのは俺には少し難しいので、一緒に隣を歩く三年生に聞いてみた。
「ああ、まだ言ってませんでしたね」
背筋を正したまま歩く先輩の姿
、相変わらずクールな人だな、と思う。
濃紺の長い髪に、スラッと長い脚と指。
この先輩の名前は市原鈴音さん、というらしい。
「捜しているのは、七草真由美。当校の生徒会長です」
「えっ、生徒会長ですか?」
予想外の探し人に驚く。
元第一高校の生徒会長、つまりはこの学校の生徒の中で一番偉い人。確かパンフレットで見たことがあった。
確か–––––、そう、″十師族″の七草家のご令嬢だったはずだ。
″十師族″とは、この国の魔法師社会を統率する一魔法師一族のことを指す。
「ええ、少し目を離すとすぐどこかへ行ってしまうのですよ」
そう言う市原先輩の顔には苦笑いがうっすらと浮かんでいた。
「意外と、生徒会長はフットワークがお軽いようで……」
「全くです」
そう言って、同時に笑みを漏らした。きっと今頃、まだ見ぬ生徒会長さんはくしゃみでもしていることだろう。
☆★☆★
七草生徒会長の捜索を始めてから数分、あらかた校内を見て回ったものの、残念ながらその姿を見つけることはできなかった。
最後に、俺と市原先輩は講堂から程近い中庭に来ていた。
「う~ん……いませんねぇ…」
「ええ……」
キョロキョロ見回してみるけど、もう入学式開始数十分前だからか、この場所には人影はまるで無かった。ここまで来ると、行き違いになったという可能性も高くなってくるけど。
「市原先輩……もしかして、入れ違いになってしまったのではないですか?」
俺がそう言うと、間髪入れずに市原先輩は首を横に振った。
「それは有り得ません。待機している他の生徒会のメンバーから連絡がありませんから」
「生徒会長さんに直接連絡することはできないんですか?」
そもそも、そんなことができていたらこんな捜す意味もないんだけど、取り敢えず聞いてみた。しかしやはり、市原先輩は俺の予想通りに首を横に振った。
うーん、市原先輩がいるから入学式に遅れることは無いと思うけど、生徒会長が不在とあっては入学式も始まらないだろう。
仕方あるまい。
「……しかし、ここまで来ると……仕方ありませんか、九十九さん……九十九さん?」
一度、目を閉じてから再び開く。
途端、視界に叩き込まれるは極彩色の情景。情報量過多のせいで頭に痛みが走るが、こらくらいの痛みならば耐えることは容易だ。
『世界の心眼』。一般には『精霊の眼』と呼ばれている先天的技能だ。
この眼に映る極彩色の世界は、魔法を構成するエイドスのプラットホームたる″イデア″の世界。
これならば、物質に遮られることなくサイオンの波動を追うことができる。
魔法を使わない、または使えない人でも多少のサイオンは保有しているが、魔法師の持つサイオンとは桁が違う。魔法を使えない一般人を基準としたとき、基準よりも活性化されたサイオン。それを見分けることができたなら、魔法師の特定は簡単だ。それも、生徒会長ともなればたぶん、他の人よりもサイオンは活性化しているはずだし。
そして、ぐるっと一周見回してみると、
「見つけた」
三人掛けのベンチの所に、二人の魔法師のものであるサイオンを見つけた。一つは巨大な、眩い白いサイオン。もう一つは、青白い、一切の無駄を省いたような、洗練されたサイオンだった。これは、どちらも只者ではないね。
「市原先輩、見つけましたよ。多分」
「……本当ですか?」
訝しげな目をして俺を見てくる市原先輩。まあ、そりゃそうだ。ここからじゃあ、草木に阻まれて二人がいたベンチを肉眼で捉えることはできない。
「はい。えっと、あっちのベンチに魔法師の方が二人いると思います」
だがこればかりは信じてもらうしかない。
草木の奥の方を指差すと、市原先輩はまだ訝しげな顔をしていたがそちらへ歩き出した。俺も、その後ろをゆっくりとついていく。
少し歩くと、前方を阻む草の壁はなくなった。そして、見つけた。
一人は三人掛けのベンチに座っている男性で、もう一人はその男の人と向かい合って立つ小柄な女性だった。
隣を見ると、俺と同じくらいの高さの位置にある市原先輩の顔が少しホッとしたものとなっていた。
「あ、リンちゃん」
俺たちが一歩踏み出すと、足音に気がついたのか、それとも既に気配に気づいていて勿体ぶっていたのか、女性はすぐに振り返った。そして、市原先輩を見てそう言った。
『リン…ちゃん……?』と若干驚愕していると市原先輩は軽く溜め息を吐き出した。
「私をそう呼ぶのは会長だけです」
ああ、なるほど、と訳も分からず安心していると、生徒会長の視線が市原先輩から俺に移った。
「あれ?君は…新入生かな?」
「あ、はい。初めまして。九十九隼人といいます」
俺が自己紹介すると、後ろの男性の眉がピクッと動いた。生徒会長も男性ほどではないにしろ、少し目が見開かれたのが見れた。
恐らく、俺がどこの家の人間か気づいたんだろうな、などと思っていると、生徒会長は先ほどの動揺など微塵も見せず、今度はニンマリと、人の悪い笑みを浮かべた。
「リンちゃんは年下が好みなの?」
「はいっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのは俺。しかし、からかわれた当の本人である市原先輩はなれているのか、動揺した様子はなかった。
「そういう訳ではりませんよ。会長が何も言わずにふらっと何処かへ行ってしまったので捜すのを手伝っていただいていただけです」
キレイさっぱり、スッパリと否定されて男として少し泣きそうになったが、なんとか気を取り直して正面を見た。
「そもそも会長は、ふらふらしすぎです。何時もなら構いませんが、今日は入学式があるんですよ?」
「うー、分かっているわよ……あ、でも聞いてリンちゃん」
「でもも何もありませんよ、会長」
なんか、長くなりそうだな~、と思った俺は、なるべく二人に気づかれないように市原先輩の横から抜け出した。そして男性(恐らく同じ新入生)の座るベンチに腰掛けた。
「やあ、俺は九十九隼人、よろしくね。君は?」
隣で端末を仕舞っていた男性に再度自己紹介をすると、その翡翠の瞳が俺を見た。
その視線は何の感情も写さないまるで機械のようなもの。恐らくは俺の動きなどを見てどれ程の力を持っているか測ろうとしているのだろう。
観察をするような目は、一瞬で閉じられた。
「司波達也だ。よろしく」
「うん、よろしく……えっと、達也、でいいかな?」
「ああ、俺も隼人と呼ばせてもらうよ」
話してみて、見かけ通りの落ち着いた人だなと思った。ついでに言うと、凄いとも思った。
言葉遣いや、纏う雰囲気、そしてなにより、内に秘めるサイオン量が尋常ではない。しかもそのサイオンに一切の無駄がない。歴戦の魔法師のような、いやそれ以上の卓越したなにかを彼は持っていると、俺は直感的に悟った。
「それにしても、隼人はなんで先輩なんかと一緒にいたんだ?」
「えー、とね。あの背の高い先輩––––市原先輩っていうんだけど、市原先輩が生徒会長である七草先輩を捜していたらしいんだ。それで、たまたま暇してた俺が手伝っていたから、一緒にいたんだ」
要約した説明に納得したのか、達也はなるほどと言って頷いた。なんか、妙にその仕草が似合う。だが、その口は怪しげに吊りあがっていた。
「俺は二人が付き合っているのかと思ったんだが、違ったのか?」
「な、なに言ってんの!?」
ある程度予想はしていたが、実際に言われてみるとやはり恥ずかしい。声を上げずに笑っている達也に、俺もなにか言い返してやろうかと考えたが、ちらっと見えた時計が指す時刻に、俺はそれを諦めた。
「そ、そうだ。速く講堂に戻らないと始まっちゃうんじゃないかな?」
「確かにそうだな…先輩方は……まだ時間がかかりそうだ」
「うーん……まあ、ほっとくわけにはいかないよね」
後ろ髪を掻き回しながら、俺はまだ言い合いを続けている会長と市原先輩へと歩み寄った。後ろで達也が溜め息を吐いていたけど、たぶん、お人好しって言いたかったんだろうな。
「七草生徒会長。市原先輩、そろそろ入学式が始まりますよ。早く戻らないと」
俺がそう言うと、市原先輩と七草生徒会長は同時に言い合いをやめ、同時に時間を確認した。明らかに、会長の顔に焦りの色が浮かぶ。
「あと20分しかないわ。リンちゃん、戻りましょう。達也くんも、隼人くんもアリガトね」
最後に、七草生徒会長はウィンクを一つして講堂へ歩き出した。
「それでは。九十九さん、お礼はまた今度に」
「え、いや、お礼なんて……」
咄嗟に断ろうとするも、市原先輩は俺にそんな猶予も与えず、七草生徒会長を追ってスタスタと歩いていってしまった。
「………」
「……行こうか」
唖然としている俺に、達也は苦笑いしながら背中を手で押した。
––to be continued––
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