木の葉詰め合わせ
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本編番外編
とある兄弟シリーズ
とある弟の独白
前書き
とある兄弟シリーズ、とでも名付けておきましょうか。
初めて会った時から、多分魅せられていた。
怪我をしていた自分の足を事も無げに癒し、一族の者達でさえ敵う者のいなくなっていた兄を簡単にあしらったあの人に。
「弟君! 君程の忍びが、何故……」
「千手、柱間……?」
柔らかな手で頭が掬い上げられ、ぼやけた視界に緑色の輝きを帯びた黒が映る。
どこか驚愕した様な声を耳にして、苦笑が漏れる。
敵である自分に対して、出していい種類の声では無いだろう。動揺を隠さない声音に、この人はちっとも変わっていないと頭の片隅で声がした。
「……残念だなぁ。兄さんに目をあげちゃったから、あなたの顔を……よく、見られないや」
「馬鹿言うな! 目が見えないというのに、なんで戦場に出て来た!? 自殺する様なもんだぞ!!」
本当に残念だ。
一族を守るために、光を喪っていった兄へ目を捧げる事への躊躇いは無かった。寧ろ自分の目だけで一族が助かるならば安い物だと思っていたが、今ばかりは正直惜しいと思った。
つらつらとそんな事を考えていれば、傷の上に当てられる暖かな力――それを認識した途端、死にかけであるにも関わらず咄嗟に手が動いて振り払っていた。
「……やめて、くれますか。あなたのお気遣いは嬉しいのですが、僕にも誇りはある」
「うちはだからか? そんなの関係ない! 私が助けたいから助ける、文句あるか!?」
「……はい」
信じられないと言わんばかりの声音に、自分でもはっきりとした声が口より漏れた。
幾らこの人でも――いや、この人だからこそ、それだけはして欲しくなかった。
「あなたという、誰もが憧れる忍びの……敵であった事。ねぇ、お願いです。僕から、その誇りを……奪わないで下さい。兄さんも、僕も、あの日……出会った時から、あなたを」
「やめてくれ、そんなの……! オレは、私は君達の関心に値する様な人間じゃない! 命と引き換えにする様な、そんな、そんな事言わないでくれ」
今にも泣き出しそうな声でそう言われたが、そんな事は無い。
自分にも、兄にとってもこの人は特別な存在だった。
ふらりと現れて、瞬く間に去っていってしまった人。
とても強いのにそれに驕る様な事はせず、誰に対しても、敵であった自分達に対しても態度を変える事の無かった人。
――話を聞けば聞く程憧れた。
そんな相手と出会えた事を誇りに思い、相手に取って自分達の存在が取るに足らぬ物であると言う事実に歯がみした。
「僕達は、あなたの中で……看過出来ない敵で、あったでしょう? それは、僕に取って……誇りでしたよ」
――――そう、誇りだった。
そんな、誰からも求められている立場の人の目に映っていると言う事実。
それは長らく彼の人を追いかけていた自分達の自負心を満たしてくれた。
だからこそ、その誇りを奪わないで欲しいのだ。
そう言って微笑めば、頬に何か暖かな物が落ちて来た。
「あれ? 泣いているんですか?」
「な、泣いてない! これ以上は何を言っても無駄だからな! 泣いても喚いても、力づくで治療する!」
ふふふ、と微笑む。
とっても強いのに情に厚く、優しい――誰からも畏れられているのに、同時に誰からも認められている人。
この人の心根はちっとも変わっていない。本来なら仇である自分のために涙を流しているだなんて。
「ねぇ、一度だけでいいから……僕の事、名前で呼んでくれませんか?」
だからこそ、せめて自分の名を最後に呼んで欲しかった。
この人と来たら、最後まで人の事を「弟君」としか呼ばないのだから――せめて一度だけでも。
呼んでくれたら、きっと自分は満たされるだろう。ただ、その一言だけで。
「イズナ、君?」
「あなたの敵として、対等な相手として……認められたかったんです。ずっと、前から……、僕も、にい、さ……」
兄と一緒にずっと追いかけていた。
叶うならばその正面に立って自分の存在をその目に映して欲しかったけど、これはこれで構わない。
瞳を閉ざす――とても心は満たされていた。
後書き
彼に付いてももう少し書きたかった様な……。
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