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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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15.キメラの産声Ⅱ

15.キメラの産声Ⅱ

 キメラズは多くの過程を飛ばして実戦試験を行うことで、制式採用までの期間を短縮することを目的とした部隊である。多くの試作機の中でどれが制式採用になるのか決まっていないために、キメラズには三種類の試作戦術機が配備されている。
 三種ともに帝国が持つ最先端技術が用いられ、撃震とは次元の違う性能を持っている。共通するのは制御コンピューターを始めとした電子機器類およびOSの刷新、OBL<オペレーション・バイ・ライト>の導入、新複合材による軽量化、対レーザー蒸散膜の使用、空力制御による推進剤の効率的な利用、戦域データリンクシステムの導入などがあげられる。
 そしてそれらの技術を用いて作られた試作機は全部で七種類存在した。そのうち事前の選考で残った五、六、七型がキメラズに配備されたのである。

・五番機―夕雲
 
河崎重工のスタッフが制作した機体。空力の最大利用と近接格闘戦の強化を両立させるために機体の肩部、脚部、足部にブレードベーンを装着。ブレードベーンには河崎重工が開発した新素材で出来ており、BETAを切り裂くことができる。最大の特徴と言えるのは複腕に改造長刀を装備していること。これによって突撃砲を使用しながらでも長刀を使うことができる。また主腕、複腕、背部の兵器担架で計6個の武装を持つことができる。それらの特性から三種の中でもっとも高い攻撃能力を持つ。
 しかし一方で腕部に掛かる重量が大きいために通常以上に関節部を強化しなければならず、また遠距離からの狙撃など細かいコントロールが必要な動作は比較的難しい。そして総重量が大きいために主機、跳躍ユニットともに出力を上げておりピーキーな機体になっている。

・六番機―吹雪

 富嶽重工のスタッフが制作した機体。あらゆる戦況に対応させるため、そして今後の戦況変化に合わせて改修を行うために発展余剰を残した試作機。肩部はミサイルポッドを始めとした様々な武装を追加することを見越して小さくなっている。ポジションや状況に合わせて装備の変更や改修することで多くのバリエーションを派生させることができ、それを組み合わせることで部隊全体としてのパフォーマンスを向上させることが期待されている。『第三世代機の水準の素体』と言える戦術機で汎用性、整備性、コストパフォーマンスに優れ、扱いやすい。また三機の中で最も軽量なために、敏捷性、平均巡航速度がもっとも高い。
 しかし一方で単体で見ると作り込みがない分、他の二機に比べて総合力でいささか劣ると言える機体。

・七番機―不知火

 光菱重工のスタッフが開発した機体。基本的な部分は吹雪と同じだが、帝国軍から要求されている能力を最大限満たすことを念頭に造られた。即応性、持続性はもちろん、近接戦闘、遠距離戦闘の能力も万遍無く高く試験機の中で最も完成度が高い。単体の性能としては世界最高峰のものと考えられる。
 しかし逆に完成度の高さ故に拡張性が低く状況の変化に対して改修することが難しい。そして高価である。



巧side

 西谷さんからキメラズが試験する戦術機の概要を教えてもらった。正直言って帝国が開発していた新型は予想以上のものだった。日米合同演習で戦ったストライクイーグルと比べても圧倒していると言えるだろう。あれから何カ月か経ったが、今でもストライクイーグルの恐怖は覚えている。それを上回る性能を持つ新型。ああ!早く乗ってみたい!
「では以上で新型のレクチャーを終了します。戦術機の詳細については資料で確認してください。もちろん質問してくださっても結構です。私からは以上です。この後のことについては隊長である周防中尉からお願いします。」
 おお、あれがキメラズの隊長か。何というか………雰囲気あるな。まずデカイ。そしてスキンヘッドで頭に生々しい傷跡がある。鼻下には黒々とした髭が生えている。太平洋戦争時の陸軍将官と言った感じ。またはヤ○ザの組長とか。目力が半端じゃない。
「私が特別試験部隊キメラズで実戦の指揮をとる周防だ。貴様らも分かっていると思うがこの部隊に課せられる任務は危険だ。試験機での実戦、しかも後で分かることだがこの部隊は富士教導隊のようなエリート部隊ではなく平均的な能力を持った部隊だ。私は退役間近のロートルで、部第には17歳の新任もいる。実戦が始まれば殉職するものも出るかもしれん。しかし貴様らは死ぬことも許されん。機体にトラブルがあろうと何だろうと生き残り、新型の完成に尽力しなくてはならないのだ。戦場に出てBETAに食われればデータを得ることもままならず、貴様らの給料では一生かかっても取り返せないような高価な試験機を無為に失うことになる。そしてそれはそれだけ新型の実戦配備が遅れるということだ。帝国軍の主力戦術機が撃震から新型に変われば衛士の犠牲は激減し、引いては帝国臣民に降りかかる災厄を祓うことにつながる。各々自らに課せられた使命を自覚を持って任務にあたるように。」
「「「了解!」」」
「ではこれから隊員の個人情報をまとめた資料を配る。すでにそれをもとに暫定的に部隊における配置は決定している。試験の中で配置換えが行われることもあるだろうがな。」
 ふむふむ…隊長の名前は周防将孝か。45歳!?親父と同じぐらいじゃないか!経歴は……おいおい、70年代からBETAと戦っているのか。その後も大陸で戦い続けている。現役最年長の衛士じゃないのか?にも関わらず階級は中尉。
 衛士の階級は早く上がるのが普通だ。訓練を終えて任官すれば少尉。小隊長で中尉、中隊長で大尉というのが相当する階級になる。衛士の数は少ないのでたった12人の隊で隊長をするにも大尉になる。そして衛士の死亡率は高い。どんどん死ぬから若手が高い階級になることが多い。周防中尉の経歴と年ならとっくに佐官になって後方任務についていてもおかしくないんだが…。
 しかも考えてみれば周防という名前は確か譜代武家の一つだったような…。もしそうなら普通は斯衛に行くだろう……。ん?斯衛軍から帝国軍に軍籍を移しているのか。何でまた…。
 副隊長は瀬崎中尉。ヨーロッパの方で戦ってきた経験があるのか。帝国の大陸派遣軍の多くはBETAの東進を阻止する目的で派遣されるから中華戦線あたりに参加するんだけどな。那覇基地からヨーロッパへ、次が帝都防衛部隊か…。異動の多い人だな。しかし帝都の守りは斯衛軍が主力だ。帝国軍の帝都防衛部隊は小勢力で衛士の質も低いと聞いているんだけど…。帝都は帝国の中心で最重要都市だが、腕ききの斯衛軍が守っていることもあって最も安全な場所と言える。だから帝国軍上層部関係者の衛士が配置される傾向がある。実戦の危険が少ない任務なので自然と訓練の厳しさは緩くなり、衛士の質も低くなる。どちらかというと儀礼が主な任務だ。瀬崎中尉はそういう所にいたとは思えないんだけど。
 周防中尉はA小隊で瀬崎中尉はB小隊。C小隊の隊長は南中尉か。南中尉は…BETAと戦ったことはないのかな?大陸派遣の経験がない。でも佐渡基地で十年近い経験がある。佐渡基地は本土防衛においては重要な基地だから腕はいいんだろう。
 しかし資料を見てみると隊員に統一性が全くない。というより変わり種が多い気がする。戦術機の操縦技能も人それぞれみたいだし。人も戦術機も統一されていない…キメラ隊とはよく言ったもんだ。まあそういう俺も十分変わり者だし、変わり者どうし仲良くやれたら良いけど。

巧side out



???side
 ついにキメラズが集まった。情報省から私に課せられた任務は危険分子と目される衛士を調査し、その真偽を確かめることだ。キメラズに集まった面々は誰もが情報省で危険視されている人間だ。帝国軍の各部署で火種になりそうな衛士たちが集められているんだから当然と言えば当然だ。全員怪しいと言えば怪しいが、国防という点で問題がありそうなのは瀬崎、南、遠田の三人だろう。他も金銭関係や物品の横流しなどで後ろ暗い部分があるが、それを取り締まるのはMPの仕事だ。
 瀬崎勇一。大陸帰りで帝都防衛隊の一人。帝国軍上層部の関係者が占める帝都防衛隊の中にあって歴戦の経歴を持つ衛士。しかしヨーロッパ戦線での戦い以降、米国の密偵と思われる人物と定期的に接触していることが確認されている。CIAを始めとした米国の諜報機関は、各国に散って情報収集から世論操作まで大小様々な工作を仕掛けている。現地の協力者を得るために安全かつ豊かな生活を米国が保証したり、親族を人質に取ったりすることもある。瀬崎もヨーロッパで米国の誘いを受けた可能性が高い。しかも帝都防衛隊に参加できているということは、帝国の上層部との繋がりもあるかもしれない。仮にそうだったとしたら早急に背後関係を掴まなければ…。
 南光一郎。記録は佐渡基地での10年程度しかないが情報省の調査によると父親は国粋主義の過激派で、息子である光一郎も志願するまでは父親の運動を手伝っていたようだ。太平洋戦争による敗戦から五十年近く経ち敗戦のショックから立ち直った今日、BETAという未曽有の脅威に瀕し、カリスマ性があり強力な指導者である将軍家を中心とした旧来の支配層に心酔し右翼運動に傾倒している人間は多い。さらに軍事面から見てもアンバランスな同盟関係に、F-4<ファントム>輸入の納期遅れなどの問題から反米の気運が高まっている。しかし今の帝国における将軍家の実質的な力は戦前、戦中とは比べ物にならないほど小さい。国民の感情はともかく、民主主義によって成立している現政府は日本の中枢なのだ。過激派右翼の運動に国民が同調すれば、情勢が不安な国家において大きな火種となりうる。
日本帝国は政治的、軍事的に不安定な国だ。敗戦後の米国との軍事同盟、政府と将軍家、帝国軍と斯衛、その他にも挙げればきりがないほどの不安要素を抱えている。極端な国粋主義による社会情勢の不安定が、それらの要素に火をつけてしまえばこの国はバラバラになってしまう。早急な対処が必要だろう。
そして遠田巧。基礎訓練を含めて訓練を1年で修了した若き天才衛士。遠田技研という兵器メーカーを背負うだけあって技術系の技能にも優れている。厚木基地における日米合同演習では圧倒的な性能を誇る米国のストライクイーグルに一矢報いており、関係者達の評価は軒並み高い。
しかしその異常ともいえる優秀さが今回キメラ隊に加えられた理由の一つだ。彼は幼少から衛士になるための英才教育を受けてきている。そして彼のバックにある遠田技研は、米国のノースロック社と秘密裏に戦術機開発における交渉を行っていたことが確認された。調べてみると遠田技研では富嶽、光菱、河崎と言った戦術機メーカーとの差を埋めるべく様々な工作が行われているようだ。遠田巧が受けてきた英才教育も、衛士として軍の内部に食い込むためもののだと言われている。
これらの情報を統合すると遠田巧から帝国の新型戦術機の情報を受け取った遠田技研が、米国兵器メーカーとの交渉を再開する可能性が浮かび上がる。そうなったときの経済的、軍事的損害は大きい。優れた兵器は経済を支える商品であり、国防の要でもあるのだ。軍事同盟を結んでいるとはいえ、それが米国に流出してしまうのは非常に危険だ。彼が戦術機情報を始めとした機密を持ち出さないか見張る必要がある。

しかしこちらに来て思ったのだが、最も注意すべきは技術廠参与として派遣されている岩崎慎二ではないのか?情報省の要監視リストにはなかったが、経歴は調べている。訓練中の事故となっているが、彼は訓練校時代に同僚を一人死なせている。しかも家の力でそれらを隠蔽し、事なきを得ている。確かに情報省が危険視するような帝国に危害を加えるような(加えられるような)人物ではないが、ここでは問題だらけの隊員たちの上官になるのだ。このデリケートで慎重さが必要とされる人間関係のなかで、彼が切欠になって問題が複雑化しなければいいが…。

???side out

 
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