戦国異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第百十一話 青を見つつその五
「忍ぶもの、妖しいものではありませぬ」
「そうじゃな。決して妖術ではないな」
「しかもその百地の術は」
服部が妖術であると断ずるその術はどうかというのだ。
「左道に近いのです」
「何っ、左道!?」
「妖術の中でもそれとな」
「それになるのか」
「左様、それになります」
服部は徳川の黄色の衣の臣達にこう話す。
「あの者の術は」
「それは聞き捨てならぬ」
大久保彦左衛門だった。顰めた如何にも頑固そうな顔の男だ。徳川家の中でもとりわけ忠義の念が強くしかも頑固で正義感の強い男である。
その彼が怒った様にここでこう言った。
「左道は国を滅ぼすものぞ」
「その通りです」
「その様な術を真に使うのなら許せぬ」
大久保は本気で怒って言う。
「わしが成敗してくれる」
「まあ待て彦左衛門」
家康もその大久保を笑って止める。
「今ここで血気にはやっても仕方なかろう」
「ですが殿、そうした不埒者を放っておいては」
「天下はまことに泰平にはならぬな」
「左様です。魔道の類は許してはなりませぬ」
「それはわしも同意じゃ」
家康にしてもそうしたことは放ってはいない。だがなのだ。
「しかし左道の類は慎重に調べてじゃ」
「それで確かに左道だった場合にですな」
「処罰すればよい。無闇に怒ってはならぬ」
「そうしたことをすればですな」
「うむ、無実の者を罪人にしかねぬ」
これは避けねばならないというのだ。
「それは御主もわかっておろう」
「無実の者を罪に服させるなぞ愚の骨頂でございます」
大久保はまた言う。
「殿もその様なことは決してなされませぬよう」
「うむ、御主はそうしたことも見極めるな」
「罪は目に出ます故」
それでわかるというのだ。
「それ故にわかります」
「目じゃな」
「碌でもないことをしてきた者の目は濁っておりまする」
大久保も儒学から言う、これは孟子だ。
「よき行いをしてきている者の目は澄んでおりますが」
「では左道を行えばどうなる」
その目はというのだ。
「そうした者の目は」
「実際に会ったことはありませぬが」
大久保もそうした者にはまだ会っていない。徳川家にはまだ津々木の如き妖しげな輩が来たことはないのだ。
「ですが」
「それでもじゃな」
「魔道は人の道に反しているから魔道です」
それだというのだ。
「ですからそうしたことを行う輩は目を見ればわかるかと」
「では御主も左道にはな」
「いささか軽率な言葉でした」
御意見番は己にも厳しい、畏まって主に述べる。
「以後気をつけまする」
「そうしてくれると有り難い。とにかくじゃ」
「はい、そうしたことな決してです」
「そうじゃ。とにかくその百地が左道を使うのなら」
それならというのだ。
「用いる訳にはいかぬな」
「決してですな」
「うむ、伊賀は半蔵だけでよい」
彼とその手の者達だけでいいというのだ。
「他は甲賀じゃ」
「では後程甲賀に文を送ります」
酒井が家康に述べる。
「そうさせて頂きます」
「頼むぞ」
「畏まりました」
酒井は家康のその言葉に謹んで頭を垂れた。
ページ上へ戻る