戦国異伝
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第八十二話 慎重な進みその十一
それからだ。また言うのだった。
「傾くにしてもそれはよくないわ」
「あくまで傾かれますか」
「そうする」
信長は池田の問いに不敵に笑って述べた。
「傾いてそのうえで天下を取るのじゃ」
「傾いて天下とは」
「それはどうじゃ」
「全く。そこでそう仰らなければ」
よいのにとだ。池田はいささか残念な顔で述べた。
「何も申し上げることはないというのに」
「つまり完璧だというのじゃな」
「はい」
その通りだとだ。池田は信長に渋い顔で答えた。
「おわかりではないですか」
「ははは、わかっていてもじゃ」
だがそれでもだとだ。信長は笑って返す。
「それでよいのじゃ」
「何故そこでよいと仰るのですか」
「完璧な人間なぞおらんわ」
これがここで信長が言うことだった。言う顔は実に明るい。
「だからよいのじゃ」
「完璧ではなくていいとは」
「それは違うのでは」
「だからじゃ。完璧を目指しても完璧にはならぬのじゃ」
信長は池田だけでなく森にもだ。今度はこう言ったのだった。
「そういうものじゃ。人とはじゃ」
「では殿は完璧を目指されているのですか」
「常に」
「ははは、どうであろうな」
また笑った信長だった。そしてその笑いで二人の今の問いは誤魔化した。しかしだ。
その二人にだ。こんなことを言ったのである。
「しかし一人で何でもできたら誰もいらんぞ」
「誰も、ですか」
「それは」
「そうじゃ。誰もいらんわ」
信長はその森と池田の目を見て話す。
「誰一人としてな」
「では殿が完璧ならばですか」
「我等も不要ですか」
「いる必要はない」
「そうだと」
「さっきも言ったが人は完璧を目指しても完璧にはなれぬ」
まただ。信長は言ったのだった。
「だからこそ御主達も必要なのじゃ」
「では神や仏であればですか」
「家臣もいりませぬか」
「しかし神にも仏にも臣がおるな」
その神仏についてもだ。こう言う信長だった。
「そうじゃな」
「はい、そういえば確かに」
「ちゃんとおりますな、不動明王の童子にしても」
「天照大神にしても」
「神や仏でもそうした相手が必要じゃ。ならば人はじゃ」
完璧を目指しても完璧にはなれぬというのだ。そしてだ。
信長は今度も笑ってだ。言う。そしてその言うことは。
「わしはどうも酒が飲めぬしな」
「そういえば殿は酒は全くでしたな」
「それこそ一杯がやっとですな」
「一杯飲むとそれで頭が痛くなるわ」
困った顔でだ。信長は酒については駄目だと自分で言う。実際に彼は今も酒は飲めない。だからこそ茶や甘いものを好む傾向があるのである。
そしてだ。他にもあった。
「知らぬこともあるしのう」
「しかし随分と御存知ですが」
「しかも知ろうとされていますが」
「知らぬから知ろうとするのじゃ」
逆説の言葉だった。だが事実だった。
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