戦国異伝
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第七十六話 九十九茄子その十一
「どうも変わったところの多い者じゃな」
「ですな。かつてはうつけ殿と呼ばれていましたが」
「それもあらんいうような」
「どうも奇矯なところがありますな」
「傾いているというか」
幕臣達、義昭の下に残っている彼等から見ればだ。信長はだ。
やはりそうした者だった。それで話すのだった。
「あの方の行いはわかりませぬ」
「御考えが読めぬというか」
「不可思議に思えます」
「身なりも時折異様ですし」
「青じゃな」
織田家の色はだ。義昭も見ていた。
そうしてだった。こう述べたのだった。
「武田の赤に上杉の黒、北条は白、毛利は緑じゃな」
「はい、浅井殿は藍、徳川殿は黄です」
「他には奥州の伊達殿も水色にしているそうですが」
「織田殿は青です」
「それで統一されています」
「青はよいのじゃがな」
義昭は信長が定めたその色には何も思うところはなかった。しかしだった。
彼のその奇矯な身なりにはだ。やはり顔を顰めさせて述べたのだった。
「あの者の身なりといい考えといい」
「まことに読めませぬ」
「幕府には従うでしょうか」
幕臣の一人が疑念と共に述べた。
「果たして」
「それは当然であろう」
むべもないと言う義昭だった。その根拠も述べるのだった。彼の主観によるものとしても。
「幕府は武門の棟梁じゃ。その武門ならばじゃ」
「幕府に従わねばならない」
「そうですな」
「信長は間違いなく三好や松永とは違うわ」
これははっきりと感じ取っている義昭だった。
「悪者ではないのう」
「しかも大器です」
「あの方は」
「大器かのう。どうも余にはわからん」
義昭にはわかりかねていた。信長はだ。
だがそれでもだ。義昭は今のところは信長を嫌ってはいなかった。
それでだ。今はこう言うのだった。
「では信長が帰ってからじゃ」
「それからですか」
「どうされるのですか?」
「信長に役職をやろうぞ」
将軍としてだ。そのうえでの話だった。
「副将軍なり管領なりのう」
「そうですな。それはよいことです」
「幕府にとっても織田殿にとっても」
「まことによいことです」
幕臣達も幕臣として答える。ただし彼等は本気で言っている。
そうしてだ。義昭に対しても上申するのだった。
「是非共そうされましょう」
「そして朝廷にも働きかけてです」
「そして官位も」
「そうじゃな。信長への褒美は弾むぞ」
善意、彼なりのそれに基いて言う義昭だった。
「あの者もさぞかし喜ぶだろう」
「ですな。それではです」
「織田殿が帰られたその時に」
「好きなものを差し上げましょう」
「その時には」
「そうしようぞ。是非共な」
満面の笑みで述べる義昭だった。しかしだった。
彼等はわかっていなかった。信長をだ。
出陣し都を発った彼はだ。馬上からその都を振り返り言うのだった。
「さて、都に戻ればじゃ」
「その時には」
「うむ、都をじっくりと見たい」
まずはだ。そうしたいというのだ。
そしてだ。そのうえでだというのだ。
「その後の町の区割りやそういうことを考える為にのう」
「では公方様とのことは」
「儀式は儀式じゃ」
それはそれだというのだ。
「だがやはりじゃ」
「まずはですか」
「政を考える。そういうことじゃ」
「では儀礼よりもですか」
「そのことを考える為に戻ろうぞ」
こう池田に話してだ。そうしてだった。
信長は顔を正面に戻してだ。先に進んだ。彼はまた戦いに赴こうとしていた。そのはじまりは静かに、だが確実にその幕を開けたのだった。
第七十六話 完
2012・1・21
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