久遠の神話
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第三十一話 広瀬の秘密その三
「牛舎にいるから。行けばいいよ」
「わかりました。それでは」
広瀬は男に馬上から一礼してだ。それからだった。
馬を牛舎、牧場の先に見えるそこに進めた。そうして牛舎の前に来るとだ。
やはり青のツナギの作業服を着た、だが若い女が出て来た。背は一五二程度で小柄である。黒いやや波がかった髪を後ろで束ねている。爪は短く切られている。
靴は安全靴であり顔には化粧気はない。だが大きな丸い目と小さな唇、そして細長めの顔をしている。
その整っていると言っていい顔立ちの彼女が出て来てだ。そうしてだった。
その後ろには牛達が続いている。ホルスタイン達だ。その牛達も見てだ。
広瀬はやはり馬上からだ。その女にこう言ったのだった。
「来たよ」
「あっ、約束通りね」
「うん、来たよ」
来たとだ。笑顔で話す彼だった。
そのうえで一旦馬から降りてだ。こう女に言った。
「この赤兎だけれど」
「こうして見ると本当に大きいわね」
「この馬見たかったんだね」
「ええ」
そうだとだ。女は赤兎を見上げながら広瀬に話す。
「何時見ても大きいわね」
「うん。俺も乗るのはね」
「難しいの?」
「上り下りでも大変だよ」
鞍にだ。そうするのもだというのだ。
「この馬はね」
「そうよね。私だったらね」
「乗れないっていうのかな」
「無理ね」
実際にそうだとだ。女は言った。
「ここまで大きいとね」
「そうなんだ」
「馬もサイズがあるから」
これは言うまでもないことだった。
「私だったら。ロバとかかしら」
「ロバには乗れるんだ」
「実際に乗ったことがあるわ」
ロバも貴重な動物である。馬に比べて小柄だが力は強く持久力もある。だから昔から農業や運送等で重宝がられてきたのである。今も使われている程度だ。
そのロバには乗れるとだ。由乃は答えたのだ。
「あとポニーもかしら」
「ポニーも乗馬部にいるよ」
「そうよね。あれ可愛いわよね」
「あと道産子もね」
北海道産のだ。その馬もいるというのだ。
「いるけれど」
「あっ、道産子も確か」
「小さいよ」
「それでも力が強くていい馬よね」
「あの馬はモンゴルの馬に近くてね」
広瀬は由乃にモンゴル、馬の代名詞ともなっているその国の名前も出した。
「一見して小さいけれど」
「持久力もあって」
「いい馬だよ。それに乗ってみる?」
「そうね。興味があればね」
乗ってみるとだ。由乃は少し笑って答えた。
「私はどっちかっていうと馬より牛だけれど」
「牛ね」
「家が牧場だしね」
にこりと笑ってだ。由乃は答えた。
「だから余計にね」
「あの牧場には馬はいないんだ」
「全部機械化しててね」
「馬は必要ないんだ」
「もうね。それはね」
「成程ね。車なんだ」
「そう。車よ」
まさにそれだというのだ。近代の牧場らしくだ。
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