| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

#50 "melancholy of subーcast"

 
前書き

憂鬱って漢字で書ける?





 

 
【11月3日 PM4:38】

Side バオ

「うし。ま、こんなもんか」

磨き終わったグラスを持ち上げながら独り呟く。
余計な指紋が付かねえように、指の先っぽだけを底に当てられてるそれを目線の高さまで上げて見てみても、店の照明に反射して輝いてるコイツにゃ曇り一つ見当たらねえ。
それを充分に確認してから、棚のいつも通りの場所へと置く。
最後の一個までキッチリ終わらせて、漸く店を開ける準備が終わる。
逆に言や、このグラス磨きが終わんねえ内は営業を始めたりはしねえ。
うるせえのが酒飲ませろと、押し掛けてこようとだ。
第一決まった営業時間なんてえのがあるわけじゃねえ。
俺の準備が終わった時が店開く時間だし、俺が閉めてえと思った時が店仕舞いの時間だ。 それで誰にも文句は言わしゃしねえ。
ここは俺の店なんだからよ。

この『イエロー・フラッグ』はな。












店開ける前にゃあ、必ず棚に置いてある全部のグラスをピカピカになるまで磨いておく。 こいつぁ俺がここのマスターやるようになってから欠かさずやり続けてる習慣、と言うか自分なりのケジメだ。
まあ、この街に暮らしてるような糞ったれどもはそんな細けえ事まで気にしちゃいねえ。 連中は酒が飲めりゃあ、それで上等。
グラスどころかそこらの道端に転がってるようなバケツでだって飲んじまうだろうよ。
中身さえマトモな酒ならな。

あ?
悪ぶってる奴ほど無駄にプライド高えから、そういう事にゃあうるせえんじゃねえかって?

ま、確かにそりゃあ一理ある。
こんな街に暮らしてるようなはみだしもん、ってか"ヤクザ"な連中ってな、矢鱈被害者意識の強え馬鹿ばっかりだ。
自分らは恵まれてねえ。
自分らは馬鹿にされてる。
自分らは正当な扱いを受けてねえ、とか何とかだ。

おれがこの店開いたばっかの頃にゃあ、そんなウンザリするような雰囲気纏った客で溢れかえってた。
口から衝いて出るなあ、愚痴と世の中への文句ばかり。正真正銘のクズどもさ。

ああ、つっても勘違いすんじゃねえぞ。
俺のグラス磨きってのはそんな連中におもねる為なんぞじゃねえんだ。
あくまで俺なりのケジメ。
俺は俺の意思で俺のためにやってんだからな。
そこんとこは勘違いすんじゃねえぞ。
いいな。分かったな。
俺を、んな安っぽい野郎だなんて思いやがったら、二度と店にゃあ入れてやんねえからな。
テメエの体がドアくぐったと同時に、お手製のホローポイント弾をテメエのド頭にぶちこんでやるからな。
よく覚えとけよ、この野郎。

まあ、それにだ。
どうしても格好付けてえ、大事にされてえなんて思ってるような連中はラチャダ・ストリートとかあっちの方にいっちまうわな。
ローワンの野郎なんざ、ああ見えて結構な商売上手だろ?
よくもまあこの街に住んでる糞ったれ共相手にして、あれだけ店でかく出来るもんだぜ。 それだきゃ感心しちまうよ。

あ?

商売上手は結構だが、人を自分とこの仕事に誘うのは勘弁して欲しいって?
んだあ?
あのアフロ野郎、レヴィだけじゃなくてお前ん事までご執心かよ。
かあー。全く何考えてやがんだか……

おい。言っとくけどよ。
頼むから二挺拳銃(トゥーハンド)のアバズレに、街中で暴れまわるような真似だきゃさすんじゃねえぞ。
てか、最初(はな)からローワンの野郎んとこなんざ連れていくなよな。
用があんならテメエが行くか、ダッチが直接顔出すようにしろよ。
分かったな?
確り手綱握っとけよ、ああ!

………おいおい、笑い事じゃねえぞ。
あの(あま)間違いなくテメエが振り回してんのが、輪ゴム飛ばして遊ぶガキのオモチャか、人の頭なんぞザクロみてえに簡単に吹っ飛ばせる"ヤベエ"オモチャかの区別も着いて ねえぞ。
ついでに言わしてもらやあ、この街がどういう場所(とこ)かって事もまるで分かっちゃいやがらねえ……

ま、飲めよ。
俺も一杯()らせてもらうぜ。

ふう……

テメエに今更言うまでもねえけどよ。
このロアナプラって街は、レヴィの奴が考えてるほど自由な土地ってわけじゃねえ。
あの女が本音の本音の部分でどう思ってんのかは知らねえけどな。
ただ端から見てっとよ……

危なっかしいんだよ、簡単にいっちまうとな。

別にアイツがテメエやダッチの威を借りてるなんて事を言うつもりはねえさ。
二挺拳銃(トゥーハンド)なんざ大層な名前手に入れたなあ、アイツにそれだけの腕があったからだしな。
街のモンがビビってんのはアイツご当人にビビってんだ。
そりゃあ大したもんだ。それはそれで結構な事だぜ。

けどよ。

いくら銃の腕が立つつっても、人間様の腕ってのは二本しかありゃしねえんだし、たった二挺の拳銃じゃあ殺せる人間の数なんざ知れたもんなんだぜ。

そもそも人一人殺すにゃあ大した得物もいらねえんだ。
やろうと思やあ指二本で首の血管押さえるだけでもいい。
たったそんだけで、はい御陀仏。アーメン。サヨナラ。安らかにおねんねしちまいな、ってな。

銃は所詮"力"にはなりゃしねえ。
少なくともレヴィの奴が考えてるような"力"にゃあよ。
この世で一番強え"力"が何だか分かるか?

そりゃあ金でも銃でも況してや酒でもねえよ。
この世界で最強の"力"。
そりゃあな。

"数"だよ。

数の多い方が強い。人数が多い方が最後には勝つ。
こいつは誰にも覆えせねえ、絶対の真理ってやつさ。
俺ゃあ、それを散々味あわされたぜ。あの戦争ではよ……
















「んで?
テメエらはいってえ何処のどちら様方だあ?
まだ店え開ける時間じゃあ、ねえんだけどなあ」

棚に磨き終わったグラスを並べながら、俺は背中を向けたままそう答えてやった。
床をドカドカ踏み鳴らしながら入って来やがった"この店"では見慣れない連中に。

「ラグーン商会のゼロは知ってるな?
この店には良く立ち寄ってるらしいからな」

先頭に立つ男がイタリア訛りの強い英語でそう尋ねてくる。
俺は構わず、グラスを片付け続ける。

「ゼロ本人、若しくは居場所を知ってる奴でもいい。
店に来たら事務所まで連絡しろ。礼は弾む」

それだけ言って男は振り向いて出て行っちまった。
後ろにくっついてた4,5人の野郎どもも、一言も言わずにやや早足で付き従って出て行った。
肩越しにそれを確認した後、おれはカウンター上に置かれた名刺へと視線を滑らせた。

そこに書かれている会社の名前は予想通りの代物。
ロアナプラ(この街)に住んでる連中ならまあ、おいそれとは近付きゃしねえ。
ホテル・モスクワの隠れ蓑たる『ブーゲンビリア貿易』や、三合会の根拠地である『熱河電影公司ビル』程じゃねえにしても、充分恐怖の的には成りうる……

"あそこ"の連中なら店で見慣れてねえってのにも納得だ。
気取り屋の揃ったアイツらなら、こんなとこにゃあ来ねえか。

「………」

顎をポリポリ掻きながら視線を誰も居なくなっちまった店内へと向ける。
なんで急にあんな会話を思いだしちまったんだろうなあ、とボンヤリ考えてりゃ、こういう展開かよ……

さて、どうすっかなあ。 今更面倒事にゃあ関わりたかねえんだがなあ……

俺は店が開く時間まで椅子に座ったまま天井を眺め続けた。
名刺には一度も手を触れる事もなく………





















【11月3日 PM4:38】

Side ソーヤー

「………」

もう何時間こうしているのでしょう。
膝を抱えたままの姿勢で歩き出そうとも、何かをするわけでもなく、ずっとこうしている私。
鬱状態に入った時には確かにいつもこうして過ごしてはいるのですが、ちょっと現在は違う心境でございます。

………若干語尾が乱れているような気もいたしますが、あまり細かい事はお気になされませぬよう願い奉ります。
昨夜シェンホアに頼まれた"お仕事"を無事片付けた(わたくし)は二人の待つ
(まあ、待っているかどうかは判りかねますが)部屋に戻る事もせず、そのまま我が愛しき仕事場で一夜を過ごしたのであります。

一応私にも自宅、と申しますか寝床たるべき部屋は確保しておるのではございますが、仕事が持ち込まれた日などはこうしてこの仕事場で一夜を過ごす事も多うございます。

……どなた様もそんな勘違いは成されぬと思われますが念のため
(私の過ごしております"此方の世界"では極めて重要なのであります。
この念のためというやつが)申し上げておきますれば、死者を悼んで祈りを捧げているわけでも、罪深い己の所業を悔いている為でもございません。
ただ単に家に帰るのが面倒だからでございます。
何しろ我が自宅と仕事場は結構距離が離れていたりするのですよ、これがまた。

無論所詮は狭いタイの田舎街。
徒歩でも高々三十分といったところでありましょうか。

その位ならキリキリ歩け、と仰られる向きもあろうかと思われます。
ええ、それは確かに仰る通り。その通り。何の反論も出来ませぬ、と言いたいところなのですが………

問題は距離などではなく、時刻こそが問題なのであります。

この件に関しましても先程同様誤解される方はいらっしゃらないとは思いますが、念のために申し上げておきます。
何も私は世の婦女子の方々がご心配されているような真夜中に独りで道を歩くのが不安だ、などといった類いの不安を抱えている訳ではございません。
確かに私がこの街に居着いた頃には、もう既に此処は見事なまでに"ロアナプラ"でございました。
(意味は通じておりますでしょうか? 些か不安を感じながら話を続けてまいります)

か弱き女の身一つで真夜中に道を歩くには世界で最も相応しくない街ではあるでしょう。 (そう言えば聞いた話ですが、日本では未成年の女子でも平気で一人夜道を行かれるとか。 それだけ平和な国なのでしょう。私は一生足を踏み入れる事は無いでしょうね)

ですが、まあそこはそれ。
仮に私を襲おうなどという不埒者が現れましたら、夜のロアナプラにチェーンソーの爆音が鳴り響くだけの事。
後はまあ、"中身"が気に入りましたらお持ち帰り。
気に入らなければ同業者の方へ仕事のお裾分け。
それだけの事でございます。

では一体何が問題なのか?

簡潔に申し上げれば夜中に帰るのが問題なのではなく、朝に帰るのが問題なのです。

私の本業たる死体始末のお仕事はこれで中々時間が掛かるもの。
更に言えばそもそも死体が生まれる(以前にも申し上げましたが、やはりおかしな表現ではありますね、これ)のもやはり夜、それも真夜中が圧倒的に多い訳でございます。
しかも大量に生まれる事もままある訳でございまして、そうなれば仕事が終わるのは最早朝方、太陽が昇り切った後になるわけです。

記憶力の良い方なら覚えておいででしょうか。
私がどれ程、あの一日の半分もの時間に渡り、空に居座るふてぶてしい輩を憎んでいるかという事を。
あやつが天にデンとその大きな、かつ忌々しい姿を晒している限り、私は安心して道を歩くなぞとても出来は致しません。
その際には迷う事なくこの芳香漂う我が麗しの仕事場で時を過ごす訳でございます。

以上。私がこの場で一晩を過ごす理由を述べさせていただきました。

ご清聴ありがとうございました。











「………」

いくら一人とはいえ私は一体何をやっているのか………
駄目だわ、本当に鬱がやって来そう。

軽く鼻から息を吐き出しながら立ち上がった後、首を捻って近くのテーブルの上に置いておいた時計で時間を確認する。

16時58分、か。
日没までにはまだ時間がある。
既にその魔力は衰えたといえども我が天敵は未だ健在。
本格的に動くのはもう少し先、か。

一先ずシャワーでも浴びるとしよう。
そう思い、背中のファスナーに手を伸ばしゆっくりと引き下ろす。
パサリと音を立て床に落ちた服を気にする事もなく、下着姿のままシャワー室に向かう私。

ああ、考えてみれば普段着であるドレスのまま死体の始末をしたのは初めてかもしれない。
此処ではエプロン着用がデフォルト。
それもあって私の素顔など殆どの住人は知らず、気楽に過ごしていたのだけれども。

「………」

シャワーヘッドから流れる水の量と温度を調整しながら考えるのは、最近知り合った一人の男。
それから以前から顔と名前くらいは知っていた一人の女。

男の方は何だか良く分からない奴ではある。
昨夜も見ず知らずの子供を庇って撃たれたばかりだが、防弾ベストのお陰で傷一つ負っていないという奴だ。
おまけにいい年齢のくせにゲーム好きで、しかも負けず嫌いときている。
私も嫌いではないが、さすがに10時間ぶっ通しは勘弁願いたい。
一応仕事でこの街に来たのであろうに本当に大丈夫なのだろうか、あれで。
何でも、どんな現場でも傷一つ負わずに生還してくる運だけは持ち合わせているそうだが。

全く相棒たる彼女の苦労もさぞ絶えない事だろう。

調整の終わったシャワーから出る水流に身を浸しながら、黒髪も艶やかな双刀遣いの顔を思い浮かべる。
昨夜別れ間際に見た彼女の表情を。

「………」

勘違いしてはいけないのは、彼と彼女の問題に私は口を挟めないという事。
私はそういう立場には居ないという事。

確かにほんの短い時ではあるが私と彼らは共に時を過ごした。
しかもその大半は互いの仕事に何も関わらない時間を、だ。
正直に言えば彼らと共に過ごした時間はとても楽しく、そして貴重なものだった。
まさかこの街で、そして私の人生であんな穏やかな時間を過ごせようとは思ってもいなかった。

本当に、本当に嬉しかった。

「………」

彼女がどう動くかは明確だ。
"上"からの命令を忠実にこなすのだろう。プロらしく。

彼がどう動くかは不明瞭だ。
自分なりの正義でも貫くのだろうか。彼らしく。

私は、どうしようか。

私は、どうしようか。

私は、どうしようか。

眼を閉じて首を上に傾ける。
喉の皮膚に軽いひきつりを感じながらも思い切り首を傾ける。
一歩前へ出て水をその傷痕が残ったままの喉へと当て続ける。

何がしたかった訳でもない。
何がどうなると思った訳でもない。
ただ声帯が半ば壊れてしまっている私にはそうするしかなかったのだ。
無性にそうしたい気分だったのだ。

あなた方には分かるか?
分からないだろうな。
大声で叫びたくとも決して叫ぶことの出来ない女が独りで何を考えているかなど。









 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧