久遠の神話
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二十六話 壬本という駒その十二
「いや。いつもの自己弁護か」
「それでしょうね。言い繕いです」
「嘘だな。では」
「間違いなくそうかと」
「実際は店に害を及ぼすゴロツキ達を善人を見なしてグルになっていたのだろうな」
「彼等から小遣いを貰っていたそうです」
買収されてだ。懐柔されていたことをだ。執事は知っていた。
「そしてその彼等にです」
「女の子をか」
「売ろうとしたのです」
「私は悪も為す」
ここでこう言った権藤だった。
「しかし。それでもだ」
「それでもですね」
「下衆ではない」
自分でだ。そうしたことは軽蔑して戒めとしているのだった。
だからだとだ。彼は言ったのである。
「あの男の様にな」
「決してですね」
「あの男は下衆だ」
「はい、全くです」
「そしてその店の店長がか」
「動き回りゴロツキ達を成敗し女の子を救ったそうです」
中田と同じ話をだ。執事はしていく。
「そしてあの男はです」
「叩きのめされたか」
「そしてアルバイト先も辞めさせられました」
「当然だな。愚か過ぎる」
さらにだった。権藤は言い加えた。
「下劣にも過ぎる」
「私もそう思います」
「そのうえだな」
「学校でも不祥事を起こしていてです。バイト先のことも知れ渡り」
「今に至るか」
「家を追い出され学校も辞めざるを得なくなったそうです」
「よく自分で辞めたものだな」
壬本の厚顔無恥さを感じ取りだ。権藤はこう述べた。
「あの男がよく」
「学校側からかなり強制されたそうです」
「学校からも見捨てられたのか」
「当然と言えるでしょうが」
「当然だな。あそこまで愚かだとな」
それもだ。まさにだというのだ。
「そうして破滅してか」
「役所から。生活保護を虚言を呈して受け取って生きていた様です」
「被害者を気取って。役所で泣き叫んだな」
「どうやら。嘘を言い募って」
「醜いな、実に」
「本人は全く自覚していませんが」
「役所も善意と同情で施したのだろう」
そのだ。生活保護をだというのだ。
「そして住む場所もな」
「そうしている様です」
「全て自業自得なのだがな」
「本人と。事情を知らない人間はそうは思っていないし思わないので」
「だから人の善意に付け込んで生きている」
それがだ。壬本だというのだ。彼の生き様だというのだ。
「それこそが醜いということだ」
「私もそう思います」
「そしてその醜い輩がだな」
「今旦那様に手駒として使われています」
「手駒と気付かないままな」
「醜いだけでなく愚かでございますね」
執事はこの単語も加えた。壬本に対して。
「それも実に」
「全くだな。しかも本人は常に言っていたそうだな」
「はい、自分は手駒ではないと。そして動くことは自分だと」
「何と言ったか。そうした言葉は」
壬本がいつも言っていただ。そうした言葉はだというのだ。
「確か。ネットの用語ではだ」
「厨ニ病です」
「そうだったな。そう呼んだな」
「要するに愚かで未熟な者です」
「あの男はまさにそれだな」
「既に二十歳になっていますが」
この場合は年齢は関係なかった。それも全く。
「あの通りとは」
「つける薬がないというのはあの男のことを言うのだ」
「ですね。まさにその通りです」
「そうした者にも程度や種類があるがだ」
「あの様な者ともなると。どうも」
「どうにもならない」
完全にだ。壬本を見捨てている言葉だった。
そして見捨てたその目でだ。権藤は己の執事に告げた。
「見ることは見る」
「そうされますか」
「手駒としてな」
観察する目だった。実験材料をだ。
そしてその実験材料を語る言葉でだ。権藤は語っていく。それは冷淡というものではなかった。完全に『もの』を見ている、そうした目であった。
その目でだ。彼はまた言うのだった。
「ではだ」
「はい、それでは」
「闇の力を見極めよう」
「そうされますか」
「駒は駒だ。しかも何の使い道もない駒だ」
「せめて人の役に立つ者であればよかったのですが」
「あれ位しかない」
廃棄物を再利用する目にもなっていた。今の権藤は。
「では。使い捨てにしよう」
「ですね。最後まで見て」
執事も権藤に応えそうしてだ。静かに一礼した。
そしてそのうえでだ。権藤は執事が出すグラスにワインが注がれるのを見ながらだ。それからそのワインを飲んでだ。今は酒を楽しむのだった。
第二十六話 完
2012・3・7
ページ上へ戻る