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戦国異伝

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第六十三話 岐阜その四


「その武田ですら圧倒する力を身に着けるぞ」
「わかりました。ではまずは武田とは手を結び」
「今の憂いをなくしますか」
「うむ。では頼んだぞ」
 信長は再び平手と林を見た。二人も頷いてだった。
「武田とのことは」
「わかりました。ではその時は」
「お任せ下さい」
 二人もこのことは確かに返す。これでこの話は終わりだった。だが話は他にもあった。真木がだ。信長に都のことを話してきたのである。
「都のことですが」
「さらにじゃな」
「はい、不穏さを増しております」
 畏まった顔でだ。真木は述べる。
「三人衆と松永が手を組もうとし」
「それはまずいのう」
「まさか公方様を」
「すぐに文を送ろう」
 信長は深刻な顔で真木に告げた。
「よいな、今から書く」
「早速ですか」
「都の危うさは前から聞いておった」
 天下で最も不穏な場所であり続けているのが都だ。戦国大名達だけでなく幕府に朝廷、そして寺社の勢力が錯綜していてだ。しかし今はとりわけだった。
「三好長慶が死ねば均衡が崩れるからのう」
「その三好もです。最早」
 真木はその三好長慶についても話す。
「幾許もない様です」
「左様か」
「今死んだとの報が来てもです」
 おかしくないというのだ。
「そしてあの御仁が亡くなれば」
「一族の三人衆と松永がじゃな」
「どう動くかわかりません」
「公方様は以前から三好とは不仲だった」
 信長が今度言うのはこのことだった。
「無論三人衆とも松永ともじゃ」
「ではやはり」
「攻められる危険は充分にある」
 そうしたことを考えてだった。信長は。
「公方様に文を書こう。いざとなればお助けに参ると」
「公方様をですね」
「無論これは大義名分になる。しかしじゃ」
「しかしとは」
「わしは今の公方様が好きじゃ」
 こんなことも言うのだった。
「あの方がのう」
「それはやはり」
「わしを認めてくれた」
 信長はここではすっきりとした笑みになって述べた。その笑みを見てだ。
 家臣達もだ。次々に言うのだった。
「確かに公方様は殿を認めて下さいました」
「まだあの頃はうつけだと愚弄する者が多かったというのに」
「公方様は殿を認め笑顔さえ向けられました」
「だからですか」
「今の公方様を」
「御主達もそうであろう」
 そのすっきりとした笑みのままでの言葉だった。
「己を認めてくれる者の為に何かしたいであろう」
「だからこそ殿にです」
「殿にお仕えしています」
 家臣達の返答はもう決まっていた。その問いに対する返答は。
「殿は我等を認めて下さっています」
「それならばです」
「そういうことじゃ。人は誰もが己を認めてくれる者の為に戦う」
 そしてだ。信長はここでこの人物の名前を出して話した。
「何故魏徴があそこまで唐の太宗に仕えたかじゃ」
「やはり己を認めてくれたから」
「だからなのですか」
「あの者は詩で人生意気に感ずと書いた」
 魏徴は詩人でもあったのだ。少なくとも詩の才はありだ。唐代の詩においても屈指の詩を残しもしているのである。
 その彼のことをだ。信長は今家臣達に話していくのだ。己の言いたいことをそこに含めて。
「太宗に認めてもらったからじゃ」
「だからこそあそこまでの忠義を見せた」
「そういうことになりますか」
「そうじゃ。人は誰でも同じじゃ」
 その魏徴や信長だけではないというのだ。 
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