戦国異伝
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第六十二話 名軍師その十二
「さあ、そなた達も」
「はい、それでは」
「御言葉に甘えまして」
「酒は一人で楽しむものではありません」
こう言って勧めるのだった。
「皆で飲んでこそです」
「畏まりました」
こうして彼等にも振る舞いながらだ。謙信はさらに話すのだった。
「城、即ち国を手に入れるのはまだ楽です」
「国はですか」
「そうだというのですね」
「しかし。人はそうはいきません」
強い目になりだ。謙信は述べた。
「それはです」
「そういえば美濃四人衆に竹中半兵衛」
「あの者達も加わりましたな」
「そして民達もです」
彼等についてもだ。謙信は言及した。
「民達は主が信頼に足る者でない限り従いません」
「そしてそれが乱になる」
「そうだというのですね」
「民に乱を起こされては終わりです」
謙信もそれが為に政は行っていた。その信長や好敵手である信玄、関東で争っている氏康等と比べて政は得意ではない。だがそれでもなのだ。
謙信とて政を行い民の信頼は得ている。だからこそ言うのだった。
「その様なことでは天下なぞ手に入れられはしません」
「そして天下を泰平にすることも」
「それもですね」
「彼は国だけでなく人も手に入れました」
即ちだ。民の心までというのだ。
「あそこまで僅かな間でそこまでするとは」
「織田信長恐るべし」
「そうだというのですな」
「そうです。尾張の蛟龍」
謙信は杯を手にして言う。
「甲斐の虎もそうですが」
「あの者と同じく」
「といいますと」
「一度共に酒を飲んでみたいものです」
そうだとだ。謙信は楽しげに言うのである。
「甲斐の虎にしても。敵ながら見事」
「ですな。まさに虎です」
「天下の傑物なのは確かです」
このことは二十五将達も見ていた。当然直江もだ。
そしてだ。彼等も信玄についてはこう言っていく。
「殿の生涯の好敵手に相応しい」
「そうした者かと」
「その甲斐の虎とは。機会はないでしょうが」
それでもだとだ。謙信自身も語る。
「共に飲んでみたいものです」
「そして織田信長ともですか」
「尾張の蛟龍」
「あの者とも」
「はい。しかし」
ところがだ。ここで厄介なことがあった。それは。
「彼は飲めぬそうですね」
「酒がですか」
「そういえばそうした話を聞きます」
「甘いものを好み常に茶を飲むとか」
信長のそうしたことは既によく知られていた。
「それでは。共に酒は飲みませんね」
「左様ですな。あの御仁が飲めぬとあっては」
「そうしたことであれば」
「そのことは残念です」
実際にだ。謙信は無念そうに述べる。そうしてこんなことも言うのだった。
「私も茶は嗜みますが」
「それでも殿はやはりですな」
「酒ですな」
「はい、酒は百薬の長です」
古来よりある言葉をだ。謙信も言った。
「ですから」
「共に飲むのによい」
「茶よりも」
「少なくとも私はこれです」
そのだ。酒だというのだ。言いながらまた飲む謙信だった。
「それができぬというのは残念至極です」
「しかし。殿が共に飲みたいと言われる大名はです」
「これまで甲斐の虎だけでした」
好敵手であるだ。彼だけだというのである。
「しかし今はです」
「尾張の蛟龍」
「あの者も」
「だから残念に思います」
実際にだ。謙信の表情はそうしたものになっていた。
「彼が飲めないというのは」
「如何にも飲みそうですが」
「人はわからないものですね」
謙信は信長が酒を飲めないことについて言う。
「私もそれは思います」
「飲みそうで実は飲まない」
「そのことがですね」
「とにかくです。今はです」
「はい、我等の為すべきことをする」
「そうしましょう」
政だった。それをするというのだ。
そのことを話してだった。謙信はまた飲むのだった。
謙信は信長のことを認めた。そうしてなのだった。彼と会うことをだ。楽しみにもしているのだった。
第六十二話 完
2011・10・18
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