戦国異伝
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第六十一話 稲葉山入城その九
「天下はわしのものではないのだ」
「では殿は何になられるのでしょう」
「天下人じゃがそれは」
「それは?」
「一の人じゃ」
第一の者だというのだ。この天下のだ。
そしてだ。次にはこんなことも言った。
「その中でわしが嫌うものがある」
「無法でしょうか」
「それが最も嫌いじゃがその他にはじゃ」
何かと言うのだ。彼が嫌うものは。
「何かを楯にして好き放題やる奴等じゃ」
「といいますと」
そうした者達が誰を指すのか。帰蝶にはわかった。
それでだ。こう信長に答えたのである。
「比叡山や本願寺でしょうか」
「どちらも目に余る」
実際にだ。目を顰めさせて話す信長だった。
「天下にとってあまりにも害になるならじゃ」
「戦われますか」
「坊主だからといって容赦はせぬ」
そこは確かに言い切るのだった。
「必要とあらばじゃ」
「左様ですか」
「その辺りは武田や上杉とは違うつもりじゃ」
甲斐や越後でも寺社の勢力が強いのだ。近畿程ではないにしても。尚信長の楽市楽座は寺社から織田家に金の流れを決定的にさせてもいる。
「力は一つに集った方がよい」
「殿にですね」
「そういうことじゃ。分かれていれば争いになる」
室町幕府がそうなった様に、信長は言外にこんなことも述べる。
そうした話もしながらだった。道三の花にだ。
白い小さな一輪の花と果物を添えた。そうして再び手をだ。二人で合わせてだ。
帰蝶に顔を戻してだ。こう告げた。
「もう少し駆けるか」
「そうされますか」
「久し振りの二人での遠乗りじゃ。楽しもうぞ」
「はい。ただ私達があまり遠くに出ると」
「爺じゃな」
「平手様が何を言われるか」
「そうじゃな。爺だけは変わらぬ」
どう変わらないかというと。
「頑固なままじゃ」
「私が御会いしてからですが」
「わしがまだ子供の頃からああじゃった」
頑固なままだったと。信長は苦笑いと共に述べる。
「父上がお若い頃からそうだったらしいしのう」
「そうなのですか。平手様は」
「祖父殿の頃から織田家に仕えておる。まさに織田家の長老じゃ」
「それ故にですね」
「ああして頑固じゃ。全く困ったものじゃ」
そんな話をしながらもだ。それでもだった。
その平手についてもだ。信長は話した。
「だがそれでもじゃ。稲葉山にはいてもらおう」
「美濃にですね」
「勘十郎共々じゃ。清洲は奇妙に預ける」
嫡子である我が子にだというのだ。
「我等は尾張からこのまま美濃に移る」
「父上のおられたこの国に」
「稲葉山の城に住む」
こうも言う信長だった。
「先に言った通りじゃ」
「さすれば」
二人は稲葉山に住むことになった。そのようやく手に入れた城にだ。そのことを道三の墓前において話した。二人の父の前でだ。
美濃が織田の手に完全に落ちたその頃。美濃を何とか出て伊賀から近江に向かおうとする者達がいた。その中の一人の男が言うのだった。
「わしは諦めぬ」
龍興だ。彼は夜道の中でこう零したのである。
夜道は暗く周りには何も見えない。空には月もない。その完全な闇の中を何人かで進む中でだ。彼はこんなことを呟いたのである。
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