戦国異伝
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第五十七話 前田の怒りその五
森はそのことを話していく。
「将としても人としてもじゃ」
「小悪党を斬り捨てることによって」
「うむ、大きくなる」
「小者を斬っても何にもならぬのでは。いや」
ここでだ。木下のその頭が働いた。
それでだ。彼は言うのだった。
「左様ですか、そこからですか」
「わかったのう」
「はい、よくわかりました」
まさにそうだとだ。木下は森に話した。
「成程、では我等は」
「その時に動くぞ」
「そうしましょう」
「戦の用意をしながらだから忙しいがじゃ」
「それでもですな」
「しようぞ」
森は木下の言葉を受けて会心の笑みで述べる。
「わかったな」
「はい、それでは」
こうした話をした彼等だった。そしてだ。
前田はだ。いよいよだった。
茶坊主の愚かな陰口や吹聴に我慢ならなくなりだ。遂にだ。
清洲の城内においてだ。それでだった。
茶坊主とだ。櫓の下で擦れ違った。その時にだ。
茶坊主が馬鹿にした薄ら笑いをしたのを見て。その瞬間にだ。
刀を抜きそれでだ。即座に一閃させた。
彼は茶坊主の右手にいた。それでだ。己の左にある刀を左から右に抜きそれでだ。茶坊主の首を刎ねてしまったのだ。まさに一瞬であった。
だがその一瞬がだ。大変なことになった。そのことは即座に信長の耳に入った。
それでだ。信長は言った。
「叉左の先陣の任を解く」
「そうされますか」
「そして出仕もならん」
その先陣の将である柴田にさらに告げた。
「そうせよ」
「わかりました」
「全く。茶坊主なぞ斬っても何にもならんわ」
見ればだ。信長はだ。
表情は怒ってはいない。むしろだ。
何処か微笑みだ。そのうえで柴田に話していた。
「まあそこからじゃな」
「では殿」
「権六、しかし御主も」
「何でしょうか」
「腹芸を身に着けたか」
柴田にはだ。明らかに笑ってみせて言ったのだった。
「あれか。新五郎辺りに吹き込まれたか」
「さてさて、何のことやら」
「まあよい。御主は織田の家老よ」
その中でもだ。平手に次ぐ地位である。柴田は織田家の看板の一人でもあるのだ。
その彼だからこそだと。信長は言外に見せて言うのであった。
「よいな、出仕はならぬぞ」
「わかり申した」
「後は知らぬ」
「左様ですか」
「うむ、知らぬ」
信長もだ。柴田の腹芸に合わせる。そのうえでの言葉である。
「御主がおればそこに尾張の者、わしの知っている者ならばおってもじゃ」
「構わないと」
「御主なら敵に騙されることもない」
柴田はそうした男ではない。武骨でも目は鋭いのだ。
そのことも踏まえてだ。今話すのだった。
「だからよ。飲むのも楽しめ」
「そうさせてもらいます」
「しかし。酒はじゃ」
酒についてはだ。信長はというと。ここでも言うことは同じだった。
「わしには関係のないものじゃ」
「あくまで茶ですな」
「そうじゃ。茶じゃ」
信長は言う。それだとだ。
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