久遠の神話
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第二十話 ハヤシライスその九
「そこから色々わかるからね」
「だからなんですか」
「そう、手間隙かけてね」
「お父さんは手間かけ過ぎよ」
ここでだ。共に食べている樹里がだった。
困った顔でだ。こう言ってきたのだった。
「お金はともかくとして」
「お金は考えてるぞ」
父はこのことを例えに出した。
「肉だってな」
「オージービーフね」
「ああ、さっき言っただろ」
「確かに安いけれど」
そのことは認める樹里だった。しかしだ。
彼女は曇った顔でだ。どうしてもという口調で言うのだった。
「それでもよ」
「手間がか」
「そう、かけ過ぎよ」
「別にいいだろう?安くて美味いんだしな」
「そこに早くもないと」
「それじゃあ吉野家じゃないか」
「それでいいの」
こう言うのだった。
「早い、安いでね
「それで美味くか」
「そうよ。まずは早くよ」
「ううむ、味が第一だとな」
父は父で不満そうにだ。娘に返す。
「お父さんは思うんだがな」
「それでもよ。まずは早さよ」
「早くても味が悪いと意味がないだろ」
「問題は程度よ」
樹里はあくまで現実から話す。
「それがどうかなのに」
「ううん、樹里は厳しいなあ」
「厳しいって?」
「母さんに似てきたよ」
口調がだ。しみじみとしたものになっていた。
「そこでそう言うところがなあ」
「そういえばそうだよね」
これまで沈黙を守ってきていた眼鏡の、父によく似た少年が言ってきた。歳は樹里に比べて二つか三つ年少の感じである。その少年がここで言ってきたのだ。
「姉ちゃん最近お母さんに似てきたよ」
「そうかしら」
「顔もね」
それもだとだ。弟は姉に述べる。
「似てきたよ」
「ううん、そんなにかしら」
「全くだ。似てきたよ」
父はまたしみじみとして言う。
「母さんになあ」
「それならいいけれど」
「しかしだ。おばさんにはなるなよ」
父は娘に一言言い加えてきた。
「それだけにはな」
「おばさんって」
「樹里はまだ女の子なんだからな」
だからだというのだ。
「まだおばさんにはなるなよ」
「十七で何でなるのよ」
「いや、なる」
「なるの?」
「おばさんになるのは年齢じゃないんだ」
その問題ではないというのだ。年齢ではないというのだ。
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