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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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人狼の忌み名

「やいやい! 見つけたぞお前!」
 三人に村を案内してもらっている最中に、聞き覚えのある……忘れていたかった怒声が俺の耳に入った。あの小野寺とか言う鬱陶しい奴だ。
 声のした方向を向くと金属の鎧を着た男が一人、俺の方へと荒々しい歩調で歩いてくる。周りの人達は驚いて道を開ける。
「さっきはよくもやってくれたな!?」
 やったのは俺じゃないんだがな。
「今度は何の用だ?」
 正直相手にもしたくなかったが、無視したら無視したであとが面倒な事になりそうだ。面倒事は早めに解決しておくに限る。
「俺はこの村の門番だ! 門番である以上、この村に知らん奴を入れる訳にはいかんのだ! とりわけお前のような卑怯者はなぁ!」
 ……成る程、どうやら俺について理解させれば話は早いと言う訳か。ついでに誤解も解いておこうか。この村に滞在する以上、余計なトラブルは避けよう。
「ヴォルフ・ストラディスタ。ユクモ村村長の召喚に応じ馳せ参じた。ギルドの規定によって俺はユクモからモンスターの脅威を排除する任を与えられている」
「何ぃ!?」
 俺が名乗ると小野寺は大袈裟に驚いてみせる。妙なリアクションをする男だ。
「ね? 正太郎さん。ヴォル君は怪しい人でも何でもないでしょ?」
 先程まで加工屋の老人と話していた神無がやってきて正太郎に言う。加工屋の老人は老人で肩を竦めつつ、呆れたように首を振っている。
「しかし、神無嬢……」
「もぅ。ヴォルちゃんを困らせちゃあダメですよう? ユクモには今日来たばかりなんですから。お姉さん、メッ! てしちゃいますよ?」
 夏空が全く迫力のない声で言う。まるで子供をしつけているようだ。
「夏空さん……一応俺の方が年上なんだが……」
 成る程。要するに、この男は夏空よりも年上だというのに、子供のように見られているわけか。
「フッ」
 俺の背後にいた小冬が鼻で笑う。明らかに馬鹿にした笑い方だ。
「あっ!? てめぇ今鼻で笑いやがったな!?」
 そして俺は濡れ衣を着せられる。前回、奴が股間を木の棒で殴られた時と同じような状況だな。さて、どうするべきか?
「勝負してみれば?」
 俺が答える前に小冬が正太郎に言った。果たして吉と出るか凶と出るか……。
「勝負? 一体どんな方法で?」
 そこへすかさず食いつく正太郎。知り合いの言葉なら簡単に人の意見に耳を貸すこの男は一体何がしたいのだろうか? 事態が良い方向に向くなら俺はそれで構わんが、ややこしくなるのは勘弁して貰いたい。
「そう。アンタとヴォルフが一対一で勝負する。剣でね? ただし、勝っても負けても遺恨なしよ」
 小冬はそんな事を挑発的な笑みを浮かべて正太郎に言った。
「ちょっ!? 小冬!? そんな危な……」
「乗ったぜ小冬嬢!」
 神無が制止しようとするが、小冬にあっさりと乗せられた正太郎の大声がそれを遮ってしまう。
「さあ来い! 上級ハンターとやら! 今から決戦場に案内してやるわ! 臆病風吹かせて逃げても文句は言わんぜ?」
 正太郎が思い切り馬鹿にしたような顔付きで俺に言った。アイツ、事の事態を理解しているのか?
「ふっ」
 小冬が俺を見てニヤリと笑う。明らかに楽しんでいるな……。
「ヴォル君……」
 神無が心配そうな顔付きで話しかけてくる。
「安心しろ。怪我をするつもりも、させるつもりもない」
「ヴォルちゃん。ファイトですよ」
 それを聞いた夏空がニッコリと笑って言う。
「気を付けてね?」
 神無は相変わらず心配そうだったが、言われた以上は気を付けるとしよう。
 さて、トラブルの代償はお前のプライドといこうか。ガラスのように砕いてやろう。


 
 正太郎が案内した決戦場とは、ハンター達が普段訓練場として使っている広場だった。
 周囲には山が広がり、矢や銃弾・砲弾を放っても問題無い様な作りだ。ただし、山火事を防止する為に『火気厳禁』の看板が立てられており、火矢と火炎弾や爆薬などの使用は禁止されているようだ。
 休憩場兼詰め所には怪我人の治療や武器の応急修理が出来るようになっており、今現在使用中のハンター達の武器が壁に立て掛けられている。
 ヴォルフが来た時には見物人が十数人とおり、広場の中央には呼び出した当の本人が太刀を背負った背中を向けて仁王立ちしていた。
「良くぞ逃げなかったな! その心意気だけは褒めてやる!」
 そう言いながら振り返る正太郎の言葉を聞きながら、ヴォルフは彼の前に立つ。
 ちょうど、正太郎の太刀の切っ先一尺の間合いの中だ。ヴォルフの刀では明らかに間合いが足りていないが、ヴォルフ自身には大した問題ではない。
「上級ハンターだか何だか知らんが、それがここでも通用すると思ったら大間違いだ! お前の腐った性根はここで叩き直してくれる!」
 言われも無い侮辱を聞き流しながら、ヴォルフは徐に口を開いた。
「目の敵にするのは結構だが、この勝負には全てを掛ける事だ。小冬の言葉、忘れたか?」
「ふん! お前に言われるまでもないわ! 勝っても負けても遺恨なし!」
 そう言って正太郎は背負っていた太刀を抜いた。彼の背丈よりも長い刀身は、夕日を反射して凶暴な光を放っている。
 対するヴォルフは鞘に収めたままの刀を腰に差しただけで、直立不動の姿勢を保っている。傍から見れば、ただ棒立ちしているかのようにも見えた。
「何だその構えは? 馬鹿にしているのか!?」
「お前がそう思うのならば、そうなのだろうな?」
「……っ!」
 ヴォルフの挑発に耐えるくらいの我慢強さはあったようだ。周りに聞こえるくらいに大きな歯軋りをしながらも、見物人の一人を睨むように見た。
「号令を上げろ!」
 怒声で命じられた男は肩を竦めつつ銅鑼の傍に行き、思い切り叩いた。
「いざ! 尋常に! 勝負!」
 正太郎がそう言い終わって刀を最上段に振り上げ―――――た時にはヴォルフは彼の背後に立っていた。
 僅かな鞘鳴りの音が響いた。
「な!?」
「遅い一太刀だ。その間俺は……」
 振り返りながら紡がれるヴォルフの言葉と共に、軋むような僅かな金属音が響き始め――――
「五回は斬れる」
 正太郎の太刀、兜、鎧、篭手、下穿きに切れ目が走り、それらは全て一斉に崩れ落ちた。
「あ……あ!?」
 正太郎が鍔元から『斬られた』太刀を凝視して絞るような声を出す。
「……見えたか?」
「いや、何が起きたのかすら……」
 数秒の後、周囲は爆発が起きたかのような歓声に包まれ、その中でインナーだけとなった正太郎は気を失って鎧の破片の中に崩れ落ち、ヴォルフは正太郎には一瞥すらせずにその場から立ち去った。
「……」
「嘘……」
「凄ぉいです~」
 呆然とするのは小冬、愕然と声を漏らすことしか出来ないのは神無、何処かズレているのか単純に感心するのは夏空。
 そんな三人に、ヴォルフは近づいて言った。
「待たせたな」
「あ、うん」
 気後れした神無が返事をする。
「ヴォルちゃん。どうやったんですか?」
「切っただけだ」
「あんなに速く? 凄いです~」
 相変わらず夏空は感心するだけだ。
「金属を切った? なんて非常識」
「人を焚きつけておいて、それだけか?」
「あんたの実力が見たかった」
 小冬がそっぽを向いて言った。ヴォルフはそれを聞いて軽く溜め息を吐いた。
「何よ?」
「ヴォル君。溜め息なんて吐いちゃダメだよ。幸せが逃げちゃうよ?」
 溜め息を吐くヴォルフに神無が嗜めるように言う。
「そうなのか?」
「うん」
「気を付けよう」
 ヴォルフのその言葉に神無は嬉しそうに微笑み、無視された小冬は眉根を寄せて睨みつける。機嫌が悪い小動物が表情を作れるとしたらこんな顔だろう。全く迫力がない。
「何か文句があるの?」
「多過ぎるな……」
 ヴォルフの言葉に小冬はムッとした顔になる。そんな様子を夏空は微笑ましく見詰めていた。
「平和ですねぇ~。あ、そうそうヴォルちゃん?」
「ん?」
 夏空が思い出したようにヴォルフに話しかけた。
「案内したいところがあるんです。一緒に来て下さい」
「ああ」
 ヴォルフとしてはこれから特に用も無かったので、夏空の提案には乗ることにする。ただ、それ以上に夏空の言葉には有無を言わさない何かがあるのをヴォルフは感じ取っていた。断った所で無駄だと言う事も。



 夏空に案内されたのは村の外れ……訓練所とは正反対の位置にある広い所だった。広いのだ。建物を建てるとしたら、一般的な民家なら何軒も立つだろう。だが、それだけの場所には何も無い。
 否、何も無いということはない。周囲は木で囲まれ地面には苔が生い茂っており、井戸もある。
 そして、石造りの小さな柱が無造作に何本も建てられていた。
「……ここは?」
「墓地です。ここには、この村で亡くなった方々のお墓があるんです」
 夏空がそう言って先を歩いていき、振り返った。
「勿論、ヴォルちゃんのお母さんのお墓もありますよ」
 その言葉を聴いたヴォルフは、頭を重い何かで殴られたような衝撃を受けた。
 自分も人間なのだから母親がいるのは当然だ。だが、それは『知識として知っている』ような物だった。それが今、彼にとって得体の知れない感情となって胸の奥に重く圧し掛かってきた。
「さ、お母さんに挨拶しましょう?」
 夏空がそう言って先に歩いていく。
「……ほら、行きなさいよ」
 後ろに立っていた小冬が、しかし優しくヴォルフの背中を押した。そんな彼女の手には、いつの間にか色とりどりの花束が握られている。紙で包まれてはいない。ここに来るまでの道中で少しずつ集めたようだった。
「行こう?」
 神無がヴォルフの前に出て振り返る。
 その先では夏空が立ち止まってヴォルフを待っていた。
 ヴォルフは何とも言いがたい感情に囚われた。今まで、母親の事を思ったことがあっただろうか? 町で小さな子供とその両親を見た時は、自分にもこんな時があっただろうか? と思うことすらなかった。
 両親……そう、父親の件もそうだ。
 父親が死亡した地は故郷から遠く離れた土地だった為に、その墓は狩人たちの共同墓地だ。その墓には父親が埋葬された時にしか行っていなかった事を今になって思い出した。
 更に言えば、自分がユクモ出身である事もこの地に召喚された際に初めて知ったくらいであり、父親の故郷も知らない。
 朧気ながらも、父親は自分と同じ金髪碧眼だという事を覚えている。この地方の人間ではない。
 その事を思うと、何かが胸の奥に突き刺さる。この感情は一体何なのか……
 いつの間にか、一つの墓石の前に立っていた。
 神無が桶に入れた井戸水を柄杓で掬ってゆっくりと墓石に掛け、小冬が花を墓の左右に植えていた。
 墓石には綾乃守(あやのかみ)陽真理(ひまり)と記されている。ヴォルフをそれを黙ってみていることしか出来なかった。
 知らない名前だ。父親は母の事は話さなかった。話す事はいつも狩りの事ばかりだった。母が何故死んだのかすら知らないし、興味も沸かなかった。
「さ、ヴォルちゃん?」
「……」
 ヴォルフは動かない。いや、動けないのだ。墓参りなどしたことが無い。父親が埋葬される時も、ただ立っていただけだ。
「……おばさま。ヴォルちゃんは、立派になって戻ってきましたよ。最年少の上級ハンターです。お母さんの願いとは違ったかもしれませんが、これからもヴォルちゃんを見守ってあげて下さい」
 夏空が囁くように言って、両手を合わせる。彼女はヴォルフの母親のことを覚えているのだろう。同じく掌を合わせている神無も同じように覚えているのだろう。
 当時まだ生まれていなかった小冬ですら、掌を合わせている。
 その行為の意味が分からないから、ヴォルフにはそれが出来なかった。理解出来たのは自分の母親の名前。ただ、それだけだった。
 ヴォルフは、墓の前で掌を合わせる三人の姿とその光景を、ただ見ている事しか出来なかった。
 

 



 墓地から戻って来たヴォルフ達は、無言で村の道を歩いていた。
 三人は何か言いたそうだったが、ヴォルフの出す雰囲気に押され口を開くことが出来なかった。
「……少し外す」
「え? ヴォルく……」
 神無が、徐に告げられた言葉の意味を問い質す前に、ヴォルフは跳んでいた。一足で建物の屋根に上がると更に跳び、あっという間に姿をくらました。
「……何?」
「お姉ちゃん。もしかして、何か不味い事しちゃった?」
 小首を傾げる小冬をよそに、神無が夏空に問いかける。
「……ヴォルちゃんには意味が無かったのかも知れません」
 夏空が節目がちに言う。
「え?」
 対する神無はその言葉の意味が分からなかったようだ。
「何となく雰囲気で分かりました。ヴォルちゃんは、ここが自分の居場所じゃないって思っているんだと」
「……どういう意味?」
「それは……」
「彼の忌み名に因る物でしょう」
 小冬の問いに、夏空が言い辛そうに口を開いたが、その言葉は違うところから来た。すぐ傍にあった店から出てきた村長だ。何かを包んだ包み紙を抱えている。
「忌み名?」
「人狼。それが彼に付けられた物です。特定の縄張りを持たず、風のように雲のように流れ行くもの。そしてその先々で災厄を齎(もたら)す。あくまで噂程度ですが、彼はそれを自覚しているんでしょう」
「どういう意味なんですか!?」
「彼が行く先々で、強力なモンスターが現れるのですわ。そしてそれを退治するのも彼です」
 現れるのは偶然だとしても、それは英雄ともいえる行動ではないのか?
「ですが、その度に多くの死傷者を出しているのですわ。そして彼だけが無傷か軽傷で済んでいるのです」
 確かにそれは問題になる。他人を囮にしていると思われてもおかしくない。
「それはアイツの戦術に他人が付いて行けないんじゃない? 私もアイツに背中を任せる……なんて言われる自信が無い」
 小冬の言葉は尤もだった。
「ええ。彼に付いていけるのは同格の上級ハンターでもやっとだと聞きます」
 その言葉に三人が一斉に村長を見る。皆一様に驚きを隠せない。
「獣染みた俊敏性。あまりに鋭すぎる太刀筋。それらを見た者の誰かが仰ったのですわ。『アイツは人間じゃない。獣……人狼だ』……と」
 その強さの一端は彼女たち三姉妹は目撃している。
「そんな……」
「酷いです。ヴォルちゃんは優しい子なのに……」
 神無と夏空は今にも泣きそうな顔になっている。
「嫉妬からくるその他諸々の余計なモノね。そこから来るモノがヴォルフに対する先入観となって、アイツの人格を見ようとしないのよ」
「その通りですわ」
 小冬の言葉を村長が肯定する。
「確かにヴォルフさんはお強いですわ。ですがその強さの代償に他人との触れ合い方を学ばずに育ってしまったのでしょう。ですから、人に自分の心を見せられない。他人の心が理解出来ない。ヴォルフさんもあの性格から見て、誰かに自分を理解して貰おうとしなかったも、原因のひとつなのでしょうけど……」
 故に人狼。人でありながら人ではない何か。理解する者も無く、自身の居場所も持たず、あても無くただ彷徨い刃を振るう者。人でありがなら人ではなく、獣でありながら獣ではない。まさに異端だ。
「ですが私は今回の件は、他でもないヴォルフ・ストラディスタに依頼しました。それはこの村出身の彼にこの村を救って貰いたいのではありません。彼の居場所はここにある。そう、彼に伝えたいのです」
 村長の言葉に、三人は俯いていた顔を上げた。
「ですから、皆でヴォルフさんを受け入れてあげましょう。あの子も戸惑うかもしれませんが、このユクモはあの子の故郷であり居場所なのだと教えてあげましょう」
 村長はそう言って三人を見て微笑む。それを見た三人は大きく頷いた。
「なら、ヴォルフさんが帰って来るのをお待ちしましょう。彼の寝床の件も何とかなりそうですし。ね、夏空さん?」
 急に話を振られた夏空は最初、目をパチクリとしていたが、村長の言葉の意味が分かったのかニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「はい!」
『?』
 二人のやり取りが理解出来ない神無と小冬は揃って小首を傾げた。



 ヴォルフが姿を消してから数時間が経ち、更には黄昏が訪れて時が経っていた。もう数刻もすれば空には星が光り始め、月と共に地上を照らすだろう。だが、ヴォルフはまだ戻ってきてはいなかった。
 ユクモ村の人々は既に、今日の終わりを迎える為に夕食など各々の準備を始めていた。神無も、普段ならば彼らと同じように夕食の準備をしている頃だ。
 だが、今日は違った。外すと言って姿を眩ましたヴォルフがまだ戻ってきていないのだ。それで村の出入り口で彼の帰りを待っている。
 しかし、村に入って来るのは護衛のハンターを連れた、薪を集めた樵(きこり)や行商人、湯治の客ばかりだった。
 夏空は村長と何やら準備する為に、村長と共に村の何処かへと行った。小冬は読み掛けの本があるといって自宅に戻って行った。
 あれから何時間が経ったのか、最早分からなくなってきている。大人しく夕御飯を作っておくべきだったか……様々な想いが彼女の頭の中を過ぎっていく。
 今、彼を探しに森の中へ行くわけにはいかない。彼女たち三人は全ての武器防具を加工屋に預けてしまっているのだ。丸腰でモンスターの巣窟に行くなどとんでもない。言語道断だ。
「あれ? 神無じゃない。何やってるの?」
「の~?」
「え?」
 モヤモヤと考え事をしているところで自分を呼ぶ声に我に返る。
 そこには二人の少女がいた。
 一人は白いカチューシャを付け、腰近くまで伸ばされた赤みがかった茶色の髪が印象的な小柄な少女だ。そのアーモンド形の茶色の瞳には強い光が宿っており、いかにも気の強そうな雰囲気を出している。
 もう一人は彼女より少し背の高い少女だ。大きな丸眼鏡を掛けており、肩に付くくらいの長さの色素の抜けた綺麗な髪と、右側頭部で髪をひと房結んだ桃色のリボンが印象的だ。相方に比べておっとりした雰囲気をまとっている。
「梓(あずさ)ちゃんに椿(つばき)ちゃん。戻ったの?」
 神無の顔が、華が咲いたような笑顔になる。
「ええ。……戻って来たというよりは、また来たの方が正しいんだけどね」
 梓と呼ばれた、カチューシャを付けた少女が答える。
「あ、そうだったね。今回はどうしたの梓ちゃん?」
「湯治客の護衛でね。でも、しばらくはここでお世話になるかな? 街まで降りた所ですぐに仕事が来るわけじゃないし」
「それで、ユクモで仕事を請けるのー」
 眼鏡の少女が答える。こちらの少女が椿というらしい。
「そうなんだ。良かったらまた皆で行こうね」
「ええ。寧ろお願いしたいくらいよ。初級二人じゃ頼りないしね」
「私達もまだ初級なんだけど……」
 梓が肩を竦めつつ言った言葉に苦笑しつつ、神無が答える。
「戦いは数だよー。二人だと追い返すので手一杯だもん」
 椿がのんびりとした口調で言う。間延びした話し方は実に性格が現れている。
「五人もいればアオアシラでも何とかなると思うし……そういえばやけに静かね。小野寺はどうしたの? 出くわす度に聞きたくも無い暑苦しい謳い文句を綴り上げるのに」
 梓は本人がいないのを良い事に辛辣に話す。……普段からこうなのかもしれない。
「あはは。正太郎さんなら今伸びてるよ」
「伸び……? え? お餅みたいになっちゃたのー?」
 神無が苦笑しつつ答えると、椿は的外れしまくった答えを口にする。脳裏で正太郎の五体が軟体のように伸びまくった姿を想像したのだろうか。
「違うわよ椿。気絶しちゃったって事よ」
「……残念」
 そんなに文字通り『伸びてしまった』正太郎が見たかったのだろうか。椿は非常に残念そうな顔をする。
「今度はファンゴに頭突きでもされたの? 前回はお尻をどつかれたって聞いてるけど」
 どうやら正太郎は以前、ファンゴに尻をどつかれて酷い目に遭ったらしく、それは今でも笑い種になっているらしい。その時の様子を思い出したのか、梓と椿が笑う。
「実はね……あっ!?」
 尻に少しでも衝撃が伝わらないように前屈みになって歩く正太郎の姿を思い出したのか、神無が笑いをこらえながら答えようとして、自分が何故ここに立っていたかを思い出す。
 既に空は暗くなり始めている。悠長に話などしている場合ではない。神無は久しぶりに友人に会えた事で今の状況を見失うという、自分の迂闊さに真っ青になった。
「……ヴォル君!」
「!? ちょっと神無落ち着いて! 着物のままで外に出ちゃ駄目よ!」
 焦燥も露にそのまま村の外へ走り出そうとする神無を、梓は彼女の腰にしがみ付いて止める。
「放して! ヴォル君が!」
「だったらまずは落ち着きなさい! じゃないと出来る事も出来ないわよ!?」
「出来ないの~!」
 しがみ付く梓と前に出て道を塞いだ椿の言葉に、神無は我に返った。
「実はね……」
 神無は幼馴染がユクモに戻って来た事と、彼が何かを気にして村を出たきり戻らないという事を二人に簡単に話した。
「……無謀ね。夜の山道は拙(まず)いってのに」
 梓が既に黒いシルエットになりつつある森の入り口を睨みながら言う。
「で、あんた達は皆、武器と装備を全て預けちゃったって?」
「……うん」
 梓の叱責混じりの問と、言葉よりも雄弁に責めてくる視線に晒された神無は、力なく答えることしか出来なかった。
「無理無茶無謀の三セット~あうっ!?」
「今から村のハンター……すぐに動ける人だけをを集めて。探しに行くのはそれからよ!」
 呑気に言う椿にデコピンをしながら梓が答えた。隣で額を抑えて涙目になっている椿は無視するし知らない。
「うん!」
 それを聞いた神無が嬉しそうに答えると集会場に向かって走り出す。
「それと目的達成の号令信号も忘れないで!」
 神無が振り向いて了解のサインを出すのを見届けた梓は、背負っていた武器を降ろし調子を確かめる。弓だ。矢の数や、液体の入った小瓶の中身も確かめる。
 それを見た椿も背負っていた自分の武器を降ろした。鉄の塊に木の棒を差し込んだだけのそれは狩猟用ハンマーだ。突起部分を軽く小突いて確かめる。
「うん。大丈夫ぅー」
「こっちもよ。それにしても、一体何なのかしらね? 無理無茶無謀の三点セットを地でやってのけるお馬鹿さんは……」
「正太郎さんでもやらないー」
「あの人は口先の割には臆病だものね。でも……」
 夜……モンスターが昼間より危険になる事は、朝になれば日が昇る事と同義な程の常識だ。それすら分からない者が生き残れる訳が無い。
 だが、それを分かっていながらも自ら……それも単独でモンスターの巣窟に入り込む者とは一体何なのか……梓には想像も付かなかった。
「わぁ、綺麗なお月様ぁ~」
 椿の言葉に釣られて空を見る。そこには見事な真円を描いた満月があった。
「嫌な予感がするわね……何も無ければ良いんだけど……」
 そう言いつつ、行動可能なハンター達十数人を率いて、自身も借りたのか予備なのかは不明だが、この村伝統の戦闘服を着た神無が戻ってくるの見た梓は、一人独白しながら弓を背負った。
 隣で呑気に月を眺めている相方の楽観的過ぎる性格が、今は羨ましかった。 
 

 
後書き
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