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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#41 "I shall have to accept darkness. because……"

 
前書き

お前達が私達を語ることは赦さない。

お前達が私達を想うことは赦さない。

お前達が私達に触れることは赦さない。

何も赦さない。

誰も赦さない。

赦さない。

赦さない。

赦さない。




 

 
【11月3日 AM 2:09】

Side セルゲイ・サハロフ

「う、うう…」

抉じ開けるようにして重い瞼を開く。

き、気を失っていたのか、俺は。

後頭部に痺れるような痛みが走る。

くっ 撃たれた際にどこかにぶつけ……

そうだ!

俺は撃たれたんだ!

突如脳裏に二つの銀色が煌めく。

撃たれる寸前に確かに目にした二つの銀色。

「あれは……」

だがそれを思い出すことは出来なかった。
急激に上昇する意識レベルと共に、撃たれた腹と左脚が思い出したかのように熱を帯びる。
まずいな、これは……

「ぐっ…くそ……」

床に手を着き身体を起こそうとするが、身を(よじ)る度に撃たれた腹は一層の熱を帯びる。
まるで力が入らず上体を起こす事が出来ない。
情けない、それでも大尉の部下か!

仕方なく首だけを何とか持ち上げ周囲を把握しようと努める。
とにかく出来ることをやらねば……
俺はパブロヴナ大尉の部下なんだ。
大尉とあの"共同墓地"で誓い合った同士達。皆のためにもこんなところでただ死ぬわけにはいかん。
何か、何か残さねば……

あそこで倒れてるのは確かテーブル席にいた客だな。
俯せのままピクリとも動こうとしてない、殺られたか。
此方はカウンターにいた客だろう。
……頭が潰されているが、服から判断すればそうだろう。
カウンターの奧はこんな体勢からじゃ確認のしようもない。
棚の酒瓶が派手に割られてるのは分かるが。
誰か一人でも逃げ延びて、大尉殿に伝えてくれていればいいんだが……

「くっ…伍長!メニショフ伍長!」

見える範囲には伍長の姿はない。
未だ戦っているのか?
それとも逃げ延びてくれたのか?

店内には動く者も音を立てる者もいない。
ただ俺の叫び声だけが空間を震わせる。
酒と血の匂いが混じり合う反吐が出そうな程、この街に似つかわしい空間の中を俺の声が 響き渡る。

「メニショフ伍長! メニ……」

「伍長さんならここだよ、兵隊さん」

諦めずに叫び続ける俺の耳に飛び込んできたのは子供の声。
やたら嬉しそうな、今が楽しくて堪らないとでも言うような子供の声だった。
声が聞こえてきたのは後頭部から、つまりこの声の主は俺の後ろに立っている。

床で仰向けに倒れたままでいながらも、発せられた声の位置から何とか相手の場所を探ろうとする。
同時に自分が撃たれる寸前に見た二つの銀色のイメージが再度意識に浮かぶ。

二つ、そう二人いるはずだ。
もう一人は……
ソイツもすぐ傍にいるのか?

その解答は呆気なくもたらされた。
俺の頭上で奴等はなにやら会話を始めた、ただし俺の聞き慣れない言語で。

『くすくす ねえ ねえさま このおじさん連れて帰って遊ぼうか?』

『ええ にいさまの好きにしていいと思うわ
でもその前に伍長さん?だったかしら
そこのおじさんに会わせてあげた方がいいんじゃない?
さっきから一生懸命叫んでいたわよ』

『うん 会わせてあげるのはいいんだけどね
ちょっと迷ってるんだよ』

『あら?何に迷っているの』

『この伍長のおじさんってね とても勇敢なおじさんだったんだよ
最後まで大尉殿 ロシアのおばさんだね の為に戦い抜いたんだよ
だからおじさんの目玉だけでもおばさんに届けてあげようかと思ってさ
おばさんを殺しに行く時 ついでにね』

『あら それは素敵ね
でもいったい何を迷っているの?』

『うん どうせ持っていくんなら目玉だけじゃなくて首ごと斬り取って持っていってあげようかとも思ったんだよ
どう思う? ねえさま』

『首丸ごとじゃあ さすがに重いんじゃないかしら?
にいさまが構わないなら別にいいけど
わたしは手伝わないわよ
レディは重い物を持ったりしないのだから』

『ちぇっ 冷たいなあ ねえさまは
じゃあやっぱり目玉だけ持っていくことにしようかなあ』

『ええ それはにいさまの…』

「(本当に子供じゃないか……くっ。こんな子供に翻弄されていたのか)」

顎を反らすように顔全体をじりじりと後方へと向ける。
短く刈り込まれた髪は床で擦れる後頭部を守ってくれはしない。
ただじゃりじゃりと音を立てるだけだ。

天地が逆さまになった視界の中で、銀色の髪に黒い服を身に纏った二人の子供が喋っている。

一人の手には斧、恐らくは軍用トマホークだ。
刃には赤い血がこびりついている。
もう一人の手にはかなり大きなライフル。形状から察するに狙撃用というよりは分隊支援用のものだろうか。
どちらにせよ、その銃で撃たれたのは疑いようのない事実だろう、俺も、他の連中も。

俺の視線に気付いているのか、いないのか。奴等は笑顔で会話を続けてやがる。
まるで仲の良い家族がそうするように……

「(いかん!しっかりしろ!)」

撃たれた腹の傷から血が流れ過ぎたせいか、一瞬意識を失い掛ける。
噛み切らんばかりに舌先を強く噛むことで意識を覚醒させる。
まだだ、まだ死ぬわけにはいかん。
俺は『遊撃隊』のサハロフ上等兵だ。
俺達が死ぬべき場所は大尉が決められた戦場だけだ、勝手に死ぬ事など許されん。
そうだ、それにメニショフ伍長だって今も戦っているに違いない。
俺一人がこんなところで諦めてたまるもの……

「ああ おじさんごめんね
伍長さんに会わせてあげないといけないね」

俺が何とか意識を保とうとしている中、 斧をぶら下げた方が視界から外れていく。
ごちょう……メニショフ伍長か?
捕らわれているのか、メニショフ伍長も……
いや、伍長だって『遊撃隊』の一員だ。
そう簡単に殺られるようなわけはない。
二人で協力すればまだ任務は達成出来る筈。諦めるな、最後まで諦めるな!

『もう ねえさま 手伝ってよ』

『言ったでしょ レディは重いものなんて持たないの』

視界にさっき出ていったガキが後ろ向きの状態で、何かを引き摺りながら映り込んでくる。
奴が脇に手を入れて運んでいるのは……まさか、メニショフ伍長か!

伍長までも……
いや、待て。まだ決め付けるのは早い。
ああしてやられながらも最後の反撃の時を狙っているのかもしれん。
伍長とて『遊撃隊』のメンバーだ。
共にあの地獄の砂漠を生き抜いた同士なのだ。
とにかく伍長から目を逸らさないことだ。
伍長が何かをするつもりなら、俺もその動きに合わせなくては。
意識を保て!しっかりしろ、サハロフ上等兵!
必ず二人で大尉の元に帰還するんだ!
絶対にメニショフ伍長から目を離すな!

「ああ 重かった
ほら おじさん
おじさんの大事な仲間だよ」

そう言ってガキは伍長の脇から手を離した。
伍長の上半身はゆっくりと傾き、床に大きな音を立てて倒れ込む。
倒れ込んだ伍長の頭は俺の頭のすぐ側の床で一度弾み、少し揺れた後、左側を向けて静止した。

「メニショフ伍長!だいじょ……」

そこから先の言葉は出なかった。
俺はメニショフ伍長から片時も目を離そうとはしなかった。
だからメニショフ伍長の頭が床で弾み左側、つまり俺がいる側を向いた時にもすぐに声を掛ける事が出来た。
ただ最後まで言い切る事は出来なかった。

俺はメニショフ伍長を見ていた。
だがメニショフ伍長は俺を見ていなかった。
いや、見ることが出来ないでいた。
いくらパブロヴナ大尉の部下であっても……
いくら『遊撃隊』のメンバーであっても……
いくらメニショフ伍長が勇敢で誇り高い兵士であったとしても……

「ああ 言い忘れてたけどそのおじさんの目玉はぼくが預かってるから
なんならおじさんのも預かっとこうか? ちゃんとバラライカに届けてあげるよ」

片方のガキが何かを言ったようだが、俺はそれに何も言い返す事はしなかった。
その時の俺に出来た事はただ一つのことだけ。
最後まで戦い抜いたであろう誇るべき僚友の虚ろな眼窩を見つめ続ける事だけだった………
















【11月3日 AM 2:18】

Side "闇"に染まり続ける二人

「じゃあ ねえさま ぼくはこのおじさんを車に連れてくね」

「ええ わたしはもう少しこのお店のお掃除をしていくわ にいさま」

そう言ってわたしたちは微笑みを交わす。
全く同じ笑顔を浮かべて同じ感情を共有する。
今までずっとそうしてきたように。あの時もあの場所でもそうしてきたように。

「ぐ、ぐぐ……」

にいさまは床に倒れていたおじさんの襟首を掴み、引き摺りながら店の外へと向かう。
あのおじさんもさっきまでは中々元気だったように見えたのだけど。
お仲間のおじさんに会わせてあげたら、あっという間に落ち込んでいっちゃった。
死んでた事がショックだったのかしら、或いは目玉が無い事に驚いたのかしら……

脇に銃を抱えながら店内を奥へと進む。
生き残った人間が居ないか確認しておこう、と思ったのだけど特に問題はないみたい。
みんな確かに死んでいるようだわ。
にいさまが念入りに殺してくれたのかしら?

わたしは撃つ時に一々狙いなどつけない。
ただばら蒔くように撃つことにしてる。
昔は銃なんて持たせてもらえなかったから分からなかったのだけれど、銃を撃つというのは中々楽しい行為だわ。
鈍器や刃物で直接相手の肉体に触れるというのも勿論楽しいのだけれど、銃で撃たれた人達が舞い踊るように倒れていくのを見るのも結構楽しいのよね。
まるで見えない糸で人形を操っているような楽しさがあるの。
"あの頃"のわたしたちはお人形遊びなんて許されなかったけど……

店の真ん中で立ち止まり目を閉じる。
にいさまも外へ出ていってしまい、ここにはわたし一人だけ。
わたしは一人闇に包まれる。今では懐かしさすら感じる"闇"に。

わたしたちはずっと闇の中にいたわ。
どれ程"そこ"にいたのか、どれくらい前から"そこ"にいたのか、詳しい事はもう思い出せないのだけれど。
"そこ"で覚えたものはいくつかあるの。冷たさ、熱さ、餓え、渇き、そして、痛み。

痛かったの。
最初はハッキリと、段々とぼんやりと。

じわじわ痛かったの
しくしく痛かったの
ずきずき痛かったの

背中が痛かったの
お腹が痛かったの
手が痛かったの
足が痛かったの
腰が痛かったの
首が痛かったの
目が痛かったの
耳が痛かったの
鼻が痛かったの
舌が痛かったの
お尻が痛かったの
胸が痛かったの
・・・が痛かったの

段々どこが痛いのかも分からなくなるの。
何も感じなくなっていくの。
それならそれでもいいと思えていくの。
痛いのは嫌だもの。
痛みを感じなくなるならその方がいいわ。
そう思っていたの。

けど、

あの時からわたしたちは違うところに痛みを感じ始めたわ。

他の子供達を・・し始めてから。

わたしたちは他の子供達を・・したわ。

たくさんたくさんたくさんたくさんたくさん
いっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱい

あの子もあの子もあの子もあの子もあの子も
この子もこの子もこの子もこの子もこの子も

男の子を男の子を男の子を男の子を男の子を
女の子を女の子を女の子を女の子を女の子を

斬り・・して斬り・・して斬り・・したわ
ナイフでナイフでナイフでナイフでナイフで

殴り・・して殴り・・して殴り・・したわ
硬い棒で硬い棒で硬い棒で硬い棒で硬い棒で

・・して・・して・・して・・して・・した
にいさまとにいさまとにいさまとにいさまと

からだのどこでもない違うところが痛かった
からだのどこにも無い違うところが痛かった

でもやっぱり痛くなくなっていった。
本当にそんな痛みを感じていたのかすらも分からなくなった。
からだのどこにも無いものはこの世界のどこにもないのかもしれない。
だってどこにも無いのだから。

そんな風にも思ったっけ……

「………」

静かに目蓋を開く。
当然わたしは変わらず店の中で立っている。
わたしたちが作り上げた死体に囲まれて。

ああ……ここもやはり"闇"なんだ。

天井を見上げ鼻から大きく息を吸う。
ツンとした血臭が鼻をつく。
懐かしくてとても優しい血のにおい……

わたしは今も"闇"に包まれている。そうしなければ生きていけないから。そこ以外に居場所なんてないのだから。

これからもたくさんたくさん誰かを殺そう。
これからもいっぱいいっぱい命を奪おう。
誰かに殺される前に、奪われる前に。

だって、わたしたちは……

「ねえさま もういいよ」

入り口からにいさまが顔を覗かせる。おじさんを車に載せ終わったのでしょうね。

「ええ 今行くわ にいさま」

そう返事をして店の入り口へ向かう。
最愛のにいさまの元へ。
わたしたちはどんな時も常に一緒にいるの。
わたしはにいさまで、 にいさまはわたしなのだから。

「もう大変だったんだよ ねえさま全然手伝ってくれないんだから」

「それくらい簡単に出来ないとダメよ にいさまは男の子なんだから」

入り口で二人笑いながら会話を交わす。
わたしとにいさま
にいさまとわたし。
永遠に一緒にいるわたしたち。
永遠に"闇"に包まれて生きていきましょう
愛しているわ…にいさま……

「そこの子供達、ちょっと待つね」

店から出るわたしたち二人に横合いから呼び止める声が飛んでくる。
不思議な発音の英語だなと思いながら、声が聞こえてきた方を見ればそちらには一人のおにいさんと二人のおねえさんが立っていた。

「随分物騒なものを持ってるね。少し話を聞かせてもらいたいんですだよ」

ああ、そう言えばわたしもにいさまも武器をぶら下げたままだわ。
ふふ 恥ずかしいわね。

三人は距離を保ったまま近付こうとはしてこないようね。
さて、どうしたものかしら。
空を見上げれば大きなお月様がわたしたちを照らし出している。

お月様、あなたはどうしたらいいと思う?

わたしは軽く首を傾けてお月様に訊ねてみた。
お月様は何にも答えてくれず、お空の上からわたしたちを見下ろしているだけだった………









 
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