戦国異伝
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第五十一話 堅物のことその八
「信長様はかなりの」
「はい、それこそです」
「確かにすぐにかっとなるところがありますが」
「それでも屈託がなく我等の話でもすぐに入れられます」
「譜代も外様も隔てなく」
「力があれば入れて下さいますな」
「思った以上の方ですな」
朝比奈は手放しなまでに話す。
「しかも面白い方です」
「そうそう、一見して突拍子もないですが」
「その中にはです」
「確かなものがあります」
「では」
大事を為せる。そう言うのだ。
彼等もそのことを見ていた。信長の器をだ。
その彼等は今茶を飲んでいる。その茶についてもだった。
「あれで茶器を見られますし」
「茶器を御覧になられるのも確かです」
「他の絵や書もまた」
「そうしたことにも造詣が深いですし」
最初は誰もが想像しないことだ。何しろ信長といえばうつけだったからだ。今そう見ている者は天下に殆んどいなくなってはいるがだ。
「美を見る素養もありますか」
「明や本朝の古典にも明るいですし」
「一体何時ああしたことを備えられたのか」
「実に不思議な方です」
彼等にとってはそのことも不思議だった。信長はいつも馬に乗り泳いでいる。政も執っている。それでどうして学ぶ時があるかというのだ。
だが信長にとってみればだ。それは。
今実際にだ。書を読んでいた。その書は。
「韓非子ですな」
「うむ、そうじゃ」
それをだ。読みながらだ。
村井に対してだ。こう言うのだった。
「何度も読んでおるがじゃ」
「その都度ですね」
「学ぶべきところが多いのう」
「韓非子は苛烈なところがありますが」
「苛烈に過ぎるところはどける」
「つまり全てをそのまま取り入れぬと」
「書を完全に鵜呑みにして盲信する位ならじゃ」
どうかとだ。信長は言うのだ。
「最初から読まぬ方がよい」
「それは確か」
「孟子じゃったな」
論語も読んでいるのだった。信長は様々な書を読んでいるのだ。
そしてだ。その知識を元にだ。今村井と話しているのだ。
「そこに書いてあったな」
「そうでしたな。では韓非子にしろ」
「その孟子にしてもじゃ」
「どけるべきものはどけますか」
「流石にわしもじゃ」
信長はだ。どうかというのだ。そのどうかということとは。
「わしが病になったとする」
「はい。その時は」
「わしの快癒を願い民が祈ったとする」
「その時はですな」
「罰として鎧を出せとは言わぬ」
韓非子に実際に書かれていることだ。秦王がそうさせたのだ。
何故そうさせたかというとだ。民がその仕事を怠ったことを罰するのとだ。王が己が情にほだされないようにする為のだ。幾つかの理由があった。
それでだ。そうしたのだ。しかし信長はというと。
「わしはその場合は素直に喜ぶ」
「そうされますな」
「あれはわしから見ればあまりにも訳がわからん」
信長はその韓非子を見ながら話す。とはいっても今そこを読んではいない。
しかしだ。ここであえて言うのだった。
「確かに情に溺れるのは政としてよくはないが民の仕事をそれ程怠った訳ではあるまい」
「そうですな。やはり」
「それでそこまでするのはじゃ」
どうかとだ。信長はまた言った。
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