戦国異伝
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第五十一話 堅物のことその三
「しかしそれだけではないな」
「三好の中だけで終わらぬと」
「公方様はどうされておる」
そのこともだ。林に問うのだった。
「今は」
「危ういかと」
そうだとだ。すぐに答えた林だった。
「公方様は三好とも松永とも関係がよくありませんので」
「そうじゃな。そしてじゃ」
「敵の敵は、ですか」
「味方じゃ」
言いながらだ。信長は己の顔を剣呑なものにさせた。
そしてそのうえでだ。また林に話した。
「確かに三好三人衆と松永はいがみ合っておる」
「しかし双方共公方様と、となると」
「まず。邪魔になるとしてじゃ」
「ううむ、まさかとは思いますが」
林は信長の話からあることを考えた。しかしすぐに腕を組みいぶかしむ顔になってだ。信長に対して己の考えを述べたのだった。
「公方様を攻めると」
「まさかと言うたな」
「はい。それは幾ら何でも」
「しかし前にもあったではないか」
「義教様ですか」
「そうじゃ。既にそうしたことがあった」
六代将軍足利義教のことだ。何かにつけて苛烈というよりは狂暴、獰悪と言っていいこの将軍は己が粛清されると恐れた赤松氏によって逆に殺されているのだ。これを嘉吉の乱という。
その乱のことを話してだ。信長はまた言うのだった。
「それではじゃ」
「今の公方様も」
「なきにしもあらずじゃ。もっとも今の公方様は義教公の様な方ではないがな」
「義教様はあれはまた」
「獰悪に過ぎた」
戦国の者から見てもだ。彼はそうなのだった。
「それ故にじゃ」
「ああなってしまわれたのでしたな」
「そうじゃ。今の公方様は義教様とは違う」
それは確かだった。確かに剣は好きだがだ。決して獰悪ではないのだ。
しかしだ。それでもだった。
「だが前例はある」
「そのことがですね」
「左様、前例があると何にしてもやりやすい」
「では」
「ましてや松永弾正。あの者は」
信長がここで注視するのは彼だった。その大和のだ。
「剣呑な者じゃな」
「そういえば主家の三好では」
「不穏な死が相次いでおったな」
「主三好長慶の弟や側近、そして跡継ぎまでもが」
「次々に急に死んでおるな」
「ではやはりあれは」
どうかとだ。林が言うとだ。
信長もだ。一呼吸置いてから話した。
「新五郎の思う通りであろうな」
「やはりそうですか」
「そう思ってよい」
暗殺、それだった。あえて言葉には出さない。
だがそれに違いないとだ。信長は言うのだった。
「主の三好長慶はどうかわからんがな」
「まさか主も」
「あれはおそらく気落ちしての病じゃ」
信長はそれだと見て話す。
「しかしあの者が主家をそうして傾けさせているのは事実」
「その目的は」
「何じゃと思う」
「お家乗っ取りですな」
林もだ。すぐに察して答えた。
「それしかありませんな」
「そうじゃ。それしかない」
また言う信長だった。
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