戦国異伝
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第五十話 徳川家康その九
「そうだったのですか」
「商人達が多く持っておるのじゃ」
「あの堺の商人達が」
「特に千とか言う者が凄いそうじゃ」
ここでこの名前が出た。
「茶にかけては右に出る者がないという」
「そして茶器も」
「随分と目利きでな。何でも茶器によっては」
「茶器によっては」
「国一個分の価値があるそうじゃ」
このことを聞いてだ。川尻だけでなく。
他の家臣達、ここに居合わせている彼等の多くもだ。驚きの声をあげた。
「国一つだと」
「茶器にそこまでの価値があるとは」
「それでは名刀や名馬と同じ」
「書や画とも」
「同じではござらぬか」
「そうじゃ。同じじゃ」
その通りだとだ。信長も述べた。
「茶器にはそれだけの価値があるのじゃ」
「そうでしたか。そういえば雪斎殿も」
ここで今川から加わった彼の名前が出て来た。だが今はこの場にはいない。
「かなりよい茶器を持っておられるとか」
「では茶器はやはり」
「それだけのものがあると」
「左様。茶器は宝じゃ」
それ程のものだとだ。信長は言い切った。
そのうえであらためて川尻に対してだ。こう言ったのである。
「その碗にしてもじゃ」
「この黒い碗が」
「国一個とまではとてもいかんが何千貫もの値がある」
「何千でございますか」
「そうじゃ。それだけの茶器じゃ」
その価値ある碗をだというのだ。
「そなたにやろう」
「これが褒美でございましたか」
「どうじゃ。今の気持ちは」
川尻の上ずった顔を見ながら問うたのだった。
「不服か?」
「いえ」
すぐに応える川尻だった。
その黒い碗を手に取りまじまじと見ながら。こう信長に答えた。
「有り難き幸せ」
「ははは、言ったな」
「この碗、大事にさせてもらいます」
「そうせよ。してじゃ」
ここでさらに言う信長だった。
「他の者もじゃ。よいな」
「我等にもですな」
「褒美として茶器を頂ける」
「功を挙げれば」
「その通りじゃ。場合によってはじゃ」
どうかとだ。信長はここで会心の笑みになった。
そしてそのうえでだ。こう彼等に述べた。
「国一つ分の茶器をじゃ」
「頂けますか」
「相応しい功を挙げたなら」
「その時は」
「やるぞ。楽しみにしておれ」
信長は満面の笑みで話した。
「よいな」
「はい、それでは」
「これからも励まさせてもらいます」
「是非共」
こうしてだった。茶器もまた褒美の中に入ったのだった。
川尻に茶器を褒美として与えた後でだ。信長は。
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