その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
chapter 04 : thriller
#36 "When the night is coming soon"
前書き
もうすぐ、もうすぐ始まる………
【11月2日 PM 5:39】
Side "彼"と"彼女"
また夜がやってくるね
私達の時間だわ
"あいつら"は煩いけどね
・・・は賑やかなのが好きなのよ
じゃあもっと賑やかにしてあげないと
そうね "お世話"になってるから
今夜は"お土産"でも持ってかえろうか
あら それはダメよ
クスクス どうして?
狩りの獲物は私達だけのもの そうでしょ?
クスクス ねえさまは我が儘だね
レディならこれくらい当然よ
クスクス そうなの?
そうよ にいさまも分かっているでしょ
勿論分かっているよ ねえさまの事は
さすが にいさまね 頼りになるわ
あはは
うふふ
あははははは
うふふふふふ
ふう
はあ
………
………
…………
…………
……………
……………
ねえ
うん?
あのさ
なに?
今 会いたい人は……いる?
………いるわ
そう
ええ
………
………
ねえさま
なに? にいさま
僕たちはずっと一緒だよね
勿論よ
僕たちは"変わらない"よね
勿論よ
僕たちは"永遠"だよね
勿論よ
………
………
ねえさま
なに? にいさま
愛しているよ
愛しているわ
たくさん殺そう
たくさん殺しましょう
永遠に殺し続けよう
永遠に殺し続けましょう
だって僕たちは
だって私たちは
そうするしかないのだから
そうするしかないのだから
Side バラライカ
執務室の窓から街を眺める。
もうすぐ陽が落ちんとしている街を。
思えばこの街にも長く居着いてしまったものだ。張と"出会った"あの停泊所が懐かしい。 今度こそ奴と決着がつけられるのか、それとも"最後の戦争"はまだ先になるか。
「………」
銜えた葉巻から揺れる紫煙が立ち上る。絶え間なく、私の目の前に。
口内に広がるまろやかな薫りが私の記憶巣を刺激したか、あの日の光景が脳内で浮かび上がる。
私の第二分隊隊長だった男の葬儀が行われたあの日。端金が理由で命を喪ったのだそうだ。本当に僅かな金で。
その日"共同墓地"に集った私の部下たち。
ソ連邦に棄てられ、新生ロシアに忘れ去られ、軍人であった過去を語る事すら赦されず、ただ死を待つばかりの身であった彼等。
そんな同士諸君に私は命じたのだ。
これより我々は"我々の軍務"に復帰すると。その場にいた全ての私の部下に。
あの頃の私には何の希望も残されてはいなかった。
アフガンからモスクワに戻ってきたあの頃の私には。
帰還兵と蔑まれ、ソ連邦から新生ロシアへと移り変わりゆく時代の中に取り残されていった私には。
国家が、主義が、思想が、官僚が、国民が、 過去を否定し、消し去ろうとした。
アフガニスタンへの侵攻は愚行であり、 過去の悪夢だと。
『遊撃隊』
第三一八後方撹乱旅団、第十一支隊の精鋭によって結成された我々もまた否定された。
救援を要する友軍あらば如何なる状況下でも急行し、最後の希望とまで呼ばれた我々もまた、否定された。
砂塵と血臭漂う戦場で戦い抜いた我々は否定された。
我々の苦難は讃えられる事はなかった。
我々の犠牲は悼まれる事はなかった。
我々の忠義と勇気は省みられる事はなかった。
全ては否定された。
だから私は私を否定しない。
私は私と私の部下たちを否定しない。
マフィアにまで身を落とそうとも。
過去にしがみつくだけの亡霊になろうとも。
どれだけの汚辱を身に刻まれようとも。
私と彼等はこの街で在り続ける。
何もかも無くした我々に最後に残された唯一のものを持ったまま。
いつか来る"最期の刻"のために。
「………」
逃がしはしない。
我々の前に立ち塞がるものは全て踏み潰す。
貴様が何者であろうともだ。
未だ姿を知らぬはずの襲撃犯の顔が、紫煙越しに窓に映り込んだような気がした。
どこか見知った顔のその男が本当に今回の我々の敵なのか、或いは未来の敵なのか……
まあ、どちらでも構わない。
楽しみに待つとしよう。
我々の敵が姿を表すその時を。
Side 張
また陽が沈む。
さて今夜はどうなるか……
ヨットハウスの窓から街を眺めながら心中で呟く。
眼下に街の景観を一望できるこの部屋には、いつもより多くの部下が詰めている。
迂闊な事を言えば部下にも動揺が広がるだろう。上に立つというのも中々肩の凝る事だ。
グラスを静かに口に運ぶ。
まあ、ゆっくり酒が飲めるというのはありがたい話だが。
報告じゃあ、かなり余所者が入り込んで来ているらしい。それも結構な有名どころが。
名が知れてると言う事は後ろについてる紐も見分けやすい。
そう単純に行けばいいのだが。
空いている手の親指で額を掻く。
癖というのは中々無くならないものだ。
どの組織もこの街を狙っている。
この『海賊達の桃源郷』を。
今回入り込んで来た連中の中にどれだけ "紐付き"がいるのかは分からんが、排除して回るわけにはいかん。
只でさえ殺気だってる連中の導火線に火を点けるようなものだ。
迂闊な行動は今は取れない。
ただでさえ襲撃犯の裏に誰がいるのか分からん状況では。
「………」
路南浦の中にいるものが協力していることは最早自明の理だろう。
少なくともこの街の人間は皆が皆、そう 思っていると見て間違いない。
問題はそれを突き止める事じゃない。
どこまで把握し、どこまで追い詰めるかだ。
弱小組織、又は個人であれば問題はない。
だがそれなりに有力な組織だとすれば厄介だ。
理想を語ればバラライカが見付ける前に、此方で身柄を押さえられれば最上なんだが……
そう上手くもいかんだろうな、この街じゃあ。
暮れゆこうとしている港街を見下ろす。気が付けば長く居着いてしまった港街を。
香港から乗り込んでバラライカと争っていたあの頃は、明日の朝日が拝める事にも感謝していたものだが。
今じゃあ街の番人めいた仕事をしているとはなあ。
面白くもあるし、不思議なものでもあるが。
明日の俺は何をしているのか。
その前に明日と言う日を無事に迎えられるかどうかも分からんわけだがな。
「まあ、なるようになるか」
短く呟き、身体の向きを変え窓から離れる。
明日は『金詠夜総会』で連絡会もある。
そこでまた何かが分かるだろう。
勿論、今夜何も起こらなければだが………
ページ上へ戻る